◇◇◇
長かった梅雨がようやく過ぎ去り、もうすぐ夏休み直前だ。
蝉の音も本格的に聞こえ始めている。
昼間よりはマシだが、家の中にいてもミンミンと鳴く声が耳に届くほどにはやかましい。
時刻は夜の七時を少し回ったほどだろうか。昨日から優一がうちに泊まりにきている。
優一の家におじゃますることが何回かあったため、両親が「たまにはうちに泊まりなさい」と申し出たのだ。
うちに泊まれるってことで、優一は「真尋の家にお泊まりできるなんて嬉しいよ。一緒のベッドで寝ようね? あ、お風呂も一緒だよ?」と、すごく喜んでいた。
どこにでもある、ごくごく普通の家なのに。両親も普通、なんて言い方をしたら失礼かもしれないが。
俺は幸せな家庭で育ったと自覚している。それは紛れもなく、両親のおかげだ。
「真尋、準備終わった? もういける?」
「ああ、すぐ行く」
これから優一の家にお泊まりをすることになっている。
元々は、うちに一泊して夕飯を食べたら帰る予定のはずなのだが「帰りたくない」と拗ねたのでこのまま優一の家にも泊まることになった。結局優一の家に泊まるなら、うちにきた意味がないと思うんだけど、優一本人は気にしていない様子だった。
優一の表情はどことなくわくわくしているように見える。それは、夏休みが始まるからというよりも、両親との食事の日が明日に控えているからだろう。
やっぱり寂しかったんじゃないか。素直になればいいのに。
…………って、俺も人のことをとやかく言えないな。素直になれないのは俺も同じだから。
『好きな子に意地悪なんて無理。俺は真尋を甘やかしたい』
この言葉を俺はまだ優一に聞けないでいる。
「俺のことが好きなのか」って。
もし違ったら……………怖い。
けど、これは終人のときと同じく曖昧な関係ではないのだろうか。友達以上恋人未満の関係。
終人との一件で俺は学んだ。この関係をズルズルと引きずる気はない。
今日こそ優一に聞いてやる。
…………………つもりだったのだが。今はそれどころではない。
「え、これって」
目の前の光景に思わず言葉を失う。
現在俺がいるのは、優一の寝室―――と、思っていた場所。
先程お風呂を借りて、優一を待っている間にベッドの中でもあたためてやろうと思って入ったら、いつもの寝室ではなかったのだ。正直、この部屋がなんなのかよくわかっていない。
何故なら、目前に広がっているのは壁全体に敷き詰められている俺の写真だったからだ。
前、後ろ、斜め、そして天井。ありとあらゆるところに俺の写真がたくさん貼られていた。
「あー、見られちゃったか」
「優一!?」
いつからそこにいたのか。優一は、腕を組みながら扉の方へ寄りかかっていた。バスローブ一枚を羽織って。
「……………引いただろ、こんな大量な写真。こんなの、もうストーカーみたいなものだし」
そう話す優一の顔に驚きはない。むしろ、「とうとう見つかったか」くらいのテンションだ。
「いきなり、こんなもの見せられてびっくりした? どうする、真尋。両親に報告でもする? してもいいけど、真尋の写真がどうなっても―――」
「ばか!! 写真飾るなら、せめて写りがいいのにしろよ! これとか半目だし、こっちは見切れてる!」
「……………え?」
ようやく優一の表情に驚きが浮かぶが、こっちはそれどころではない。俺がなんのために、毎日毎日メイクをしているのか。
全部、「最高にいい状態の俺」でいたいからだ。
これでは、まるで俺が自分大好きなナルシスト野郎ではないかと思われるが、そうではない。
俺は中学時代のような、黒歴史とも呼べる写真が嫌で優一から写真を取り返そうと必死になっていたのに。
そんな俺の写真が大量に飾られていたら、意味ないじゃないか。綺麗に写ってるものなら、まだいい。綺麗になりたくてメイクを始めたのだから。
だけど、これも、こっちも! なんか微妙!
めっちゃ悪いわけじゃないけど、写りがいいかと言われると違う。修学旅行の思い出写真とかで出てきたら、買うか迷うレベル。
思い出としては買ってもいいかな、けど写りがちょっとな。どうしようかなと悩んだ挙句に、一番無難な集合写真を選ぶ。
そんな写りのものばかり。
「―――真尋、引かないの? 自分の写真がこんなに飾られて」
「まぁ、オタクならグッズ集めるのは普通でしょ。コスプレイヤーならコス写集めるだろうし」
とにかく、この写真たちをどうにかしなければ。まずは写りのいいものから厳選する。
そう、俺が写真に手を伸ばそうとすると。
「真尋の写真は、どれも俺にとって大切なものだから。どんな写りでも、真尋は綺麗だよ」
こいつ、前も俺のすっぴんが綺麗って言ってたけど本当なのか? どう見ても写り悪いのに。
「本気で言ってる?」
「もちろんだよ。好きな子の写真なら、どんな姿でも綺麗に見えるのは当然のことだろう」
まただ。「好きな子」って。
優一、本当に俺のこと好きなのかな。
「俺のこと本当に好きなの!?」
「好きだよ」
「じゃあ、好きなら証明して!」
「わかった」
優一のあっさりとした返事に、思わず体が固まる。
「わかった」ってなに、なにをするつもりなんだ。
優一は、一歩一歩とこちらへ歩みを進める。なにも言わずに。
本能で後ろに下がると、背中にコツンと壁の当たる感触がした。逃げ場はない。
長かった梅雨がようやく過ぎ去り、もうすぐ夏休み直前だ。
蝉の音も本格的に聞こえ始めている。
昼間よりはマシだが、家の中にいてもミンミンと鳴く声が耳に届くほどにはやかましい。
時刻は夜の七時を少し回ったほどだろうか。昨日から優一がうちに泊まりにきている。
優一の家におじゃますることが何回かあったため、両親が「たまにはうちに泊まりなさい」と申し出たのだ。
うちに泊まれるってことで、優一は「真尋の家にお泊まりできるなんて嬉しいよ。一緒のベッドで寝ようね? あ、お風呂も一緒だよ?」と、すごく喜んでいた。
どこにでもある、ごくごく普通の家なのに。両親も普通、なんて言い方をしたら失礼かもしれないが。
俺は幸せな家庭で育ったと自覚している。それは紛れもなく、両親のおかげだ。
「真尋、準備終わった? もういける?」
「ああ、すぐ行く」
これから優一の家にお泊まりをすることになっている。
元々は、うちに一泊して夕飯を食べたら帰る予定のはずなのだが「帰りたくない」と拗ねたのでこのまま優一の家にも泊まることになった。結局優一の家に泊まるなら、うちにきた意味がないと思うんだけど、優一本人は気にしていない様子だった。
優一の表情はどことなくわくわくしているように見える。それは、夏休みが始まるからというよりも、両親との食事の日が明日に控えているからだろう。
やっぱり寂しかったんじゃないか。素直になればいいのに。
…………って、俺も人のことをとやかく言えないな。素直になれないのは俺も同じだから。
『好きな子に意地悪なんて無理。俺は真尋を甘やかしたい』
この言葉を俺はまだ優一に聞けないでいる。
「俺のことが好きなのか」って。
もし違ったら……………怖い。
けど、これは終人のときと同じく曖昧な関係ではないのだろうか。友達以上恋人未満の関係。
終人との一件で俺は学んだ。この関係をズルズルと引きずる気はない。
今日こそ優一に聞いてやる。
…………………つもりだったのだが。今はそれどころではない。
「え、これって」
目の前の光景に思わず言葉を失う。
現在俺がいるのは、優一の寝室―――と、思っていた場所。
先程お風呂を借りて、優一を待っている間にベッドの中でもあたためてやろうと思って入ったら、いつもの寝室ではなかったのだ。正直、この部屋がなんなのかよくわかっていない。
何故なら、目前に広がっているのは壁全体に敷き詰められている俺の写真だったからだ。
前、後ろ、斜め、そして天井。ありとあらゆるところに俺の写真がたくさん貼られていた。
「あー、見られちゃったか」
「優一!?」
いつからそこにいたのか。優一は、腕を組みながら扉の方へ寄りかかっていた。バスローブ一枚を羽織って。
「……………引いただろ、こんな大量な写真。こんなの、もうストーカーみたいなものだし」
そう話す優一の顔に驚きはない。むしろ、「とうとう見つかったか」くらいのテンションだ。
「いきなり、こんなもの見せられてびっくりした? どうする、真尋。両親に報告でもする? してもいいけど、真尋の写真がどうなっても―――」
「ばか!! 写真飾るなら、せめて写りがいいのにしろよ! これとか半目だし、こっちは見切れてる!」
「……………え?」
ようやく優一の表情に驚きが浮かぶが、こっちはそれどころではない。俺がなんのために、毎日毎日メイクをしているのか。
全部、「最高にいい状態の俺」でいたいからだ。
これでは、まるで俺が自分大好きなナルシスト野郎ではないかと思われるが、そうではない。
俺は中学時代のような、黒歴史とも呼べる写真が嫌で優一から写真を取り返そうと必死になっていたのに。
そんな俺の写真が大量に飾られていたら、意味ないじゃないか。綺麗に写ってるものなら、まだいい。綺麗になりたくてメイクを始めたのだから。
だけど、これも、こっちも! なんか微妙!
めっちゃ悪いわけじゃないけど、写りがいいかと言われると違う。修学旅行の思い出写真とかで出てきたら、買うか迷うレベル。
思い出としては買ってもいいかな、けど写りがちょっとな。どうしようかなと悩んだ挙句に、一番無難な集合写真を選ぶ。
そんな写りのものばかり。
「―――真尋、引かないの? 自分の写真がこんなに飾られて」
「まぁ、オタクならグッズ集めるのは普通でしょ。コスプレイヤーならコス写集めるだろうし」
とにかく、この写真たちをどうにかしなければ。まずは写りのいいものから厳選する。
そう、俺が写真に手を伸ばそうとすると。
「真尋の写真は、どれも俺にとって大切なものだから。どんな写りでも、真尋は綺麗だよ」
こいつ、前も俺のすっぴんが綺麗って言ってたけど本当なのか? どう見ても写り悪いのに。
「本気で言ってる?」
「もちろんだよ。好きな子の写真なら、どんな姿でも綺麗に見えるのは当然のことだろう」
まただ。「好きな子」って。
優一、本当に俺のこと好きなのかな。
「俺のこと本当に好きなの!?」
「好きだよ」
「じゃあ、好きなら証明して!」
「わかった」
優一のあっさりとした返事に、思わず体が固まる。
「わかった」ってなに、なにをするつもりなんだ。
優一は、一歩一歩とこちらへ歩みを進める。なにも言わずに。
本能で後ろに下がると、背中にコツンと壁の当たる感触がした。逃げ場はない。
