「わあい、いっただきまーす」
さっそく松浦さんが胡椒餅に手を伸ばす。
「じゃあ、こっちをいただこうかな」
前原さんは遠慮がちに葱油餅を取った。
それじゃ、私は煎餅果子を。
「んはっ、ほいひい」
「うん、青ネギの香りがいいですね。油がなんか特別なのかな」
「……」
中華クレープはパクチーの味しかしない。
パクチーだけで天下統一っていうか、ここまでくると逆に本能寺だよね。
織田信長もビックリだわ。
だから、入れすぎなのよ、キッチンカーのお兄……あれ、そういえば、あの二人、どっちが兄でどっちが弟だったんだろう。
胡椒餅と葱油餅を食べ終えたお二人にパクチークレープをおすすめ。
「うはっ、これすごっ」
「んー……ん?」
パクチーに往復ビンタされたみたいに二人とも黙り込んじゃった。
私も苦いパクチーを噛みしめながら、会社とコンビニで二人からそれぞれ聞いていた話を思い出していた。
前原さんが唐津で働いているのも、東京に行かなかったのも、ただ単に地元から出たくなかっただけかと思ってたら、ちゃんと理由があったんじゃない。
そりゃあ、カノジョがいたら、離れられないよね。
だけど、松浦さんは、それを出たくないんだと勘違いしてたってことだよね。
ようやくパクチーを制覇した松浦さんがレモンティーで味を洗い流した。
「新納さんは、今までどんなところに行ってたんですか」
「北海道から沖縄までいろいろですよ」
「九州は他に?」
「宮崎とか、長崎も行きましたね」
「いいなあ」と、松浦さんがもう一口レモンティーで喉を潤す。「うちら、九州から出たことないよね」
「修学旅行で京都行っただろ」と、手が止まっていた前原さんが中華クレープをかじる。
「行ったっけ?」と、松浦さんは首をかしげながら耳の後ろをかいていた。
「コクったろうが」と、モゴモゴ。「コクれっちゅうけん」
「だっけ」と、目を空に向けて下をペロッ。
あれ、『なんかそのままつきあってるみたいになっちゃって』なんて言ってたけど、ちゃんと言わせたんじゃないの。
あら、やだ、私としたことが、ツッコミが完全におばちゃんだわ。
「これからお二人でいろんなところに行ったらいいじゃないですか」
「でも、それは旅行じゃないっすか。違うところに住んでみたいんですよ」
「じゃあ」と、言いかけて言葉を飲み込む。
『結婚したら』なんて、余計なお節介は私らしくない。
松浦さんがカレシを肘でつつく。
「あんたも転勤しなよ。東京に配置換えとかいいじゃん」
ゴフッとパクチーを噴きそうになって前原さんが口を押さえる。
「俺は協進グループでも地元採用だから転勤なんかないの」
「希望すればありますよ」と、私が口を挟むと、「だってよ」と、松浦さんが肩をつつく。
「東京とは限らないだろ」
「どこでもいいよ」と、松浦さんは前に腕を伸ばして空に突き上げた。「コンビニだって日本中にあるんだし」
それって、ついていくって言ってるようなものだよね。
思わず前原さんを見たら、耳を赤くしながら鼻の頭をかいていた。
「地元ば出とうなかと思っとったよ」
「なんば、そいはあんたの方たい」
二人はそろって海の向こうにかすむ唐津の街を見つめている。
あらま、いい雰囲気だこと。
私は一人胡椒餅にかじりついた。
さすがに熱々ではないけど、パリッと焼けた表面の香ばしさの下からじゅわりと肉の脂と旨みがほとばしり、後から八角が追いかけてくる。
気まずいときに、一口かじるのにちょうどいい。
食べ物を口に入れていればしゃべらなくてすむ。
みんなで食べても、私は一人。
しょせん私は日々旅にして旅をすみかとする松尾芭蕉なんだ。
でも、べつに寂しいわけじゃない。
自分は出張先を選べないけれど、出張先で何を食べるかは自分で選べる。
だけど、選べるから偉いわけでもないし、選んでいるようで選択肢がないときもある。
それはそれで、誰かに『これ、おいしいですよ』って教えてもらうのも案外悪くないし、失敗してもいい経験だったと笑えばいいし、知らなかったことが見えてくるかもしれない。
私はべつに、ここでもいいし、どこでもいい。
「さてと、じゃあ、私は行きますね」
手をはたきながら立ち上がると、二人が見上げる。
「え、来たばかりなのに」
食べるものを食べたら用は無し。
「お邪魔しました~」と、指先をヒラヒラさせて後ずさる。「また唐津で」
二人は苦笑しながら手を振ってくれた。
――うん、これでいい。
一ヶ月ごとに居場所が変わる私には、このくらいの距離感がちょうどいい。
弾む足取りで坂を下る私は、気づけば鼻歌を口ずさんでいた。
さっそく松浦さんが胡椒餅に手を伸ばす。
「じゃあ、こっちをいただこうかな」
前原さんは遠慮がちに葱油餅を取った。
それじゃ、私は煎餅果子を。
「んはっ、ほいひい」
「うん、青ネギの香りがいいですね。油がなんか特別なのかな」
「……」
中華クレープはパクチーの味しかしない。
パクチーだけで天下統一っていうか、ここまでくると逆に本能寺だよね。
織田信長もビックリだわ。
だから、入れすぎなのよ、キッチンカーのお兄……あれ、そういえば、あの二人、どっちが兄でどっちが弟だったんだろう。
胡椒餅と葱油餅を食べ終えたお二人にパクチークレープをおすすめ。
「うはっ、これすごっ」
「んー……ん?」
パクチーに往復ビンタされたみたいに二人とも黙り込んじゃった。
私も苦いパクチーを噛みしめながら、会社とコンビニで二人からそれぞれ聞いていた話を思い出していた。
前原さんが唐津で働いているのも、東京に行かなかったのも、ただ単に地元から出たくなかっただけかと思ってたら、ちゃんと理由があったんじゃない。
そりゃあ、カノジョがいたら、離れられないよね。
だけど、松浦さんは、それを出たくないんだと勘違いしてたってことだよね。
ようやくパクチーを制覇した松浦さんがレモンティーで味を洗い流した。
「新納さんは、今までどんなところに行ってたんですか」
「北海道から沖縄までいろいろですよ」
「九州は他に?」
「宮崎とか、長崎も行きましたね」
「いいなあ」と、松浦さんがもう一口レモンティーで喉を潤す。「うちら、九州から出たことないよね」
「修学旅行で京都行っただろ」と、手が止まっていた前原さんが中華クレープをかじる。
「行ったっけ?」と、松浦さんは首をかしげながら耳の後ろをかいていた。
「コクったろうが」と、モゴモゴ。「コクれっちゅうけん」
「だっけ」と、目を空に向けて下をペロッ。
あれ、『なんかそのままつきあってるみたいになっちゃって』なんて言ってたけど、ちゃんと言わせたんじゃないの。
あら、やだ、私としたことが、ツッコミが完全におばちゃんだわ。
「これからお二人でいろんなところに行ったらいいじゃないですか」
「でも、それは旅行じゃないっすか。違うところに住んでみたいんですよ」
「じゃあ」と、言いかけて言葉を飲み込む。
『結婚したら』なんて、余計なお節介は私らしくない。
松浦さんがカレシを肘でつつく。
「あんたも転勤しなよ。東京に配置換えとかいいじゃん」
ゴフッとパクチーを噴きそうになって前原さんが口を押さえる。
「俺は協進グループでも地元採用だから転勤なんかないの」
「希望すればありますよ」と、私が口を挟むと、「だってよ」と、松浦さんが肩をつつく。
「東京とは限らないだろ」
「どこでもいいよ」と、松浦さんは前に腕を伸ばして空に突き上げた。「コンビニだって日本中にあるんだし」
それって、ついていくって言ってるようなものだよね。
思わず前原さんを見たら、耳を赤くしながら鼻の頭をかいていた。
「地元ば出とうなかと思っとったよ」
「なんば、そいはあんたの方たい」
二人はそろって海の向こうにかすむ唐津の街を見つめている。
あらま、いい雰囲気だこと。
私は一人胡椒餅にかじりついた。
さすがに熱々ではないけど、パリッと焼けた表面の香ばしさの下からじゅわりと肉の脂と旨みがほとばしり、後から八角が追いかけてくる。
気まずいときに、一口かじるのにちょうどいい。
食べ物を口に入れていればしゃべらなくてすむ。
みんなで食べても、私は一人。
しょせん私は日々旅にして旅をすみかとする松尾芭蕉なんだ。
でも、べつに寂しいわけじゃない。
自分は出張先を選べないけれど、出張先で何を食べるかは自分で選べる。
だけど、選べるから偉いわけでもないし、選んでいるようで選択肢がないときもある。
それはそれで、誰かに『これ、おいしいですよ』って教えてもらうのも案外悪くないし、失敗してもいい経験だったと笑えばいいし、知らなかったことが見えてくるかもしれない。
私はべつに、ここでもいいし、どこでもいい。
「さてと、じゃあ、私は行きますね」
手をはたきながら立ち上がると、二人が見上げる。
「え、来たばかりなのに」
食べるものを食べたら用は無し。
「お邪魔しました~」と、指先をヒラヒラさせて後ずさる。「また唐津で」
二人は苦笑しながら手を振ってくれた。
――うん、これでいい。
一ヶ月ごとに居場所が変わる私には、このくらいの距離感がちょうどいい。
弾む足取りで坂を下る私は、気づけば鼻歌を口ずさんでいた。


