*
次の日の朝。
教室に入ると、いつも通り田中さんが友達と話していた。
昨日のことが頭をよぎる。
……ちゃんと普通に話せるかな。
そんなことを考えていたら、
「おはよ、瀬良」
『……おはよ』
いつもと変わらない声だった。
田中さんはそれ以上何も言わず、また友達との会話に戻っていった。
……なんだ。
少しだけ、拍子抜けした。
昨日話しの流れで思わず打ち明けたけど、時間が経つとやっぱりどこか気まずくなるんじゃないかと思っていた。
でも、そんなことはなかった。
たぶん、それでいい。
昨日のことを特別なことにしないでくれるのが、今はありがたかった。
席に座って、鞄から教科書を出していると、
「そうだ、瀬良」
また女子たちの賑やかな集いから抜け出して田中さんは右手で頬杖しながらこちらを見た。
『ん?』
「今日、放課後、クラス旗やるからね」
『あー…そうだった』
「忘れてたでしょ」
『……ちょっとだけ』
「やっぱり(笑)」
『いや、体育祭の準備っていろいろあるからさ』
「じゃあ…今日は忘れないように、ちゃんと働いてもらおーっと」
『昨日から思ってたけど…俺、そんな信用ない?』
「んー…ないかも」
『嘘でしょ?段ボールもちゃんと持っていったじゃん』
「それとこれとは別だな、じゃ今日もよろしく」
『はいはい』
そう言って田中さんは前を向いた。
なんだか昨日より少しだけ、話しやすくなった気がした。
*
放課後。
教室の机をいくつか端に寄せて、床に大きな布を広げる。
その上には、クラスで考えたデザインが薄く描かれていた。
「ここ、誰が塗る?」
「俺やろうか?」
佐藤が手を挙げる。
『佐藤は絶対やめたほうがいい』
「なんで!?」
『絶対はみ出すから』
「偏見だろ!」
「じゃあやってみる?」
「……いや、なんかそんな目で見ないでよ、田中さん……やめとくわ」
「素直(笑)」
そんなやり取りを聞きながら、俺は絵の具を準備していた。
「瀬良、そこお願いしていい?」
『ここ?』
「うん。青のところ」
『分かった』
筆を持って、指定されたところを塗っていく。
少し離れたところでは、深町が別の場所を担当していた。
生徒会の仕事を昼にこなして、放課後はだいたいこっちに参加してるけど、大丈夫なんだろうか。
そんな心配も要らないくらい本人は淡々とこなしている。
でも、なんだか、こうやって同じ作業をしているだけなのに、なんとなく気になる。
これまでだって、深町は近くにいた。
話すことだって、それなりにあった。
なのに。
好きだと自覚してからは、どうしても意識してしまう。
「瀬良、また見てるところ悪いけど」
『へっ、あ…無意識だった』
「ふふっ…そこ、ちょっとはみ出てる」
『えっ』
慌てて筆を止める。
見ると、確かに少しだけ線からはみ出していた。
『うわ、やった』
「大丈夫大丈夫。上から塗れば消えるし」
田中さんが笑う。
『ごめん、俺こういうの苦手かも』
「最初に言ってよ(笑)」
『いや、やる前はできると思ってた』
「それ一番危ないやつじゃん」
2人で笑っていると、
「瀬良、そこ俺やろうか?」
声がして顔を上げる。
遠くにいたはずなのに。
深町がこちらを見ていた。
『え、いいよ、俺がやったところだし』
「でも俺、そっち塗るから」
そう言って、深町が俺の隣にしゃがむ。
『……じゃあ、お願い』
「うん」
深町が筆を持って、はみ出した部分を丁寧に塗り直していく。
「これで大丈夫」
『ありがと』
「どういたしまして」
こんなやりとりだけでも、胸の奥が少しだけ騒がしくなる。
…こういうところなんだよな…
《深町を好き》だと思った理由。
俺のことをちゃんと見てくれる。
困っていたら、何も言わずに手を貸してくれる。
それが深町にとっては、きっと特別なことじゃない。
だから余計に困る。
俺だけが、勝手に特別だと思ってしまうから。
「瀬良?」
『……え?』
「ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
『お、おう、大丈夫』
「疲れた?」
『ううん、元気だよ』
「ほんと?もしあれやったら休憩する?」
『いや、まだ平気』
「そっか」
深町はそう言って、また作業に戻った。
……危ない。
最近、こういうことが増えている気がする。
好きだと自覚したせいで、何でもないことで意識してしまう。
できるだけ普通にしようと思っているのに。
でも、その気持ちに反して、
気付かれた上で優しくされたいような。
いっそのことバレたい。
…とも思ってしまうから恋ってやつは厄介だ。
「瀬良」
『ん?』
呼ばれたのは俺だが、2人とも振り返る。
「顔、赤くない?」
突然、田中さんに言われた。
『え!?』
「暑い?」
『……そうかも!』
「ふーん」
田中さんは、意味ありげに笑った。
『……何?』
「別に?」
『絶対なんか思ってんだろ』
「なーんにも」
『怪しい……』
「ほら、手止まってるよ」
『あ』
慌てて筆を動かす。
田中さんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、少し楽しそうに笑っていた。
……たぶん。
昨日のことを知っているからだ。
でも、それ以上踏み込んでこない。
それがありがたかった。
次の日の朝。
教室に入ると、いつも通り田中さんが友達と話していた。
昨日のことが頭をよぎる。
……ちゃんと普通に話せるかな。
そんなことを考えていたら、
「おはよ、瀬良」
『……おはよ』
いつもと変わらない声だった。
田中さんはそれ以上何も言わず、また友達との会話に戻っていった。
……なんだ。
少しだけ、拍子抜けした。
昨日話しの流れで思わず打ち明けたけど、時間が経つとやっぱりどこか気まずくなるんじゃないかと思っていた。
でも、そんなことはなかった。
たぶん、それでいい。
昨日のことを特別なことにしないでくれるのが、今はありがたかった。
席に座って、鞄から教科書を出していると、
「そうだ、瀬良」
また女子たちの賑やかな集いから抜け出して田中さんは右手で頬杖しながらこちらを見た。
『ん?』
「今日、放課後、クラス旗やるからね」
『あー…そうだった』
「忘れてたでしょ」
『……ちょっとだけ』
「やっぱり(笑)」
『いや、体育祭の準備っていろいろあるからさ』
「じゃあ…今日は忘れないように、ちゃんと働いてもらおーっと」
『昨日から思ってたけど…俺、そんな信用ない?』
「んー…ないかも」
『嘘でしょ?段ボールもちゃんと持っていったじゃん』
「それとこれとは別だな、じゃ今日もよろしく」
『はいはい』
そう言って田中さんは前を向いた。
なんだか昨日より少しだけ、話しやすくなった気がした。
*
放課後。
教室の机をいくつか端に寄せて、床に大きな布を広げる。
その上には、クラスで考えたデザインが薄く描かれていた。
「ここ、誰が塗る?」
「俺やろうか?」
佐藤が手を挙げる。
『佐藤は絶対やめたほうがいい』
「なんで!?」
『絶対はみ出すから』
「偏見だろ!」
「じゃあやってみる?」
「……いや、なんかそんな目で見ないでよ、田中さん……やめとくわ」
「素直(笑)」
そんなやり取りを聞きながら、俺は絵の具を準備していた。
「瀬良、そこお願いしていい?」
『ここ?』
「うん。青のところ」
『分かった』
筆を持って、指定されたところを塗っていく。
少し離れたところでは、深町が別の場所を担当していた。
生徒会の仕事を昼にこなして、放課後はだいたいこっちに参加してるけど、大丈夫なんだろうか。
そんな心配も要らないくらい本人は淡々とこなしている。
でも、なんだか、こうやって同じ作業をしているだけなのに、なんとなく気になる。
これまでだって、深町は近くにいた。
話すことだって、それなりにあった。
なのに。
好きだと自覚してからは、どうしても意識してしまう。
「瀬良、また見てるところ悪いけど」
『へっ、あ…無意識だった』
「ふふっ…そこ、ちょっとはみ出てる」
『えっ』
慌てて筆を止める。
見ると、確かに少しだけ線からはみ出していた。
『うわ、やった』
「大丈夫大丈夫。上から塗れば消えるし」
田中さんが笑う。
『ごめん、俺こういうの苦手かも』
「最初に言ってよ(笑)」
『いや、やる前はできると思ってた』
「それ一番危ないやつじゃん」
2人で笑っていると、
「瀬良、そこ俺やろうか?」
声がして顔を上げる。
遠くにいたはずなのに。
深町がこちらを見ていた。
『え、いいよ、俺がやったところだし』
「でも俺、そっち塗るから」
そう言って、深町が俺の隣にしゃがむ。
『……じゃあ、お願い』
「うん」
深町が筆を持って、はみ出した部分を丁寧に塗り直していく。
「これで大丈夫」
『ありがと』
「どういたしまして」
こんなやりとりだけでも、胸の奥が少しだけ騒がしくなる。
…こういうところなんだよな…
《深町を好き》だと思った理由。
俺のことをちゃんと見てくれる。
困っていたら、何も言わずに手を貸してくれる。
それが深町にとっては、きっと特別なことじゃない。
だから余計に困る。
俺だけが、勝手に特別だと思ってしまうから。
「瀬良?」
『……え?』
「ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
『お、おう、大丈夫』
「疲れた?」
『ううん、元気だよ』
「ほんと?もしあれやったら休憩する?」
『いや、まだ平気』
「そっか」
深町はそう言って、また作業に戻った。
……危ない。
最近、こういうことが増えている気がする。
好きだと自覚したせいで、何でもないことで意識してしまう。
できるだけ普通にしようと思っているのに。
でも、その気持ちに反して、
気付かれた上で優しくされたいような。
いっそのことバレたい。
…とも思ってしまうから恋ってやつは厄介だ。
「瀬良」
『ん?』
呼ばれたのは俺だが、2人とも振り返る。
「顔、赤くない?」
突然、田中さんに言われた。
『え!?』
「暑い?」
『……そうかも!』
「ふーん」
田中さんは、意味ありげに笑った。
『……何?』
「別に?」
『絶対なんか思ってんだろ』
「なーんにも」
『怪しい……』
「ほら、手止まってるよ」
『あ』
慌てて筆を動かす。
田中さんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、少し楽しそうに笑っていた。
……たぶん。
昨日のことを知っているからだ。
でも、それ以上踏み込んでこない。
それがありがたかった。
