アラサー塾講師の出張メシ 夜のお供はコンビニガチ中華ですけど何か?

 教室長の前原さんは大卒三年目だそうだ。

「地元で働けるところが良くて、ここに就職したんですよ」

 うちの会社は地域の学習塾チェーンを買収して、そのままのブランドで運営を継続している。

 だから、待遇は本社と同等でも、子会社の社員は原則として転勤がない。

 家族持ちの人が働きやすい環境を用意しているのだ。

「高校までずっと唐津ですし、大学は福岡市内まで通ってたんですけど、やっぱり地元がいいかなと」

「福岡まで電車で通ってたんですか?」

 ここに来るまで一時間半かかったんだよね。

 前原さんは微笑みを絶やさずにうなずくと、地元の大学事情を教えてくれた。

「佐賀は理工学部系の大学は国立の佐賀大学しかないんですよ。唐津からは佐賀市に出るなら電車の本数とかを考えると福岡の方が便利なんです。この地域の高校生は福岡か、いっそのこと東京に出ちゃいますね」

 こういう話は単なる身の上話というのではなく、進学に関するその地域独特の考え方を知るのに重要な情報だ。

 首都圏のように選択肢がないから地元国立大学第一主義の地方は多いし、東京の難関私大系列校よりも旧藩校由来の公立高校卒の方が信用されるといった事情もある。

 そういう特有の認識を知っておかないと、生徒や保護者と接したときに、まったく話が通じなくて困ることになる。

「就職もここらへんだとまともなところが県庁か市役所しかないんで、協進系列で働けるのはまだ恵まれてる方なんですよ」

「そういうものなんですかね」と、私は極力自然に見えるように微笑みを絶やさずに聞いていた。

 愛想笑いは疲れるし自己嫌悪に陥るという人もいるかもしれないけど、むしろ初期費用をかけておくことでその後の関係を楽にできるコスパのいい投資だと思う。

 そんなふうに雑談をしているうちに、他のスタッフさんたちも出勤してきた。

 前原さんくらいの若い女性スタッフが中心だけど、私より年上のお子さんがいる女性や、五十代独身のアルバイト男性もいる。

 教室長として、前原さんが一人一人丁寧に紹介してくださる。

 若いけどしっかりした人だなと思ったそのときだった。

 にこやかな笑みを浮かべた頬がぴくりと引きつるのを見てしまった。

 ――ああ、この人も私と同じなのかも。

《いい人》と書かれた仮面をかぶって距離を取る。

 ただ、その仮面をずっとかぶり続けなければならないのが、渡り鳥の私との違いなんだろう。

 ふと目が合った前原さんが首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「いえ、何も」

 とりあえず、初日の顔合わせが済むと、今日はもう用事がない。

「では、明日からよろしくお願いします」

 授業時間割と進行予定表をもらい、生徒が来てみなが忙しくなる前に私は教室を出た。