キミの1番にはなれないと思ってたけど、


しばらく歩いていると、駅へ向かう道で長谷部とは帰る方向が分かれた。

「じゃ、俺こっちだから」

「おう、また明日」

「瀬良もまた明日な!」

『うん。また明日』

長谷部は出会ったばかりの俺にも優しく笑って、手を振って帰っていった。


その背中を見送ってから、俺も深町の隣を歩く。

さっきまで3人で話していたせいか、2人になると少しだけ静かに感じた。

「……今日、楽しかったな」

深町がぽつりと言った。

『うん』

「また良かったらさ…」

『…うん?』

「3人で帰ろうや」

『……うん、そうだね』

そう答えながら、なぜか少しだけ胸の奥がざわついた。


それ以上は、何も言わなかった。

やがて俺たちの帰る方向も分かれた。


「じゃあ、また明日」

『うん。また明日』

深町が歩いていく。

俺も反対方向へ歩き出した。

しばらくして、ふと振り返る。

もう、深町の姿は見えなかった。


……なんで振り返ったんだ、俺。

自分でもよく分からなくて、苦笑する。

その日は、それ以上考えなかった。



次の日。

いつもと変わらない朝。

いつもと変わらない教室。

……のはずだった。

ーー俺には知らない深町が、まだいっぱいある。

そう思ってから。

なんとなく、そのことが頭から離れなくて。

知りたい、という感情から、

ただ、いつの間にか、気づけば目に入るようにまでなっていた。



深町は、よく人を見ている。

席替えをしてからしばらく経ち、気付いたことだった。

横の席の子が教科書を忘れていれば、何も言わずに自分のを半分見せる。

もちろん、消しゴムを落としたやつがいれば、拾って渡す。

先生に頼まれたなら、面倒そうな顔ひとつせず引き受ける。


かといって、

別に、愛想がいいわけじゃない。


「ありがとう」と言われても、

「ん」

で、終わる。


「深町って優しいよな」

なんて言われたなら、

「そう?」

と、本気で分かっていない顔をする。


たぶん、本人にとっては特別なことじゃない。

困っている人がいたら助ける。

それだけ。


……まあ、深町らしいけど。

そんなふうに思っていた。

少なくとも。

俺が、その「優しさ」を特別に感じるまでは。



その日は朝から雨だった。

窓の外は薄暗く、湿った空気が教室に入り込んでくる。

「今日って体育あるんだっけ」

1時間目が終わってすぐ。

クラスメイトが俺の左隣である佐藤の席で机に項垂れながら聞いてくる。

…当の本人はどこ行ったんだ?

…ま、いっか


『ある。っていうか今日から体育祭の練習じゃない?』

「うわ〜……最悪じゃん」

『まぁでも、雨だから体育館だろ』

「それでも最悪」

『え、体操服ある?』

「それはかろうじてある」

『おー…セーフ』

「セーフ!でも気持ちがついていけない」

『なんだそれ(笑)』

そんな会話しながら、俺は机の中を探していた。

『あれ』

ない。

昨日、休憩時間に数学の課題を終わらせたあと、そのまま机に入れたはずなのに。

もう一度探す。

ない。

『……やっば』

提出、今日だった。


「…もしかしてなんか探してる?」

深町だった。

あれ、さっきまで居なかったのに。

『…数学のプリント…』

「あ、これ」

目の前に、1枚の紙が差し出される。

『……え?』

「昨日、俺の机に置きっぱなしやった」

『あ』

思い出した。

昨日の休憩時間、数学の問題で分からないところがあって、深町に見てもらおうとプリントをそのまま机に置いたんだった。

『俺、置いたまま帰った?』

「うん」

「へぇ!良かったな、でも俺が良くない…

めっちゃプリントの存在忘れてたから今からやってくるわ!」

と、さっきまで体育に憂鬱そうだったクラスメイトが真っ青な顔をして、

俺たちに感謝しながら自分の席にも戻って行ったのを見届けて、もう一度詳しく質問した。


『…めっちゃ助かったけど、机の中とかに置いてけば良かったのに(笑)』

「…あぁ」

『ないかと思って一瞬焦ったじゃーん』

と座ってる俺の真横に立っていた深町のお腹あたりをグーで叩くフリをしてツッコんだ。

「……」

あれ、

相手を責めたいわけではなく、

敢えて、ちょけて敵意がないことを示すワザなのだが、どうやら深町には効かなかったようだ…!


「帰るとき気づいたから」

『うん』

「明日返せばいいかなって」

『……おー…』

あまりにも普通の顔で言うから、何も言えなくなる。


「ありがと」

「ん」

それだけ渡すと満足したのか、自分の席に戻っていった。



受け取ったプリントを見る。

きれいに折れないように、クリアファイルに入れてある。

……わざわざ入れてくれたんだ。


優しいところばっかり見てたけど。


「……なんか、、変なやつだな」


聞こえないように、小さく呟いた。

でもそう言いながら微笑みを隠せていない自分には、

気付かないフリをした。