魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 魔王様は、じっと立っている。
 まるでもう何時間もそうしていたように。
 そんなわけはないだろうけど。

「魔王様、こんなところに来てどうかされたのですか?」
「帰りが遅いから少し様子を確認しに」
「心配してくれたの? 少しユリと昔話をしてたのよ。私がジルと出会うまでの話」
「出会うと言ってもミレアスは俺が封印から目覚めたときには我が物顔で城でくつろいでいただろう」

 ミレアスさんは、ハルさんが亡くなった後一人でお城へ行ったんだな。
 それで、魔王様の復活を待っていたんだ。

「そうそう、あとはあの王子に招かれて王宮にも行ったわ」
「なんだって?」

 魔王様の表情が険しくなった。
 勝手に王宮に行ったこと、怒っているのかな。
 私が転移魔法でいったん魔王城に戻って一緒に行けば良かった。
 そこまで頭が回らなかったな。

「すみませんでした。アンドレア王子はいつでも来てくれてって言っていたし、今度魔王様も一緒に行きましょう」
「行くわけないだろう」
「どうしてですか?」
「あの王子がよくても周りが俺を受け入れるとは思わん」

 たしかにそれもそうかも……。
 でも、アンドレア王子が何も考えずに訪ねて来いとは言わない気もするんだけどな。

「それよりジル、一緒に行って欲しい場所があるんだけど」
「街には行かんぞ」
「違うわ。ハルのところよ。以前、話したことがあるでしょう?」
「ああ。九番目の勇者のことか」

 魔王様はハルさんのことを覚えているようだった。
 まさか今までの勇者全員覚えているわけじゃないよね?
 
 アンドレア王子から聞いたことも含め、私たちはハルさんが眠っている村へと向かうことにした。

 村の墓地までは、魔王様の転移魔法で移動した。
 墓地は高台にあり、そこから村が見下ろせる。

「魔王様は本当にいろいろなところに行ったことがあるのですね」
「長く生きていれば行く場所も増えてくる」

 あまりお城の外には出ないイメージだけど、昔はよく出かけていたのだろうか。
 転移魔法でどこでも行けるなんて便利すぎる。

 見下ろした先にはもう人は誰もおらず、家であったであろう建物も朽ちていた。
 もう村がなくなって随分と経っていることがわかる。

「もともと、ほとんど人の住んでいないところだったからね」
 
 北の森に一番近い、人が住む場所だったそうだ。
 ここを過ぎれば北の森の入り口がある。
 ハルさんは最後のこの村で命を終えたんだ。
 
 お墓は少し離れたところにあるそうで、墓地の中をゆっくりと進んでいく。

 けれど、すぐに異変に気付いた。
 人が住まなくなって随分と経つはずなのに、まだ新しい轍がある。
 小さな車輪を引いたような跡だ。

 ミレアスさんは足を速める。
 私も追いかけるように付いていった先には、小さな石碑と掘り返された土の山があった。

 立ちすくむミレアスさんの横に並び、掘られた穴を覗く。
 中にあったのは、空になった棺。

「ミレアスさん……」
「遅かった、みたい」

 震える声で棺を見つめる姿に、私は何も言えなかった。

 教会は、どうやってこの場所を調べたのだろう。
 本当にハルさんを蘇らせるつもりなのだろうか。

 そして、魔王様を倒しにくる?

 もしそうなったら、私たちは戦わなければいけない。
 ミレアスさんは、大丈夫だろうか……。
 
「取り戻しに行けばいいだろう。場所はわかっているんだ」

 後ろから魔王様が落ち着いた声で言った。
 こういう時、冷静な魔王様がとても頼もしく感じる。

「そうですね。魔王様の言う通りです。ハルさんを連れ戻しましょう。教会の好きなようにさせてはいけません」
「二人とも、ありがとう。でも、もしアンドレア王子の仮説が本当だとしたら……」

 やっぱり、蘇らせられることを気にしている。
 取り戻しに行ったところで、手遅れかもしれない。
 
 大切な人と戦うなんてできないに決まっている。
 
「ミレアスさん、もしもの時は私と魔王様で戦います。あと、マルブさんも力になってくれるはずです」
「……いえ、私も戦うわ。これは、私の責任だから」
「ミレアスさんのせいではありません。全部、教会の傲慢な思惑のせいですから」

 今日はもう遅いので、いったん魔王城へ戻ることになった。
 何の計画もなく教会に乗り込むわけにはいかない。
 それに、アンドレア王子にも相談するべきだ。

 これは、人間と魔王の戦いになってしまうかもしれないから。
 
 教会に潜入している騎士団員がいると言っていたし、情報収集の協力も仰ぎたい。

 お城へ戻ると、マルブさんが拗ねたように待っていた。

「僕を置いてみんなでどこか行っていただろう!」

 頬を膨らませる姿は可愛らしい子どもだ。
 ちゃんと留守番していてえらい。
 魔王様は、そんなマルブさんの頭にポンっと手を置く。

「マルブ、特訓の成果を発揮する時がきたぞ」
「え……。はいっ」

 拗ねていた表情は一変し、背筋が伸びたようだった。

 その日の夕食、予定していたメニューではなかったけれど、みんなたくさん食べてくれた。
 これから起こり得ること、私たちはそれぞれどうするべきか話し合う。
 もし予想外のことが起こっても、ちゃんと各々が目的を見失わないように。

 翌日、まずは状況の確認と、今後どう行動するかを相談するために私とミレアスさんでアンドレア王子の元へいくことにした。

 魔王様は教会の行動が掴めないため、城に残ることになった。
 もし、戦うことになってもそれは魔王城でなければいけない。
 王都の街で勇者と魔王が戦うとなれば、被害は計り知れないだろう。それは絶対に避けなければ。

 私たちは昨日と同じ格好で、王宮へと向かった。
 広場側にある裏門の衛兵は昨日と同じ人だったので、すぐに王子と繋いでくれた。

 執務室へと通され、アンドレア王子と対面する。
 昨日よりも、緊迫した雰囲気が漂っていた。

「諜報員から教会に動きがあったと報告があった」
「私たちもそのことでお話があってきました」

 まずは、諜報員からの報告を聞いた。
 勇者のお墓を掘り返し、遺体や遺骨を集めていた神官たちは、北の村で見つけた勇者の遺体を連れ帰った後は墓探しをやめたらしい。
 そしてラカス神官長が、北の森の勇者の遺体と共に教会奥にある代々神官長しか入れないという秘拝室にこもっているという。

「これ以上のことはわかっていないが、懸念していたことが実際に起こっているかもしれない」
「その北の森の勇者は、私のかつての友人なの……」

 ミレアスさんの言葉に王子は眉をひそめた。

「そうだったのか」
「安心して。情が湧いて寝返ったりしなから。むしろ彼の弱点ならよくわかる」

 だから魔王様が負けることはないだろうとミレアスさんは言い切った。
 
 話し合った結果、これから私たちは教会に乗り込むことにした。
 蘇りの禁術が行われる前にどうにかしたい。
 まだハルさんが無事ならば、体を取り戻し撤退する手はずだ。

 アンドレア王子はラカス神官長に面会を申し込む形で教会に入り、私とミレアスさんは一般市民に解放されている礼拝堂から入り、そこから忍び込むことに。

 アンドレア王子の面会が上手くいけば私とミレアスさんで秘拝室へ乗り込む。

「では、くれぐれも無茶はしないように」
「はい。何かあれば転移魔法で撤退することも念頭に置いておきます」

 教会の中で大きな争いにするわけにはいかない。
 万が一、争うことになるのなら、それは魔王城でだ。

 私たちはそれぞれ教会へと向かった。