Love After The Loop

 昼飯は、駅から少し離れた路地裏にある適当な定食屋に入った。
 大通りから1本外れた角にひっそりと佇む、どこにでもありそうな古びた店だった。看板の店名に見覚えがあるような、ないような。全国展開のチェーン店だった気もするし、個人の定食屋だった気もする。

 昼時を少し過ぎていたせいか、店内は空いていた。
 斜めから差し込む柔らかい午後の光が、テーブルの上に細長く伸びている。数組の先客がいたが、途切れ途切れな話し声が響くだけ。店内はどこか浮世離れした静けさに包まれていた。

 俺たちは1番奥の窓際の席に座り、向かい合うようにしてメニューを開いた。

「何食う?」
「なんでもいい」
「出たよ、1番困る返答」
「じゃあ、無難に醤油ラーメンで」

 郁真の適当な返答に、思わず呆れたように笑った。
 結局郁真も俺の笑いにつられたのか、小さく笑みを漏らした。結局、2人揃って同じ醤油ラーメンを頼むことにした。

 注文を取りに来た店員に告げ、その背中を見送る。郁真はテーブルに肘をついて「ふぅ」と小さく息を吐き出した。

「ラーメンとか、なんか久々かも」
「たしかに。ここ最近、無意識のうちに毎日同じような昼飯しか食ってなかった気がするな」

 そんな他愛もないやり取りをしているうちに、湯気を立てたどんぶりが2つの目の前に運ばれてきた。

 透き通った醤油スープに縮れ麺。特別うまそうというわけでもない極めて普通のラーメンだったが、午前中動き回ってお腹が減っていたせいか、異常なほど食欲をそそられた。

  味については、正直あまり覚えていない。飛び抜けて美味かったわけでもないし、不味かったわけでもない。後から「どんな味だった?」と聞かれたら、少し言葉に詰まってしまうような、そんなありふれた味だった。

 けれど、今の俺たちにはそれが最高に心地よかった。
 俺たちはラーメンをすすりながら、どこまでもくだらない話を続けた。

 郁真が屈託なく笑う。
 俺もそれにつられて笑う。

 ただ、それだけのことだ。けれど、こうして心の底から笑うのは、本当に久しぶりだった。
 何日も、いや……記憶を遡れば何週間も、こんなふうに笑っていなかった気がする。最近の俺たちは、いつの間にか笑うという感情そのものをどこかに置き忘れてしまっていた。

 何をしていようと、頭のどこかで常に『22日』のループが冷たく居座っていた。
 息が詰まるほどの恐怖と孤立感。誰かに助けてほしくても誰にも信じてもらえない不条理。

 だからこそ、今こうしてくだらないことで腹の底から笑えている自分が、どこか不思議で仕方がなかった。笑いすぎてお腹が痛くなって、目の端にじんわりと涙まで浮かんでくる。そんな自分を、どこか遠い場所から客観的に見つめているような、不思議な遊離感すらあった。

(…俺、こんなふうに笑えたんだな)

 そんな当たり前のことに気づいて、また少しおかしくなった。

 大したことじゃない。
 朝から学校をサボって、ゲームセンターで無駄金を使って、適当な店でラーメンを食って、くだらない話をして笑った。

 ただそれだけの、どこにでもある高校生の日常。

 けれどその時間が今の俺にはたまらなく愛おしく、透き通るほど大切なものに思えた。だから俺は、ループの脱出方法や明日の恐怖について考えるのをいっそやめた。

 今はただ、目の前にいる郁真と飯を食って、くだらない話をして、笑い合う。

 それだけでいい。少なくとも、この瞬間だけは、それだけで十分だった。