負けヒーロー部。負けヒーローの俺でも勝ちヒーローになれますか

終わった。今、俺の人生が終わった。
二年生に上がり、順調に学校生活を送れていると思っていた。それがこんなことになるなんて。
時期はゴールデンウィークが終わった五月下旬頃のこと。
俺――綿貫真尋は、教室の左すみっこで小さく立ちすくんでいる。目線は下、茶色の床を見つめたまま。
拳を握りしめてはパッと離し、また強く握る。その繰り返し。
教室中の男たちが俺をじっーと見ているのがわかる。
ここは男子校だ。当たり前だが男子しかいない。
「なんだよこの写真、ブスすぎんだろ」
冷たく容赦のない声に肩が上下にびくりと跳ねた。
俺は、反射で声のした方をちらりと見てしまった。その視線の先には、男の中でもがたいのいい角刈りのクラスメイトが写真をひらひらと頭上で揺らしていた。
写真の中にうつっているのは、前も見えないくらいボサボサな黒髪に丸眼鏡。肩を縮こまらせておどおどしている、いかにも陰キャって感じの見た目。
――俺だ。
何百回、いや。何千回、何万回と見てきた顔。嫌でも毎日鏡越しに見てきた。
俺はそんな自分の顔が大嫌いで、もう見るのも嫌になって、中学を卒業したと共にこの外見を変えようと決めた。
前髪は目にかからない程度に切りそろえて眼鏡を外し、コンタクトをつけている。襟足は長めで、肩よりちょっと下くらい。結べる長さにはある。今は結んでないけど。
右目の下の泣きぼくろが春の日差しにてらされている。
髪を整える前は見えなかったそのほくろが、今はわかりやすいくらいに人の視線を集めた。
制服は、どこにでもある白シャツに第一ボタンを外して、学校指定の地味な紺色のネクタイを緩めてある。ブレザーは着ていない。なんか真面目っぽく見えるし。
今の俺はどこから見ても、陽キャ。一軍の部類に入ると俺は確信している。そうだ、俺は垢抜けに成功した。
街を歩けば男女関係なく声をかけられるし、この前の休みの日は芸能事務所からスカウトされた。聞いたこともない怪しい事務所だったから断ったけど。
俺は美人だ。いや、美人になった。今の俺の顔は誰が見ても整っているだろう。自己評価が高すぎるって? だってそれくらいの努力をしてきたんだ。
最近はメンズメイクも流行っているから、動画を片っ端から検索して自分に合うメイクを見つけた。肌質もパーソナルカラーも全部だ。
メイクを始めた当初はファンデをつけすぎて、友達に幽霊みたいだとからかわれたし、チークは濃ければ濃いほど盛れると思って、めっちゃ濃くした。それはもう、真っピンクに。
女の子たちが簡単そうにパパッと描く涙袋もあんなに難しいとは思わなかった。
描きすぎればクマみたいになるし、薄ければ意味がない。ショート動画で流れてくるぷっくりとした涙袋を習得するのにどれくらいの期間がかかったか。
今では自分が、綺麗に見えるメイクを完璧にできる自信がある。ダウナーメイクだって、清楚系メイクだってお手の物だ。もちろん自分の好きにメイクをするのは休日だけで、学校がある日は先生に怒られないよう、調整をしている。
顔だけじゃない。髪だって、甘い桃の香りのするヘアオイルをつけている。
俺は高校の入学時と同時に、この見た目を完成させた。高校デビューってやつだ。一年生の頃からずっと、俺は一軍というカーストを死守してきた。
それなのに――
バレた、俺の秘密が。どうして。どこからその写真が……
「返してっ!」
俺は勇気を出して一歩を踏み出し、そいつの目の前まで歩を進めた。そして、思いっきり背伸びをして写真を取り返そうと腕を伸ばす。
でも、そいつと俺の身長差は頭一個分以上ある。見上げるだけで首がちょっと痛くなるくらいに。
それでもこの写真だけは――
俺の必死な思いも無にかえって、クラスメイトたちからは嘲笑うような言葉が次々と出てくる。
「返して〜だって。うける」
「ここにあるから取ってみろよ、取れるものならな。あ、チビのお前じゃ無理か」
「返せって……!」
言い返す俺の声は、ダサく震えていた。
最悪だ、ほんと。見た目が変わったって中身は何も変わってない。うじうじしてて、男らしくない。どうしようもない陰キャ。
だめだ、泣きそう。
「はい、そこまで。これは俺が預かっておくね」