マルブさんは私を避けている。
朝食に来なかったのも私が作った物を食べたくないからだろう。
だとしたら何をしにここに来たのだろうか。
念のためスープを残しておいたけど、食べようとしたのだろうか。
それとも捨てようとしたのだろうか。
でもなんだか、立ち尽くす後ろ姿が悲しげに見える。
「お腹、すいたのですか?」
「人間っ! うわあ」
驚いたのか、足元にこぼれたスープで足を滑らせ尻もちをついてしまった。
「大丈夫ですか?」
手を差し出すも、振り払われてしまう。
マルブさんは一人で立ち上がると私に背を向ける。
心なしか肩が震えているようだった。
こういう時、どういう言葉をかけたらいいのだろう。
今私が何か言っても火に油を注ぐだけだよね。
でもこの状態で放置して行くわけにもいかない。
とりあえず私は床にこぼれたスープを拭くことにした。
お鍋を戻し、散らばった野菜を拾ってから丁寧に拭いていく。
私が片付けをしている間もマルブさんは立ち尽くしたままだ。
すぐ出ていくと思ったのに。
「ここは私がやっておくので大丈夫ですよ」
「食べ物を粗末にしてはだめだってジル様に言われていたのに……」
小さく呟いた言葉は後悔が滲んでいるようだった。
でも、スープを捨てようとしたわけではなかったことがわかった。
魔王様は食物にも微量ながら魔力が流れているから食事をするんだと言っていた。
それをわかっていて、食べ物を無駄にしたことを気にしているだな。
人間のことは嫌いかもしれないけど、ちゃんといい人なんだ。
「片付けが終わったら何か作りますね」
目が覚めてからスープを一口飲んだだけで何も食べいないはず。
お腹が空いているはずだ。
けれどマルブさんは黙ったまま立ち尽している。
私もそのまま何も言わずこぼれたスープを片付けて、朝食の残りの野菜と魔物の肉でサンドイッチを作った。
前にピクニックへ行ったときに作ったもの。
魔王様もミレアスさんも美味しいと食べてくれていたから、マルブさんもきっと気に入ってくれるはず。
じっと立ったままのマルブさんの前にサンドイッチの乗ったお皿を置いて、厨房を出て行こうとした。
私がいたら食べにくいだろうと思ったから。
けれどドアに手をかけた瞬間、ずっと黙っていたマルブさんが口を開いた。
「なんなんだよお前。なんで人間なんかが魔王城にいるんだよ。家族ってなんだよ。なんでジル様に掃除なんてさせてるんだよ。なんで、あんなに楽しそうにしてるんだよ!」
ああそうか。人間だからというのももちろんあるけど、きっとマルブさんは自分のいないところで私が魔王様やミレアスさんと仲良くしていたことが気に入らななかったんだ。
その上魔王様から冷たい言葉を受けて余計に悲しかった。
じゃあ、私はどうすればいいのだろう。
仲良くしているのが気に入らないからといって不仲になるわけにもいかない。
結局はマルブさんに認めてもらうしかないんだ。
「私、この森に捨てられたんですよ。私と同じ人間に、魔物に襲われて死ねばいいって。でも魔王様が助けてくれたんです。だから私は絶対にみなさんのことを裏切りません」
「裏切らないなんてそんな言葉信じられるわけないじゃないか。散々ジル様や僕たちのことをひどい目に合わせてきたのに」
「マルブさんの言っていることはごもっともです。すぐに信用できないのもわかります」
今までずっと人間は敵だったのだから。
私には想像もつかないような戦いも多くあったはず。
すぐに信用しろなんて都合のいい話だということもわかっている。
だからこそ距離感が難しい。
「ジル様がなんで人間を助けて置いているかわからないけど、ミレアスだって人間に裏切られてここにきたんだ。ニコニコしてたってお前のこと本心では嫌ってるかもしれないぞ」
「私は、私が見ているミレアスさんを信用していますから」
「っ!」
私の反応が思っていたのと違ったのだろう。
マルブさんは表情を歪め口をつぐんだ。
ミレアスさんが何か抱えていることは薄々気付いている。
初めて会ったとき、昔は人里で暮らしていたと言っていた。
私が“あの子”に似ているとも。
気にはなるけど、聞いてはいけないような気がした。
だから私からは聞かない。
そのままのミレアスさんが私は好きだから。
たとえ心の中で私を嫌っていたとしても、私に向けてくれる笑顔は嘘ではないと思っている。
「マルブさん、人間としてではなく、私自身を見てくれると嬉しいです」
「うるさい! 偉そうな口叩くな!」
私の言葉が気に障ったのか、マルブさんは声を荒げる。
そしてふわふわの緑色の髪が逆立ったと思ったら、厨房にある調理器具がガタガタと動き始める。
次の瞬間、お鍋やらフライパン、おたまが私めがけて飛んできた。
もちろん一緒に置いてあった包丁も。
でもサンドイッチや食材は飛んでいないからちゃんと気を遣っているんだ。
「ちょっと落ち着いてください」
私は空砲を使ってなんとか避けながら声をかける。
けれど落ち着いてくれることはない。
これ、いつまで続くんだろう。これ以上避けきれないかも。
とりあえず厨房を出て逃げほうがいいかな。
そっと後ずさりをした時、突然背中に気配を感じた。
「マルブ」
まるで心臓を掴まれたように響いてくる低い声に、マルブさんも私も動きが止まる。
「ジル様……」
次から次へと飛んでいた調理器具たちは一斉にガシャンと落ち、空気が一変した。
マルブさんは泣きそうな表情で魔王様を見る。
「感情的になるなといつも言っていただろう。お前は何ひとつ成長していない」
マルブさんの瞳からははらはらと涙がこぼれていく。
そしてまるですねた子供のように視線を逸らすと厨房を出ていった。
「ユリ、怪我はないか」
「はい、なんとか避けきれたので大丈夫です」
「マルブは魔人の中ではまだ子どもで感情のコントロールが上手くできないんだ。また暴れるようなことがあればすぐに呼べ」
「わかりました」
気付けばドアの前にはミレアスさんが立っていた。
心配そうに私を見る。
「なかなか嫌われているようです」
へへ、と笑ってみたけれどミレアスさんは笑ってはくれない。
けれど代わりにギュッと抱きしめてくれた。
「ユリ、ごめんなさいね。私も後で言っておくから」
「ミレアスさんが謝ることなんてありませんよ。それに私とマルブさんの問題なので」
きっと魔王様やミレアスさんが説得したところで、私に心を開いてはくれないだろう。
私が自分で関係を築かなければいけない。
それから魔王様は庭へと戻り、ミレアスさんと二人で厨房の片付けをした。
朝食に来なかったのも私が作った物を食べたくないからだろう。
だとしたら何をしにここに来たのだろうか。
念のためスープを残しておいたけど、食べようとしたのだろうか。
それとも捨てようとしたのだろうか。
でもなんだか、立ち尽くす後ろ姿が悲しげに見える。
「お腹、すいたのですか?」
「人間っ! うわあ」
驚いたのか、足元にこぼれたスープで足を滑らせ尻もちをついてしまった。
「大丈夫ですか?」
手を差し出すも、振り払われてしまう。
マルブさんは一人で立ち上がると私に背を向ける。
心なしか肩が震えているようだった。
こういう時、どういう言葉をかけたらいいのだろう。
今私が何か言っても火に油を注ぐだけだよね。
でもこの状態で放置して行くわけにもいかない。
とりあえず私は床にこぼれたスープを拭くことにした。
お鍋を戻し、散らばった野菜を拾ってから丁寧に拭いていく。
私が片付けをしている間もマルブさんは立ち尽くしたままだ。
すぐ出ていくと思ったのに。
「ここは私がやっておくので大丈夫ですよ」
「食べ物を粗末にしてはだめだってジル様に言われていたのに……」
小さく呟いた言葉は後悔が滲んでいるようだった。
でも、スープを捨てようとしたわけではなかったことがわかった。
魔王様は食物にも微量ながら魔力が流れているから食事をするんだと言っていた。
それをわかっていて、食べ物を無駄にしたことを気にしているだな。
人間のことは嫌いかもしれないけど、ちゃんといい人なんだ。
「片付けが終わったら何か作りますね」
目が覚めてからスープを一口飲んだだけで何も食べいないはず。
お腹が空いているはずだ。
けれどマルブさんは黙ったまま立ち尽している。
私もそのまま何も言わずこぼれたスープを片付けて、朝食の残りの野菜と魔物の肉でサンドイッチを作った。
前にピクニックへ行ったときに作ったもの。
魔王様もミレアスさんも美味しいと食べてくれていたから、マルブさんもきっと気に入ってくれるはず。
じっと立ったままのマルブさんの前にサンドイッチの乗ったお皿を置いて、厨房を出て行こうとした。
私がいたら食べにくいだろうと思ったから。
けれどドアに手をかけた瞬間、ずっと黙っていたマルブさんが口を開いた。
「なんなんだよお前。なんで人間なんかが魔王城にいるんだよ。家族ってなんだよ。なんでジル様に掃除なんてさせてるんだよ。なんで、あんなに楽しそうにしてるんだよ!」
ああそうか。人間だからというのももちろんあるけど、きっとマルブさんは自分のいないところで私が魔王様やミレアスさんと仲良くしていたことが気に入らななかったんだ。
その上魔王様から冷たい言葉を受けて余計に悲しかった。
じゃあ、私はどうすればいいのだろう。
仲良くしているのが気に入らないからといって不仲になるわけにもいかない。
結局はマルブさんに認めてもらうしかないんだ。
「私、この森に捨てられたんですよ。私と同じ人間に、魔物に襲われて死ねばいいって。でも魔王様が助けてくれたんです。だから私は絶対にみなさんのことを裏切りません」
「裏切らないなんてそんな言葉信じられるわけないじゃないか。散々ジル様や僕たちのことをひどい目に合わせてきたのに」
「マルブさんの言っていることはごもっともです。すぐに信用できないのもわかります」
今までずっと人間は敵だったのだから。
私には想像もつかないような戦いも多くあったはず。
すぐに信用しろなんて都合のいい話だということもわかっている。
だからこそ距離感が難しい。
「ジル様がなんで人間を助けて置いているかわからないけど、ミレアスだって人間に裏切られてここにきたんだ。ニコニコしてたってお前のこと本心では嫌ってるかもしれないぞ」
「私は、私が見ているミレアスさんを信用していますから」
「っ!」
私の反応が思っていたのと違ったのだろう。
マルブさんは表情を歪め口をつぐんだ。
ミレアスさんが何か抱えていることは薄々気付いている。
初めて会ったとき、昔は人里で暮らしていたと言っていた。
私が“あの子”に似ているとも。
気にはなるけど、聞いてはいけないような気がした。
だから私からは聞かない。
そのままのミレアスさんが私は好きだから。
たとえ心の中で私を嫌っていたとしても、私に向けてくれる笑顔は嘘ではないと思っている。
「マルブさん、人間としてではなく、私自身を見てくれると嬉しいです」
「うるさい! 偉そうな口叩くな!」
私の言葉が気に障ったのか、マルブさんは声を荒げる。
そしてふわふわの緑色の髪が逆立ったと思ったら、厨房にある調理器具がガタガタと動き始める。
次の瞬間、お鍋やらフライパン、おたまが私めがけて飛んできた。
もちろん一緒に置いてあった包丁も。
でもサンドイッチや食材は飛んでいないからちゃんと気を遣っているんだ。
「ちょっと落ち着いてください」
私は空砲を使ってなんとか避けながら声をかける。
けれど落ち着いてくれることはない。
これ、いつまで続くんだろう。これ以上避けきれないかも。
とりあえず厨房を出て逃げほうがいいかな。
そっと後ずさりをした時、突然背中に気配を感じた。
「マルブ」
まるで心臓を掴まれたように響いてくる低い声に、マルブさんも私も動きが止まる。
「ジル様……」
次から次へと飛んでいた調理器具たちは一斉にガシャンと落ち、空気が一変した。
マルブさんは泣きそうな表情で魔王様を見る。
「感情的になるなといつも言っていただろう。お前は何ひとつ成長していない」
マルブさんの瞳からははらはらと涙がこぼれていく。
そしてまるですねた子供のように視線を逸らすと厨房を出ていった。
「ユリ、怪我はないか」
「はい、なんとか避けきれたので大丈夫です」
「マルブは魔人の中ではまだ子どもで感情のコントロールが上手くできないんだ。また暴れるようなことがあればすぐに呼べ」
「わかりました」
気付けばドアの前にはミレアスさんが立っていた。
心配そうに私を見る。
「なかなか嫌われているようです」
へへ、と笑ってみたけれどミレアスさんは笑ってはくれない。
けれど代わりにギュッと抱きしめてくれた。
「ユリ、ごめんなさいね。私も後で言っておくから」
「ミレアスさんが謝ることなんてありませんよ。それに私とマルブさんの問題なので」
きっと魔王様やミレアスさんが説得したところで、私に心を開いてはくれないだろう。
私が自分で関係を築かなければいけない。
それから魔王様は庭へと戻り、ミレアスさんと二人で厨房の片付けをした。
