Love After The Loop

 その日の放課後、ホームルームが終わるや否や急いで鞄を抱えて帰ろうとする郁真を、俺は改めて呼び止めた。
 でも昼のような力任せの制止じゃない。触れることなくあいつの前に立ちはだかり、まっすぐにその瞳を見据えて芯のある声で告げる。

「話がしたい」

 その真剣な眼差しに気圧されたのか、郁真は息を呑んだ。その時点で、すでに逃げ出すタイミングを完全に失っていた。郁真は少し迷った素振りを見せた後、小さく頷いた。
 俺たちは沈黙のまま歩き、鍵の開いていた誰もいない空き教室へと足を踏み入れた。重い扉が閉まり、夕暮れの赤い光が差し込む静寂の中に2人きりになる。

「お前、俺のこと信じなかっただろ」

 攻めるような言葉。でも、できるだけ優しく投げかけた。

「それだけじゃない。俺への恋心を捨てた。そうだろ」

 郁真は唇を強く噛みしめたまま、何も答えない。
 けれど、その握りしめられた拳の震えが、何よりも饒舌に図星であることを物語っていた。

「ループは確かに終わった。でも、俺はこのまま終わらせるつもりはない」

 大きく息を吸い込み、俺は一度も逸らすことなく郁真の目を見て、はっきりと胸の奥の熱を吐き出した。


「好きだ、郁真」


 唐突でまっすぐな言葉に、郁真の瞳が驚愕で大きく見開かれる。
 あいつは狼狽したように視線を泳がせると弾かれたように床の鞄をひったくり、そのまま教室内から逃げ出そうと扉へ向かって駆け出した。

 扉に手をかけたその背中に向けて、俺は後ろから容赦なく言葉を投げかける。

「このままお前が俺の告白を無視すれば、またループは始まるはずだ」
「は…?」

 郁真の動きがピタリと止まる。そして振り返った表情には困惑が色濃く浮かんでいた。

「正真正銘の22日。お前が俺に告白してくれた日と同じことを、たった今やったんだ。ゲーム的に言えば『フラグを立てた状態』だな」

 固まった郁真に向けて、思いっきり笑ってやる。

「ただ、俺とお前で決定的に違うことはある。__俺はお前への恋心を捨てる気はない」

 何も言えない郁真に歩み寄り、顔を近づける。酷く怯えたような表情をしている郁真が、なぜか面白く見えた。

「恋心なんて、そんな簡単に捨てられると思うなよ。それは俺が身をもって知ってんだ。何年お前に片想いしてたと思ってんだ」
「っ…」
「一生、一緒にループしようか」
「……お前さ、何がしたいんだよ」

 ようやく絞り出された郁真の声は怒りと恐れ、そして激しい動揺で細く震えていた。

「何がしたいか、なんて分かってるだろ。俺はお前と一緒に未来を生きたいんだよ」
「……っ、勝手なこと言うなよ!」

 郁真の目から、溢れ出した涙がポロポロと床に落ちる。別に、郁真の気持ちが分からないわけではない。
 ループに巻き込まれる前の俺なら、きっと今の郁真と同じ決断をしていたことだろう。それでも、

「悪いな。俺も強欲になったんだ。俺はお前の諦めなんて絶対に受け入れない」

 俺は逃げようとする郁真の顔を両手で強く挟み込み、涙で濡れた瞳に自分の顔を近づけた。

「俺のことを信じてくれ」

 郁真は溢れる涙を拭いもせず、胸を激しく上下させながら、絞り出すように口を開いた。

「……ずっと、好きだった。……友達なんかじゃなくて、世界で1番、唯斗が好きだ……っ!」
「ははっ、ほら捨ててなかったじゃねーか。・・・俺も好きだよ、郁真」

 俺は迷わず郁真の唇を塞いだ。
 歪んだループの記憶も、逃避のキスも超えた、本当の始まりのためのキス。互いの涙の味が混ざり合い、熱い体温が胸を満たしていく。

 唇が離れた時、郁真は俺の制服の胸元を強く掴み、子どものように声を上げて泣いた。
 俺はその体を強く強く抱きしめ返した。

 窓の外では、夕焼けの赤が静かに夜の群青へと溶け込んでいく。
 カレンダーの数字は、もう巻き戻らない。

 俺たちはついに、2人で本当の明日へと踏み出したのだ。