Love After The Loop

 1週間後の放課後。
 俺たちはファミレスのボックス席に身を沈めていた。

 名目は作戦会議。けれど実態は、進展のない現実に対する愚痴の吐き出し大会に過ぎない。テーブルの端に追いやられたルーズリーフには、この7日間で整理したループの考察が無惨に書き殴られていた。

「はー……マジで無理。意味が分からん」

 ドリンクバーのグラスを見つめながら深いため息を吐き出すと、向かいの席に座る郁真が自嘲気味に小さく笑った。

「今日でちょうど1週間。結局ループが終わる気配もなければ、何かの変化が起きることもなかったね」

 郁真は緑色のメロンソーダをストローで啜り、フライドポテトを1本つまむ。

 この1週間で分かったのは、俺たちがどれだけ足掻いても世界は完璧にリセットされるということだけだった。こうして学校帰りにファミレスへ足を運ぶのも、不条理な現実にささやかな変化を起こそうとする俺たちの悪あがきだ。

「どうすればループから抜け出せるんだよ…」
「ね。そろそろ本気で、具体的な打開策を探し始めないといけないかな」

 待っていれば自然と明日が来るはず。

 そんな甘い希望はもう捨てていた。
 時間が勝手に進まないのなら、俺たちの手でこのループを力任せに打ち破るしかない。諦めと共に、いよいよ覚悟を決めるしかなくなっていた。

「原因は?」
「分からない」
「脱出の条件は?」
「分からない」
「このループはいつまで続く?」
「分からない」

「「……」」

 投げかけた問いが虚しく空を切る。俺たちはしばらくの間、無言で見つめ合った。

「……何ひとつ分かってねえじゃんか」
「仕方ないだろ。俺だってタイムループなんて初めてなんだし」

 ふてくされる郁真に、俺も反省して苦笑いを返す。
 ……それもそうだ。というか、逆にタイムループの熟練者なんてものが存在したら嫌すぎる。

「でもさ、1つだけ確かなことがある」
「何だよ」
「この狂った現象を認識できているのは、世界中で俺たち2人だけだ」

 妙に格好つけた言い方をしながら、郁真はルーズリーフに描かれた『22日』という文字を細い指先で叩いた。そして、まっすぐに俺の瞳を射抜いてくる。

「このループを終わらせる方法を探すなら、俺たち2人でやるしかないんだよ」
「……2人で?」
「そう。2人しかこの異常に気づけないなら、俺たちだけで何とかするしかないだろ」

 その言葉が鼓膜を揺らした瞬間、胸の奥を重く押し潰していた途方もない孤独感がスッと軽くなった気がした。

 理屈の通らない現象。
 永遠に繰り返される今日。
 誰にも信じてもらえない異常な世界。

 __それでも俺には、同じ記憶と絶望を共有できる郁真が隣にいる。

「…分かったよ」
「おっ、乗ってきた?」
「やってやろうじゃん。こんなふざけたタイムループ、さっさと終わらせてやる」
「うん、その意気だよ」

 嬉しそうに目を細める郁真に頷き返し、俺もポテトを口に放り込みながら頭を回転させた。

「さて、それじゃあ具体的に何から試してみる?」
「一応調べてみたんだけどさ、ループものの物語って大体2つのパターンに分類できるんだよ」

 俺が差し出した紙に、郁真がペンで考えを整理し始める。

「1つ目は『何かが達成できていないからループする』。2つ目は『原因となる何かが存在しているからループする』」

 郁真はポテトを咥えたまま、不思議そうに首をかしげた。

「何かが達成できてない、っていうのはどういうこと?」
「例えば、『誰かの事故を未然に防ぐ』とか『誰かに大切な気持ちを伝える』とか。いわゆる『未練ややり残したことがあるから時間が未来へ進まない』ってパターンだな」
「なるほどね。じゃあ『原因が存在する』っていうのは?」
「こっちはもっと単純。この22日の世界のどこかに、ループを引き起こしている原因物質とかきっかけが存在してる。それを破壊するか取り除けばクリア、ってやつだ」

 郁真は紙を引き寄せると、俺が提示した2つの項目を大きく丸で囲んだ。

「つまり、原因を破壊するか、脱出条件を満たすか」
「そういうこと」

 そこまで口にして、俺はふと腕を組んで考え込んだ。

「でもさ…、俺たちのケースで『物理的な原因がある』可能性は低そうじゃないか?」
「たしかに。物や事件が原因なら、なんで俺たち2人だけが選ばれて記憶を保持してるのかの説明がつかないしね」

 全ての始まりだった、正真正銘の『最初の22日』。
 あの日に起きた、いつもと違う特別な出来事といえば何があっただろうか。

 朝起きて、学校へ行って、授業を受けて、昼飯を食って……。
 あえて異質なことを挙げるなら__放課後の帰り道、郁真がやけに真剣な顔で俺に「好きだ」と告白してきたことくらいだ。

(そういえば、)

「郁真さ。最近、俺に『好き』って言わなくなったよな」
「ブフッ!?」

 ちょうどメロンソーダを飲み込んだ瞬間だったらしく、郁真は豪快に咽せ返った。ゲホゲホと激しく咳き込む郁真に慌ててお手拭きを差し出すと、彼は涙目になりながらジェスチャーで感謝を伝えてくる。

「っ、い、いや……あのさ、それ今関係ある!?」
「いや、だってあんなに毎日、なんなら1時間に1回くらいのペースで軽々しく言ってきたのに、急にパタリと止んだからさ」
「…い、いいだろ、別に! こんなタイムループなんて異常事態に巻き込まれたら、そんなこと言える余裕がないというか……その……」

 郁真は気まずそうに視線を泳がせ、耳たぶをほんのり赤く染めて顔を逸らした。なぜ彼がそんな反応を見せるのか分からず、俺は 首を傾げる。

「そういうもんか?」
「そんな余裕あるわけないだろ! まずはこのループを抜け出すのが最優先なんだから!」

 誤魔化すように咳払いをすると、郁真は新しいルーズリーフを取り出した。そのまま、1から順に番号を振っていった。

「まずは定番中の定番。『行動を変える』から試そう」
「具体的には?」
「授業をサボってみる。昼飯を食べる場所を変える。通学路を変える。昨日まで絶対に行かなかった場所に行ってみる」

 サラサラと紙に見やすくまとめていく郁真。ポテトを食べながらその手元を眺めていると、なんだか夏休みの自由研究でもしているみたいに思えてくる。やっていることは、とてもそんな呑気なものじゃないというのに。

 俺のそんな感慨など知ったことかと、郁真はペンを走らせていく。視線は紙に向けたまま、続けて口を開いた。

「とにかく、22日の既定路線を大きく崩してみるんだ」
「それで23日を迎えることができれば成功か」
「明確な手がかりがない以上、こうやってしらみ潰しに検証していくしかないよ」

 気が遠くなるような作業だ。果てしない時間がかかるかもしれない。けれど、この歪んだ世界の中にいる限り、俺たちの時間は1秒たりとも前へ進めないのだ。

「…なあ、1つ約束事決めないか?」
「約束事?」

 手を止めて不思議そうにまばたきをする郁真に向け、俺は少しだけ躊躇いながら頷いた。

「このループから抜け出すことを絶対に諦めないこと」
「……」
「どれだけ時間がかかっても何度繰り返しても、絶対に2人で抜け出そう」

 俺の言葉に郁真は静かに頷くと、ゆっくりと右手の小指を差し出してきた。

「指切りしよ。約束と言ったらこれでしょ」

 悪戯に笑う郁真に倣い、俺もその指に自分の小指をそっと絡める。
 触れ合った皮膚から伝わる温もりが妙に熱く、愛おしく感じられた。

 いつこの悪夢が終わるのかも分からない。
 あと何十回、何百回と同じ22日を繰り返すことになるのかも分からない。それでも、今度こそはと祈りを込めるように、俺は絡めた小指にギュッと力を込めた。

「「指切った」」

 重なった2人の声が静かなファミレスの席に響き、荒みかけていた心が少しだけ温かくなる。

__何度繰り返したって、諦めてやるものか。

 たとえこの先、どれほど果てしない時を同じ場所で足踏みすることになろうとも、俺たちを結んだこの小さな約束だけは絶対に忘れてはならない気がした。