魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

「人間をどうこうするつもりなど一切ない。関わるつもりもない」

 魔王様はアンドレア王子の話をちゃんと聞いた上で、はっきりと言い切った。
 それは、人間側が何もしてこなければ戦うつもりはないということ。

 王子は真剣な表情で頷いた。

「そちらが、人間に害を加えるつもりがないのなら、我々も無為に戦うつもりはない」

 それって、魔王討伐は行われないということ?
 魔王様は封印されないし、私たちはこのままここでの生活を続けられるってこと?
 すごく、ありがたい話だ。

「王家としての考えはわかった。だが、教会は納得するのか」

 ……そうだった。
 教会は魔王討伐のために勇者を召喚するだろうし、魔王を討伐することで権力を誇示している。
 魔王様が人間に危害を加えるかどうかなんて関係ないんだ。

「それは、国内の問題。王子として、僕が解決すべきだと思っている。勇者がいない以上、教会の威厳も損なわれていくはず」
「でも、いずれ勇者が召喚されたら魔王様を封印しに来るのではないのですか?」
「それはない」
「どうして言い切れるのですか?」

 権力問題はたしかに国内で解決すべきことかもしれない。
 けれど、いくら危害を加えないとはいえ、魔王という存在を放置しておく理由はない。
 勇者という圧倒的な力を持つ者がいるのなら、封印しようと考えるのが妥当だ。
 なのに、どうして?

「教会は、勇者召喚に失敗などしていなかったんだ」

 アンドレア王子の言葉を聞いて、私の心臓は大きく脈を打つ。

 私は、勇者の召喚に失敗したといって捨てられた。
 でも失敗なんてしていなかった?

「あの、それって……私が、本物の勇者ということでしょうか」
「ああ。ユリは正真正銘、魔王を討伐するために召喚された勇者だ」

 そんな……。

 私はずっと、自分は間違って召喚されて、だから捨てられたのだと思っていた。
 本物の勇者がまた召喚されて、魔王様を封印しにくるものだと思っていた。

 私があんなに魔法がたくさん使えるのは、勇者だったから。
 魔王様を封印するためにこの世界に来た勇者……。

 今さら知った真実に、戸惑いを隠せない。
 けれど、魔王様は驚いた顔ひとつせずじっと前を見ていた。

「魔王様は……私が勇者だと気付いたのですか?」
「勇者召喚に失敗したと言っていたがおかしい点はいくつもあった。ユリが力を使うたび、勇者だと確信していった」

 わかって、いたんだ。
 わかっていて、気づいていないふりをしていた。
 わかっていて、勇者を倒すための特訓をしていた。

「どうして、言ってくれなかったのですか?」
「自分が勇者だと知って、俺を封印するのか?」
「そんなことしません!」
「なら、知らなくてもいいことだ」

 だからって、なんで嘘をつくようなことを。
 私が魔王様と一緒に勇者を倒すつもりでいたことをわかっていたはずなのに。

 本当は、私のことを信用していなかったのだろうか。

 私と戦うことを想定して、ずっと特訓を続けていたのだろうか。
 人間側に寝返って、魔王様を封印するとでも思っていたのだろうか。
 だからあんなにしつこく私を渡さないと言っていたの?
 魔法を教えてくれていたのは、私の能力を知って、手の内を探るため?

「――リ。ユリ」
「あ……はい」

 考え込んでいて、呼ばれていることに気付かなかった。
 魔王様は私の顔を覗き込んでいる。

「馬鹿なことをを考えているだろう」
「馬鹿ってなんですか」
「お前は、そのままでいろと言っただろう」

 なにそれ。どういう意味かわかんない。
 魔王様はいつも言葉が曖昧だ。

 でも、私が考えていることがわかったのだろうか。
 今まで見たこともないような優しい表情を向けてくるから、素直に「はい」と返事をしてしまった。

「二人が争うことはないと僕も確信している。ただ、魔王と勇者の戦いがないとはいえ教会が今度どのような行動をとるかはわからない。こちらでも教会の動きには注意しているが、そちらも気を付けておいて欲しい。特にユリは」
「私、ですか?」
「教会はまだユリが本物の勇者だと気付いてはいない。だが、気付かれるのも時間の問題だろう。そしてユリが生きているとわかったら力ずくでも連れ戻そうとするはず」

 私が本物の勇者だったと気付かれたら、魔王様を封印するための道具として使われるんだ。
 きっと私は北の森で死んだことになっている。
 死んだと思われている方が何かと都合が良さそうだな。

「わかりました。見つからないように気を付けます」
「では、僕は王都に戻る。争うつもりはないという意思を確認できてよかった。それとユリ、先日言いそびれたことがあったんだが……」
「なんでしょう?」
「僕と、友人になってくれないか」
「ことわ「喜んで!」

 私への問に魔王様が拒否しようとしたけれど、急いで遮った。
 友達になるのに断る理由なんてない。
 むしろ王子と友達だなんて恐れ多いくらいだ。
 それに今後この世界で生きていく上で頼もしい存在になる気がする。

「ありがとう。もし何か困ったことがあれば王宮を訪ねて来てくれ。いつでも歓迎する」
「はい、アンドレア王子も遊びに来てください。ね、魔王様」
「好きにすればいい」

 少し不満気ではあるけれど、好きにしていいってことは魔王様も王子のことを認めているということだ。
 私も、よく街で会う彼が王子だったことにはびっくりしたけど、こんなところまで話をしに来てくれたことを感謝している。

 そして私たちはアンドレア王子をお城の外まで見送った。
 魔物が出る森を帰るのは危険だから転移魔法で送ろうかと提案したけれど、訓練にちょうどいいからと一人で戻っていった。
 想像以上にストイックな人なのかもしれない。

 アンドレア王子の背中を魔王様と眺める。

「なんだか、私が本物の勇者だなんて拍子抜けしたというか、気が抜けました……」
「それほどの力があって気付かないなんて鈍感だな」
「だってあんなに失敗だ、捨てろ、なんて言われたらそうなりますよ。あと私、魔王様を倒して封印しようなんて思ってないですからね」
「わかっている。そんな心配などしておらん」

 私が勇者だと知っていたと聞いて、一瞬すごく不安になってしまったけど、魔王様は私を欺くような人ではない。
 家族だと言ってくれたこと、魔王様の言葉を私は信じないと。

 それから広間に戻ってマルブさんとミレアスさんにも事情を説明した。

「ユリが勇者で、人間との戦いはない?! 嘘だろ?!」
「私はどこかでこうなるんじゃないかと思ってたわ」

 驚くマルブさんとは反対に、ミレアスさんは落ち着いていた。
 私が勇者かもしれないって思っていたのだろうか。
 ミレアスさんはそれ以上何も言わないけれど、優しく笑いかけてくれた。

「勇者との戦いがないからって、呑気にただ暮らすってわけにもいかないよな。あの王子は悪いやつじゃなさそうだけど、人間が全員魔王の存在を認めるとは思えない」

 たしかにそれはある。
 今までは魔王討伐という仕事を勇者が請け負っていたにすぎない。
 私が生きているとバレないようにしても、勇者がいないのであれば、違う誰かが魔王様を倒しに来る可能性もある。
 教会だって、何もせずに終わるということはないだろう。

「僕、特訓してくる! これから先何かあった時にジル様の力になりたいから」

 マルブさんは、庭へと出て行った。
 魔王様の力になるというブレない目標があって、ちゃんと努力をしていて凄いな。
 
 私は、何ができるだろう。
 何かあった時のために強くなった方がいいとは思う。
 今後も魔王様やマルブさんと一緒に特訓はしていくつもりだ。
 でも、それだけでいいのかな。
 かといって、こっちから人間に何かするわけにもいかない。

「ユリ、教会を侮ってはいかんぞ。勇者がいないからといって討伐を諦めるような連中ではないはずだ」
「はい。肝に銘じておきます」

 私の返事を聞くと、魔王様も庭へと出て行った。
 どうしてそんなに力を付けようとするのだろう。
 魔王様は今でも十分強い。何万もの軍を殲滅する実力があるほどに。
 もう、倒しにくる勇者はいないのに。
 
 必死な魔王様の姿に、不安が拭えないでいた。