学校の授業中も、完全に上の空だった。
郁真は、昨夜のことなんてまるで何事もなかったかのように淡々とノートを取っている。その綺麗な横顔を横目で見るたびに、やはり昨日のやり取りが鮮明に脳裏を過ぎってしまう。その度に、勝手に心臓が跳ねては沈むのをひたすら繰り返していた。
(なんなんだよ、本当に)
俺ばっかり一方的に意識させられて、ずるい。
そんな理不尽な恨み言ばかりが募って仕方ない。
やられっぱなしは性に合わない。
どこか騙されたような状態で終わるのも性に合わない。
(いや、)
違う。
きっと、決定的な1歩をはぐらかされたのが気に入らないだけだ。
「はぁ…」
そんな不満混じりのもやもやとした感情を抱えたまま放課後を迎え、俺たちはいつものように郁真の家へと向かった。
電車に揺られる間も並んで歩く道中も、どうしても隣を歩く郁真の様子を盗み見てしまう。
「何?今日、やたら見てくるよね?」
「なんでもねぇよ」
視線に気づかれて返されると、俺は慌てて前を向いた。
そんな他愛もないやり取りすら、昨日の余韻のせいで妙に気恥ずかしくてたまらない。
郁真の家に着き、洗面所で手を洗い、2人で夕食を済ませる。順番に風呂に入り・・・
気がつけば、昨日と同じ寝る前の平和な時間になっていた。心ここにあらず、とはまさにこのこと。今日1日はずっとふわふわした心で過ごしていた。
ソファーに2人で並んで座る。テレビに映るのは昨日と全く同じ番組。展開もやり取りも鮮明に覚えているのに、相変わらずつける番組はそれだった。俺たちの距離は近く、肩や腕が隙間なく密着する。その熱が妙に意識させてくる。
「…なあ、郁真」
テレビを見つめたまま、俺は意を決して口を開いた。
昨日の今日だ。いつまでも流されて、1人で翻弄される中途半端な臆病風に吹かれている場合じゃない。
「ん?」
隣から返ってきた声には、どこか余裕を含んだいつもの響きがあった。またそうやって、こちらの動揺を楽しんで生殺しにはぐらかす気なんだろう。そう思うと、なんだか無性に腹が立ってきた。
「…………キス、しねぇの?」
自分でも驚くほど、はっきりと強い声が出た。
その瞬間、郁真の動揺がハッキリと伝わった。
「え゛」
驚愕に満ちた、情けないほど間の抜けた郁真の声が聞こえた。
横を向かずとも、驚きで丸く目を見開いているのが手に取るように伝わってくる。
「昨日さ、あんな思わせぶりな雰囲気出しといて、結局首に唇にキスだけして寸止めだったじゃん。それ、ずるくね?」
「いや、おまっ……急に何言って……」
珍しく郁真が言葉を詰まらせ、あからさまに動揺している。その狼狽ぶりにほんの少しだけ溜飲が下がりつつも、俺自身の心臓はバクバクと激しい音を立てていた。
「…………したかったわけ?」
静寂のあと、低く掠れた声で郁真が尋ねてきた。
試すようなその問いに、俺はこみ上げる羞恥心を力任せに押し殺す。そして、こちらを見つめていた郁真と目を合わせ、はっきりと頷いてみせた。
「……したかったけど、悪いかよ」
途端に、重苦しいほどの沈黙が落ちる。
部屋の空気が一瞬で跳ね上がり、焦げ付くような熱を帯びた。
次の瞬間、郁真の身体が大きく身じろぎした。
視界を塞ぐように影が覆いかぶさってきて、逃げる間もなく郁真の顔がすぐ目の前まで迫る。
「…覚悟しとけよ」
耳元で落とされた低い呟きの直後、重なった唇に柔らかな感触が触れた。
それは昨日の焦れったい続きを満たすような、あるいはそれ以上の熱を込めた静かで深いキスだった。
触れ合う部分から温かな熱が浸透し、くつろぎと甘さが体の奥深くまでじわりと広がっていく。互いに早まる鼓動の音が、耳元でうるさいほどに重なり合っていた。
ゆっくりと離れ際、郁真の指先が俺の火照った頬を愛おしそうに優しく撫でた。
「……これからは、ちゃんとするから」
少しだけ照れくさそうに吐息混じりで笑った郁真の声を聞きながら、俺は熱を持った顔を隠すように郁真の肩口に顔をうずめた。
郁真は、昨夜のことなんてまるで何事もなかったかのように淡々とノートを取っている。その綺麗な横顔を横目で見るたびに、やはり昨日のやり取りが鮮明に脳裏を過ぎってしまう。その度に、勝手に心臓が跳ねては沈むのをひたすら繰り返していた。
(なんなんだよ、本当に)
俺ばっかり一方的に意識させられて、ずるい。
そんな理不尽な恨み言ばかりが募って仕方ない。
やられっぱなしは性に合わない。
どこか騙されたような状態で終わるのも性に合わない。
(いや、)
違う。
きっと、決定的な1歩をはぐらかされたのが気に入らないだけだ。
「はぁ…」
そんな不満混じりのもやもやとした感情を抱えたまま放課後を迎え、俺たちはいつものように郁真の家へと向かった。
電車に揺られる間も並んで歩く道中も、どうしても隣を歩く郁真の様子を盗み見てしまう。
「何?今日、やたら見てくるよね?」
「なんでもねぇよ」
視線に気づかれて返されると、俺は慌てて前を向いた。
そんな他愛もないやり取りすら、昨日の余韻のせいで妙に気恥ずかしくてたまらない。
郁真の家に着き、洗面所で手を洗い、2人で夕食を済ませる。順番に風呂に入り・・・
気がつけば、昨日と同じ寝る前の平和な時間になっていた。心ここにあらず、とはまさにこのこと。今日1日はずっとふわふわした心で過ごしていた。
ソファーに2人で並んで座る。テレビに映るのは昨日と全く同じ番組。展開もやり取りも鮮明に覚えているのに、相変わらずつける番組はそれだった。俺たちの距離は近く、肩や腕が隙間なく密着する。その熱が妙に意識させてくる。
「…なあ、郁真」
テレビを見つめたまま、俺は意を決して口を開いた。
昨日の今日だ。いつまでも流されて、1人で翻弄される中途半端な臆病風に吹かれている場合じゃない。
「ん?」
隣から返ってきた声には、どこか余裕を含んだいつもの響きがあった。またそうやって、こちらの動揺を楽しんで生殺しにはぐらかす気なんだろう。そう思うと、なんだか無性に腹が立ってきた。
「…………キス、しねぇの?」
自分でも驚くほど、はっきりと強い声が出た。
その瞬間、郁真の動揺がハッキリと伝わった。
「え゛」
驚愕に満ちた、情けないほど間の抜けた郁真の声が聞こえた。
横を向かずとも、驚きで丸く目を見開いているのが手に取るように伝わってくる。
「昨日さ、あんな思わせぶりな雰囲気出しといて、結局首に唇にキスだけして寸止めだったじゃん。それ、ずるくね?」
「いや、おまっ……急に何言って……」
珍しく郁真が言葉を詰まらせ、あからさまに動揺している。その狼狽ぶりにほんの少しだけ溜飲が下がりつつも、俺自身の心臓はバクバクと激しい音を立てていた。
「…………したかったわけ?」
静寂のあと、低く掠れた声で郁真が尋ねてきた。
試すようなその問いに、俺はこみ上げる羞恥心を力任せに押し殺す。そして、こちらを見つめていた郁真と目を合わせ、はっきりと頷いてみせた。
「……したかったけど、悪いかよ」
途端に、重苦しいほどの沈黙が落ちる。
部屋の空気が一瞬で跳ね上がり、焦げ付くような熱を帯びた。
次の瞬間、郁真の身体が大きく身じろぎした。
視界を塞ぐように影が覆いかぶさってきて、逃げる間もなく郁真の顔がすぐ目の前まで迫る。
「…覚悟しとけよ」
耳元で落とされた低い呟きの直後、重なった唇に柔らかな感触が触れた。
それは昨日の焦れったい続きを満たすような、あるいはそれ以上の熱を込めた静かで深いキスだった。
触れ合う部分から温かな熱が浸透し、くつろぎと甘さが体の奥深くまでじわりと広がっていく。互いに早まる鼓動の音が、耳元でうるさいほどに重なり合っていた。
ゆっくりと離れ際、郁真の指先が俺の火照った頬を愛おしそうに優しく撫でた。
「……これからは、ちゃんとするから」
少しだけ照れくさそうに吐息混じりで笑った郁真の声を聞きながら、俺は熱を持った顔を隠すように郁真の肩口に顔をうずめた。



