「おはよう唯斗!」
「な、なあ! 今日って23日だよな!?」
「は? お前いきなり何言ってんだよ。今日は22日だろ」
声をかけてきたクラスメイトは怪訝そうな顔を浮かべ、自分のスマホの画面を俺に見せてきた。
液晶の光の中に輝くのは、当然のような『22日』の文字。
「っていうかさ、郁真のやつも朝からまったく同じこと聞いてきたんだよな。お前ら、揃って変なものでも食ってきたのか?」
「い、いや……だって、昨日が22日で……今日が23日で……」
「はぁ? 何言ってんだ」
支離滅裂になる俺の思考を中断させるように、背中にポンと温かい手が置かれた。
焦って振り向くと、そこにはいつもの飄々とした笑顔を貼り付けた郁真が立っていた。一瞬だけ、その瞳の奥に痛々しいほどの孤独と諦念が浮かんだ気がしたが、彼は瞬時にそれを覆い隠してみせた。
「いやー、流石の演技力だろ? ほら、唯斗の迫真の芝居にお前らも騙されかけた」
「んだよ、それー!ちょっとマジかと思ってビビったじゃんか!」
「あははっ、たまにはこういうドッキリも緊張感があっていいだろ?」
「だとしてもタイムループネタはねぇわ!漫画の読みすぎだって!」
クラスメイトたちの緊張が解け、和やかな笑い声が教室に弾ける。
だが、その輪の中心にいるはずの俺は、ただ唖然として立ち尽くすことしかできなかった。
(なんだ……何が起きてる? ドッキリじゃない……? じゃあ、何なんだよ……)
「はい、お前ら全員席につけー」
ガラッと大きな音を立てて扉が開き、予鈴のチャイムと共に担任の教師が教室へ入ってきた。ガタガタと椅子を引く音が重なり、ざわめいていた空間が急速に静まり返っていく。
「おーい、日直。朝来たら、黒板の日付変えてくれよ。ったく」
担任は黒板消しを手に取ると、白チョークで書かれていた『21日』という文字を大雑把に消し去り、その横に新しい白粉で大きく『22日』と書き直した。
(いや……今日は23日で……っていうか、このデジャヴ……この流れは……)
「……昨日も見たろ?」
耳元で、かすかに吐息の混じった低い声が囁かれた。
全身の血の気が一瞬で引き引いていく感触があった。
おそるおそる見上げると、そこにはいつもの笑みを綺麗に消し去り、不気味なほど冷徹で真剣な顔をした郁真が俺を見下ろしていた。
「俺も今朝、あらゆる方法で確かめた。けど、どう調べても今日は『22日』なんだ」
「は……?」
「今日が23日だと思ってるのは、世界中で俺たちだけだ。……ううん、昨日の22日を『一度過ごした記憶』を持ってるのが、俺たち2人だけなんだよ」
あまりにも狂気じみた、けれど事実としか思えない現実に喉が引きつって声が出ない。
「青木、長谷部。お前ら何突っ立ってんだ。早く座れ」
教壇からの声にハッとして周囲を見渡すと、クラス全員が着席していた。そんなクラスメイトは、立ち尽くしている俺たち2人を怪訝そうに見つめていた。
世界から取り残され、この異様な現実の中にたった2人きりで放り出されてしまった感覚。
その事実が視覚的な図体となって突きつけられ、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「はーい、すみませーん。……昼休みに話そう」
担任に向けて軽薄な返事を返しながら、郁真は俺だけに届く声でそう言い残した。
俺は何も言い返すことができないまま、鉛のように重くなった足を引きずり、自分の席へと向かった。



