魔王城で家政婦ライフしていたけど、私が勇者だったようです。

 魔王様に抱えられたままどんどん森の奥へと進んで行く。

 ああ。私どうなるんだろう。
 食べられる? 燃やされる? 魔物の餌にされちゃったりする?!

 抵抗することもできないまま連れていかれ、着いた場所は大きなお城だった。
 お城といっても所々レンガが崩れ、蔦が張り巡らされ、薄暗い、まるでお化け屋敷のような建物だ。
 
 これが、魔王城……。

 大きな扉を開け中に入ると、本当にここで暮らしているのか疑うほど汚れていた。
 土埃に瓦礫、外から伸びてきたであろう蔦、散乱したよくわからない置物たち。

「ここで、暮らしているんですか?」
「当たり前だ」

 ひえー。魔王様って、こういうの気にならないのかな。
 
 そのまま広間に連れていかれ、ベッドほどある大きなソファーにドカッと降ろされた。
 大きいけれど、生地はボロボロでほぼ木の板だ。
 痛い。

 魔王様は光沢の失った玉座のような大きな椅子に腰かける。
 
「で、お前はなぜこの森に入ってきたんだ」
「ですから、私は突然森に転移させられて。むしろ捨てられたというか、殺されかけてたというか……」
「噓をつくな。教会の回し者ではないのか」

 教会ってさっき私が召喚された場所のこと?
 あの神官たちの仲間ってこと?

「違います。私は訳も分からず、気付いたらこの世界にいたんです」
「異世界人だと? お前は勇者か」
「いやいや、私が勇者だったらあんな森に捨てられないでしょう! 召喚に失敗して連れてこられたただの一般人です!」
「嘘ならその喉元食いちぎってやる」

 魔王様は立ち上がり私に迫ってくる。
 顎に手をおき、まっすぐ私の目を見つめ、背けそうになった瞬間、離してくれた。

「どうやら本当のようだな」
「……ど、どういうことですか?」
「お前の目は嘘を付いている目ではない。純粋な目だ。それこそ、ただの人間とは思えないほどの」

 これって褒められてる……? よくわからないけれど、何とか信じてくれたみたいだ。

「あ、あのでしたらこのまま帰宅しても……」
「それはならん。勇者でも教会の者でもなくとも人間は俺の敵だからな」
「え、わ、私はどうなるんですか……!?」
「煮るか、焼くか、蒸すか」
「ひぃっ!? 私、そんなに肉付きはよくなくて!」
「冗談だ。人間を食べたことは一度もない。お前の処遇は後で考える」

 食べられたりはしないんだ。良かった。

 その時、魔王様のお腹から、ぐぅと鳴った。
 勘違いかなと思ったけれど、続けて二度目も。

「もしかして、お腹が空いてるんですか……?」
「なんだと?」
「え、いやなにも!?」
「その通りだ。今から飯を食う。そうだな、人間、お前にも分け与えてやろう。感謝しろ」

 魔王様はそう言うと広間を出て行った。
 そして大きな鍋を抱えて戻ってきた。

 本当に食事をするつもりなんだ。

 テーブルにお皿を並べ、お鍋から何かを注いでいく。

「お前も来い」

 促されるままテーブルにつき、魔王様と向かい合う。

「食べろ」
「はい……」

 魔王が食べるご飯って人間が食べても大丈夫なやつなのかな。
 
 お皿を覗くと、スープに野菜のようなものがゴロゴロと入っていて、見た目はポトフみたい。
 変なものではなさそう。

「いただきます」

 スプーンですくい、おそるおそる一口食べる。
 ちゃんと人が食べられる物ではあるな。

 でも……美味しくない。はっきり言って不味い。
 なんていうか、味がない。
 土臭い。それに野菜が固い。

 向かいを見ると魔王様とは黙々と食べている。

「あの、魔王様ってこういう味が好きなんですか?」
「好みなどはない。食べられたら良いのだ」

 そういう感じなんだ。
 ご飯を食べて、美味しいって思ったことないのかな。
 
「そもそも、魔王様もこういった食事をするんですね」
「食物や水にも微量ながら魔力が含まれているからな。できるだけ魔力を戻すために食べている」
「え、今って魔力がないんですか?」
「数日前に目覚めたばかりでまだ完全ではないのだ」

 目覚めたばかり?
 そういえば神官が、魔王もそろそろ封印から目覚めるころだ、なんて言っていた。
 だからこんなにボロボロでひ弱そうなのかな。
 というか魔力が戻ってないということは本当に弱い状態なんだろうな。

 だとすると、そんなに怖くない?
 いや、あの大きな魔物を倒していたし油断はできない。

 でも、黙々とスープを食べている姿になんだか気が緩んでしまった。

「あの、調味料とかってないんですか?」
「調味料とはなんだ」

 調味料を知らないってことは、味付けはしてないってことか。
 そりゃ、美味しくないわ。

「塩とかお砂糖とか、お醬油……はさすがにないか」
「岩塩ならある」

 塩があるんだ。それならこの不味いスープもなんとかなるかも。
 
「これ、少し手を加えてもいいですか?」
「手を加えるとはなんだ。毒でもいれるのか」
「そんなわけ! 味をつけるんですよ」
「味をつける? まあ、やってみるがいい」

 厨房へ案内してもらい、先ほどのスープが入っていたお鍋に火をかける。
 それから岩塩を細かく砕き少しずつ加えていく。

 次第に野菜も柔らかくなり、旨味がでている。

 でも、やっぱり物足りないな。

「お肉とかってないですよね? 骨、でもいいんですけど……」
「魔物の肉ならある」
「魔物?! って食べられるんですか? それって共食いになるんじゃ」
「魔力を持っているだけで他の動物と扱いは変わらない」

 なんか、思っていた魔物と違う。
 もっとこう、魔物を操って人間を襲って、とかするのかと思っていた。
 あ、でも森であっさり魔物を倒していたな。

 まあ、食べていいなら使わせてもらおう。

 魔王様はちょっと待っていろ、と言うと姿を消し、そして一瞬で戻ってきた。
 その手には何かの肉片が掴まれている。

「これが、魔物の肉ですか?」
「これはさっきお前を襲った魔物の肉だ」

 私を襲った魔物……。
 あんな猛獣を食べようとしているのか。
 なんか……いや、考えないようにしよう。

 魔王様から肉片を受け取り、もうひとつの鍋にかける。
 しばらく煮込むといい出汁がでてきた。
 それを先ほどのスープに入れ、また煮込む。

「いい匂いだな」

 待ち遠しそうに鍋を覗き込む魔王様は、なんだか子どもみたい。

「もうすぐ出来上がりますので少しお待ちくださいね」

 出来上がったお鍋をワゴンに乗せて広間に戻り、スープをよそう。
 そして、そっとお皿を差し出した。

「お口に合うかはわかりませんが……」

 私の心配をよそに、魔王様はすぐに食べ始める。

「美味い……これが、さっきのスープなのか」
「少し手を加えるだけで随分と変わるんですよ」

 さっきよりも格段に美味しくなっているし、味覚が似ているようで安心した。
 あっという間に平らげてしまい、けっこう食欲があるんだなと思った。

 すると魔王様がじっと空になったお皿を見つめている。

「……おかわりはないのか」
「まだお鍋に残ってますけど」

 無言でお皿を差し出してくる。注げってことだよね?
 私はお皿にスープを入れるとまた黙々と食べ始めた。
 そしてあっという間に全部を平らげてしまった。
 食欲旺盛なんだな。

「美味かった……」

 しみじみと言われ、なんだか嬉しくて、むずがゆい。
 やっぱりご飯は美味しくないとね。

「お前の料理には、魔力が満ち溢れている」
「魔力ですか? それって、魔物の肉が入っているからですかね?」
「魔物は死んだら魔力を失うから他の食物とあまり変わらない」

 魔物を食べれば魔力がすぐに戻りそうだと思ったけど、そう簡単にはいかないということか。
 でも私の料理が魔力に満ち溢れてるってどういうことなんだろう。
 何か違うのかな。

「お前の料理は本当に美味い。それに温かい……」
「気に入っていただけたようで良かったです」

 私の料理を美味しいと言って平らげてしまった魔王様は、なんだか人間味があって可愛らしい。
 嬉しくて、自然と笑みが浮かんでいた。

 すると魔王様はじっと私を見つめてくる。

「お前は何者なんだ。どうしてこの世界にきた」
「私にもわからないんです。目を開けたら突然教会にいて、神官たちに森に捨てられて。本当に大変だったんです」
「そうか、その言葉信じよう」
「ありがとうございます! だったら私帰ってもいいですか?」
「ここを出ていくなら好きにすればいい」
「良かった……じゃあ――」
「だが、この森には魔物がうようよいる。生きて出られるかは保証しないぞ。生きて出られたとしてお前をここに捨てた神官たちが放っておくとも思えんがな」

 た、たしかに……。
 あの時魔王様が来なければ今ごろ私は魔物にやられていた。
 神官たちなんて勝手に召喚しておいて死ねだなんて最低過ぎだし。
 
 私、帰るところなんてないじゃん。

「あの……やっぱり、私ここにいてもいいでしょうか」
「フッ、好きにすればいい。その代わり、明日からも飯を作ってもらうぞ」

 魔王様は意地悪気に微笑んだ。