魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 とりあえず、この世界で安全な寝床は確保した。
 いや、安全かどうかはまだわからないか。
 なにせ相手は魔王だ。
 魔王といえば、人間を苦しめる悪の根源って相場が決まっている。

 でも、この魔王様は私のイメージする“魔王”とはどこか違っているんだよな。

「ところで、お前の名はなんという」
「名前ですか? 秋……」

 いや待って。こういう時、本名って明かしていいの?
 相手は魔王だし、まずいかな?

「真名を明かさなくてもいい。呼んでいい名を教えろ」

 呼んでいい名前……。

「百合……」
「ユリ?」
「はい。ユリと呼んでください」
「わかった。良い名だな、ユリ」

 名前、褒められた……。

 誰かにユリと呼ばれるのは久しぶりだ。
 お父さんもお母さんも、おばあちゃんもいなくなって、もうだれも私のことをユリと呼んでくれる人はいなかったから。

 突然この世界に連れてこられて、死の恐怖も味わって、どうなることかと思ったけどなんとか生きてはいけそうだ。

 それより、ずっと気になっていたことがある。

「あの、ここお風呂ってあるんですか?」
「風呂?」
「えっと……体を洗ったり、お湯に浸かったりするところ、ですかね」
「ああ。湯殿ならあるぞ」
 
 あるんだ。良かった。
 でも、魔王様は髪の毛ボサボサでボロボロだしくすんでるし入ってなさそう。

「お借りしてもいいですか?」
「使う気があるなら好きにすればいい」

 なんだか曖昧な言い方だな。
 まあここで生活していくならお風呂は必須だ。
 もちろん使わせていただく。

 そして案内してもらったお風呂は、想像していた以上に広かった。
 
 でも……

「汚すぎる……」

 まるで廃校になって何十年も放置された学校のプールのような湯殿だ。
 藻のような物が張り巡らされ、床は黒ずんでいる。
 ずっと使ってないんだろうな。
 せっかくタイル張りで広さもある豪華なお風呂なのにもったいない。
 でも、こんな状態で入れるわけもない。

「使わないのか?」
「使いますよ! でもその前にここを綺麗にしないと」
「これをどうやって綺麗にするんだ?」

 どうやって?!
 掃除したことないの?
 魔王様だしそんなことしないか。
 そういえば百年の眠りから覚めたばかりだったな。

 にしても汚れ過ぎだよね。

「魔王様は使わないんですか?」
「何千年も使っていない」

 何千年?!
 そんなに放置されてたの?

 てか、何千年もお風呂に入っていないって……。
 隣に立つ魔王様をそっと見上げる。
 髪はギシギシボロボロで、マントの隙間から見える肌もくすんでいる。
 たしかに入ってなさそう。
 でも以外と無臭なんだよな。

「あの、掃除道具とかってあるんですか?」
「昔のものならどこかにあるはずだが」
「では貸してもらいますね。今から綺麗にして、それから使わせてもらいます」
「好きにするといい」

 私は隅に転がっていた、たわしのような物を見つけた。
 他には……なさそう。
 掃除道具ってこれだけ? そんなことある?
 けれど、やはりどこにもない。まあ、仕方ないか。

 たわしを拾い、床を磨いていく。
 でも藻のような物がたくさんこべりついてなかなか綺麗にならない。
 それにとてつもなく広いからなかなか終わらない。
 せめてシャワーとかホースみたいなものがあればいいのにな。

 魔王様は浴槽の縁に腰掛けてじっとこちらを見ている。

「あの、そこにいるなら手伝ってくれたり……」

 しないよね。
 お風呂に入りたいわけじゃないんだし。

 ふぅと息を吐き、たわしでひたすらタイルを磨いていく。
 すると後ろからピュッと水が飛んできた。

 振り返ると魔王様がこちらに手をかざしている。
 そしてまたピュッと水を飛ばしてきた。

「なっ、なにするんですか」
「手伝って欲しいのだろう」
「だからってこっちに飛ばさないでくださいよ!」

 魔王様は意地悪気に笑う。
 でも、水があるだけで掃除の進み具合が全然違うな。

「もっとたくさん、汚れを洗い流す勢いで出してください」
「無理だ。まだ魔力がそこまでない」

 さすがにそれは無理だったか。
 もっとこう、高圧洗浄機みたいにビューっと水が出せたら楽だと思ったたんだけどな。
 私は魔王様の真似をして手を突き出してみた。

 すると、手のひらから勢いよく水が噴射した。

「えぇ!? なんで?!」
「ユリは水魔法が使えるのか」
「そうなんですか?」
「俺に聞くなよ。そういうことだろ」

 私、魔力を持ってるんだ。教会では魔力がないって騒がれていたのに。
 でも、これはかなり便利だ。

 もう一度手のひらを突き出し、水を出す。
 
 ピューっと出るけれど、もっと勢いよく鋭い感じがいいかな。
 イメージしながらもう一度。
 すると本当に高圧洗浄機のように水が勢いよく噴射し、タイルの汚れを落としていく。

「おお! これいいじゃない」

 たわしで地道に磨いていくより断然早いし綺麗になる。
 私は両手から水を噴射し、どんどん磨いていく。
 その勢いで壁や天井も綺麗にして、思っていたよりも早く掃除は終わった。

「沼地のようだった湯殿が見違えたな」

 沼地って……。自分の家のお風呂を沼地って言う?!

「まあ……数千年の汚れが溜まってましたからね」

 これで気持ちよくお風呂に入れる。

「ところで、これってどうやってお湯出すんですか?」

 四角い給湯口のようなものはあるけれど、レバーは見当たらない。

「この魔法陣に魔力を流すんだ」

 魔王様は給湯口の上を指差す。

 そこにはたしかに小さな魔法陣がある。
 私の魔力で大丈夫なのかな。
 そっと手をかざすと、ザーッとお湯が流れ出て来た。

 すごい。ちゃんとお湯が出てる。
 手を当ててみると、ちょうどいい温度だ。

「じゃあ魔王様、しっかり洗って、しっかり温まってくださいね」
「俺が入るのか?」
「このお城の主ですし、まあなんと言うか……先に入ってください」

 こんなボロボロの姿の主を差し置いて私が先に入るのも気が引ける。
 はっきり言って汚いし、顔色悪いし。

「面倒なんだが」
「いやいや何千年も洗ってないとかありえないですから! ちゃんと髪も洗って綺麗にしてくださいよ」

 ブツブツ文句を言っている魔王様を残して湯殿を出た。

 とりあえず広間に戻り、ボロボロのソファーに腰掛ける。
 部屋の中を見回すけれど、どこもかしこも汚れがひどい。

「しばらくはここで暮らすのか……」

 全然居心地がよくない。
 掃除、していかないとな。

 随分と広いお城だけど他の部屋はどんな感じなんだろう。
 変な物とか出てこないといいけど。

 そんなことを考えていると、広間の扉が開いた。

 入ってきたのは、艶々の長い銀髪に、キリッとした瞳の男性。
 少しはだけたローブを纏う姿はなんだか色っぽい。

 ここ、魔王様以外にも住んでる人いたんだ。
 それに、かなりイケメンだ……。
 
「なんだ。何をそんなに見ている」

 え、この声この喋り方――

「魔王様?!」
「他に誰がいると言うんだ」

 ええ! さっきとはまるで別人なんですけど!