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土曜日の仕事終わりに、またいつものコンビニに立ち寄った。
明日の日曜日は唐津に来て初めての休みだ。
塾は受験シーズンを除いて原則として日曜日は休校で、プラスもう一日、どこかに休みが入る。
ヘルプ要員の私は人が足りている日に休みをもらうことになるから、そちらの休みは、勤務地によっていろいろだ。
コンビニにはいつもの店員さんがいた。
休日前のスイーツでも買おうかなとレジ近くの棚を見ていたら、声をかけられた。
「いつもこの時間に来るじゃないですか。ブラック企業ってやつですか」
夜の十一時。
私にとっては、定時だ。
「あ、いや、そういうわけじゃないですよ」
たしかに学習塾業界はアルバイト学生を使い捨ててるなんて言われがちだけど、いちおう、うちは上場企業で、コンプライアンス面はしっかりしてるし、私なんかは、月に一度までなら私的用事で里帰りするときにも交通費も支給してくれることになってるくらいだし。
ていうか、私、そんなにやつれて見えるの?
まだ若いとか思ってるわけでもないけど、もう歳って言うほどでもないし、え、え、え?
と、どこまで説明したらいいか頭の中だけでぐるぐると迷っていると、松浦さんがぽんと手をたたいた。
「まあ、夜働いてるからってブラックとは限らないですもんね。私だってそうだし」
ああ、そういえば、そうか。
道路補修とか、鉄道保線とか、これから朝まで働く人だっているんだよね。
そういう人たちのおかげで世の中は便利に動いている。
「私は朝苦手なんで、夜仕事してるっていうのが理由の半分なんですけど」
へえ、そうなんだ。
そういうのもアリだろうね。
――ん?
で、半分って、残りの理由は何?
気になるって顔に出ちゃったのか、他にお客さんもいないからか、松浦さんがお団子頭をいじりながら残り半分の理由を話し始めた。
「私、高校時代から付き合っているカレシいて、一緒に暮らしてるんですよ」
ちょ、スイーツなんか選んでたせいか、いきなり甘い話!?
私の苦手分野。
もうお弁当なんか選んでいられないじゃん。
「私、高校の時に朝寝坊で遅刻ばっかりしてて、成績やばくて、それで、クラスの頭いい男子に勉強教えてもらってたんですよ。そしたら、なんかそのままつきあってるみたいになっちゃって」
ふんふん、それで?
商品を手に取ってみたりしてるけど、耳に意識が集中しすぎて、今自分が手にしてるのがウィンナーコーヒーゼリーだったかライチたっぷり杏仁豆腐かも分からない。
「だけど、後悔ってわけじゃないんですけど、なんか悪いことしちゃったかなとか、思うこともあるんですよね」
「え、なんでですか?」
いかん、ブラックバスみたいに食いついてしまった。
「その人、頭いいのに、地元から通える大学に行っちゃったんですよ。なんていうか、もっといいところに行けたはずなのに。よく東京のマーチ大学って聞くじゃないですか、そこらへんでも行けたと思うんですよ」
MARCHは五つの大学の頭文字なんだけど、私は黙っていた。
「そしたら、今頃、地元で地味な仕事なんかしてないで、東京でIT系っていうんですか、そういうところでバリバリ働いてタワマンとかに住んでたかもしれないじゃないですか」
それは極端なイメージだと思うけど。
でも、それって、その彼氏さんが、松浦さんを選んだってことだよね。
そういうのって、十分に幸せなことなんじゃないのかな。
また顔に出ちゃったのか、松浦さんが軽くため息をつく。
「私なんかのせいで、人の人生曲げちゃったかなって思うと、なんかしんどいじゃないですか」
同意を求めているというよりは、自分に対する言い訳を見つけたがっているような口ぶりだった。
「私に合わせるんじゃなくて、自分のしたいようにしてくれてたら、私の方が追いかけてたのにって」
でも、それはそれで、別の場所で別の人と出会って別の人生を始めてたかもしれないよね。
さすがにそれは言えなかったけど。
「でも、お二人は結婚も考えているってことですよね」
「まあ、向こうから言われたらオッケーなんですけど、こっちからは言えないかなって」
「なんでですか?」
「都会に比べたらたぶん生活費もかからないし、二人で稼げばやっていけるとは思うんですけど、五十年くらいずっと変わらないのも何だかなって思ったりもするんですよ。ここって、ホント、何も変わらないんで」
ああ、そうか。
松浦さんは相手のことを迷っているんじゃなくて、この場所で生きることを迷っているんだ。
「麻辣羊鍋どうでした?」
「ひぇ?」
急に話題が変わって、思わず声が裏返ってしまった。
「あ、ああ、えっと、ちゃんと食べられました」
「完食ですか。すごいですね」と、指先だけで小さく拍手される。「信じられないくらい辛かったでしょ」
いや、あの、あなたにおすすめされたんですけどね。
「ものすごい汗かきました」
「デトックス」と、片目をつむって人差し指を突きつけられたとき、他のお客さんが来たので、松浦さんはレジに戻ってしまった。
そういえば、私、ここに何しに来てたんだっけ。
そうだ、夕飯買いに来てたんだった。
結局、ガチ中華ではなく、たまたま残っていた半額の唐揚げ弁当を買ってホテルに帰ってきた。
スイーツを買い忘れたのに気づいたのは、ベッドに入って明かりを消してからだった。


