9個入りバレンタインチョコの3倍返しを0にする方法。

 バレンタインデー。
 2月14日。
 二と石の日。
 一石二鳥を。僕は思い浮かべる。
 そして、聖徳太子を。僕は思い浮かべる。
 なぜかといえば。
 一石二鳥の対義語は聖徳太子だからだ。
 聖徳太子。
 しょうとくたいし。
 小得多石。
 一石で二鳥と。
 多石で小得と。
 聖徳太子は一石二鳥の対義語なのだ。
 とくだらないこと。
 そんなことばかり考える。

 小野妹子は、遣隋使で。
 日出るところの天子、書を日没するところの天子。
 の手紙を隋の皇帝に見せたとき。
 いや、わし日没するところの天子とちゃいますけど。
 多分、もっと西の方やないんかいな。
 と関西弁で言われて。西へ西へ。
 ついに着いたはスカンディナヴィア。
 小野妹子はヴァイキングになって。
 北極海航路で日本に戻る。
 彼はヴァイキングで両手に二本。
 斧を持っていたので。
 斧の妹子と呼ばれたそうな。
 なんてことを考えていたら。
 ドンドンドンと。
 ベートーヴェンも気づくような。
 うるさいノックノックノック。
 ドアを開ければ楽聖。じゃなかった学生服。
 コートも羽織らずの女の子。

「先輩。ハッピーバレンタイン」
 なるほど策士である。
 忙しいから家には来るな。
 バレンタインのチョコはいらない。
 わざわざ持って来なくていい。
 そう電話で伝えたのに。
 こいつは長居する気だ。
 流石の俺も。
 この薄着の女の子をそのまま帰すわけにはいかない。
「はあ。まあ。上がれよ」
 と俺が言う前に。
 彼女はもう。上がっていた。

 コーヒーを淹れる。
 なぜカフェに入るのか?
 カフェインのため。
 と登山家の他山の石を懐石料理。
 彼女を温めるために淹れる。
「それ飲んだら。帰れよ。コートも貸してやるから」
「そんな。駄目ですよ。コートでは誰でも一人きり。二人用じゃないんですから」
 と応答。
「ももが来て本当は嬉しいくせに」
 と桜桃。
 桃という名前ではないのに。

「ほら、チョコですよ。チョコ。超高級九個入りのチョコですよ」
 彼女は無駄に高そうな包みでラッピングされた箱を渡す。
「チョコより猪口。ウイスキーボンボンのボンボン抜きなら受け取るがな」
「なら先輩いらないんすか」
「いや。コーヒーには甘いものが欲しい」
 俺は高そうな包みを。貧乏人らしく。
 綺麗に綺麗に。再利用できるように剥がす。

「あっ、分かってると思いますけれど。お礼は三倍返しですからね」
「半と半半沢直樹かよ」
「半と半半。ははん。なるほど。半沢直樹が倍返しだから。
 三倍返しは半沢直樹の二分の三倍で。
 一と二分の一。半の一と半の二分の一の、半と半半沢直樹っすね」
「わざわざ説明するな。口寂しいのか?」
「えっ。それって」
 何を勘違いしてるかは知らないが。
 テンパリングしている後輩をほっておき。
 俺はチョコの箱の蓋を開ける。
 説明書きと内蓋。
 説明書きを、チラと読んで。
 内蓋をとる。
 九個入りのチョコレート。

「そういや悪いな。今牛乳切らしていてな。代わりにほれ」
 俺は、彼女の口にミルクチョコレートを。
 放り込む。
「あまっ。いまっ。うまっ」
 正月、他人の絵馬に勝手に自分の願いを書こうとして。
 おまっ、と俺が思わず、止めたことを思い出した。
 俺は自分の口にビターを放る。
「おおっ。美味いなあ」
 高いチョコというのは、噛んでも良いものなのか。
 俺と彼女は、しばらく。
 口の中でチョコをコロコロする。
「抹茶が食べたいです」
 コーヒーに抹茶は合わないだろう。
 と思ったが。
 まだチョコをコロコロしていたので。
 何も言わず。
 彼女に箱ごと渡した。

「美味しいっ」
 と言ってすぐコーヒーを飲む。
「その、オレンジの。ジャム乗ってるやつ。食べたいです」
 俺の口の中のビターチョコは。
 カカオの成分が多いせいかまだ溶けず。
 俺は何も言えず。
「うわあ。爽やか。これオレンジピールも入ってますね。美味あ」
 と幸せな表情をしている。
 そのまま。次は何を。
 と取ろうとする顔をしている。
 やっと口の中のチョコが溶けた俺は。
 自分の方に。チョコの箱を引き戻す。

「なあ」
「なんすか?」
「お返しは三倍返し。だと言ったな?」
「言ったす」
「俺がお前から受け取ったチョコの。三倍を返す。そういうことだろう」
「まあ、そうですね」
「このチョコは九個入りだ」
「ええ」
「お前は三個。ミルク。抹茶。オレンジジャム。三個を食べた」
「食べました。美味しかったです」
「九個のうちの三個。三分の一だ」
「九分の三。通分すれば。三分の一ですね」
「つまり、俺はお前に、三分の一のチョコを渡したわけだ」
「はい」

 俺はコーヒーを一口飲んで、
「バレンタインデーに三分の一のチョコを渡したのだから。
 ホワイトデーに三倍返しのチョコを。三分の一の三倍のチョコ相当。
 つまり一のチョコを貰わないといけない」
「うん? はい」
「俺はお前からバレンタインデーに一のチョコをもらった。
 お前は俺からバレンタインデーに三分の一のチョコをもらった。
 お前は俺にホワイトデーに三分の一のチョコの三倍のチョコ、
 つまり一のチョコを返さないといけないわけだ」
「はい」

「俺はお前からバレンタインに一のチョコをもらった。
 だが、これは、お前がホワイトデーに渡さなければいけない、
 一のチョコだ。
 俺がバレンタインデーにもらった一のチョコというのは、
 ホワイトデーにもらわなければいけない一のチョコ。
 お前は俺に、バレンタインデーにホワイトデーのお返し分の、
 一のチョコを先に渡しただけで、
 俺はバレンタインデー分のチョコはもらっていない。
 俺はバレンタインデーにゼロのチョコをもらったわけだから。
 お前にホワイトデーの三倍返しをしなければいけないのだが。
 それは、ゼロかける三。イコールゼロ。ゼロ。
 つまり俺はホワイトデーには何も返さなくて良いということになる」

 彼女もまた。コーヒーを一口飲んで、
「なるほど。えーと。私は先輩に。九個のチョコを渡しました。
 先輩は私に三個のチョコを渡しました。バレンタインデーにです。
 バレンタインデーに渡したものの三倍を、ホワイトデーにお返しする。
 私は先輩から三個のチョコをバレンタインにもらったから、
 ホワイトデーに三個の三倍返しの、九個のチョコを渡さなければならない。
 けれど私はバレンタインデーに先に九個のチョコを渡していて、つまりは、
 ホワイトデーに渡すべき九個のチョコを、私は、
 バレンタインデーに渡しただけで、先輩は、
 バレンタインデーには、何もチョコをもらっていないと一緒。
 つまり、先輩はバレンタインデーにチョコをもらっていない。
 可哀想な人。そういうことですね!」

「そうだ。俺はバレンタインデーにチョコをもらっていない。
 だから。お返しはしなくて良いのだ」
「かわいそう。誰もくれないんですね」
「はっはっはっ」
 乾いた笑いを、わざとらしく。
 すると彼女が。
「でも。ちょっと待ってください」

「うん? なんだ」
「このチョコですね。セール品だったんです」
「プレゼントがセール品だと、わざわざ言うなよ」
「元々三千円のチョコが。セールで二千円。だったんです」
「三千円が二千円……。あっ!」

 彼女は、ちょっと、にやと笑って、
「三千円の九個入りのチョコが二千円ということは、
 三分の一はないものになったということです。
 九個のうちの三個を私は食べましたけれど。
 それは、元々の三千円の千円分です。
 私が食べた分は、あらかじめ引かれていたのです。
 つまり。私は先輩に二千円のチョコを渡した。
 私が食べたチョコはセールで割り引かれた千円分のチョコですから。
 実質ゼロ個です。
 先輩は私に、バレンタインデーのチョコを渡してなんかいないんです。
 先輩。先輩は二千円の三倍返し。
 六千円のお返しをしなければならないのです!」

「うっ。ぐっ。そっ。その通りだ」
「ふっふっふっ。何にしましょう」
 不適に笑う彼女。
 顎に手を乗せて。
 目線を右上左上。
 そして、何かを閃いたみたい。
「あっ。そうだ。これくださいよ。確か六千円だって言ってましたよね」
 彼女は立ち上がり。
 壁にかけてあった。ブラックのレザーのアウターを手に取る。
「オーバーサイズですけれど。結構似合うと思うんですよ。
 帰り道。寒いですし。どうです? 似合うでしょ?」
 制服の上から、羽織り、くるくると回る。
「いやいやだめだ。俺だって、それ気に入っているし」
「良いじゃないですかあ」
「だめだ。ホワイトデーないと」