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次の日も仕事帰りに同じコンビニに立ち寄った。
残念ながら半額シールのついた商品は普通の餃子だけで、ガチ中華シリーズは通常の値段のものしかなかった。
だけど、おかげで、まだ試していないものが並んでいる。
ひとまず半額餃子を確保して籠に入れ、そば茶を先に取りに行ってからお弁当コーナーに戻る。
――うーん、どうしよう。
羊を使ったメニューがいくつかあるんだけど、正直なところあの独特の臭みが苦手で、あんまりピンとこないのよね。
と、そのときだった。
「ガチ中華シリーズ好きですか?」
へ?
声に振り向くと、そこにいたのはおなじみの店員さんだった。
「あ……ああ、ええ、まあ、そうですね」
曖昧な返事をしながら、名札に目が行っていた。
――へえ、松浦さんっていうんだ。
信長のアレにも登場する名前だ。
「花椒麻婆どうでした?」
昨日買った物を覚えられちゃってたのは、いつもなら困惑してただろうけど、相手の名前がいかにも九州らしくて、歴史好きの血があっさり受け入れてしまったらしい。
「辛かったですけど、なんとか食べられました」
「じゃあ、この麻辣羊鍋どうですか?」
松浦さんが指したのは、さっき私が迷っていた商品だ。
「羊がどうかなって」
「臭みないです」と、即答断言。「コンビニでこのクオリティはありえない完成度です」
へえ、そうなんだ。
と、言い切った松浦さんの口元に軽く笑みが浮かぶ。
「ま、ていうか、辛くて臭みも分からないんだと思いますけどね」
ああ、チャレンジャー系か。
ここで受けて立とうかとはならないのが私だけど、断れないのも私なのよね。
――うーん、どうしよう。
振り出しに戻って迷ってしまう。
やばいな。
じっと見つめられてると、頭がどんどん真っ白になっていく。
決められないよ。
だって、麺の硬さだってテンパって選べない女ですから。
と言っても、いつまでも迷ってたら日付が変わっちゃうし。
「……じゃ、それにします」
「え、まじっすか。すごっ」
えー!?
おすすめしてくれたのはそっちでしょうよ。
文句を言おうにも、松浦さんはレジに向かってしまったので、私は籠に麻辣羊鍋を放り込んでついていった。
「温めますね」
ハイハイ、どうもありがとうございます。
と、電子レンジからなんかもうすでに辛そうな香りが漂ってくる。
温め終わって扉を開けた松浦さんが、制服の袖を口に押し当て、むせたような咳をした。
「これ温めると、いつも目が痛くなるんですよ」
ちょ、ちょ、え、そんなに?
大丈夫なの、私?
「今度感想聞かせてくださいね」
陽気に見送られてホテルに帰った私は、恐る恐るプラスチックの蓋を開けた。
真っ赤な池に沈黙した羊たちが泳いでいる。
大きく刻んだ白ネギも赤く染まっている。
覚悟を決めて口に入れると……ん?
あれ、意外と辛くない。
後から来るかと身構えていたら、それどころじゃなかった。
なんか揺れてる?
地震?
……じゃない、自分が揺れてるんだ。
口から耳に抜けるような辛い熱が一気に頭のてっぺんを突き破り、平衡感覚すらあやふやになって、椅子から浮いているような気がした。
――ゴフッ……フゴッ。
二口目を食べた途端、咳が止まらなくなる。
なんだこれ、だけど、なんか止まらないよ、なんで?
ハイになっているのか、私は笑いながら羊肉をひょいぱくと口に運ぶ。
たしかに臭みは感じない。
でも、辛すぎて麻痺したからというわけではなく、ちゃんとお肉の味は感じる。
私だけ局地的ゲリラ豪雨に巻き込まれたみたいに全身汗まみれ。
だけど、羊の群れは止まらない。
赤い汁に溶け込んだ羊の脂が野性味をまとってほのかに甘く香る。
おいしいよ、これ、いい。
舌がちゃんと味をとらえている。
辛さの向こうのうまみと、ようやく手を握り合えたのかも。
そして、それを追い求めた私はついにゴールにたどり着いた。
――やった、やりました、私。
完食したときには、フルマラソンを完走したみたいな達成感に包まれていた。
しばらく収まらない胸の動悸をそば茶でなだめていると、いつの間にか椅子の上でうとうとしかけていた。
何だろう、この心地の良い疲労感。
気がつけば半額餃子を食べるのも忘れ、燃え尽きたボクサーのように私はそのままの姿勢で眠っていた。


