初日の今日は、まず教室に着任の挨拶に行って、それから宿泊先のビジネスホテルにチェックインだ。
駅前の道をまっすぐ進むと、すぐに協進ゼミナールの看板が現れた。
硝子張りの雑居ビルの一階と二階フロアを使っているらしい。
窓には大きく塾名と、合格実績などを張り出している。
コンビニのような自動ドアが開き、中に入るとすぐに事務机の受付がある。
午後の早い時間帯で、誰の姿も見えないけど、パーティションの奥で声がする。
顔を突き出してのぞき込むと、そこは机やキャビネットが並んだ職員用のスペースで、若い男性が一人、パソコンの画面を見つめていた。
どうやらリモート会議中らしい。
私はしばらく受付デスクの周辺で壁に貼られたポスターなどを眺めていた。
掲示物は本部から送られてくるものだからべつに代わり映えはしないはずなんだけど、教室ごとに意外と個性が出るものだ。
キャンペーン期限の過ぎた古いものが混ざっているときもあるし、なんか微妙に斜めになっているようなのとか、何の関係もない地元のお祭りのポスターが貼ってあるところもあったりする。
この教室はそういった乱れがなく、なんかモデルルームのような清潔感に包まれていた。
話を切り上げた男性が奥から出てきた。
いかにも塾講師といった細いレンズのメガネに、おでこを出した髪型で眉のキリッとした男性だ。
「ああ、どうもお待たせしてすみません。本部の方ですか」
「はい、新納と申します」
「どうもお待ちしてました」と、男性は《前原直樹》と記されたIDカードを胸ポケットから出して掲げてみせる。
「『まえばる』さんですか?」
私が勘で読んだら、顔がほころんだ。
「おっ、一発で読めた人、初めてですよ」
私は正直にタネを明かした。
「空港から電車で来たときに、《ちくぜんまえばる》っていう駅があったので、もしかしてそうなのかなと」
「ええ、九州だと『ばる』っていう読み方が多いんですけど、全国的には『はら』ですもんね。新納さんも『しんのう』って読まれませんか?」
「ええ、そうなんですよ」
お互いの名前アルアルでなんかいきなり盛り上がってしまった。
前原さんが奥に案内してくれて、社員用の無料自販機の前に立つ。
「何かお好きなものどうぞ」と、前原さんがIDカードをスキャナにかざした。
この紙コップ式の自販機は福利厚生の一環で全国の教室に設置されているものだ。
私はホットコーヒーをもらった。
前原さんはアイスコーヒーを取り、観葉植物で区分けされた来客用の面談スペースへ移動する。
椅子に腰掛けながら前原さんがIDカードをワイシャツの胸ポケットに押し込んだ。
「食事しました?」
「駅前でラーメン食べました」
「ああ、あそこですか。学生多かったでしょ」
「はい、元気のいい高校生グループがいましたよ」
ラーメン屋さんにいた坊主頭の集団を思い出すと、つい顔がほころんでしまう。
「自分は坊主頭じゃなかったですよ」と、前原さんが目を細めて笑う。
え?
なんで分かるの?
「あ、いえ、べつに想像したわけじゃないです」って、なんかかえってバレバレの言い訳しちゃってこっちが恥ずかしい。「坊主頭が校則ってわけじゃないんですか?」
「いや、さすがに今は校則で坊主ってのはないですよ。自分たちの頃だって自由でしたからね。部活で自主的にやってるんだと思います」
「あのお店、地元では有名なんですか?」
「自分も高校時代に、試験で早く帰ると寄ってたんですよ。学校帰りに仲間とつるんでメシ食べていくのって、なんか高校生っぽくて特別な感じがしたんですよね」
それは分かる気がする。
私は一人だったけど、学校帰りに駅ナカのファストフード店からテイクアウトしただけでも、なんかすごいことをしているような気がしたものだ。
「で、その後、すぐ隣の図書館で勉強していくんです。ハンバーガーショップとか、オシャレカフェとかはないんで、エアコンが効いてる無料の図書館に入り浸ってたんですよ」
ああ、さっき駅前で見たあの立派な図書館か。
場所は違っても、やってることって日本中どこの高校生も変わらないんだな。
自分にはない記憶だけど、でも不思議と、高校時代っていう共通認識が自分の中にもあるのってなんでなんだろう。
まわりの人たちはそうやって青春を楽しんでいたし、うらやましいとは思わなかったけど、それを否定するつもりもなかった。
ただ接点がなかっただけ。
傍観者としての記憶がいつの間にか当事者っぽくすり替わっているんだろうか。
自分にはそのくらいの距離感が心地よいのかもしれない。
駅前の道をまっすぐ進むと、すぐに協進ゼミナールの看板が現れた。
硝子張りの雑居ビルの一階と二階フロアを使っているらしい。
窓には大きく塾名と、合格実績などを張り出している。
コンビニのような自動ドアが開き、中に入るとすぐに事務机の受付がある。
午後の早い時間帯で、誰の姿も見えないけど、パーティションの奥で声がする。
顔を突き出してのぞき込むと、そこは机やキャビネットが並んだ職員用のスペースで、若い男性が一人、パソコンの画面を見つめていた。
どうやらリモート会議中らしい。
私はしばらく受付デスクの周辺で壁に貼られたポスターなどを眺めていた。
掲示物は本部から送られてくるものだからべつに代わり映えはしないはずなんだけど、教室ごとに意外と個性が出るものだ。
キャンペーン期限の過ぎた古いものが混ざっているときもあるし、なんか微妙に斜めになっているようなのとか、何の関係もない地元のお祭りのポスターが貼ってあるところもあったりする。
この教室はそういった乱れがなく、なんかモデルルームのような清潔感に包まれていた。
話を切り上げた男性が奥から出てきた。
いかにも塾講師といった細いレンズのメガネに、おでこを出した髪型で眉のキリッとした男性だ。
「ああ、どうもお待たせしてすみません。本部の方ですか」
「はい、新納と申します」
「どうもお待ちしてました」と、男性は《前原直樹》と記されたIDカードを胸ポケットから出して掲げてみせる。
「『まえばる』さんですか?」
私が勘で読んだら、顔がほころんだ。
「おっ、一発で読めた人、初めてですよ」
私は正直にタネを明かした。
「空港から電車で来たときに、《ちくぜんまえばる》っていう駅があったので、もしかしてそうなのかなと」
「ええ、九州だと『ばる』っていう読み方が多いんですけど、全国的には『はら』ですもんね。新納さんも『しんのう』って読まれませんか?」
「ええ、そうなんですよ」
お互いの名前アルアルでなんかいきなり盛り上がってしまった。
前原さんが奥に案内してくれて、社員用の無料自販機の前に立つ。
「何かお好きなものどうぞ」と、前原さんがIDカードをスキャナにかざした。
この紙コップ式の自販機は福利厚生の一環で全国の教室に設置されているものだ。
私はホットコーヒーをもらった。
前原さんはアイスコーヒーを取り、観葉植物で区分けされた来客用の面談スペースへ移動する。
椅子に腰掛けながら前原さんがIDカードをワイシャツの胸ポケットに押し込んだ。
「食事しました?」
「駅前でラーメン食べました」
「ああ、あそこですか。学生多かったでしょ」
「はい、元気のいい高校生グループがいましたよ」
ラーメン屋さんにいた坊主頭の集団を思い出すと、つい顔がほころんでしまう。
「自分は坊主頭じゃなかったですよ」と、前原さんが目を細めて笑う。
え?
なんで分かるの?
「あ、いえ、べつに想像したわけじゃないです」って、なんかかえってバレバレの言い訳しちゃってこっちが恥ずかしい。「坊主頭が校則ってわけじゃないんですか?」
「いや、さすがに今は校則で坊主ってのはないですよ。自分たちの頃だって自由でしたからね。部活で自主的にやってるんだと思います」
「あのお店、地元では有名なんですか?」
「自分も高校時代に、試験で早く帰ると寄ってたんですよ。学校帰りに仲間とつるんでメシ食べていくのって、なんか高校生っぽくて特別な感じがしたんですよね」
それは分かる気がする。
私は一人だったけど、学校帰りに駅ナカのファストフード店からテイクアウトしただけでも、なんかすごいことをしているような気がしたものだ。
「で、その後、すぐ隣の図書館で勉強していくんです。ハンバーガーショップとか、オシャレカフェとかはないんで、エアコンが効いてる無料の図書館に入り浸ってたんですよ」
ああ、さっき駅前で見たあの立派な図書館か。
場所は違っても、やってることって日本中どこの高校生も変わらないんだな。
自分にはない記憶だけど、でも不思議と、高校時代っていう共通認識が自分の中にもあるのってなんでなんだろう。
まわりの人たちはそうやって青春を楽しんでいたし、うらやましいとは思わなかったけど、それを否定するつもりもなかった。
ただ接点がなかっただけ。
傍観者としての記憶がいつの間にか当事者っぽくすり替わっているんだろうか。
自分にはそのくらいの距離感が心地よいのかもしれない。


