*
次の日。
体育祭まで、あと1週間と迫ってきた。
1・2時間目連続での練習は何故かいつもより活気付いていて、少しだけ騒がしかった。
「二人三脚、今日からちゃんと練習するらしいで」
『え、もう?』
「本番1週間前やからな」
黒板の隅に貼られた競技表を眺めながら、そんな会話が飛び交っている。
俺は自分の席で、水筒の蓋を閉めた。
二人三脚。
もちろん、ペアは決まっている。
深町と俺。
「瀬良、行こ」
『うん』
教室を出る。
校庭では、すでに何組かが練習を始めていた。
「まず普通に歩いてみよか」
『うん』
俺たちは並んで立つ。
右足と左足を結ぶ。
思ったより、近い。
肩が触れそうなくらい。
『……近いな』
「二人三脚やからな(笑)」
『それはそうか(笑)』
「よし、行こか」
『うん』
「せーの」
1歩。
2歩。
3歩。
「……あれ?」
『ん?』
「瀬良、右足遅れる」
『え?』
「今も」
『マジで』
「マジで」
もう一度。
「せーの」
1歩。
2歩。
3歩。
「ほら、今も」
『……ほんとだ』
「右足出すとき、ちょっと遅れるな」
『よく分かるな』
「そら見るやろ」
『……』
「ペアやし」
なんでもないように言われた。
でも。
なぜか、その言葉が少しだけ嬉しかった。
ー…
何度か繰り返すうちに、少しずつ歩けるようになってきた。
「もう1回やろか、今度は走ってみる?」
『え、走るの?』
「ん?本番走るやろ?」
『まあ……そうだけど』
「大丈夫。俺が合わせるから」
『……うん』
「じゃ、行くで」
腰をがっしり持ち合いながら走り出す。
最初はぎこちなかったけど、何度かやるうちに足が合ってきた。
「ほら、できたやん」
『おぉ、できたな!』
「うん」
まだ改善する余地はありそうやけど…
と呟きながら深町が笑う。
最近。
深町が笑うと、つい見てしまう。
前までは、こんなことなかったのに。
「……あ」
風が吹いた。
前髪が目にかかる。
「瀬良」
『ん?』
「また髪」
『え?』
「この前もなってたやん」
『……』
一瞬、あの日のことを思い出した。
前髪を直してくれた深町の指。
あのときの、変に近かった距離。
胸の奥が、また少しだけ熱くなる。
「自分で直せる?」
『……うん』
俺が手で前髪を直す。
「うん。そっちの方がええ」
『……そう?』
「うん」
深町はそれだけ言って、また前を向いた。
どうしてだろう。
たったそれだけなのに。
胸の奥が、ぎゅっとなる。
ー…
休憩に入る。
俺は校庭の端に座って、水を飲んだ。
思ったより疲れていたのか、少しぼーっとしていたらしい。
「瀬良」
『ん?』
「…ちょっと元気ない?」
『え?』
「いや、なんとなく」
『…普通かな』
咄嗟に意地を張ってしまった。
「そう?」
『うん』
「……ならええけど」
深町はそれ以上何も言わず、隣に座った。
しばらくして。
「これ」
『ん?』
深町が、持っていた小さな袋から取り出したのは。
『何これ?』
「飴」
『なんで?』
「疲れてそうやったから」
『……なんで?』
「え?」
『なんで、、わかるの?』
思わず泣きそうになったのを堪えながらかろうじて言葉を返した。
「分かるやろ」
少し間を置いて、
「毎日見てるし」
『……』
心臓が、変な音を立てた気がした。
毎日。
見てる。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
消しゴムを拾ってくれたこと。
いつも何気なく声をかけてくれること。
俺がぼーっとしていたら気づいてくれたこと。
前髪を直してくれたこと。
そして、今。
疲れていることまで。
深町は、
俺のことを、ちゃんと見てくれていた。
「……瀬良?」
『え?』
「大丈夫?」
『う、うん』
「顔赤いけど」
『暑いだけ』
「そっか」
深町は疑うことなく、笑った。
その笑顔を見て。
また、胸が苦しくなった。
ー…
休憩が終わる。
「もう1回やろ」
『うん』
二人三脚の紐を結び直す。
さっきよりも、自然に隣に立てるようになっていた。
「瀬良」
『ん?』
「俺のこと見て」
『……見てる』
「ちゃんと」
『……なんで?』
「足合わせるから」
『……分かった』
顔を上げる。
目が合う。
近い。
やっぱり、近い。
でも今度は、逃げなかった。
「せーの」
歩き出す。
1歩。
2歩。
3歩。
今度は、完璧にちゃんと合っている。
「ほら」
『うん』
「できたな」
『……うん』
嬉しそうに笑う深町を見て。
俺も笑った。
俺は。
いつから、こんなにこの人を見るようになったんだろう。
笑っているところ。
誰かに優しくしているところ。
くだらないことで笑っているところ。
俺のことを見ていてくれているところ。
もっと見たい。
もっと知りたい。
もっと、俺のことも見てほしい。
そう思った瞬間。
胸の奥にあったものが、全部ひとつに繋がった気がした。
これが、《好き》って感情なんだろうか。
初恋とは、また違う感覚だった。
あの頃は、よく分かっていなかった。
好きって、こういうことなのかもしれない。
そう思えるくらいには、いろんなことを知るようになった今だからこそ、分かることもある。
……いろいろなことが、頭の中をぐるぐる巡る。
でも、やっぱり。
これが、恋であってほしい。
思わず、そんなことを考えた。
ああ。
……そっか。
これが、《好き》ってことなのか。
俺。
深町が好きなんだ。
次の日。
体育祭まで、あと1週間と迫ってきた。
1・2時間目連続での練習は何故かいつもより活気付いていて、少しだけ騒がしかった。
「二人三脚、今日からちゃんと練習するらしいで」
『え、もう?』
「本番1週間前やからな」
黒板の隅に貼られた競技表を眺めながら、そんな会話が飛び交っている。
俺は自分の席で、水筒の蓋を閉めた。
二人三脚。
もちろん、ペアは決まっている。
深町と俺。
「瀬良、行こ」
『うん』
教室を出る。
校庭では、すでに何組かが練習を始めていた。
「まず普通に歩いてみよか」
『うん』
俺たちは並んで立つ。
右足と左足を結ぶ。
思ったより、近い。
肩が触れそうなくらい。
『……近いな』
「二人三脚やからな(笑)」
『それはそうか(笑)』
「よし、行こか」
『うん』
「せーの」
1歩。
2歩。
3歩。
「……あれ?」
『ん?』
「瀬良、右足遅れる」
『え?』
「今も」
『マジで』
「マジで」
もう一度。
「せーの」
1歩。
2歩。
3歩。
「ほら、今も」
『……ほんとだ』
「右足出すとき、ちょっと遅れるな」
『よく分かるな』
「そら見るやろ」
『……』
「ペアやし」
なんでもないように言われた。
でも。
なぜか、その言葉が少しだけ嬉しかった。
ー…
何度か繰り返すうちに、少しずつ歩けるようになってきた。
「もう1回やろか、今度は走ってみる?」
『え、走るの?』
「ん?本番走るやろ?」
『まあ……そうだけど』
「大丈夫。俺が合わせるから」
『……うん』
「じゃ、行くで」
腰をがっしり持ち合いながら走り出す。
最初はぎこちなかったけど、何度かやるうちに足が合ってきた。
「ほら、できたやん」
『おぉ、できたな!』
「うん」
まだ改善する余地はありそうやけど…
と呟きながら深町が笑う。
最近。
深町が笑うと、つい見てしまう。
前までは、こんなことなかったのに。
「……あ」
風が吹いた。
前髪が目にかかる。
「瀬良」
『ん?』
「また髪」
『え?』
「この前もなってたやん」
『……』
一瞬、あの日のことを思い出した。
前髪を直してくれた深町の指。
あのときの、変に近かった距離。
胸の奥が、また少しだけ熱くなる。
「自分で直せる?」
『……うん』
俺が手で前髪を直す。
「うん。そっちの方がええ」
『……そう?』
「うん」
深町はそれだけ言って、また前を向いた。
どうしてだろう。
たったそれだけなのに。
胸の奥が、ぎゅっとなる。
ー…
休憩に入る。
俺は校庭の端に座って、水を飲んだ。
思ったより疲れていたのか、少しぼーっとしていたらしい。
「瀬良」
『ん?』
「…ちょっと元気ない?」
『え?』
「いや、なんとなく」
『…普通かな』
咄嗟に意地を張ってしまった。
「そう?」
『うん』
「……ならええけど」
深町はそれ以上何も言わず、隣に座った。
しばらくして。
「これ」
『ん?』
深町が、持っていた小さな袋から取り出したのは。
『何これ?』
「飴」
『なんで?』
「疲れてそうやったから」
『……なんで?』
「え?」
『なんで、、わかるの?』
思わず泣きそうになったのを堪えながらかろうじて言葉を返した。
「分かるやろ」
少し間を置いて、
「毎日見てるし」
『……』
心臓が、変な音を立てた気がした。
毎日。
見てる。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
消しゴムを拾ってくれたこと。
いつも何気なく声をかけてくれること。
俺がぼーっとしていたら気づいてくれたこと。
前髪を直してくれたこと。
そして、今。
疲れていることまで。
深町は、
俺のことを、ちゃんと見てくれていた。
「……瀬良?」
『え?』
「大丈夫?」
『う、うん』
「顔赤いけど」
『暑いだけ』
「そっか」
深町は疑うことなく、笑った。
その笑顔を見て。
また、胸が苦しくなった。
ー…
休憩が終わる。
「もう1回やろ」
『うん』
二人三脚の紐を結び直す。
さっきよりも、自然に隣に立てるようになっていた。
「瀬良」
『ん?』
「俺のこと見て」
『……見てる』
「ちゃんと」
『……なんで?』
「足合わせるから」
『……分かった』
顔を上げる。
目が合う。
近い。
やっぱり、近い。
でも今度は、逃げなかった。
「せーの」
歩き出す。
1歩。
2歩。
3歩。
今度は、完璧にちゃんと合っている。
「ほら」
『うん』
「できたな」
『……うん』
嬉しそうに笑う深町を見て。
俺も笑った。
俺は。
いつから、こんなにこの人を見るようになったんだろう。
笑っているところ。
誰かに優しくしているところ。
くだらないことで笑っているところ。
俺のことを見ていてくれているところ。
もっと見たい。
もっと知りたい。
もっと、俺のことも見てほしい。
そう思った瞬間。
胸の奥にあったものが、全部ひとつに繋がった気がした。
これが、《好き》って感情なんだろうか。
初恋とは、また違う感覚だった。
あの頃は、よく分かっていなかった。
好きって、こういうことなのかもしれない。
そう思えるくらいには、いろんなことを知るようになった今だからこそ、分かることもある。
……いろいろなことが、頭の中をぐるぐる巡る。
でも、やっぱり。
これが、恋であってほしい。
思わず、そんなことを考えた。
ああ。
……そっか。
これが、《好き》ってことなのか。
俺。
深町が好きなんだ。
