長い1日の終わり。
いつもなら郁真と2人で並んで歩くはずの帰り道を、今日はたった1人で歩く。夕暮れの橙色に染まる空はやけに広く、そして肌寒く感じられた。
頭の中をぐるぐると何度も回り続けていたのは、今朝、あいつが布団の中から吐き捨てたあの言葉だった。
『お前も、ループしてればいいのに』
あれはどういう意味だったのか。ただの八つ当たりだったのか、それとも、俺の知らない何かがあるのだろうか。
考えれば考えるほど胸の奥が締め付けられるような激しい焦燥感に駆られると共に、どうすればいいのか分からない。素直に変える気になれず、回り道をするように駅前のコンビニへと立ち寄ってしまった。
自動ドアをくぐり、陳列棚のあいだを当てもなく歩く。ふと目にとまったのは、例のスナック菓子だった。
__ループをする前に、買うはずだったお菓子。
(謝ろう)
昨日の今日で不器用な言葉しか見つからないけれど、このまま気まずい空気を引きずったままでいるのだけは耐えられなかった。
郁真の家に着き、合鍵を使って静かに中に入る。
静まり返ったリビングには誰の気配もなかった。ゆっくりと廊下を進み、郁真の部屋の前に立ち、小さくノックを2回。
返事はない。
無言のままドアノブを回してそっと中を覗き込むと、そこは陰鬱とした空気が立ち込めていた。
「…ただいま」
声を掛けると、ベッドの上で布団をすっぽりと被り、文字通り芋虫のように丸まっている大きな塊がピクリと揺れた。
呆れと心配が深く入り交じったため息をつきながら、俺はベッドの脇に歩み寄り、買ってきたスナック菓子をおそるおそる差し出す。
「……これ、お前の好きなやつ。買ってきたぞ」
布団の暗い隙間から、ぼさぼさの髪がのぞいた。
そこに現れた顔を見て、俺は絶句した。まぶたは真っ赤に腫れ上がり、明らかに長い時間、人知れず泣き腫らした痕跡があった。あんなにいつも余裕をまとっていた郁真が、まるで迷子の子どものように無防備で、そして痛々しいほどボロボロになっていたのだ。
「……なんで、帰ってきたんだよ」
掠れた、消え入りそうな声。
胸の奥が引きちぎられるように痛む。俺の浅はかな態度が、こいつをここまで追い詰めてしまった。そう気づいた瞬間、格好つけた言い訳なんて頭の中からすべて吹き飛んでいた。
「会いたくなったから」
素直な言葉をまっすぐに伝える。
「……悪かった」
俺はベッドの縁に腰を下ろし、まっすぐに郁真を見つめた。
「お前の気持ちを軽く受け流して……昨日も今朝も、ちゃんと向き合わなくてごめん」
喉を詰まらせながら絞り出すように謝罪の言葉を並べ立てる俺を見て、郁真は乾いた自嘲を含んだ笑みを力なくこぼした。
「……ははっ、あの時と一緒だ」
「え?」
「あの時も、お前はそうやって真っ直ぐ謝って……俺を困らせるんだよ」
郁真は腫れた目を細め、ふっと弱々しく息を吐いた。その表情には、自嘲の奥にどこか救われたような、すっと解けたような色が混じっていた。そのあまりにも切なげで、愛おしい姿を目にした瞬間、頭で考えるよりも先に身体が動いていた。
俺は身を乗り出し、両手で郁真の濡れた顔を引き寄せる。
戸惑ったように郁真が目を見開いたが、構わずにその唇へと自分の唇を強く重ねた。
これまで何度か交わしてきたキスは、いつだって郁真からリードされるものばかりだった。
あいつが仕掛け、あいつがペースを握り、俺はただ翻弄されるだけ。
だけど、これは違う。
俺から仕掛けた、初めてのキスだった。
ただ夢中で押し当てるだけの、不器用で確かな熱を帯びた唇。
時間が止まったような静寂の中、郁真の濡れた瞳を閉じる気配が伝わってきた。拒絶ではなく、全てを受け入れるように郁真の大きな手がそっと俺の背中に回される。
唇がそっと離れた後、互いの熱を含んだ重い息が白く混ざり合った。
郁真は少しだけ驚いたように目を見張ったまま、信じられないものを見るような愛おしげな目で俺を見つめている。
「…唯、斗」
「……これからは、俺もお前の言葉をちゃんと受け止めるから。だから、もう泣くなよ」
赤くなった耳を隠すようにそっぽを向きながら言う。
郁真はしばらく呆然としたあと、やがて穏やかで心の底から救われたような笑顔を浮かべた。
「……うん。ありがと、唯斗」
その声のどこまでも温かい優しさに包まれて、俺たちは再び静かに、互いの体温を確かめ合うように肩を寄せ合った。
いつもなら郁真と2人で並んで歩くはずの帰り道を、今日はたった1人で歩く。夕暮れの橙色に染まる空はやけに広く、そして肌寒く感じられた。
頭の中をぐるぐると何度も回り続けていたのは、今朝、あいつが布団の中から吐き捨てたあの言葉だった。
『お前も、ループしてればいいのに』
あれはどういう意味だったのか。ただの八つ当たりだったのか、それとも、俺の知らない何かがあるのだろうか。
考えれば考えるほど胸の奥が締め付けられるような激しい焦燥感に駆られると共に、どうすればいいのか分からない。素直に変える気になれず、回り道をするように駅前のコンビニへと立ち寄ってしまった。
自動ドアをくぐり、陳列棚のあいだを当てもなく歩く。ふと目にとまったのは、例のスナック菓子だった。
__ループをする前に、買うはずだったお菓子。
(謝ろう)
昨日の今日で不器用な言葉しか見つからないけれど、このまま気まずい空気を引きずったままでいるのだけは耐えられなかった。
郁真の家に着き、合鍵を使って静かに中に入る。
静まり返ったリビングには誰の気配もなかった。ゆっくりと廊下を進み、郁真の部屋の前に立ち、小さくノックを2回。
返事はない。
無言のままドアノブを回してそっと中を覗き込むと、そこは陰鬱とした空気が立ち込めていた。
「…ただいま」
声を掛けると、ベッドの上で布団をすっぽりと被り、文字通り芋虫のように丸まっている大きな塊がピクリと揺れた。
呆れと心配が深く入り交じったため息をつきながら、俺はベッドの脇に歩み寄り、買ってきたスナック菓子をおそるおそる差し出す。
「……これ、お前の好きなやつ。買ってきたぞ」
布団の暗い隙間から、ぼさぼさの髪がのぞいた。
そこに現れた顔を見て、俺は絶句した。まぶたは真っ赤に腫れ上がり、明らかに長い時間、人知れず泣き腫らした痕跡があった。あんなにいつも余裕をまとっていた郁真が、まるで迷子の子どものように無防備で、そして痛々しいほどボロボロになっていたのだ。
「……なんで、帰ってきたんだよ」
掠れた、消え入りそうな声。
胸の奥が引きちぎられるように痛む。俺の浅はかな態度が、こいつをここまで追い詰めてしまった。そう気づいた瞬間、格好つけた言い訳なんて頭の中からすべて吹き飛んでいた。
「会いたくなったから」
素直な言葉をまっすぐに伝える。
「……悪かった」
俺はベッドの縁に腰を下ろし、まっすぐに郁真を見つめた。
「お前の気持ちを軽く受け流して……昨日も今朝も、ちゃんと向き合わなくてごめん」
喉を詰まらせながら絞り出すように謝罪の言葉を並べ立てる俺を見て、郁真は乾いた自嘲を含んだ笑みを力なくこぼした。
「……ははっ、あの時と一緒だ」
「え?」
「あの時も、お前はそうやって真っ直ぐ謝って……俺を困らせるんだよ」
郁真は腫れた目を細め、ふっと弱々しく息を吐いた。その表情には、自嘲の奥にどこか救われたような、すっと解けたような色が混じっていた。そのあまりにも切なげで、愛おしい姿を目にした瞬間、頭で考えるよりも先に身体が動いていた。
俺は身を乗り出し、両手で郁真の濡れた顔を引き寄せる。
戸惑ったように郁真が目を見開いたが、構わずにその唇へと自分の唇を強く重ねた。
これまで何度か交わしてきたキスは、いつだって郁真からリードされるものばかりだった。
あいつが仕掛け、あいつがペースを握り、俺はただ翻弄されるだけ。
だけど、これは違う。
俺から仕掛けた、初めてのキスだった。
ただ夢中で押し当てるだけの、不器用で確かな熱を帯びた唇。
時間が止まったような静寂の中、郁真の濡れた瞳を閉じる気配が伝わってきた。拒絶ではなく、全てを受け入れるように郁真の大きな手がそっと俺の背中に回される。
唇がそっと離れた後、互いの熱を含んだ重い息が白く混ざり合った。
郁真は少しだけ驚いたように目を見張ったまま、信じられないものを見るような愛おしげな目で俺を見つめている。
「…唯、斗」
「……これからは、俺もお前の言葉をちゃんと受け止めるから。だから、もう泣くなよ」
赤くなった耳を隠すようにそっぽを向きながら言う。
郁真はしばらく呆然としたあと、やがて穏やかで心の底から救われたような笑顔を浮かべた。
「……うん。ありがと、唯斗」
その声のどこまでも温かい優しさに包まれて、俺たちは再び静かに、互いの体温を確かめ合うように肩を寄せ合った。



