魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 それから数日、マルブさんが嫌がらせをしてくることもないけれど、顔を合わせることもなかった。
 あからさまに避けられているけれど、特に何かあるわけでもないしなんだかそれが当たり前になっていた。

「別にこのままでもいいかと思っちゃうんだよなー」

 二階の廊下の窓を掃除しながら、庭で特訓している魔王様を眺める。
 魔王様は怒っているのか、あまりマルブさんと口を聞いていないようだった。
 マルブさんは魔王様が大好きみたいだしかわいそうな気もする。
 私の存在が原因なんだろうけど、二人のことはどうしようもないよな。

 ここ数日そんなことを考えながら過ごしていたけど、なんの変化もない。

 すると廊下の角をマルブさんが曲がってきた。
 けれど、私を見た瞬間引き返し走り出す。

「あ! ちょっと待って」

 逃げられると追いかけたくなるんだよね。
 私は全力で追いかけた。

 もうすぐで追いつくという時、階段に差し掛かった。
 そしてマルブさんは盛大に階段を踏み外す。

「危ない!」

 手を伸ばしても届かず、咄嗟に魔法を使うことも出来ずにマルブさんは落ちてしまった。
 急いで駆け下りそばに行く。

「大丈夫ですか?!」

 声をかけても顔を歪めたまま黙っている。
 でも逃げないということはどこか怪我をしているんだ。

 よく見ると左足が赤く腫れている。
 立ち上がることもできないということは骨折でもしているのだろうか。
 
「少しじっとしていてくださいね」

 私は左足にそっと触れ、治癒魔法をかけようとした。

「触るな!」

 けれど、手を振り払われる。
 本当にいつまでも駄々をこねる子どもみたい。
 私はマルブさんの拒否を無視することにした。

 もう一度左足に手を触れる。

「だから触るなって言ってるだろ!」

 その時、マルブさんの振り払う手が私の頬をかすめた。
 引っかかれた痛みの後、ツーっと温かいものが頬を流れる。
 すぐに血が出たんだとわかった。
 後で自分にも治癒魔法使おう。
 
 それよりも、私が顔を怪我したことに動揺したのかマルブさんが大人しくなった。
 今のうちに治してしまおう。

 頬を流れる血をそのままに、マルブさんの足を治した。
 治癒魔法を使うと思っていなかったのか、足を見て驚いている。

「もう痛みはありませんか?」
「なんで、こんなことするんだよ」
「まあ、階段から落ちたのは私が追いかけたせいでもありますし?」
「そうじゃない! なんで人間のお前が魔人の僕たちと家族ごっこみたいなことをしてるのかってこと」

 足が治ったマルブさんは立ち上がりしゃがんだままの私を見下ろす。
 話をしてくれる気になったのかな。
 私は正座をして姿勢を正した。
 
「人間とか、魔人とか関係ないです。私は魔王様やミレアスさんが大切ですし、マルブさんとも仲良くしたいと思っています。一緒に住んでいるのですから」
「ご飯作ったり城中の掃除したり、機嫌取ろうとしてるだけじゃないのか。ジル様に捨てられないように」
「まあ、機嫌を取ってるのも一理あるかもしれません。でも、家族だから、みんなの暮らしがよくなって欲しくてやっているんですよ。もちろん、自分の生活を快適にするためでもあります」
「お前、けっこう正直なんだな」
「マルブさんほどではないですよ」

 ニカッと笑って見せると、マルブさんは呆れたようにはあ、と息を吐いた。

「お前、変なやつだな」
「少々変でないとこの世界ではやっていけないですよ」
「でも、僕はまだ信用できない」
「信用しなくていいですよ。魔王様のことを思って、人間の私が悪いことをしないか疑っているんですよね。それならそれでいいです。でも、一緒に暮らしてるんですから表面上だけでも仲良くしてみませんか? その方が魔王様も安心すると思うんですけど。どうですか?」

 私の提案に迷っているようだった。
 でも、マルブさんだっていつまでもこのままではいけないと思っているはず。
 しばらく考えた後、私の顔をじっと見る。
 そして、小さく頷いた。

「ありがとうございます」

 座ったまま、私は手を差し出す。
 マルブさんは手を握ってくれた。
 ギュッと握り返し立ち上がると、目線が揃う。

「これ、ごめん」

 頬の傷のことを言っているのだろう。
 引っかかれた時は痛かったけどもう気にならない程度だし、治癒魔法を使えば綺麗に治るはず。
 私は自分の頬に手を当てる。
 けれど……。

「あれ? 治らない。治癒魔法って自分には使えないんですか?」
「知らない。そもそも治癒魔法なんて魔人には使えないし」

 そうなんだ。じゃあ魔王様もどんなに頑張っても治癒魔法は使えないんだな。
 私だけの特別の力がちょっと嬉しい。

「まあ大した傷ではないですし、すぐに治りますよ」

 ただのかすり傷だし、痕が残ったりすることもないだろう。

 笑って見せたが、マルブさんは申し訳なさそうにする。
 しおらしい姿が新鮮だ。

 お互い二階に用があったので、並んで階段を上る。
 マルブさんは自分の部屋の前に着いたところで声をかけてきた。

「僕の部屋、ユリがやったのか?」

 やった、とは掃除のことだろう。
 あと、ボロボロのベッドを屋根裏部屋のものと交換して、シーツも洗濯して綺麗にしておいた。
 ここに来た時、ミレアスさんのラブリー部屋の次に案内されたのがマルブさんの部屋だった。
 はじめは誰かの部屋だと思わないくらいひどい状態だと思っていたけど、ボロボロとはいえベッドがあって、汚いけどシーツもあった。
 もう一人いるなら、ここがその人の部屋なんだろうなと思って整えておいたのだ。

「お気に召しませんでした?」
「いや……過ごしやすい。ありがとう」

 恥ずかしそうにしながら部屋に入っていった。
 なんだ、可愛いとこあるじゃない。
 それよりさっきユリって呼んだよね?
 私の粘り勝ちかな? 思わず顔が緩んでいた。
 
 その日の夕食時、広間のテーブルに料理を並べていたらマルブさんが私の席の隣に座った。
 
「その席でいいのですか?」
「仲良くしてるふりするんだろ」
「そうですね。目一杯仲良いふりをしましょう」

 その後、魔王様とミレアスさんも広間へとやってきて、私たちを見て驚いていた。
 ただ、何があったのかは二人とも聞いてくることはなく、食事をはじめた。

「相変わらずユリの料理は美味しいわね。ね、ジル」
「ああ」

 反応は薄いけど、いつもと変わらず黙々と食べてくれている。
 隣にいるマルブさんもぼそりと美味しいと言ってくれたし、私も満足だ。

 けれど、なぜか魔王様が食べながらちらちらと私を見ている。

「どうかしましたか?」
「その傷、どうしたんだ」

 あ、頬の傷を見てたんだ。そんなに大した傷ではないんだけどな。
 するとマルブさんが小さく肩を震わせる。
 私の答えを気にしているようだ。
 
「掃除をしていたら不注意でぶつけてしまいました」
「そうか。張り切るのはいいがほどほどにしておけよ」
「気を付けます」

 納得してくれたのか、また黙々とご飯を食べ始めた。
 マルブさんも心なしかほっとしているようだ。
 私に怪我をさせたことを怒られると思ったのだろう。
 でも、もう終わったことだから言う必要はない。

 食事が終わり厨房で片付けをしていると、マルブさんが入ってきた。
 私が洗い物をしている横で、シンクにもたれかかる。

「なんで、僕がやったって言わなかったんだ?」

 やったっていうのは頬の怪我のことだよね。

「私が“掃除中”にマルブさんを追いかけて“不注意”で出来た傷には変わりありませんから」
「ユリは大人だな」
「そうでもありませんよ。私だって感情的に怒ったりわがままを言うときだってあります」
「そうなのか?」
「はい。でも、自分が間違っていたと思ったら反省して、改めていけばいいんです」
「僕も、ユリみたいになりたい」

 なんか最初と態度が真逆になってますよ。
 あれだけ人間が嫌いだって言っていたのに、私みたいになりたいだなんて。

 するとマルブさんが遠くを見るような目で、ポツリと話始めた。

「ユリは、ちょっと僕と似てるんだ――」