十二月最初の金曜日。最後のテスト科目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、あちこちから安堵の深呼吸や、机に突っ伏す音が聞こえた。
「春希、これ、見て見て」
放課後、二人の帰り道。
春希の目の前へ雪がスマートフォンの画面を差し出してくる。
「ん?」
二人の白い息が重なる。
表示されていたのは、ティーンズ向けカジュアルファッションブランドの公式SNSアカウントだった。『クリスマス特集』と銘打たれた投稿がいくつか並んでいる。その中の一つに、雪の姿があった。
「お、これ、初仕事か?」
「うん!」
オフホワイトのざっくりとしたタートルネックニットに、落ち着いたネイビーのダッフルコートを羽織っている。
「同じ高校生のモデルさんたちと一緒に撮影したんだ」
部活みたいで楽しかったと、興奮気味に語る雪の報告を聞きながら、春希は他のモデルたちの写真と雪の写真を交互に見比べる。
型にはまった笑顔を作る他のモデルたちの中で、雪だけが少し視線を外し、憂いを帯びた静かな表情をしている。
光をすべて吸い込んでいるかのような存在感があった――と見えるのは、ただの身内の贔屓目だろうか。
「……なんか」
春希は画面から顔を上げ、横を歩く雪を見た。
「雪がいちばん目を引くっていうか、絵になってるっていうか」
気の利いた言葉が見つからず、ただ素直な感想をこぼす。
「嬉しい!」
寒空の下で、雪の頬がほんのりと赤く染まっていた。
*
二学期も残すところわずかとなった十二月中旬。
放課後の教室では三者面談が行われていた。
ストーブが焚かれた室内で、担任の青木先生と、母の秋子、そして春希がパイプ椅子に座って机を囲んでいる。机の上には、先日返却されたばかりの期末試験の成績表と、進路希望調査票が並んでいた。
「春希君は、数学と物理に関しては申し分ないですね。今回の期末でも、クラスで上位の成績です」
「そうですか、ありがとうございます」
秋子が隣で嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。
しかし青木先生のトーンはそこで一段階、現実的なものへと下がった。
「ただ、志望している国立の工科大学に届くには、共通テストの足切りに引っかからないよう、他の科目も全体的に点数を上げていかなければなりません。次は、特に英語と国語を頑張れたらいいですね」
「はい……」
「一年生の今の時期から明確な目標を持てたのは素晴らしいことです。志望校も、このまま高いところを目指していきましょう」
青木先生は春希を否定することなく、力強い声で励ましてくれた。
面談が終わり、すっかり日の落ちた帰り道。
「前回よりマイナスじゃないんだから、確実に前に進んでるわよ!」
隣を歩く秋子が、努めて明るく発破をかけてくる。
「うん……まあ……」
春希の頭の片隅に浮かんでいたのは、雪のことだった。
雪の初めての仕事――ティーンズ向けブランド公式の、クリスマス特集のSNS投稿。雪を含む五人のモデルでそれぞれアップされた写真の中で、雪の投稿が頭一つ抜けてリアクション数を集めていた。
雪個人アカウントのフォロワー数も伸び続けており、「ファン」の存在が可視化され始めている。
夏休みの終わり――同じ時期にそれぞれ進路を決めたはずだった。
焦りを胸の奥に抱えたまま、春希の二学期は終わった。
*
楠原高校は、十二月二十三日に二学期の終業式を迎えた。
春希が通う塾の冬季講習が本格的に始まるのは、二十五日からだ。
ぽっかりと空いた二十四日、クリスマスイブの朝早く。
春希と雪の二人は、渋谷にいた。
ゴールデンウィークに夏美の紹介で訪れた古着のセレクトショップ。その店内で、雪が店舗のPR案件でスチール撮影に臨んでいた。夏美を介して雪のデビューを知った店長が、『オフィス・シノミヤ』へ正式に依頼した仕事だ。
「よしゃ! じゃあ次は、こっちのアウター羽織ってみようか!」
相変わらず声だけは体育会系な店長の笠松が、ハキハキと指示を出す。
「楽しそうだな……」
春希は店の端の邪魔にならない位置から、その様子を静かに見守っていた。
すぐ隣には、細身のスーツを着た女が立っていた。
春希はメガネのフレーム越しに、ちらりと横を盗み見る。
年齢は三十代前半ほど。
ゆるく巻いたミディアムヘア。化粧は薄づきだが、目鼻立ちのはっきりとした美人だった。
篠宮凛――オフィス・シノミヤの社長だ。
ふと、強い光を宿す眼差しと視線がかち合う。
「あ」と驚く春希へ、篠宮はにこりと微笑みかける。
「そのメガネ、度が入ってない?」
「えっ」
春希は反射的に、フレームに指をかけた。
「ごめんなさい。職業柄、顔ばかり見る癖があって。よく似合っているわ」
と、また撮影中の雪へと意識を戻した。
「ど、どうも……」
春希も、試着室の前へと顔を向ける。
「トラッドな感じも似合うね〜」
「これもどうでしょう?」
興に乗る笠松の声に応じて、店員たちも水を得た魚のようにラックから服を引き抜いては、心底楽しそうにコーディネートを組んでいく。
一方の雪はカメラのレンズへ堂々と顔を向け、服に合わせて表情を変えていく。
「いやあ、今だから告白しますけどね」
笠松は首に下げたカメラに手を添え、ふう、と息をついて笑った。
「ゴールデンウィークの時は、NATSUMIさんに厳し〜く言われてたんですよ。『モデルになればいいのに』とか絶対に言うなよ! ってね」
「お気遣い、ありがとうございます」
スタイリング担当の店員に前髪の毛束を指先で散らされながら、雪が柔らかく微笑む。
「こうやってモデルになって戻ってきてくれるなんて、感無量ですって」
笠松は感慨深げに息を吐き、再びファインダーを覗き込んだ。
予定通り一時間ほどで撮影が終了する。
十分後に迫っている開店時間に向け、笠松をはじめとする店員たちがラックの配置を直し、床を整えながら小走りで動き回っている。
「凛さん。僕たち、お店に残ってお買い物してから帰ります」
私服に着替えた雪が、春希の袖を軽く引き寄せながら篠宮へ声をかけた。
「あら、良いわね。じゃあ私はお先に」
篠宮は肩にバッグを掛け直すと、最後に春希へと顔を向けた。
「お付き合い下さって、ありがとう」
小さく会釈をし、口元に整った笑みを残す。
「い、いえ。こちらこそ」
春希は伊達メガネのブリッジを無意識に押し上げ、少しだけ上ずった声で返した。
篠宮は店の奥の笠松たちへ軽く挨拶をし、そのまま軽やかな足取りで重い鉄扉を開けて、人の増え始めた渋谷の街へ出ていく。
春希と雪はその場にとどまり、客として店内で買い物をした。
今度は雪が、ラックから春希に似合いそうな服を選び出していく。
「あれ、弟さん、サイズ変わりましたね。身長も伸びた?」
春希の背中にシャツを当てていた笠松が、目ざとく言い当てた。
春希が返答するより早く、隣にいた雪が「そうなんです」と嬉しそうに弾んで春希の腕に両手でぎゅっと抱きつき、まるで自分のことのように自慢げな笑みを笠松へ向ける。
「春希、こっち向いて、こう、立ってみて」
会計を済ませると雪はスマートフォンを取り出し、姿見の前に春希を立たせて隣に寄り添った。
最後に2ki_days用の撮影を終えて、二人は店を後にした。
午前十一時過ぎの渋谷は、急に人の波が増え始める。
「こっちこっち」
人混みを潜り抜け、雪は春希の袖を引いてファッションビルへと引っ張り込んだ。
メンズ小物のフロアへ向かう。
シンプルなデザインがコンセプトのブランドの店頭から鮮やかな青いマフラーを手に取って、春希の首元へふわりと巻いた。
「僕からのクリスマスプレゼント」
「え、でも」
「キャップの御礼、ずっとしたかったんだ。今日はずっとつけてってね」
遠慮する春希を見上げ、雪は被っていた青いキャップのブリムを人差し指で少し持ち上げた。影から覗く飴玉のような瞳が、得意げに細くなる。
ビルを出て、二人はファストフード店を目指して歩く。
雪はキャップで顔を半分隠し、春希の腕に触れるほどの距離に並んだ。
ビクビクしながら歩いていたゴールデンウィークと違って、今回は一度も胡散臭い輩に声をかけられることはなかった。
「堂々としてれば、変なのが声をかけてこないって本当なんだな」
春希が感心したように言うと、雪は少しだけ残念そうに唇を尖らせた。
「『すみません、もう事務所に入ってるんです』って、いつでも言えるように練習したのに、まだ言えてないんだ」
「練習したのかよ。俺も聞きたいわ」
などと、軽口を叩き合いながら歩く。
若い学生客が多いファストフード店やコーヒーチェーン店でも、雪はずっと何かしらの視線を受け続けていた。
「今の子、顔めちゃ綺麗」
「見た? やばくない?」
周囲から漏れ聞こえる声が、何度も春希の耳に届いた。
それでも雪は堂々と、いつも通り、学校の中庭にいる時と同じ様子を崩さない。
「春希、これ見て」
雪がテーブルの真ん中に、スマートフォンを置く。
隣のテーブルの客たちがこちらを窺っている気配を感じ、春希がそちらへよそ見をしかけた。
雪の表情が僅かに曇った、瞬間――
「春希、こっち」
雪がテーブル越しに手を伸ばし、春希の首に巻かれた真新しい青いマフラーの両端を、きゅっと自分の方へ引いた。
「っわ」
不意に上体が前のめりになり、テーブルの中央に置かれたスマートフォンの画面の上で、二人の顔が至近距離で向かい合う。まつ毛の影が落ちるほどの距離。
隣のテーブルからの視線とささやき声が、春希の頬の表面をざわざわとくすぐっていく。
どこから向けられる関心にも気を許さず、この美しい存在が、ただ春希だけを見つめて無防備に微笑んでいる――浅ましい優越感だ。
己の内に湧き上がった暗い感情を自嘲すると同時に、目の前にいる雪が、ひどく遠いものに感じられた。
二人で過ごせた冬休みは、その日だけだった。
春希の冬休みは塾の冬季講習と、事務所でのアルバイト、そして水泳部の自主トレで、息をつく暇もないほどびっしりと詰まっていた。
一方の雪も、正月商戦やバレンタイン商戦に向けた新しい仕事が続けて入ったらしく、レッスンと撮影で都内のスタジオへ通い詰めているという。
「学校」という接点がないまま、日々が過ぎた。
そんな中で、2ki_daysのタイムラインの中の二人は、古着屋の姿見の前に並んで立っていた。画角の端に入り込んだ顎のラインが、二人とも笑っていることを伝えている。
投稿についたハートの数は三十ちょっと。コメント欄には、数人の常連さんから『クリスマス楽しんでますね』などの温かい言葉が並んでいた。
「春希、これ、見て見て」
放課後、二人の帰り道。
春希の目の前へ雪がスマートフォンの画面を差し出してくる。
「ん?」
二人の白い息が重なる。
表示されていたのは、ティーンズ向けカジュアルファッションブランドの公式SNSアカウントだった。『クリスマス特集』と銘打たれた投稿がいくつか並んでいる。その中の一つに、雪の姿があった。
「お、これ、初仕事か?」
「うん!」
オフホワイトのざっくりとしたタートルネックニットに、落ち着いたネイビーのダッフルコートを羽織っている。
「同じ高校生のモデルさんたちと一緒に撮影したんだ」
部活みたいで楽しかったと、興奮気味に語る雪の報告を聞きながら、春希は他のモデルたちの写真と雪の写真を交互に見比べる。
型にはまった笑顔を作る他のモデルたちの中で、雪だけが少し視線を外し、憂いを帯びた静かな表情をしている。
光をすべて吸い込んでいるかのような存在感があった――と見えるのは、ただの身内の贔屓目だろうか。
「……なんか」
春希は画面から顔を上げ、横を歩く雪を見た。
「雪がいちばん目を引くっていうか、絵になってるっていうか」
気の利いた言葉が見つからず、ただ素直な感想をこぼす。
「嬉しい!」
寒空の下で、雪の頬がほんのりと赤く染まっていた。
*
二学期も残すところわずかとなった十二月中旬。
放課後の教室では三者面談が行われていた。
ストーブが焚かれた室内で、担任の青木先生と、母の秋子、そして春希がパイプ椅子に座って机を囲んでいる。机の上には、先日返却されたばかりの期末試験の成績表と、進路希望調査票が並んでいた。
「春希君は、数学と物理に関しては申し分ないですね。今回の期末でも、クラスで上位の成績です」
「そうですか、ありがとうございます」
秋子が隣で嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。
しかし青木先生のトーンはそこで一段階、現実的なものへと下がった。
「ただ、志望している国立の工科大学に届くには、共通テストの足切りに引っかからないよう、他の科目も全体的に点数を上げていかなければなりません。次は、特に英語と国語を頑張れたらいいですね」
「はい……」
「一年生の今の時期から明確な目標を持てたのは素晴らしいことです。志望校も、このまま高いところを目指していきましょう」
青木先生は春希を否定することなく、力強い声で励ましてくれた。
面談が終わり、すっかり日の落ちた帰り道。
「前回よりマイナスじゃないんだから、確実に前に進んでるわよ!」
隣を歩く秋子が、努めて明るく発破をかけてくる。
「うん……まあ……」
春希の頭の片隅に浮かんでいたのは、雪のことだった。
雪の初めての仕事――ティーンズ向けブランド公式の、クリスマス特集のSNS投稿。雪を含む五人のモデルでそれぞれアップされた写真の中で、雪の投稿が頭一つ抜けてリアクション数を集めていた。
雪個人アカウントのフォロワー数も伸び続けており、「ファン」の存在が可視化され始めている。
夏休みの終わり――同じ時期にそれぞれ進路を決めたはずだった。
焦りを胸の奥に抱えたまま、春希の二学期は終わった。
*
楠原高校は、十二月二十三日に二学期の終業式を迎えた。
春希が通う塾の冬季講習が本格的に始まるのは、二十五日からだ。
ぽっかりと空いた二十四日、クリスマスイブの朝早く。
春希と雪の二人は、渋谷にいた。
ゴールデンウィークに夏美の紹介で訪れた古着のセレクトショップ。その店内で、雪が店舗のPR案件でスチール撮影に臨んでいた。夏美を介して雪のデビューを知った店長が、『オフィス・シノミヤ』へ正式に依頼した仕事だ。
「よしゃ! じゃあ次は、こっちのアウター羽織ってみようか!」
相変わらず声だけは体育会系な店長の笠松が、ハキハキと指示を出す。
「楽しそうだな……」
春希は店の端の邪魔にならない位置から、その様子を静かに見守っていた。
すぐ隣には、細身のスーツを着た女が立っていた。
春希はメガネのフレーム越しに、ちらりと横を盗み見る。
年齢は三十代前半ほど。
ゆるく巻いたミディアムヘア。化粧は薄づきだが、目鼻立ちのはっきりとした美人だった。
篠宮凛――オフィス・シノミヤの社長だ。
ふと、強い光を宿す眼差しと視線がかち合う。
「あ」と驚く春希へ、篠宮はにこりと微笑みかける。
「そのメガネ、度が入ってない?」
「えっ」
春希は反射的に、フレームに指をかけた。
「ごめんなさい。職業柄、顔ばかり見る癖があって。よく似合っているわ」
と、また撮影中の雪へと意識を戻した。
「ど、どうも……」
春希も、試着室の前へと顔を向ける。
「トラッドな感じも似合うね〜」
「これもどうでしょう?」
興に乗る笠松の声に応じて、店員たちも水を得た魚のようにラックから服を引き抜いては、心底楽しそうにコーディネートを組んでいく。
一方の雪はカメラのレンズへ堂々と顔を向け、服に合わせて表情を変えていく。
「いやあ、今だから告白しますけどね」
笠松は首に下げたカメラに手を添え、ふう、と息をついて笑った。
「ゴールデンウィークの時は、NATSUMIさんに厳し〜く言われてたんですよ。『モデルになればいいのに』とか絶対に言うなよ! ってね」
「お気遣い、ありがとうございます」
スタイリング担当の店員に前髪の毛束を指先で散らされながら、雪が柔らかく微笑む。
「こうやってモデルになって戻ってきてくれるなんて、感無量ですって」
笠松は感慨深げに息を吐き、再びファインダーを覗き込んだ。
予定通り一時間ほどで撮影が終了する。
十分後に迫っている開店時間に向け、笠松をはじめとする店員たちがラックの配置を直し、床を整えながら小走りで動き回っている。
「凛さん。僕たち、お店に残ってお買い物してから帰ります」
私服に着替えた雪が、春希の袖を軽く引き寄せながら篠宮へ声をかけた。
「あら、良いわね。じゃあ私はお先に」
篠宮は肩にバッグを掛け直すと、最後に春希へと顔を向けた。
「お付き合い下さって、ありがとう」
小さく会釈をし、口元に整った笑みを残す。
「い、いえ。こちらこそ」
春希は伊達メガネのブリッジを無意識に押し上げ、少しだけ上ずった声で返した。
篠宮は店の奥の笠松たちへ軽く挨拶をし、そのまま軽やかな足取りで重い鉄扉を開けて、人の増え始めた渋谷の街へ出ていく。
春希と雪はその場にとどまり、客として店内で買い物をした。
今度は雪が、ラックから春希に似合いそうな服を選び出していく。
「あれ、弟さん、サイズ変わりましたね。身長も伸びた?」
春希の背中にシャツを当てていた笠松が、目ざとく言い当てた。
春希が返答するより早く、隣にいた雪が「そうなんです」と嬉しそうに弾んで春希の腕に両手でぎゅっと抱きつき、まるで自分のことのように自慢げな笑みを笠松へ向ける。
「春希、こっち向いて、こう、立ってみて」
会計を済ませると雪はスマートフォンを取り出し、姿見の前に春希を立たせて隣に寄り添った。
最後に2ki_days用の撮影を終えて、二人は店を後にした。
午前十一時過ぎの渋谷は、急に人の波が増え始める。
「こっちこっち」
人混みを潜り抜け、雪は春希の袖を引いてファッションビルへと引っ張り込んだ。
メンズ小物のフロアへ向かう。
シンプルなデザインがコンセプトのブランドの店頭から鮮やかな青いマフラーを手に取って、春希の首元へふわりと巻いた。
「僕からのクリスマスプレゼント」
「え、でも」
「キャップの御礼、ずっとしたかったんだ。今日はずっとつけてってね」
遠慮する春希を見上げ、雪は被っていた青いキャップのブリムを人差し指で少し持ち上げた。影から覗く飴玉のような瞳が、得意げに細くなる。
ビルを出て、二人はファストフード店を目指して歩く。
雪はキャップで顔を半分隠し、春希の腕に触れるほどの距離に並んだ。
ビクビクしながら歩いていたゴールデンウィークと違って、今回は一度も胡散臭い輩に声をかけられることはなかった。
「堂々としてれば、変なのが声をかけてこないって本当なんだな」
春希が感心したように言うと、雪は少しだけ残念そうに唇を尖らせた。
「『すみません、もう事務所に入ってるんです』って、いつでも言えるように練習したのに、まだ言えてないんだ」
「練習したのかよ。俺も聞きたいわ」
などと、軽口を叩き合いながら歩く。
若い学生客が多いファストフード店やコーヒーチェーン店でも、雪はずっと何かしらの視線を受け続けていた。
「今の子、顔めちゃ綺麗」
「見た? やばくない?」
周囲から漏れ聞こえる声が、何度も春希の耳に届いた。
それでも雪は堂々と、いつも通り、学校の中庭にいる時と同じ様子を崩さない。
「春希、これ見て」
雪がテーブルの真ん中に、スマートフォンを置く。
隣のテーブルの客たちがこちらを窺っている気配を感じ、春希がそちらへよそ見をしかけた。
雪の表情が僅かに曇った、瞬間――
「春希、こっち」
雪がテーブル越しに手を伸ばし、春希の首に巻かれた真新しい青いマフラーの両端を、きゅっと自分の方へ引いた。
「っわ」
不意に上体が前のめりになり、テーブルの中央に置かれたスマートフォンの画面の上で、二人の顔が至近距離で向かい合う。まつ毛の影が落ちるほどの距離。
隣のテーブルからの視線とささやき声が、春希の頬の表面をざわざわとくすぐっていく。
どこから向けられる関心にも気を許さず、この美しい存在が、ただ春希だけを見つめて無防備に微笑んでいる――浅ましい優越感だ。
己の内に湧き上がった暗い感情を自嘲すると同時に、目の前にいる雪が、ひどく遠いものに感じられた。
二人で過ごせた冬休みは、その日だけだった。
春希の冬休みは塾の冬季講習と、事務所でのアルバイト、そして水泳部の自主トレで、息をつく暇もないほどびっしりと詰まっていた。
一方の雪も、正月商戦やバレンタイン商戦に向けた新しい仕事が続けて入ったらしく、レッスンと撮影で都内のスタジオへ通い詰めているという。
「学校」という接点がないまま、日々が過ぎた。
そんな中で、2ki_daysのタイムラインの中の二人は、古着屋の姿見の前に並んで立っていた。画角の端に入り込んだ顎のラインが、二人とも笑っていることを伝えている。
投稿についたハートの数は三十ちょっと。コメント欄には、数人の常連さんから『クリスマス楽しんでますね』などの温かい言葉が並んでいた。
