友達が死んだ。
その葬儀に来て、彼の死に顔を見て思う。
「幸せそうだ」
俺を置いて死んで、生きている俺は死んだように気持ちが空っぽ。
彼はもともと病気だった。
高い医療費を払っての手術ミス。
ミスと言ったらおかしいのかもしれない。
ただ、彼が輸血用の血を悉く否定したことが原因。
体に適さない血は、命を奪った。
『お前は、生きててよ。僕の分もさ』
幸せになれるよという彼に俺は到底そう思えなかった。
お前という友達がいて、幸せを感じた。
適当に部活を終えて、汗かいてるからと塩分の濃い飯を食べにいって。
休みの日はカラオケ行ったり、家で電話繋げてゲームをする。
そんな日々が目の前から消えた。
少し前に事故で母親が死んだ。
立て続けに人が死ぬ。
高校生の俺は、人の死が身近になかった。
人の死を経験するのは、大人になってからじゃないかと思う時もあった。
だけど、身近の奴らは二人も死んだ。
なんで、俺だけ生きてんだ。
いじめから救ってくれた目の前の彼も、学校の文句を言う俺の話を聞いてくれた母親も。
それなら、お前らのところに行きたい。
死にたい。
消えたい。
生きるって苦しい。
ただでさえ地獄を生きてる。
悩んでも解決策を見つけても、それは新たな問題をうみ現状を打破する施策にはならない。
学校に行かなければ不登校。
不登校になれば、大学にも行けない。
就職先も見つからない。
無理しても学校に行く。
通信制にしたらいい?
母親の葬儀で金使った父親にそんなこと言えるわけがない。
苦しい?
父親の泣いてる姿見て俺が言えるわけない。
生きててと言う彼の気持ちなんか到底理解できない。
依存するほど信じてた奴らはみんな消えた。
あの世があるなら、そこに人がいるなら、俺は今すぐこの世からいなくなりたい。
ふらふらと外に向かう。
入院が決まるまでクラスで人気だった彼の葬儀にはクラスメイトもいる。
こいつらの前で泣くものか。
またいじめに遭ったらどうする。
不謹慎なネタでも話題になれば、面白がっていじめるゴミと一緒になんかなりたくない。
刹那、行先を阻む女子。
「どこ行くの?」
「外」
彼女の言葉に端的に返す。
「まだ葬儀、終わってないよ」
「だからなんだよ」
クラスメイトなんかと関わりたくない。
それにこいつは噂が立ってる。
夏休みだと言うのに、長袖を着ていると言う理由でリスカしているんじゃないかと。
体育も夏は全部休むか長袖のジャージを着て参加している。
リスカするような女と関わるつもりはない。
またいじめのネタになる。
そしたら、こいつもいじめられる。
そして、自殺するかもしれない。
今度こそミスでは済まなくなる。
無理やり椅子に座らされ、苛立ちながらも式が終わるのを待った。
葬儀が終わり、さっさと外に出るとさっきの女子が声をかけてきた。
「なんだよ」
「柊君、なんでそんな悪態ばかりつくの」
「うるさいな」
「三河君、死んじゃったんだよ?入院中、お見舞いよく行ってたじゃん」
「お前に何がわかんだよ」
三河は、たびたび病院に女を連れ込んでた。
後ろ姿しか見たことがない。
誰かもわからない女だったが、入院してても女人気あるんだとイラついた。
いじめられる俺をどうして救ったんだ。
お前はそんなことしない方が、もっと幸せになれた。
俺は、幸せになる権利なんかない。
この学校、いや、小学生の頃から決まっている。
いじめに遭って、距離を置かれて、どれだけ痩せても顔の荒れを直してもいじめは変わらない。
かっこいいやつは常にかっこいい。
羨ましさもあったが、同時に俺には縁がないと切り捨てた。
死ねばいい。
俺みたいな人間は、みんなから好かれるやつと代わって死んだらいい。
その宿命の方が、俺にも価値はある。
なんで俺じゃないんだ。
「辛いのは、わかるけど、でもさ」
「俺の何がわかんだ?いじめばっか遭って、俺のことなんて興味ないだろ。上っ面の同情なんかいらない」
歩を進めると彼女は俺の腕を掴んだ。
まだ何か話したいみたいだ。
「興味ないわけない。いじめだってやる方が悪い」
「そんなこと言ってるやつは、基本見て見ぬ振りだろ。どうせ、学校が始まればまたいじめに遭って孤立する。お前は、三河じゃない。俺を助けたら、またいじめられる。そんな現実もみれねぇやつの言葉、誰が信じるんだよ」
腕を振り下ろして手を離させる。
こんな世で生きていたくない。
なぁ、三河、母さん、俺、すぐそっち行くから。
歩道を歩き、車が通るたびに体をそちらに預けようとする。
しかし、もしこの事故で俺が死なずに生きてて、慰謝料なんかを請求されたら、父親はどう思うだろうか。
踏み込んでは、足踏みして、なかなか死ねない。
ふとマンションが見える。
飛び降りればいいんだ。
もう生きている理由なんてない。
この先も地獄は待ってる。
生きてる理由なんてこの世にない。
知らないマンションに入り、階段を上がってく。
柵のない屋上に無断で立ち入り、アスファルトを見やる。
高いなぁと思う。
ここから身を投げれば、死ねる。
そう思うと、気持ちが楽になった。
三河、母さん、もうそっちに行けるよ。
足を一歩、一歩と踏み出す。
怖さはなかった。
下に人はいない。
誰もいない。
足音が聞こえる。
きっと住民だ。
バレっこない。
やっと楽になれる。
いじめもない世界で無となって還ろう。
ふっと体の力を抜いて、体を前に倒す。
しかし、体は何かにぶつかったように横に倒れ、気づけば屋上の地面に倒れていた。
何があったのか目の前を見やるとそこには、さっきの女子がいる。
「何してんだ、お前!!」
ようやく死ねると思ったのに。
ようやく楽になれると思ったのに。
「何してんのは、こっちのセリフ!!」
胸ぐらを掴まれ、彼女はいう。
「なんで、死のうとしてんの!?なんで?ねぇ、友達が死んだから?いじめに遭うのが怖いから?ねぇ、なんで?ねぇ!!」
彼女の体を蹴り飛ばす。
「ふざけんなよ!ようやくこのクソみたいな世の中から解放されると思ったのによ!!」
体をもう一度、外に向かわす。
早くしないとこの女子まで巻き込む。
嫌な姿を見てしまうかもしれないが、巻き込まないだけマシだ。
「待って!」
彼女の言葉に聞く耳を持たず、早く早くと自分に言い聞かせる。
だが、またも彼女は俺を止めた。
腹いせか俺の腹を蹴って、胸ぐらを掴みすかさず頬にビンタを喰らう。
一瞬、思考が停止した。
「なんで、死ぬの!!三河君が言ってくれたんじゃないの!?死なないでねって」
「……お前には関係ない」
「私も、三河君に言われた!死なないでって」
「……っ!?」
彼女を見やる。
胸ぐらを掴んでいた、その手を離して袖をまくる。
そこには噂通りのリスカの跡があった。
「……私のこの傷、彼は気づいてた。彼に手術前言われたの。だから、あなたにも生きてもらう」
何を言われたのかわからないが、目の前の彼女は、生きていようとしているみたいだった。
「俺はそんなつもりない」
「分からず屋!とりあえず、生きてればいいの!!」
「わかんねぇよ。お前みたいにいじめられない人生じゃないんだから」
「そんなの私のことわかってないだけ!」
「知るか!」
ヤケクソに反論する。
しかし、そうやって怒鳴り合ってると階段の方から足音がする。
もしかしたら、管理人が来たのかもしれないと来た時は別の方向の階段を使い二人して降りて行った。
こいつといたら死ねないとわかったため、安心させるべく上辺だけで安心させる言葉を告げて、家に返す作戦に出た。
だが。
「もし、また自殺未遂したらどうすんの?そんな言葉、今の見て信じると思う?」
「……」
ぐうの音も出ない。
「家まで着いてく」
「流石にそれは無理」
「なんで?やっぱ死ぬつもりだ」
「……わかった。着いてこればいい」
名前も知らないクラスメイトの女子に家まで着いてこられた。
話しかけてくる彼女にそっけなく返しながら、時折イラつかせたのかぶっ叩かれながら帰る。
家は、鍵がかかっていた。
インターホンを鳴らす。
父親が玄関から出てくる。
目にクマができている父親。
まだ寝れていないのかと思う。
父親と会うと死ぬに死ねなくなるから会いたいくない。
「帰ってきたのか。隣の子は?」
「知らない」
「知らないわけないだろう。恋人か?」
「んなわけない」
憔悴しきってる彼の顔を見ていると怒る気にもなれない。
しかし。
「柊君の恋人です!」
彼女はいう。
「そうかそうか。でも、今日は葬儀だって言ってなかったか?デートは流石にないだろう」
「途中まで一緒に行くよって言ってたんですけど、流石に不安で」
かわい子ぶっていう彼女に苛立ちを隠せない。
「ここまでくるの疲れたろう。少し休憩していくかい?」
「いいんですか?じゃあ、お邪魔します!」
無遠慮に家に入る彼女。
名前も知らないのに、なぜ。
接点はなかったはず。
三河が何か言ったくらいしか、想像つかない。
「透に彼女がいたなんて教えて欲しかったなぁ。父さん、嬉しいよ」
憔悴しきっていた父親の顔に少し笑みが浮かんでいた。
こんな嘘に騙されるほど、父親は鈍感じゃなかったはず。
なのに、今こうして騙されているのは、考える能力さえ失ってしまっているから。
結論づけるとあとは楽だった。
父親を安心させる。
それだけで、父親の心は少し救われるのかもしれないと思った。
「色々バタついてたし、言いづらくて」
隣に座る女子に色目を使う。
我ながら名演技だ。
「あんまいちゃつかないでくれよ。心の準備が保たんよ」
「柊君、いつも優しくて私のこと甘やかしてくるんです。甘えちゃって」
と、かわいこぶる彼女。
甘やかした覚えもないし、甘えられた経験もない。
この人生で、一度も女性経験はないし、女子相手にまともに会話できる素質もない。
女子は皆、敵だ。
それっぽいこと言って上っ面で共感なんかして、ほんとは中身もなんもない空っぽな態度。
裏で陰口言って、文句を垂れ流す。
気づいた頃には、自分がいかに騙されていたのかを知ることになる。
「恋人なのに、名前で呼ばないのかい?あと、名前……」
「あ、私、塩野愛って言います!普段は、透君って呼ぶんですけど。ちょっと透君のお父様の前でいうのは恥ずかしくなっちゃって」
俺の二の腕をペチペチ叩いて恥ずかしさを演出する彼女。
白々しいにも程がある。
だが、塩野という名前聞いたことがある。
誰だったか忘れたが、小学生の頃にいたような……。
今更思い出したって、俺はもうすぐ自殺するのだから思い出す理由もないと考えるのをやめた。
こいつの演技に付き合おう。
「でも、ひいら……透君、私のこと恥ずかしいのかいつも塩野って呼ぶんです。ひどくないですか!」
「距離を感じちゃうね」
と、父親は、生まれ持った美顔で女性慣れした言葉をペラペラ口にする。
憔悴しきってた父親はどこに行ったのか。
こんなことならいつまでも憔悴しきっていて欲しかった。
「そうなんです!私だけが透君を好きなんじゃないかって思っちゃって!透君、こういうところ最低なんです!」
ぶーっと頬を膨らませる彼女。
ほんと、名演技だ。
この演技に付き合わされる俺の気持ちにもなってほしい。
明日になれば、こいつは関わってこないだろうし、俺もまたこいつに関わらない。
そして、俺は明日確実に死ぬ。
そのために今日は試行錯誤を繰り返すつもりだ。
全く、面倒な女に絡まれたものだ。
容姿端麗ともいうべきか、全てが綺麗な顔立ちでドラマに出ていそうな女優のよう。
それでいて、このメンヘラっぽいような童貞男子が好きになりそうな喋り方。
……可愛いとは思う。うん。
「そうか。もう少し、透には女性経験をさせるべきだったかな」
「いや、それはダメです!私だけのものなので、私以外の女に誘惑されたら殴ります」
「その時は殴ってどうぞ」
「父さん?」
なんで、自分の子供を殴っていいと許可出すんだ。
あんたの子供は、昔から体にあざを作って帰ってきてた。
現代らしくもない暴力的ないじめ、陰湿なクラスの裏グルで決められた決定に俺はその対象になってた。
今日から無視されるのか、次は何が待っているのか。
前は、ものがなくなってたなとか。
ノリだとしても嫌な記憶を思い出すだけ。
いたたまれない。
「ただ、優しくしてあげてね。父さんの最後の家族なんだ」
「あんまそういうこと言わないでよ、恋人の前で」
「名前で呼んでくれない!!」
めんどくさい女がペシっと肩を叩いた。
『お前、気持ち悪いんだよ。俺の前にいるなや』
小学生の頃、何度か言われた言葉。
自分の顔はカッコよくないし、性格も優れたものじゃない。
いつからか、自分を肯定する材料は消えて、恋だの結婚だのそれこそ友達なんかできないものだと思ってた。
三河という友達、いや、親友がいてようやく少し明るくなれた。
今はもういない。
「と、透君?」
俺の顔を覗く彼女。
ひどい顔でもしていたのだろうか。
「今日はもう寝たいかも。ほら、やっぱ友達、死んだから」
「そうだね。そろそろ寝たほうがいいね。塩野さんは、どうする?家まで送って行こうか?」
「あ、私は一人で帰れるので」
もう時刻は夜11時。
補導対象だ。
「こんな夜道に一人で帰るバカがいるかよ」
ぶっきらぼうにいう。
父親は二の句を待つように俺の顔を見ていた。
「補導されるだろ」
「そうだね……。やっぱり送って行こうか」
「俺もついてく」
横でうとうとする彼女。
やはり返したほうがいい。
父親の車に彼女を乗せて、家までの行き先をスマホのマップで見せてもらった。思っていたより、ここから近い。
彼女はその間、眠ってしまった。
相当疲れていたのだろう。
俺のせいでもある。
父親に道案内をしていると彼女のスマホに通知が一件。
どっかのクリニックの安くなるプランの案内。
聞いたことある名前だが、どんなクリニックか思い出せない。
瞼がどうとか書いてある。
明日死ぬ命だと思い直し、考えるのをやめる。
道案内を済ませ、彼女を起こす。
しかし、なかなか起きない。
家の看板に塩野と書いてある。
他に書いてあるところはないので、多分ここなのだろう。
彼女を抱き抱えて、インターホンを鳴らす。
玄関から出てきたのは、母親だった。
「あら」
姫様抱っこする俺をニヤニヤ顔で見やる目の前の女。
気持ち悪い。
「葬儀あって、それでうちまで来ちゃって、その、えっと、送り返しに来ました」
「そんな配送みたいな」
「すみません。どこ置けばいいですか?ちょっと、重くて」
彼女が寝ていることを考えれば、特に傷つける言葉ではない。
「あ、じゃあ、部屋までお願いしていいかしら」
こんな重い荷物をどうして部屋まで。
「わかりました」
二つ返事で返すと家に入り、部屋のベッドに乱暴に投げ捨てた。
彼女の母親は見ていない。
このクソ女のせいで俺は今日、死ねなかった。
明日、ちゃんと作戦を練って死のう。
「じゃあ、帰ります。すみません、お邪魔しました」
「ありがとね、来てくれて」
「あ、いえ、俺は、ただ運びに来ただけなので。もう来ないと思います」
「また来てね」
話を聞いていないのか、この親にしてこの子ありなのか。
「あ、はぁ」
「この子、昔いじめられててね。助けてくれた子がいたんだけど、その子がね、次はいじめの的になっちゃって。泣いてたの。ずっと後悔しているみたいだったから、男の子の前で寝れる子に会えて嬉しいの」
男の前で寝るばか女に愛情を注いでくれる母親。
俺を安心材料として見るのは間違ってる。
いじめられるだけの出来損ない。
勉強もできるタチじゃない。
社会に出ても不適合者まっしぐら。
幸せになりたかったら、死ぬ以外の方法なんてあるのだろうか。
「この子の傷、みたことある?」
「え?えぇ、まぁ」
母親も知っているのか。
隠すものだと思っていたけれど、そうでもないのか。
いや、小学生の頃いじめられてたと親に言えるのだ。
リスカくらい言っているか。
「最近、めっきり減ってたからなんかいいことでもあったのかなって思ってね。あなただったのね」
何を言っているのか全くわからない。
こいつ、頭おかしいんじゃないか?
女の勘は鋭いというけれど、この親子は該当しない気がした。
「そうだったら嬉しいです」
思ってもないことを言う。
社交辞令というやつだ。
「じゃあ、俺はこれで。お邪魔しました」
帰路に着く。
父親が、コンビニに寄ると言い出した。
「お酒はやめなよ」
母親が死んでからというもの毎晩のように飲みまくっていたお酒。
控えるように言って、全部捨てたのを覚えてる。財布もスマホも取り上げた。
「いや、今日はいい酒が飲めそうだ」
気分がいいらしい。
コンビニについて行くと母親が好きだったお酒を二つ手に取る父親。
透も何か買うかと言われて、お酒というとダメだと断られた。
いらないと断るとその二つをとって会計する。
家について風呂から出ると父親は、母親の仏壇でぶつぶつ何かを言う。
「今日な、透が女の子を連れてきたんだ。恋人いたらしいんだ。早く言って欲しかったよな」
楽しそうに酒を飲む父親。
こんなことで喜ぶんだと初めて知った。
でも、ごめん。
明日には俺は家を出て行くし、帰ってこない。
帰ってきても無言の帰宅になるのだろう。
偽物だけど、いい思い出を作らせてあげられてよかった。
俺はもう生きていたくないよ。
「父さん」
声をかける。
最後に何を言おうか。
考えてもまとまらない。
「おやすみ」
だから、いつもみたいに寝る前の挨拶をする。
父親もお休みと嬉しそうにいう。
久しぶりに見た父親の笑顔。
それが見れて、満足だった。
これで心置きなく死ねる。
部屋に入り、スマホで自殺、簡単と調べる。
誰にもバレない方法を探そう。
水死は、苦しいらしいが確実に死ねるなら候補にあげよう。
煉炭自殺はわざわざ煉炭を買わないといけないらしいからやめよう。
やっぱり今日やったみたいに飛び降りが一番楽なのか。
昼間は、人がいるし巻き込みたくないからやめたほうがいいか。
そうこうしている間に眠くなり、机に突っ伏して寝た。
椅子から落ちて眠りから覚めると下の階がとてもうるさい。
女の声がする。
誰か近所の人が来ているのだろうか。
リビングに行くとキッチンの方から声がする。
父親が楽しそうに女子と話している。
こいつ、昨日まで憔悴しきってたのにもう他の女連れ込んだのかと落胆する。
邪魔しないようにとリビングのドアノブに手を触れた刹那、女の声に呼び止められる。
「昨日、重いって言ったんですよ!ひどくないですか!」
その言葉にゾッとする。
塩野だ。
何事もなかったようにドアノブを引くと彼女はその手を退かし、行先に立ち塞がった。
「乱暴にベッドに投げてたのも覚えてるよ」
「……」
くっそ、なんでこんなやつを家に連れてきたんだ。
父親を見やると微笑ましそうにしている。
ありえない。
「夏休み、会えないの寂しいから来ちゃったんだって。可愛い子だねぇ」と、父親。
いやがれよ。
なんで、普通に入れてんの?休職中とはいえ、暇じゃないだろ。
「うさぎはわかるけど、お前はどうでもいい」
「ひどい、お前呼びされたことないのに……」
うるうるとした瞳で見つめてくるバカ女。
「それにベッドに投げてないし、捨てただけ」
「もっとひどくなってる!?」
「微笑ましいねぇ」
父親は止める気ないらしい。
「あ、ちょうど今朝食作ったの!ほら食べて!」
飯なんか食べる気にもなれない。
どうせ死ぬのになんでこんなことに付き合わされるのか。
まぁ最後だしいいかと思い直す。
「エプロン姿の私、珍しいんだから見ておくべきなのだよ」
今気づいた。
「あ、可愛い」
思ってもない言葉。
社交辞令は大事。
「思ってない言葉は受け付けておりません」
思わず舌打ちをしたくなるがグッと堪えた。
食卓に出される朝食が、思っていたよりも多い。
パン一枚で十分だろう。
なんで野菜も味噌汁も米もあるんだ。
夏休みだぞ?朝食抜きでもいいだろ。
「何その顔。彼女が作ってくれたものを受け付けないの?」
なんだこのメンヘラ。
すごくめんどくさい。
それに彼女じゃないし、いつまで続けるんだその設定と演技。
いや、女は常に演技しているものか。
「量が、多いなと思って。愛が重いなって思って。それが、すごく嬉しくて」
「嬉しいだけ愛を感じないんだけど」
「……」
「黙らないで」
「……美味しそうだよ。久々にちゃんと食べるかも」
いただきますと手をあわせる。
卵焼きを口にするとワサビの味がした。鼻がつんとして口から卵焼きが出そうだ。
「やーい、引っかかった!隠し味にわさびを入れたのだよ。昨日、私のこと重いとか言った罰だよ!」
刹那、いじめの記憶がフラッシュバックする。
『お前の弁当不味そうだな。お前の顔に似てるわ、あ、これ隠し味な』
と、泥水を弁当に入れられたことがあった。
その弁当には俺の好物の卵焼きもあってそれが食べれなくなってトイレに全部捨てた。
母親には、卵焼きおいしかったと伝えた覚えがある。
塩野は、隣にきて俺の頬をツンツン触っていじってくる。
嫌な気分だ。
誰かの飯はもういらない。
「帰れよ」
箸をおいて席を立つ。
リビングから出ようとすると彼女は必死に謝ってきた。
「ごめんごめんごめん!意地悪したかっただけで、他のはちゃんと作ったから!お願い」
腕に絡みついて、顔をすりすりしている彼女。
彼女の胸が腕に当たっている。
何を考えているのだろうか。
いや、俺が女性経験ないだけで、付き合っていたらスキンシップとしてある行為なのか?
こいつに女性経験がないと思われるのは癪だ。
「冗談に決まってんじゃん。恋人が作ってくれたもの食べたいに決まってんじゃん」
思ってもないことを無理やり感情を込めていう。
「演技してるみたいでやだ」
彼女はピシャリという。
なんでバレてんの?
席について、彼女の作った飯を食べる。
「あれ、うま」
他のものは全部、おいしくてパクパクいけた。
「ふふん、でしょ?」
満足そうな彼女。
俺がただ、飯を食べただけなのに、どうして。
演技にも見えないただただ嬉しそうな顔。
父親も彼女もなんで嬉しいと思うのか。
どうやってそんな顔が作れるのか。
なんだか羨ましかった。
「でも、あーんしてあげたかったなぁ」
「しなくていい。でも、ありがと。おいしかった」
「演技じゃない!?」
「俺のことなんだと思ってんの?」
父親は、そんな俺らを見て微笑ましそうだった。
食器を片付け部屋に戻ると彼女は部屋に入ってきた。
「入ってくんな」
「さっきの優しい柊君はどこへ!?」
「うるさいな。ていうか、なんできたの?」
「死ぬかもしれないと思って」
「……」
彼女は、椅子に座る僕の横に来て問う。
「なんで、死にたいの?」
「お前には関係ない」
不満げな彼女。
勝手にベッドに座ろうとして止める仕草を見せる彼女に座ればと手で合図する。
ベッドに置いてあるクッションを膝下に置いて、口をひらく。
「私ね、救いたいの。いじめられてる人を」
突然話し始めた彼女の目を見やる。
それはとても真剣で、茶化したりあしらったりできる流れじゃなかった。
昨日、塩野の母親が彼女はいじめに遭っていたと言っていた。
「私もさ、いじめられてて。小学生の時、守ってくれた男子がいたの。その人のこと今も忘れられなくて」
俺でいう三河のような存在か。
でももう、夏休みが終わればいじめが再開する。
「この先、私は、いじめに遭う人を救う側になりたいって思ったの」
それとね。
「初恋なの、その男子」
「へー、どんな人?」
興味はなかったけど、聞いてみた。
「昔は、明るかったんだー。絶対に一人にしないの。それでいて、誰とでも分け隔てなく話してくれて顔もいい」
「顔かよ」
「そうじゃないよ。その人の顔だったから、いいって思ったの。でも、小学生の頃は足も早くて人気だったんだよ?」
「小学生の頃は、足速いだけでモテるんだよな」
なんて、共感してみる。
久々に普通に誰かと話しているだけなのに、なんだか悲しくなった。
三河とも母親とももっとこんな普通の会話をしていたかった。
「柊君は?足早そうだよね」
「まぁ、運動会のリレメンには選ばれたくらいかな。一番じゃないよ」
「そうかなぁ」
「知らないくせに」
と、いじり返してみる。
「知ってるよ」
だけど、彼女は真面目に俺をみていた。
何を知っているというのか。
結局、いじめられてからはリレメンからは降りて、応援する側になった。
他学年や先生からはなぜ出ないのか聞かれたが、いじめられているだなんて答えられなかった。
あんなふうに颯爽と走り抜ける人たち、歓声を浴びる人気者が羨ましかった。
「私がいじめられてなかったら、もっといい景色を見れたんじゃないかって思うんだ」
「そっか」
俺もその立場だったらそんなふうに思って死にたくなるのかもしれない。
「でもさ、私鈍臭いから中学生の時にまたいじめられちゃって。引っ越したのに最悪って。会いたくなったの、救ってくれた男子に」
「会わなかったの?」
「会えたよ。でも、話しかけれなかった」
話しかけれなかった?反芻してみるが、ピンとこない。
「いじめられた後遺症は消えない。私はその重さをよく理解してる」
私の体重みたいにと茶化す彼女。
そんなことないよと笑ってみるけれど、彼女が空っぽな笑みを浮かべていることは気づいてた。
「昨日見せてくれたあの傷は、いじめによるもの?」
「うん。もう死にたい!って思ったら血を流すことで安心できたの。私の唯一の救いだった」
「……昨日、君の母さんが、めっきり減ったって言ってたけど」
「減ったよ。救ってくれた人に会えたから」
「よかったね」
「……」
他人事みたいに言ってしまったせいか黙ってしまう彼女。
綺麗な顔立ちで悲しむものだからより一層、悲しそうに見えてしまう。
こんな綺麗な子でもいじめに遭うのなら、誰だっていじめられるんじゃないだろうか。
「でも……。ううん、なんでもない。また話していい?」
気持ちの整理が追いつかないのだろう。
過去の嫌な記憶を掘り起こしているのだから。
「いいよ。待ってる」
そんなこと言うくせに、今日、死のうとしている俺。
無責任にも程がある。
「ね、こっち来てよ」
隣をポンポンと叩く彼女。
どこか寂しそうな顔にいうことを聞く他なくなった。
断ったらまた面倒な自虐を対応しなければならなくなる。
彼女の横に腰掛けると俺の肩に頭を乗せる。
「優しいよね。私に優しくする人、柊君くらいだよ」
腕をぎゅっと掴んで離してくれない。
心の寂しさを埋めるのが他人のぬくもりなのだとしたら、俺じゃなくてもいい。
そのいじめから救ってくれた人にお願いしたらいいのに。
なのに、どうしてか今、彼女の寂しさを埋められるのは俺だけなんじゃないかとも思う。
浮かれている。
こんなことして、俺に得はない。
今日、死ぬ命だ。
早めに家に帰して死に場所を探したい。
「話聞けて嬉しかったよ。じゃあ、一旦帰ろっか」
「……何それ」
怒る彼女に地雷を踏んだのだと気づく。
どうやって返すのが正解だったのか。
「やっぱ私、重いんだ」
どっちの意味だろうか。
体重なのか、気持ちなのか。
どちらも重いけれど、これで悩むとまた怒りそう。
「重くないよ、ほんと」
「でも、めんどくさそう」
「それは」
「ほらやっぱ。肩、重くて仕方ないよね」
「……」
肩より心にのしかかってくる彼女の気持ちの方が重い。
「いやいや、そもそも本当に重かったら君を持ち上げることなんてできないよ」
「姫様抱っこしてくれてたの、お母さんが教えてくれた」
「……」
気まづいなぁ。
「私のこと、どう思ってるのか教えてよ」
肩に顎を乗せてじとっと見てくる。
綺麗な顔で、そんなことしてくるものだから彼女を見やることができない。
女性経験のなさがこんなところで露見するだなんて思いもしなかった。
「綺麗な顔立ちで、いいスタイルで、性格もいいと思う」
「思ってないくせに」
ぎゅーっと腕にしがみつくそれが、僕の視線を泳がす。
すっと立ち上がった彼女。
「そんなに離れて欲しいなら、離れるよ」
彼女は、部屋を出て行った。
ようやく面倒な女が消えた。
心残りはあるが、どうせ死ぬのだ。
その後のことは考える必要ない。
ピコンっと通知がなる。
三河の文字。
『優の母です。会って、話せませんか?』
彼が死んで、どれくらいの時間が過ぎただろう。まだ一週間も経ってない。
母が連絡を送ってくるほど、聞きたいことが俺にあるだろうか。
「大丈夫です。いつですか?」
最後に会うのもいいのかもしれないと思う。
『今日、とか言ったら厳しいですかね?』
いじめられるような人間が部活なんて入ってるわけもなく、暇だ。
「大丈夫です。午後伺います。どこに行けば?」
『いつも来てくれてた病院で待ってます』
三河の家に行くよりも三河の入院していた病院の方が近い。
徒歩四十分ほどの場所だ。
今から向かえば余裕があるくらい。
「わかりました。伺います」
既読がついた。
何用なのかわからないが、とりあえず向かおう。
荷物を準備して、ついで飛び降りスポットをリストアップ。
家には帰らず、そこに向かおうと予定を立てる。これが最後の予定。
リビングには父親がいた。
「塩野さん、外出ちゃったけど大丈夫?」
「まぁ、大丈夫」
「彼女なら嫌な思いさせちゃダメだよ。笑ってるだけで、本当は傷ついているかもしれない」
笑顔が消えそうになる。
その言葉、俺に一番言って欲しかった。隣で寄り添って欲しかった。
そんな甘えたこと、父親に言えるわけがない。
男なんだから、いじめだとか甘えだとか、ぬくもりだとか気にしたららしくない。
でも、これが最後の言葉になる。
父親に思い残すことないように、父親が苦しくならないように。
「父さんの子で良かったよ」
本当の気持ちはない。
もっと言いたいことはあっても、今更いうほどでもない。
何もかもどうでもいい。
もう全て、終わりにするのだから。
「ちょっと塩野と出かけてくるよ」
「あ、それで先行ってたのか」
「そうゆこと」
「行ってらっしゃい」
これが最後の言葉。
心残りはない。
家を出ると塩野がいる。
「追っかけてくるなんて、意外だね」
「この後、三河の親に会うんだ。くるか?」
「私のためじゃないんだ」
「もういいからそういうの」
初恋の人にしてもらえと付け足す。
べしんっと腕を叩かれたのに、彼女はついていくという。
三河は、死んだ。
唯一の居場所だと思えたあの場所は、三河がいないと知れば行くこともないと思ってた。
だけど、最後にもう一度行けるのなら、行きたい。
「三河君、私も病院であったことあるよ」
「…… え?」
道中、彼女は不意にいう。
「ほら、私ってリスカの跡多いでしょ?母さんがね、連れてったの。嫌嫌行ってたから、リスカして怒らせて、行かないとか言ってたんだけど、三河君と会うようになって、病院にもちゃんと行くようになった」
彼女はあの病院で、診察を受けて薬を定期的にもらっていたらしい。
「すごいでしょ、成長したんだ」
「うん、すごいよ」
「柊君ってさ、なんでリスカに何も言わないの?距離置くこともできるのに。めちゃくちゃ嫌って突き放す方が楽じゃない?」
「君がどんな思いするかもわかんないのに、そんなことしないよ」
「へー、そんなこと言ってると私みたいな女が、寄ってくるよ?」
「何言い出すんだ」
「モテるよ、柊君は絶対」
「勝手だな」
誰がそんな言葉を信じて、喜ぶのだろうか。
いじめられるようなやつが好かれるはずない。
綺麗な顔した塩野に言われても、納得いかなかった。
「私さ、好きな人に依存しちゃうから、柊君は、私みたいな人選んじゃダメだよ」
「まともに話し始めて二日ばかりの君になんの感情を抱かないよ」
「……。……おりゃ!」
背中を思い切りぶっ叩かれて、冗談だと伝える。
「そうやって沼らせればいいと思ってるんだ」
「恋なんか俺はしない。塩野も俺以外のいいやつと付き合えよ」
「うわ」
沼らせてると思ってるんだろうか。
面倒な女だ。
「私といて、楽しくないの?」
不安そうな顔でいう。
犬みたいだった。
「……」
だけど、すぐに楽しいと言えなかった。
死にたいのに、楽しんでどうする。
喜びを感じてどうする。
死ねなくなる方がよっぽど怖い。
未練もなく死ぬことの方が大事で、この世に幸せなんかないと思い続けないと飛び降りさえ怖くなるかもしれない。
可能性は、一つ一つ潰しておかないと。
「久々に、人と話したなぁと思う」
だから、簡単に好きにならない。
喜びも楽しさも感じない。
代わりに、悲しみや怒り、虚しさの方が大事。
「何それ」
と、笑う彼女。
父親もいないのに、彼女は俺の腕の抱きつく。
どうしてそこまでして温もりを求めるのか。
死んだ方が楽になれるのに。
……どうして。
病院に着くと三河の母に会った。
俺の父親と似て憔悴しきっていて、目にクマができていた。
葬儀の手続きとかで忙しかったのかもしれない。
骨だけになった三河を見て、現実を知ったのかもしれない。
「来てくれてありがとう」
「いえ」
俺の隣を見やる三河の母。
「あ、えっと、同じクラスの塩野です」
と紹介する。
「あぁ、よく来てくれてたのよね。ありがとう」
どうやら塩野の話は本当のようで一週間に一回は顔を出していたらしい。
となると、俺がいつか見た三河と話していた女の正体は、塩野。
「色々、相談してもらってたんです。手術も成功したらまた学校に戻るよって。学校に戻ったら話そうねって」
三河は俺にも同じことを言っていた。
だから、手術が失敗したと聞いて現実逃避した。
いじめから救ってくれた三河は死んだ。
もうなんもいらない。
「優がね、言ってたの。あの二人は、不安だから見てやって欲しいって」
三河の母がいう。
「あ!それ、私も言われました」
と、塩野。
そんなこと一言も言われていない俺。
「優ね、ずっと柊君のこと気にしてた」と、三河の母。
「別に、俺はあいつに救ってもらっただけで、恩返しができたらってそれくらいで。だから、病院に通っただけで」
「嬉しかったみたい」
「え?」
「話し相手もいなくて、寂しいって言ってた」
「三河のためになったらそれで十分です」
居た堪れなくなって、下を向く。
彼にそんな気持ちがあったとは思いもしなかった。
いつも通りに話してくれて、いつも通りまたなとか言ってた。
そのあと、あいつは寂しかったのか。
「優、いじめられてたの。中学生の頃。柊って子に救われたって言ってたわ」
「…………は?」
全く記憶にない。
顔を上げると三河の母は、微笑んでいた。
「小学生の頃から一緒なのよ?医療費の問題で、苗字変えちゃったけど、昔は佐野だったの」
「佐野、優……。あ」
小学生の頃は、あまり話すことなくて、中学二年生で同じクラスになった。
その頃、佐野は女子の喧嘩に巻き込まれて挙句いじめの対象になって孤立した。
話しかけた記憶がある。
「なんで……。いや、どうして、それ、教えてくれても良かったじゃないですか」
「気づいていると思ってたけど、優がいうの。もしかしたら、中学の時のこと覚えてないんじゃないかって。いじめ、られてたんでしょ?」
「……」
「いじめとかで強いストレス感じると記憶がすっぽり抜けることがあるって聞いたことがある。思い出してくれてよかった」
「……そんな」
「優、あなたと話せて幸せだったって言ってたわ」
「…………幸せ」
俺には何が幸せかもわからない。
三河、お前は何が幸せに感じたんだ。
病気患って思うように動けなくなって、みんながやるような普通の生活もなくなって。
生きることの方が辛かったんじゃないのか。
だんだんと体が蝕まれていく苦しさに耐え続けたお前が?
生きることを望んでた?
それとも俺が自分勝手に都合よく解釈していただけ?
「幸せになって欲しいって言ってたわ」
その言葉も彼から言われた言葉。
どうしてそんなふうに思えるのか。
他人の心配ばっかしてないで、自分のこと見ておけよ。
そしたら、手術だってうまくいったかもしれない。
またここに来て手術成功おめでとうだとか言ってたかもしれない。
なんで、人のことばっか見てんだよ。
今、三河の母親とまともに話せる気がしない。
すみませんと断って病院を後にした。
「あなた、塩野さん?小学生の頃に比べてだいぶ変わったのね」
「……ちょっと、整形を」
「あらやっぱり。可愛くなったわね」
「はい。いじめられなくなったんですけど、女子からは嫌われちゃってて」
それに。
「柊君、全然私に気づいてくれなくて」
「小学校の頃同じだったって言ってみたら?」
「匂わせてみたんです。でも、自分じゃない他人のことだって思ってるみたいで」
ねぇ、頼み事いいかしら?
「柊君のこと死なせないであげて。彼の苦しみ、あなたならわかってると思うから。優もあなたに言った言葉でしょう?」
「はい」
死場所を求めてた。
死にたい気持ちが芽生えたのはいつからだろう。
変わらない現実に嫌気がさしたからか。
希望なんてものはなくて、どん底に落ちたら一生その地獄を彷徨うからか。
どちらも理由に上がるのだろう。
いつか望んだ幸せは、結婚だとか恋愛だとかみんなが平等にできるはずものばかりで。
それが、俺にとって不釣り合いだと知ったから。
そして、結婚したところで別れが来ると気付かされたから、求めていたものは何も得られないのだと理解させられた。
束の間の楽しさが欲しいんじゃない。
永遠の喜びや楽しさが欲しかった。
漠然とした幸せへの欲望。
答えは等しく失うもの。
じゃあ、世間が知る幸せっていうのはなんなのか。
何を持っていれば、幸せなんだ。
病院の屋上。
元々ここで死ぬ予定はなかった。
だけど、ここ以上にふさわしいところもなかった。
病院は、人を救う場所とは言えない。
失敗もある。その失敗で人は死ぬ。
俺もいつか搬送される日が来るのなら手術は失敗して死ぬんだろう。
いや、死んでもらわなきゃ困る。生きてる価値なんかないんだから。
三河を殺したとさえ思えるほど、多少の怒りはある。
生かしてくれてたら、どれほど良かったか。
人生は理不尽だ。
生きるとは身勝手で、死ぬのは必然。
いつか死ぬのなら、今死んでも悪くないはずだ。
日がだんだん暮れていく。
終わりにしよう。
身を柵の外へ。
ようやく終わりにできるのだと思えば、案外、気持ちは楽になるものだ。
そうか、俺はずっと楽になりたかったんだ。
そのくせ、涙は出なかった。
自分の気持ちに正直になれたとしても、感極まることもない。
俺の感情はとっくに死んだんだ。
もう全部、遅いのか。
気持ちに気づいてもそれを理解する脳があっても、感情は戻ってこない。
アスファルトに目をやる。
目を閉じて数秒したら頭を地面にぶつけて脳内が破裂して死ぬ。
即死。
これが一番、楽な死に方だ。
人はいない。
今が頃合い。
ふっと力を抜いた時、誰かに掴まれて体が柵にぶつかった。
あぁ、また、来たのか。
「塩野」
少し目を開けると腕を掴む彼女の手は震えていた。
「なにやってんのばか!!」
でかい声のはずなのに、耳に届かない。
どうして死なせてくれないんだ。
この世に幸せなんかないじゃないか。
「この二日、お前といても変わんなかった。変わるかもしれないなんて期待はなかったけど、どちらにせよ俺は、こうするつもりだった」
「なんで、なんで、なんでなんでっ!!」
声を荒げる彼女。
「私のことまだ何も話してない。私、小学生の時あなたに救ってもらったの。ようやく会えて、三河とも会って、あなたにも会えて。だから、ずっと気にかけてて。三河も一緒。死んでほしくないの」
小学生の時に塩野とあった?
顔はまるで違う。
あの頃の塩野は童顔で愛らしい雰囲気があった。
ふと昨日のスマホの通知を思い出す。
あのクリニック、そうか、整形やってるところか。
「全然気づいてくれないけど、私さ」
「整形か」
「……」
「そこまでして欲しかったものは得られたか?」
何となく聞いてみたくなった。
その後に死んでも遅くない。
「今、失いそうだよ」
「……俺は、いらないだろ」
「いるよ。柊君、まるで気づいてないよ。なんで、自分のことそんなに低く見積もるの?誰かを救ってる自覚もなくて、誰かを生かしている自覚もないなんて」
「それは、幸せになる道理にならない」
「幸せ?」
「俺の欲しいものは、幸せだ。でも、現実は友達は死ぬし、親も死ぬ。みんないつか死ぬ。楽しかったことも嬉しかったことも全部、いつかは誰かが死んで思い出になる。記憶の中にしかいない。俺はそんなものが欲しいわけじゃない。一生終わらないものが幸せなんだと思ってる」
「それがないから、もういらない?自分は死んでいいっていうの?」
「ああ。失うばっかの人生は疲れたよ」
どうして、死ぬと決めたら本音が溢れるんだろうか。
「友達も家族も自分の感情も記憶も失っていくのはうんざりだ」
腕を振り下ろしても彼女はその手を離してくれない。
離れないその手に苛立ちが募る。
「もう終わりにしたいんだよ!!なんで、邪魔ばっかすんだよ!お前が欲しかったものなんて代わりを探せ!言ったろ?お前を好きになる人なんていくらでもいるって!整形がどうした?いじめがどうした?俺じゃない誰かが救えば、そいつを好きになったろ?」
「……」
「……もう、死なせてくれ」
幸せはやってこない。
希望がないのだから。
あの世に地獄があるとしても、俺は死んでいい。
今あるこの地獄から逃げ出せるのなら、それでいい。
「いやだ」
彼女は引き留め続けた。
「そんなの嫌だ!昨日も言ったじゃん!死んじゃダメだって!変わんないから人生ごと諦めるの!?幸せって何?私は幸せなんて求めてない!大それた至福を求めてなんかない!いじめられてた私もあなたもそのくらいわかるでしょ?」
「負い目でも感じてんのかよ。俺は、俺がやりたくてやったことだ!それがお前らを救うつもりでやってたわけじゃない!」
「じゃあ、なんで、私なんか助けたの!?私のこと小学生の時どう思ってたの!?」
「……それは」
初恋。
「うるさい!!お前なんか助けても助けてなくても現実は変わんない。どうせ、俺はいじめられてた。社会人になったって、大学生になったって変わらない!やりたいこともない、なりたいものもない、死んだら楽だと思ってから、一生それに取り憑かれてる。お前だって思うだろ!死んだら、楽なんじゃないかって。今ある地獄から解放されるんじゃないかって!!」
「私は今、地獄なんて思ってない。むしろ、あなたが死んだ方が地獄だよ。私は、誰といればいいの」
「簡単に代わりくらい見つかるだろ」
「あなたの代わりって誰?あなた以外に誰がいるの?ねぇ、私のこと本当はどう思ってるの?私は、あなたがいないとやだよ」
小学生の頃、塩野と遊んだ時こいつはすごく楽しそうに笑うんだ。
いつかそれがみたくて毎日のように遊んで、それが気に食わなかったクラスメイトから嫌われた。
塩野は、女子から嫌われがちだったけど、男子からはとても人気だった。
そんな彼女と遊んでいたからクラスメイトから嫌われたし、いじめられた。
ある意味、必然だったんだ。
その頃の代わりは確かにいないのかもしれない。
彼女は、あの頃のまま変わってない。
きっと俺みたいに自分を愛せないから、整形に手を出した。
その整形で手に入れた顔でいじめは消えただろうか。
本当に欲しかったのは、友達、なんじゃないだろうか。
どうして、こんな時に他人を優先してしまうのだろう。
どうして、今になって泣けてくるんだろう。
こいつと俺は似てた。
欲しいのは、妬みや僻み嫉みなんかじゃなくて等身大でいられる環境とあの頃のように些細な喜びだけで良かったのかもしれない。
それを彼女は幸せだと言っていて、俺はそれにさえ気づけなかった。
彼女をメンヘラだとか言ったけど、本当は誰よりも大人で、俺の前だから子供ぽっかった。
塩野もまた等身大でいたかったんだろうか。
そう思うと少し思考が冷静になる。
「小学生の頃、塩野と遊んでた時間、すごく楽しかったな」
目の前に広がる夕焼けみたいにあの頃はボールを使って遊んだり、家でゲームしていたり。
そうか、彼女を拒絶しなかったのは、どこか馴染みがあったからだ。
三河の母親が言うように、ストレスで記憶がなくなっていたのかもしれない。
「もっとそういう時間、欲しかったなぁ……っ」
柵にもたれる。
力が抜けて、ぼーっと夕焼けを見ていた。
「もっと早く気づいてたら、塩野のことうざいとか邪魔とか思わなかったのかもな。普通に蹴り飛ばしたの頭おかしいな俺」
「ほんとよ」
「なぁ、塩野はさ、幸せって何だと思う?」
俺はいつからか結婚だとか大層なものを望んでた。
でも、彼女は些細なものでいいという。
「ちょっとした刹那的な喜びとか楽しさとか、かな。景色見て綺麗とかさ」
予想した通りだった。
「三河君が言ってた。もっとわがままにやりたいこと全部やったら楽しいって。柊君、絶対人のこと気にして自分のこと後回しにするから、伝えたくて」
「……俺は、他人のことそこまで考えてなんか」
「考えてるよ。じゃなきゃ、いじめられてる人助けようなんて思わない」
「そっか……」
「ね、一緒に探そうよ。幸せってやつ。ほら、なんかやりたいことやろうよ」
「すぐに思いつくわけないでしょ」
「じゃあ、私のやりたいことしよ」
無理やり立ち上がらせて戻ってくるよう言う彼女。
死にたい気持ちが消えたわけじゃない。
だけど、少し重荷が外れた。
今まで抱えてたものが、噛み砕けて理解できたからなのかもしれない。
「また、死にたくなったらどうすんの」
聞いてみた。
「またこうやってぶつかればいいよ。私は」
柵からこっちにくるように彼女は俺の腕を引っ張った。
バランスを崩して地面に転げる。
上体を起こした刹那。
彼女は膝をついて俺を抱きしめた。
「いつでもこうやってハグするから」
「……」
「欲しかったんでしょ。こう言う温もり」
唇をかむ。
泣くなバカと言い聞かせる。
だけど、無理みたいだった。
心にぽっかり空いた穴は、いつだって埋め合わせてくれるものがなくて、何かで埋めようとしたら気づけばその穴は広がってる。
何度も何度も埋めてみても虚な欠片では、傷を与えて、隙間ができる。
瓦解していく埋めものは、いつか掬い上げることもできない。
感情を押し殺して、守ることに徹して、泣くことも笑うこともなくなった。
人生なんてそんなもんだと言い聞かせるには、感情が生きてた。
今はもうないと思ってた感情は、我慢していただけですぐそばにあったらしい。
なんだかもう自分がバカみたいだった。
十七歳になっても大人になりきれず、子供みたいなあの頃を求めた。
自分の限界も知らず、弱さも知らないままだった。
甘えることが恥だなんて思って、孤独を自立と言い聞かせて、大人のふりをした。
子供みたいに泣くのはダサい。
でも、もう限界みたいだ。
涙が頬を伝って、それでも我慢しようとするけれど、溢れてしまったものは止めどなく流れていく。
強がるのはやめよう。
言いたいことを我慢するのはやめよう。
少しくらい甘えてみよう。
その後で大人になろう。
三河の墓ができた。
四十九日経って塩野と墓の前で手を合わせた。
彼の言っていた言葉の意味がようやく理解できた。今はどうにか生きてる。
やっぱ学校は辛いな。
今は、保健室登校してる。
授業もわかんないとこだらけだし、バカだけど少しずつ集中できるようになってる。
こんな生活の仕方するとは思ってなかったよ。
甘えだとか言われることもない。
LINE以外のSNSもやめちゃったけど、後悔はない。
生き生きしてるって表現からは程遠いけど、今の自分もお前にみて欲しかった。
母親みたいに突然死んでお前に会うことになるかもしれないけど、もう少し後で会うことになりそうだ。
そっちの方がいいって三河は言うのかな。
お前も他人優先してんじゃんか。
どいつもこいつも他人優先。
気色悪い。
俺が言えたことじゃないって?
まぁ、そうだよな。
えっとそれとさ、恋についてちょっと教えてよ。
また相談しにいくから。
流石に隣の女の子を連れてくることはないけど。
え、だめ?いや、お前イケメンでクラスでも人気あったんだからいいだろ。
『考え方変わったな』
目を開けた。
三河の声だった。
けど、そこには塩野一人だけ。
勘違いか?
えっとまぁ、考え方っていうか……。そうだな。
ほんの少したまにはいいことあるって思って生きてるよ。
今の俺にはそれしか思いつかないや。
その葬儀に来て、彼の死に顔を見て思う。
「幸せそうだ」
俺を置いて死んで、生きている俺は死んだように気持ちが空っぽ。
彼はもともと病気だった。
高い医療費を払っての手術ミス。
ミスと言ったらおかしいのかもしれない。
ただ、彼が輸血用の血を悉く否定したことが原因。
体に適さない血は、命を奪った。
『お前は、生きててよ。僕の分もさ』
幸せになれるよという彼に俺は到底そう思えなかった。
お前という友達がいて、幸せを感じた。
適当に部活を終えて、汗かいてるからと塩分の濃い飯を食べにいって。
休みの日はカラオケ行ったり、家で電話繋げてゲームをする。
そんな日々が目の前から消えた。
少し前に事故で母親が死んだ。
立て続けに人が死ぬ。
高校生の俺は、人の死が身近になかった。
人の死を経験するのは、大人になってからじゃないかと思う時もあった。
だけど、身近の奴らは二人も死んだ。
なんで、俺だけ生きてんだ。
いじめから救ってくれた目の前の彼も、学校の文句を言う俺の話を聞いてくれた母親も。
それなら、お前らのところに行きたい。
死にたい。
消えたい。
生きるって苦しい。
ただでさえ地獄を生きてる。
悩んでも解決策を見つけても、それは新たな問題をうみ現状を打破する施策にはならない。
学校に行かなければ不登校。
不登校になれば、大学にも行けない。
就職先も見つからない。
無理しても学校に行く。
通信制にしたらいい?
母親の葬儀で金使った父親にそんなこと言えるわけがない。
苦しい?
父親の泣いてる姿見て俺が言えるわけない。
生きててと言う彼の気持ちなんか到底理解できない。
依存するほど信じてた奴らはみんな消えた。
あの世があるなら、そこに人がいるなら、俺は今すぐこの世からいなくなりたい。
ふらふらと外に向かう。
入院が決まるまでクラスで人気だった彼の葬儀にはクラスメイトもいる。
こいつらの前で泣くものか。
またいじめに遭ったらどうする。
不謹慎なネタでも話題になれば、面白がっていじめるゴミと一緒になんかなりたくない。
刹那、行先を阻む女子。
「どこ行くの?」
「外」
彼女の言葉に端的に返す。
「まだ葬儀、終わってないよ」
「だからなんだよ」
クラスメイトなんかと関わりたくない。
それにこいつは噂が立ってる。
夏休みだと言うのに、長袖を着ていると言う理由でリスカしているんじゃないかと。
体育も夏は全部休むか長袖のジャージを着て参加している。
リスカするような女と関わるつもりはない。
またいじめのネタになる。
そしたら、こいつもいじめられる。
そして、自殺するかもしれない。
今度こそミスでは済まなくなる。
無理やり椅子に座らされ、苛立ちながらも式が終わるのを待った。
葬儀が終わり、さっさと外に出るとさっきの女子が声をかけてきた。
「なんだよ」
「柊君、なんでそんな悪態ばかりつくの」
「うるさいな」
「三河君、死んじゃったんだよ?入院中、お見舞いよく行ってたじゃん」
「お前に何がわかんだよ」
三河は、たびたび病院に女を連れ込んでた。
後ろ姿しか見たことがない。
誰かもわからない女だったが、入院してても女人気あるんだとイラついた。
いじめられる俺をどうして救ったんだ。
お前はそんなことしない方が、もっと幸せになれた。
俺は、幸せになる権利なんかない。
この学校、いや、小学生の頃から決まっている。
いじめに遭って、距離を置かれて、どれだけ痩せても顔の荒れを直してもいじめは変わらない。
かっこいいやつは常にかっこいい。
羨ましさもあったが、同時に俺には縁がないと切り捨てた。
死ねばいい。
俺みたいな人間は、みんなから好かれるやつと代わって死んだらいい。
その宿命の方が、俺にも価値はある。
なんで俺じゃないんだ。
「辛いのは、わかるけど、でもさ」
「俺の何がわかんだ?いじめばっか遭って、俺のことなんて興味ないだろ。上っ面の同情なんかいらない」
歩を進めると彼女は俺の腕を掴んだ。
まだ何か話したいみたいだ。
「興味ないわけない。いじめだってやる方が悪い」
「そんなこと言ってるやつは、基本見て見ぬ振りだろ。どうせ、学校が始まればまたいじめに遭って孤立する。お前は、三河じゃない。俺を助けたら、またいじめられる。そんな現実もみれねぇやつの言葉、誰が信じるんだよ」
腕を振り下ろして手を離させる。
こんな世で生きていたくない。
なぁ、三河、母さん、俺、すぐそっち行くから。
歩道を歩き、車が通るたびに体をそちらに預けようとする。
しかし、もしこの事故で俺が死なずに生きてて、慰謝料なんかを請求されたら、父親はどう思うだろうか。
踏み込んでは、足踏みして、なかなか死ねない。
ふとマンションが見える。
飛び降りればいいんだ。
もう生きている理由なんてない。
この先も地獄は待ってる。
生きてる理由なんてこの世にない。
知らないマンションに入り、階段を上がってく。
柵のない屋上に無断で立ち入り、アスファルトを見やる。
高いなぁと思う。
ここから身を投げれば、死ねる。
そう思うと、気持ちが楽になった。
三河、母さん、もうそっちに行けるよ。
足を一歩、一歩と踏み出す。
怖さはなかった。
下に人はいない。
誰もいない。
足音が聞こえる。
きっと住民だ。
バレっこない。
やっと楽になれる。
いじめもない世界で無となって還ろう。
ふっと体の力を抜いて、体を前に倒す。
しかし、体は何かにぶつかったように横に倒れ、気づけば屋上の地面に倒れていた。
何があったのか目の前を見やるとそこには、さっきの女子がいる。
「何してんだ、お前!!」
ようやく死ねると思ったのに。
ようやく楽になれると思ったのに。
「何してんのは、こっちのセリフ!!」
胸ぐらを掴まれ、彼女はいう。
「なんで、死のうとしてんの!?なんで?ねぇ、友達が死んだから?いじめに遭うのが怖いから?ねぇ、なんで?ねぇ!!」
彼女の体を蹴り飛ばす。
「ふざけんなよ!ようやくこのクソみたいな世の中から解放されると思ったのによ!!」
体をもう一度、外に向かわす。
早くしないとこの女子まで巻き込む。
嫌な姿を見てしまうかもしれないが、巻き込まないだけマシだ。
「待って!」
彼女の言葉に聞く耳を持たず、早く早くと自分に言い聞かせる。
だが、またも彼女は俺を止めた。
腹いせか俺の腹を蹴って、胸ぐらを掴みすかさず頬にビンタを喰らう。
一瞬、思考が停止した。
「なんで、死ぬの!!三河君が言ってくれたんじゃないの!?死なないでねって」
「……お前には関係ない」
「私も、三河君に言われた!死なないでって」
「……っ!?」
彼女を見やる。
胸ぐらを掴んでいた、その手を離して袖をまくる。
そこには噂通りのリスカの跡があった。
「……私のこの傷、彼は気づいてた。彼に手術前言われたの。だから、あなたにも生きてもらう」
何を言われたのかわからないが、目の前の彼女は、生きていようとしているみたいだった。
「俺はそんなつもりない」
「分からず屋!とりあえず、生きてればいいの!!」
「わかんねぇよ。お前みたいにいじめられない人生じゃないんだから」
「そんなの私のことわかってないだけ!」
「知るか!」
ヤケクソに反論する。
しかし、そうやって怒鳴り合ってると階段の方から足音がする。
もしかしたら、管理人が来たのかもしれないと来た時は別の方向の階段を使い二人して降りて行った。
こいつといたら死ねないとわかったため、安心させるべく上辺だけで安心させる言葉を告げて、家に返す作戦に出た。
だが。
「もし、また自殺未遂したらどうすんの?そんな言葉、今の見て信じると思う?」
「……」
ぐうの音も出ない。
「家まで着いてく」
「流石にそれは無理」
「なんで?やっぱ死ぬつもりだ」
「……わかった。着いてこればいい」
名前も知らないクラスメイトの女子に家まで着いてこられた。
話しかけてくる彼女にそっけなく返しながら、時折イラつかせたのかぶっ叩かれながら帰る。
家は、鍵がかかっていた。
インターホンを鳴らす。
父親が玄関から出てくる。
目にクマができている父親。
まだ寝れていないのかと思う。
父親と会うと死ぬに死ねなくなるから会いたいくない。
「帰ってきたのか。隣の子は?」
「知らない」
「知らないわけないだろう。恋人か?」
「んなわけない」
憔悴しきってる彼の顔を見ていると怒る気にもなれない。
しかし。
「柊君の恋人です!」
彼女はいう。
「そうかそうか。でも、今日は葬儀だって言ってなかったか?デートは流石にないだろう」
「途中まで一緒に行くよって言ってたんですけど、流石に不安で」
かわい子ぶっていう彼女に苛立ちを隠せない。
「ここまでくるの疲れたろう。少し休憩していくかい?」
「いいんですか?じゃあ、お邪魔します!」
無遠慮に家に入る彼女。
名前も知らないのに、なぜ。
接点はなかったはず。
三河が何か言ったくらいしか、想像つかない。
「透に彼女がいたなんて教えて欲しかったなぁ。父さん、嬉しいよ」
憔悴しきっていた父親の顔に少し笑みが浮かんでいた。
こんな嘘に騙されるほど、父親は鈍感じゃなかったはず。
なのに、今こうして騙されているのは、考える能力さえ失ってしまっているから。
結論づけるとあとは楽だった。
父親を安心させる。
それだけで、父親の心は少し救われるのかもしれないと思った。
「色々バタついてたし、言いづらくて」
隣に座る女子に色目を使う。
我ながら名演技だ。
「あんまいちゃつかないでくれよ。心の準備が保たんよ」
「柊君、いつも優しくて私のこと甘やかしてくるんです。甘えちゃって」
と、かわいこぶる彼女。
甘やかした覚えもないし、甘えられた経験もない。
この人生で、一度も女性経験はないし、女子相手にまともに会話できる素質もない。
女子は皆、敵だ。
それっぽいこと言って上っ面で共感なんかして、ほんとは中身もなんもない空っぽな態度。
裏で陰口言って、文句を垂れ流す。
気づいた頃には、自分がいかに騙されていたのかを知ることになる。
「恋人なのに、名前で呼ばないのかい?あと、名前……」
「あ、私、塩野愛って言います!普段は、透君って呼ぶんですけど。ちょっと透君のお父様の前でいうのは恥ずかしくなっちゃって」
俺の二の腕をペチペチ叩いて恥ずかしさを演出する彼女。
白々しいにも程がある。
だが、塩野という名前聞いたことがある。
誰だったか忘れたが、小学生の頃にいたような……。
今更思い出したって、俺はもうすぐ自殺するのだから思い出す理由もないと考えるのをやめた。
こいつの演技に付き合おう。
「でも、ひいら……透君、私のこと恥ずかしいのかいつも塩野って呼ぶんです。ひどくないですか!」
「距離を感じちゃうね」
と、父親は、生まれ持った美顔で女性慣れした言葉をペラペラ口にする。
憔悴しきってた父親はどこに行ったのか。
こんなことならいつまでも憔悴しきっていて欲しかった。
「そうなんです!私だけが透君を好きなんじゃないかって思っちゃって!透君、こういうところ最低なんです!」
ぶーっと頬を膨らませる彼女。
ほんと、名演技だ。
この演技に付き合わされる俺の気持ちにもなってほしい。
明日になれば、こいつは関わってこないだろうし、俺もまたこいつに関わらない。
そして、俺は明日確実に死ぬ。
そのために今日は試行錯誤を繰り返すつもりだ。
全く、面倒な女に絡まれたものだ。
容姿端麗ともいうべきか、全てが綺麗な顔立ちでドラマに出ていそうな女優のよう。
それでいて、このメンヘラっぽいような童貞男子が好きになりそうな喋り方。
……可愛いとは思う。うん。
「そうか。もう少し、透には女性経験をさせるべきだったかな」
「いや、それはダメです!私だけのものなので、私以外の女に誘惑されたら殴ります」
「その時は殴ってどうぞ」
「父さん?」
なんで、自分の子供を殴っていいと許可出すんだ。
あんたの子供は、昔から体にあざを作って帰ってきてた。
現代らしくもない暴力的ないじめ、陰湿なクラスの裏グルで決められた決定に俺はその対象になってた。
今日から無視されるのか、次は何が待っているのか。
前は、ものがなくなってたなとか。
ノリだとしても嫌な記憶を思い出すだけ。
いたたまれない。
「ただ、優しくしてあげてね。父さんの最後の家族なんだ」
「あんまそういうこと言わないでよ、恋人の前で」
「名前で呼んでくれない!!」
めんどくさい女がペシっと肩を叩いた。
『お前、気持ち悪いんだよ。俺の前にいるなや』
小学生の頃、何度か言われた言葉。
自分の顔はカッコよくないし、性格も優れたものじゃない。
いつからか、自分を肯定する材料は消えて、恋だの結婚だのそれこそ友達なんかできないものだと思ってた。
三河という友達、いや、親友がいてようやく少し明るくなれた。
今はもういない。
「と、透君?」
俺の顔を覗く彼女。
ひどい顔でもしていたのだろうか。
「今日はもう寝たいかも。ほら、やっぱ友達、死んだから」
「そうだね。そろそろ寝たほうがいいね。塩野さんは、どうする?家まで送って行こうか?」
「あ、私は一人で帰れるので」
もう時刻は夜11時。
補導対象だ。
「こんな夜道に一人で帰るバカがいるかよ」
ぶっきらぼうにいう。
父親は二の句を待つように俺の顔を見ていた。
「補導されるだろ」
「そうだね……。やっぱり送って行こうか」
「俺もついてく」
横でうとうとする彼女。
やはり返したほうがいい。
父親の車に彼女を乗せて、家までの行き先をスマホのマップで見せてもらった。思っていたより、ここから近い。
彼女はその間、眠ってしまった。
相当疲れていたのだろう。
俺のせいでもある。
父親に道案内をしていると彼女のスマホに通知が一件。
どっかのクリニックの安くなるプランの案内。
聞いたことある名前だが、どんなクリニックか思い出せない。
瞼がどうとか書いてある。
明日死ぬ命だと思い直し、考えるのをやめる。
道案内を済ませ、彼女を起こす。
しかし、なかなか起きない。
家の看板に塩野と書いてある。
他に書いてあるところはないので、多分ここなのだろう。
彼女を抱き抱えて、インターホンを鳴らす。
玄関から出てきたのは、母親だった。
「あら」
姫様抱っこする俺をニヤニヤ顔で見やる目の前の女。
気持ち悪い。
「葬儀あって、それでうちまで来ちゃって、その、えっと、送り返しに来ました」
「そんな配送みたいな」
「すみません。どこ置けばいいですか?ちょっと、重くて」
彼女が寝ていることを考えれば、特に傷つける言葉ではない。
「あ、じゃあ、部屋までお願いしていいかしら」
こんな重い荷物をどうして部屋まで。
「わかりました」
二つ返事で返すと家に入り、部屋のベッドに乱暴に投げ捨てた。
彼女の母親は見ていない。
このクソ女のせいで俺は今日、死ねなかった。
明日、ちゃんと作戦を練って死のう。
「じゃあ、帰ります。すみません、お邪魔しました」
「ありがとね、来てくれて」
「あ、いえ、俺は、ただ運びに来ただけなので。もう来ないと思います」
「また来てね」
話を聞いていないのか、この親にしてこの子ありなのか。
「あ、はぁ」
「この子、昔いじめられててね。助けてくれた子がいたんだけど、その子がね、次はいじめの的になっちゃって。泣いてたの。ずっと後悔しているみたいだったから、男の子の前で寝れる子に会えて嬉しいの」
男の前で寝るばか女に愛情を注いでくれる母親。
俺を安心材料として見るのは間違ってる。
いじめられるだけの出来損ない。
勉強もできるタチじゃない。
社会に出ても不適合者まっしぐら。
幸せになりたかったら、死ぬ以外の方法なんてあるのだろうか。
「この子の傷、みたことある?」
「え?えぇ、まぁ」
母親も知っているのか。
隠すものだと思っていたけれど、そうでもないのか。
いや、小学生の頃いじめられてたと親に言えるのだ。
リスカくらい言っているか。
「最近、めっきり減ってたからなんかいいことでもあったのかなって思ってね。あなただったのね」
何を言っているのか全くわからない。
こいつ、頭おかしいんじゃないか?
女の勘は鋭いというけれど、この親子は該当しない気がした。
「そうだったら嬉しいです」
思ってもないことを言う。
社交辞令というやつだ。
「じゃあ、俺はこれで。お邪魔しました」
帰路に着く。
父親が、コンビニに寄ると言い出した。
「お酒はやめなよ」
母親が死んでからというもの毎晩のように飲みまくっていたお酒。
控えるように言って、全部捨てたのを覚えてる。財布もスマホも取り上げた。
「いや、今日はいい酒が飲めそうだ」
気分がいいらしい。
コンビニについて行くと母親が好きだったお酒を二つ手に取る父親。
透も何か買うかと言われて、お酒というとダメだと断られた。
いらないと断るとその二つをとって会計する。
家について風呂から出ると父親は、母親の仏壇でぶつぶつ何かを言う。
「今日な、透が女の子を連れてきたんだ。恋人いたらしいんだ。早く言って欲しかったよな」
楽しそうに酒を飲む父親。
こんなことで喜ぶんだと初めて知った。
でも、ごめん。
明日には俺は家を出て行くし、帰ってこない。
帰ってきても無言の帰宅になるのだろう。
偽物だけど、いい思い出を作らせてあげられてよかった。
俺はもう生きていたくないよ。
「父さん」
声をかける。
最後に何を言おうか。
考えてもまとまらない。
「おやすみ」
だから、いつもみたいに寝る前の挨拶をする。
父親もお休みと嬉しそうにいう。
久しぶりに見た父親の笑顔。
それが見れて、満足だった。
これで心置きなく死ねる。
部屋に入り、スマホで自殺、簡単と調べる。
誰にもバレない方法を探そう。
水死は、苦しいらしいが確実に死ねるなら候補にあげよう。
煉炭自殺はわざわざ煉炭を買わないといけないらしいからやめよう。
やっぱり今日やったみたいに飛び降りが一番楽なのか。
昼間は、人がいるし巻き込みたくないからやめたほうがいいか。
そうこうしている間に眠くなり、机に突っ伏して寝た。
椅子から落ちて眠りから覚めると下の階がとてもうるさい。
女の声がする。
誰か近所の人が来ているのだろうか。
リビングに行くとキッチンの方から声がする。
父親が楽しそうに女子と話している。
こいつ、昨日まで憔悴しきってたのにもう他の女連れ込んだのかと落胆する。
邪魔しないようにとリビングのドアノブに手を触れた刹那、女の声に呼び止められる。
「昨日、重いって言ったんですよ!ひどくないですか!」
その言葉にゾッとする。
塩野だ。
何事もなかったようにドアノブを引くと彼女はその手を退かし、行先に立ち塞がった。
「乱暴にベッドに投げてたのも覚えてるよ」
「……」
くっそ、なんでこんなやつを家に連れてきたんだ。
父親を見やると微笑ましそうにしている。
ありえない。
「夏休み、会えないの寂しいから来ちゃったんだって。可愛い子だねぇ」と、父親。
いやがれよ。
なんで、普通に入れてんの?休職中とはいえ、暇じゃないだろ。
「うさぎはわかるけど、お前はどうでもいい」
「ひどい、お前呼びされたことないのに……」
うるうるとした瞳で見つめてくるバカ女。
「それにベッドに投げてないし、捨てただけ」
「もっとひどくなってる!?」
「微笑ましいねぇ」
父親は止める気ないらしい。
「あ、ちょうど今朝食作ったの!ほら食べて!」
飯なんか食べる気にもなれない。
どうせ死ぬのになんでこんなことに付き合わされるのか。
まぁ最後だしいいかと思い直す。
「エプロン姿の私、珍しいんだから見ておくべきなのだよ」
今気づいた。
「あ、可愛い」
思ってもない言葉。
社交辞令は大事。
「思ってない言葉は受け付けておりません」
思わず舌打ちをしたくなるがグッと堪えた。
食卓に出される朝食が、思っていたよりも多い。
パン一枚で十分だろう。
なんで野菜も味噌汁も米もあるんだ。
夏休みだぞ?朝食抜きでもいいだろ。
「何その顔。彼女が作ってくれたものを受け付けないの?」
なんだこのメンヘラ。
すごくめんどくさい。
それに彼女じゃないし、いつまで続けるんだその設定と演技。
いや、女は常に演技しているものか。
「量が、多いなと思って。愛が重いなって思って。それが、すごく嬉しくて」
「嬉しいだけ愛を感じないんだけど」
「……」
「黙らないで」
「……美味しそうだよ。久々にちゃんと食べるかも」
いただきますと手をあわせる。
卵焼きを口にするとワサビの味がした。鼻がつんとして口から卵焼きが出そうだ。
「やーい、引っかかった!隠し味にわさびを入れたのだよ。昨日、私のこと重いとか言った罰だよ!」
刹那、いじめの記憶がフラッシュバックする。
『お前の弁当不味そうだな。お前の顔に似てるわ、あ、これ隠し味な』
と、泥水を弁当に入れられたことがあった。
その弁当には俺の好物の卵焼きもあってそれが食べれなくなってトイレに全部捨てた。
母親には、卵焼きおいしかったと伝えた覚えがある。
塩野は、隣にきて俺の頬をツンツン触っていじってくる。
嫌な気分だ。
誰かの飯はもういらない。
「帰れよ」
箸をおいて席を立つ。
リビングから出ようとすると彼女は必死に謝ってきた。
「ごめんごめんごめん!意地悪したかっただけで、他のはちゃんと作ったから!お願い」
腕に絡みついて、顔をすりすりしている彼女。
彼女の胸が腕に当たっている。
何を考えているのだろうか。
いや、俺が女性経験ないだけで、付き合っていたらスキンシップとしてある行為なのか?
こいつに女性経験がないと思われるのは癪だ。
「冗談に決まってんじゃん。恋人が作ってくれたもの食べたいに決まってんじゃん」
思ってもないことを無理やり感情を込めていう。
「演技してるみたいでやだ」
彼女はピシャリという。
なんでバレてんの?
席について、彼女の作った飯を食べる。
「あれ、うま」
他のものは全部、おいしくてパクパクいけた。
「ふふん、でしょ?」
満足そうな彼女。
俺がただ、飯を食べただけなのに、どうして。
演技にも見えないただただ嬉しそうな顔。
父親も彼女もなんで嬉しいと思うのか。
どうやってそんな顔が作れるのか。
なんだか羨ましかった。
「でも、あーんしてあげたかったなぁ」
「しなくていい。でも、ありがと。おいしかった」
「演技じゃない!?」
「俺のことなんだと思ってんの?」
父親は、そんな俺らを見て微笑ましそうだった。
食器を片付け部屋に戻ると彼女は部屋に入ってきた。
「入ってくんな」
「さっきの優しい柊君はどこへ!?」
「うるさいな。ていうか、なんできたの?」
「死ぬかもしれないと思って」
「……」
彼女は、椅子に座る僕の横に来て問う。
「なんで、死にたいの?」
「お前には関係ない」
不満げな彼女。
勝手にベッドに座ろうとして止める仕草を見せる彼女に座ればと手で合図する。
ベッドに置いてあるクッションを膝下に置いて、口をひらく。
「私ね、救いたいの。いじめられてる人を」
突然話し始めた彼女の目を見やる。
それはとても真剣で、茶化したりあしらったりできる流れじゃなかった。
昨日、塩野の母親が彼女はいじめに遭っていたと言っていた。
「私もさ、いじめられてて。小学生の時、守ってくれた男子がいたの。その人のこと今も忘れられなくて」
俺でいう三河のような存在か。
でももう、夏休みが終わればいじめが再開する。
「この先、私は、いじめに遭う人を救う側になりたいって思ったの」
それとね。
「初恋なの、その男子」
「へー、どんな人?」
興味はなかったけど、聞いてみた。
「昔は、明るかったんだー。絶対に一人にしないの。それでいて、誰とでも分け隔てなく話してくれて顔もいい」
「顔かよ」
「そうじゃないよ。その人の顔だったから、いいって思ったの。でも、小学生の頃は足も早くて人気だったんだよ?」
「小学生の頃は、足速いだけでモテるんだよな」
なんて、共感してみる。
久々に普通に誰かと話しているだけなのに、なんだか悲しくなった。
三河とも母親とももっとこんな普通の会話をしていたかった。
「柊君は?足早そうだよね」
「まぁ、運動会のリレメンには選ばれたくらいかな。一番じゃないよ」
「そうかなぁ」
「知らないくせに」
と、いじり返してみる。
「知ってるよ」
だけど、彼女は真面目に俺をみていた。
何を知っているというのか。
結局、いじめられてからはリレメンからは降りて、応援する側になった。
他学年や先生からはなぜ出ないのか聞かれたが、いじめられているだなんて答えられなかった。
あんなふうに颯爽と走り抜ける人たち、歓声を浴びる人気者が羨ましかった。
「私がいじめられてなかったら、もっといい景色を見れたんじゃないかって思うんだ」
「そっか」
俺もその立場だったらそんなふうに思って死にたくなるのかもしれない。
「でもさ、私鈍臭いから中学生の時にまたいじめられちゃって。引っ越したのに最悪って。会いたくなったの、救ってくれた男子に」
「会わなかったの?」
「会えたよ。でも、話しかけれなかった」
話しかけれなかった?反芻してみるが、ピンとこない。
「いじめられた後遺症は消えない。私はその重さをよく理解してる」
私の体重みたいにと茶化す彼女。
そんなことないよと笑ってみるけれど、彼女が空っぽな笑みを浮かべていることは気づいてた。
「昨日見せてくれたあの傷は、いじめによるもの?」
「うん。もう死にたい!って思ったら血を流すことで安心できたの。私の唯一の救いだった」
「……昨日、君の母さんが、めっきり減ったって言ってたけど」
「減ったよ。救ってくれた人に会えたから」
「よかったね」
「……」
他人事みたいに言ってしまったせいか黙ってしまう彼女。
綺麗な顔立ちで悲しむものだからより一層、悲しそうに見えてしまう。
こんな綺麗な子でもいじめに遭うのなら、誰だっていじめられるんじゃないだろうか。
「でも……。ううん、なんでもない。また話していい?」
気持ちの整理が追いつかないのだろう。
過去の嫌な記憶を掘り起こしているのだから。
「いいよ。待ってる」
そんなこと言うくせに、今日、死のうとしている俺。
無責任にも程がある。
「ね、こっち来てよ」
隣をポンポンと叩く彼女。
どこか寂しそうな顔にいうことを聞く他なくなった。
断ったらまた面倒な自虐を対応しなければならなくなる。
彼女の横に腰掛けると俺の肩に頭を乗せる。
「優しいよね。私に優しくする人、柊君くらいだよ」
腕をぎゅっと掴んで離してくれない。
心の寂しさを埋めるのが他人のぬくもりなのだとしたら、俺じゃなくてもいい。
そのいじめから救ってくれた人にお願いしたらいいのに。
なのに、どうしてか今、彼女の寂しさを埋められるのは俺だけなんじゃないかとも思う。
浮かれている。
こんなことして、俺に得はない。
今日、死ぬ命だ。
早めに家に帰して死に場所を探したい。
「話聞けて嬉しかったよ。じゃあ、一旦帰ろっか」
「……何それ」
怒る彼女に地雷を踏んだのだと気づく。
どうやって返すのが正解だったのか。
「やっぱ私、重いんだ」
どっちの意味だろうか。
体重なのか、気持ちなのか。
どちらも重いけれど、これで悩むとまた怒りそう。
「重くないよ、ほんと」
「でも、めんどくさそう」
「それは」
「ほらやっぱ。肩、重くて仕方ないよね」
「……」
肩より心にのしかかってくる彼女の気持ちの方が重い。
「いやいや、そもそも本当に重かったら君を持ち上げることなんてできないよ」
「姫様抱っこしてくれてたの、お母さんが教えてくれた」
「……」
気まづいなぁ。
「私のこと、どう思ってるのか教えてよ」
肩に顎を乗せてじとっと見てくる。
綺麗な顔で、そんなことしてくるものだから彼女を見やることができない。
女性経験のなさがこんなところで露見するだなんて思いもしなかった。
「綺麗な顔立ちで、いいスタイルで、性格もいいと思う」
「思ってないくせに」
ぎゅーっと腕にしがみつくそれが、僕の視線を泳がす。
すっと立ち上がった彼女。
「そんなに離れて欲しいなら、離れるよ」
彼女は、部屋を出て行った。
ようやく面倒な女が消えた。
心残りはあるが、どうせ死ぬのだ。
その後のことは考える必要ない。
ピコンっと通知がなる。
三河の文字。
『優の母です。会って、話せませんか?』
彼が死んで、どれくらいの時間が過ぎただろう。まだ一週間も経ってない。
母が連絡を送ってくるほど、聞きたいことが俺にあるだろうか。
「大丈夫です。いつですか?」
最後に会うのもいいのかもしれないと思う。
『今日、とか言ったら厳しいですかね?』
いじめられるような人間が部活なんて入ってるわけもなく、暇だ。
「大丈夫です。午後伺います。どこに行けば?」
『いつも来てくれてた病院で待ってます』
三河の家に行くよりも三河の入院していた病院の方が近い。
徒歩四十分ほどの場所だ。
今から向かえば余裕があるくらい。
「わかりました。伺います」
既読がついた。
何用なのかわからないが、とりあえず向かおう。
荷物を準備して、ついで飛び降りスポットをリストアップ。
家には帰らず、そこに向かおうと予定を立てる。これが最後の予定。
リビングには父親がいた。
「塩野さん、外出ちゃったけど大丈夫?」
「まぁ、大丈夫」
「彼女なら嫌な思いさせちゃダメだよ。笑ってるだけで、本当は傷ついているかもしれない」
笑顔が消えそうになる。
その言葉、俺に一番言って欲しかった。隣で寄り添って欲しかった。
そんな甘えたこと、父親に言えるわけがない。
男なんだから、いじめだとか甘えだとか、ぬくもりだとか気にしたららしくない。
でも、これが最後の言葉になる。
父親に思い残すことないように、父親が苦しくならないように。
「父さんの子で良かったよ」
本当の気持ちはない。
もっと言いたいことはあっても、今更いうほどでもない。
何もかもどうでもいい。
もう全て、終わりにするのだから。
「ちょっと塩野と出かけてくるよ」
「あ、それで先行ってたのか」
「そうゆこと」
「行ってらっしゃい」
これが最後の言葉。
心残りはない。
家を出ると塩野がいる。
「追っかけてくるなんて、意外だね」
「この後、三河の親に会うんだ。くるか?」
「私のためじゃないんだ」
「もういいからそういうの」
初恋の人にしてもらえと付け足す。
べしんっと腕を叩かれたのに、彼女はついていくという。
三河は、死んだ。
唯一の居場所だと思えたあの場所は、三河がいないと知れば行くこともないと思ってた。
だけど、最後にもう一度行けるのなら、行きたい。
「三河君、私も病院であったことあるよ」
「…… え?」
道中、彼女は不意にいう。
「ほら、私ってリスカの跡多いでしょ?母さんがね、連れてったの。嫌嫌行ってたから、リスカして怒らせて、行かないとか言ってたんだけど、三河君と会うようになって、病院にもちゃんと行くようになった」
彼女はあの病院で、診察を受けて薬を定期的にもらっていたらしい。
「すごいでしょ、成長したんだ」
「うん、すごいよ」
「柊君ってさ、なんでリスカに何も言わないの?距離置くこともできるのに。めちゃくちゃ嫌って突き放す方が楽じゃない?」
「君がどんな思いするかもわかんないのに、そんなことしないよ」
「へー、そんなこと言ってると私みたいな女が、寄ってくるよ?」
「何言い出すんだ」
「モテるよ、柊君は絶対」
「勝手だな」
誰がそんな言葉を信じて、喜ぶのだろうか。
いじめられるようなやつが好かれるはずない。
綺麗な顔した塩野に言われても、納得いかなかった。
「私さ、好きな人に依存しちゃうから、柊君は、私みたいな人選んじゃダメだよ」
「まともに話し始めて二日ばかりの君になんの感情を抱かないよ」
「……。……おりゃ!」
背中を思い切りぶっ叩かれて、冗談だと伝える。
「そうやって沼らせればいいと思ってるんだ」
「恋なんか俺はしない。塩野も俺以外のいいやつと付き合えよ」
「うわ」
沼らせてると思ってるんだろうか。
面倒な女だ。
「私といて、楽しくないの?」
不安そうな顔でいう。
犬みたいだった。
「……」
だけど、すぐに楽しいと言えなかった。
死にたいのに、楽しんでどうする。
喜びを感じてどうする。
死ねなくなる方がよっぽど怖い。
未練もなく死ぬことの方が大事で、この世に幸せなんかないと思い続けないと飛び降りさえ怖くなるかもしれない。
可能性は、一つ一つ潰しておかないと。
「久々に、人と話したなぁと思う」
だから、簡単に好きにならない。
喜びも楽しさも感じない。
代わりに、悲しみや怒り、虚しさの方が大事。
「何それ」
と、笑う彼女。
父親もいないのに、彼女は俺の腕の抱きつく。
どうしてそこまでして温もりを求めるのか。
死んだ方が楽になれるのに。
……どうして。
病院に着くと三河の母に会った。
俺の父親と似て憔悴しきっていて、目にクマができていた。
葬儀の手続きとかで忙しかったのかもしれない。
骨だけになった三河を見て、現実を知ったのかもしれない。
「来てくれてありがとう」
「いえ」
俺の隣を見やる三河の母。
「あ、えっと、同じクラスの塩野です」
と紹介する。
「あぁ、よく来てくれてたのよね。ありがとう」
どうやら塩野の話は本当のようで一週間に一回は顔を出していたらしい。
となると、俺がいつか見た三河と話していた女の正体は、塩野。
「色々、相談してもらってたんです。手術も成功したらまた学校に戻るよって。学校に戻ったら話そうねって」
三河は俺にも同じことを言っていた。
だから、手術が失敗したと聞いて現実逃避した。
いじめから救ってくれた三河は死んだ。
もうなんもいらない。
「優がね、言ってたの。あの二人は、不安だから見てやって欲しいって」
三河の母がいう。
「あ!それ、私も言われました」
と、塩野。
そんなこと一言も言われていない俺。
「優ね、ずっと柊君のこと気にしてた」と、三河の母。
「別に、俺はあいつに救ってもらっただけで、恩返しができたらってそれくらいで。だから、病院に通っただけで」
「嬉しかったみたい」
「え?」
「話し相手もいなくて、寂しいって言ってた」
「三河のためになったらそれで十分です」
居た堪れなくなって、下を向く。
彼にそんな気持ちがあったとは思いもしなかった。
いつも通りに話してくれて、いつも通りまたなとか言ってた。
そのあと、あいつは寂しかったのか。
「優、いじめられてたの。中学生の頃。柊って子に救われたって言ってたわ」
「…………は?」
全く記憶にない。
顔を上げると三河の母は、微笑んでいた。
「小学生の頃から一緒なのよ?医療費の問題で、苗字変えちゃったけど、昔は佐野だったの」
「佐野、優……。あ」
小学生の頃は、あまり話すことなくて、中学二年生で同じクラスになった。
その頃、佐野は女子の喧嘩に巻き込まれて挙句いじめの対象になって孤立した。
話しかけた記憶がある。
「なんで……。いや、どうして、それ、教えてくれても良かったじゃないですか」
「気づいていると思ってたけど、優がいうの。もしかしたら、中学の時のこと覚えてないんじゃないかって。いじめ、られてたんでしょ?」
「……」
「いじめとかで強いストレス感じると記憶がすっぽり抜けることがあるって聞いたことがある。思い出してくれてよかった」
「……そんな」
「優、あなたと話せて幸せだったって言ってたわ」
「…………幸せ」
俺には何が幸せかもわからない。
三河、お前は何が幸せに感じたんだ。
病気患って思うように動けなくなって、みんながやるような普通の生活もなくなって。
生きることの方が辛かったんじゃないのか。
だんだんと体が蝕まれていく苦しさに耐え続けたお前が?
生きることを望んでた?
それとも俺が自分勝手に都合よく解釈していただけ?
「幸せになって欲しいって言ってたわ」
その言葉も彼から言われた言葉。
どうしてそんなふうに思えるのか。
他人の心配ばっかしてないで、自分のこと見ておけよ。
そしたら、手術だってうまくいったかもしれない。
またここに来て手術成功おめでとうだとか言ってたかもしれない。
なんで、人のことばっか見てんだよ。
今、三河の母親とまともに話せる気がしない。
すみませんと断って病院を後にした。
「あなた、塩野さん?小学生の頃に比べてだいぶ変わったのね」
「……ちょっと、整形を」
「あらやっぱり。可愛くなったわね」
「はい。いじめられなくなったんですけど、女子からは嫌われちゃってて」
それに。
「柊君、全然私に気づいてくれなくて」
「小学校の頃同じだったって言ってみたら?」
「匂わせてみたんです。でも、自分じゃない他人のことだって思ってるみたいで」
ねぇ、頼み事いいかしら?
「柊君のこと死なせないであげて。彼の苦しみ、あなたならわかってると思うから。優もあなたに言った言葉でしょう?」
「はい」
死場所を求めてた。
死にたい気持ちが芽生えたのはいつからだろう。
変わらない現実に嫌気がさしたからか。
希望なんてものはなくて、どん底に落ちたら一生その地獄を彷徨うからか。
どちらも理由に上がるのだろう。
いつか望んだ幸せは、結婚だとか恋愛だとかみんなが平等にできるはずものばかりで。
それが、俺にとって不釣り合いだと知ったから。
そして、結婚したところで別れが来ると気付かされたから、求めていたものは何も得られないのだと理解させられた。
束の間の楽しさが欲しいんじゃない。
永遠の喜びや楽しさが欲しかった。
漠然とした幸せへの欲望。
答えは等しく失うもの。
じゃあ、世間が知る幸せっていうのはなんなのか。
何を持っていれば、幸せなんだ。
病院の屋上。
元々ここで死ぬ予定はなかった。
だけど、ここ以上にふさわしいところもなかった。
病院は、人を救う場所とは言えない。
失敗もある。その失敗で人は死ぬ。
俺もいつか搬送される日が来るのなら手術は失敗して死ぬんだろう。
いや、死んでもらわなきゃ困る。生きてる価値なんかないんだから。
三河を殺したとさえ思えるほど、多少の怒りはある。
生かしてくれてたら、どれほど良かったか。
人生は理不尽だ。
生きるとは身勝手で、死ぬのは必然。
いつか死ぬのなら、今死んでも悪くないはずだ。
日がだんだん暮れていく。
終わりにしよう。
身を柵の外へ。
ようやく終わりにできるのだと思えば、案外、気持ちは楽になるものだ。
そうか、俺はずっと楽になりたかったんだ。
そのくせ、涙は出なかった。
自分の気持ちに正直になれたとしても、感極まることもない。
俺の感情はとっくに死んだんだ。
もう全部、遅いのか。
気持ちに気づいてもそれを理解する脳があっても、感情は戻ってこない。
アスファルトに目をやる。
目を閉じて数秒したら頭を地面にぶつけて脳内が破裂して死ぬ。
即死。
これが一番、楽な死に方だ。
人はいない。
今が頃合い。
ふっと力を抜いた時、誰かに掴まれて体が柵にぶつかった。
あぁ、また、来たのか。
「塩野」
少し目を開けると腕を掴む彼女の手は震えていた。
「なにやってんのばか!!」
でかい声のはずなのに、耳に届かない。
どうして死なせてくれないんだ。
この世に幸せなんかないじゃないか。
「この二日、お前といても変わんなかった。変わるかもしれないなんて期待はなかったけど、どちらにせよ俺は、こうするつもりだった」
「なんで、なんで、なんでなんでっ!!」
声を荒げる彼女。
「私のことまだ何も話してない。私、小学生の時あなたに救ってもらったの。ようやく会えて、三河とも会って、あなたにも会えて。だから、ずっと気にかけてて。三河も一緒。死んでほしくないの」
小学生の時に塩野とあった?
顔はまるで違う。
あの頃の塩野は童顔で愛らしい雰囲気があった。
ふと昨日のスマホの通知を思い出す。
あのクリニック、そうか、整形やってるところか。
「全然気づいてくれないけど、私さ」
「整形か」
「……」
「そこまでして欲しかったものは得られたか?」
何となく聞いてみたくなった。
その後に死んでも遅くない。
「今、失いそうだよ」
「……俺は、いらないだろ」
「いるよ。柊君、まるで気づいてないよ。なんで、自分のことそんなに低く見積もるの?誰かを救ってる自覚もなくて、誰かを生かしている自覚もないなんて」
「それは、幸せになる道理にならない」
「幸せ?」
「俺の欲しいものは、幸せだ。でも、現実は友達は死ぬし、親も死ぬ。みんないつか死ぬ。楽しかったことも嬉しかったことも全部、いつかは誰かが死んで思い出になる。記憶の中にしかいない。俺はそんなものが欲しいわけじゃない。一生終わらないものが幸せなんだと思ってる」
「それがないから、もういらない?自分は死んでいいっていうの?」
「ああ。失うばっかの人生は疲れたよ」
どうして、死ぬと決めたら本音が溢れるんだろうか。
「友達も家族も自分の感情も記憶も失っていくのはうんざりだ」
腕を振り下ろしても彼女はその手を離してくれない。
離れないその手に苛立ちが募る。
「もう終わりにしたいんだよ!!なんで、邪魔ばっかすんだよ!お前が欲しかったものなんて代わりを探せ!言ったろ?お前を好きになる人なんていくらでもいるって!整形がどうした?いじめがどうした?俺じゃない誰かが救えば、そいつを好きになったろ?」
「……」
「……もう、死なせてくれ」
幸せはやってこない。
希望がないのだから。
あの世に地獄があるとしても、俺は死んでいい。
今あるこの地獄から逃げ出せるのなら、それでいい。
「いやだ」
彼女は引き留め続けた。
「そんなの嫌だ!昨日も言ったじゃん!死んじゃダメだって!変わんないから人生ごと諦めるの!?幸せって何?私は幸せなんて求めてない!大それた至福を求めてなんかない!いじめられてた私もあなたもそのくらいわかるでしょ?」
「負い目でも感じてんのかよ。俺は、俺がやりたくてやったことだ!それがお前らを救うつもりでやってたわけじゃない!」
「じゃあ、なんで、私なんか助けたの!?私のこと小学生の時どう思ってたの!?」
「……それは」
初恋。
「うるさい!!お前なんか助けても助けてなくても現実は変わんない。どうせ、俺はいじめられてた。社会人になったって、大学生になったって変わらない!やりたいこともない、なりたいものもない、死んだら楽だと思ってから、一生それに取り憑かれてる。お前だって思うだろ!死んだら、楽なんじゃないかって。今ある地獄から解放されるんじゃないかって!!」
「私は今、地獄なんて思ってない。むしろ、あなたが死んだ方が地獄だよ。私は、誰といればいいの」
「簡単に代わりくらい見つかるだろ」
「あなたの代わりって誰?あなた以外に誰がいるの?ねぇ、私のこと本当はどう思ってるの?私は、あなたがいないとやだよ」
小学生の頃、塩野と遊んだ時こいつはすごく楽しそうに笑うんだ。
いつかそれがみたくて毎日のように遊んで、それが気に食わなかったクラスメイトから嫌われた。
塩野は、女子から嫌われがちだったけど、男子からはとても人気だった。
そんな彼女と遊んでいたからクラスメイトから嫌われたし、いじめられた。
ある意味、必然だったんだ。
その頃の代わりは確かにいないのかもしれない。
彼女は、あの頃のまま変わってない。
きっと俺みたいに自分を愛せないから、整形に手を出した。
その整形で手に入れた顔でいじめは消えただろうか。
本当に欲しかったのは、友達、なんじゃないだろうか。
どうして、こんな時に他人を優先してしまうのだろう。
どうして、今になって泣けてくるんだろう。
こいつと俺は似てた。
欲しいのは、妬みや僻み嫉みなんかじゃなくて等身大でいられる環境とあの頃のように些細な喜びだけで良かったのかもしれない。
それを彼女は幸せだと言っていて、俺はそれにさえ気づけなかった。
彼女をメンヘラだとか言ったけど、本当は誰よりも大人で、俺の前だから子供ぽっかった。
塩野もまた等身大でいたかったんだろうか。
そう思うと少し思考が冷静になる。
「小学生の頃、塩野と遊んでた時間、すごく楽しかったな」
目の前に広がる夕焼けみたいにあの頃はボールを使って遊んだり、家でゲームしていたり。
そうか、彼女を拒絶しなかったのは、どこか馴染みがあったからだ。
三河の母親が言うように、ストレスで記憶がなくなっていたのかもしれない。
「もっとそういう時間、欲しかったなぁ……っ」
柵にもたれる。
力が抜けて、ぼーっと夕焼けを見ていた。
「もっと早く気づいてたら、塩野のことうざいとか邪魔とか思わなかったのかもな。普通に蹴り飛ばしたの頭おかしいな俺」
「ほんとよ」
「なぁ、塩野はさ、幸せって何だと思う?」
俺はいつからか結婚だとか大層なものを望んでた。
でも、彼女は些細なものでいいという。
「ちょっとした刹那的な喜びとか楽しさとか、かな。景色見て綺麗とかさ」
予想した通りだった。
「三河君が言ってた。もっとわがままにやりたいこと全部やったら楽しいって。柊君、絶対人のこと気にして自分のこと後回しにするから、伝えたくて」
「……俺は、他人のことそこまで考えてなんか」
「考えてるよ。じゃなきゃ、いじめられてる人助けようなんて思わない」
「そっか……」
「ね、一緒に探そうよ。幸せってやつ。ほら、なんかやりたいことやろうよ」
「すぐに思いつくわけないでしょ」
「じゃあ、私のやりたいことしよ」
無理やり立ち上がらせて戻ってくるよう言う彼女。
死にたい気持ちが消えたわけじゃない。
だけど、少し重荷が外れた。
今まで抱えてたものが、噛み砕けて理解できたからなのかもしれない。
「また、死にたくなったらどうすんの」
聞いてみた。
「またこうやってぶつかればいいよ。私は」
柵からこっちにくるように彼女は俺の腕を引っ張った。
バランスを崩して地面に転げる。
上体を起こした刹那。
彼女は膝をついて俺を抱きしめた。
「いつでもこうやってハグするから」
「……」
「欲しかったんでしょ。こう言う温もり」
唇をかむ。
泣くなバカと言い聞かせる。
だけど、無理みたいだった。
心にぽっかり空いた穴は、いつだって埋め合わせてくれるものがなくて、何かで埋めようとしたら気づけばその穴は広がってる。
何度も何度も埋めてみても虚な欠片では、傷を与えて、隙間ができる。
瓦解していく埋めものは、いつか掬い上げることもできない。
感情を押し殺して、守ることに徹して、泣くことも笑うこともなくなった。
人生なんてそんなもんだと言い聞かせるには、感情が生きてた。
今はもうないと思ってた感情は、我慢していただけですぐそばにあったらしい。
なんだかもう自分がバカみたいだった。
十七歳になっても大人になりきれず、子供みたいなあの頃を求めた。
自分の限界も知らず、弱さも知らないままだった。
甘えることが恥だなんて思って、孤独を自立と言い聞かせて、大人のふりをした。
子供みたいに泣くのはダサい。
でも、もう限界みたいだ。
涙が頬を伝って、それでも我慢しようとするけれど、溢れてしまったものは止めどなく流れていく。
強がるのはやめよう。
言いたいことを我慢するのはやめよう。
少しくらい甘えてみよう。
その後で大人になろう。
三河の墓ができた。
四十九日経って塩野と墓の前で手を合わせた。
彼の言っていた言葉の意味がようやく理解できた。今はどうにか生きてる。
やっぱ学校は辛いな。
今は、保健室登校してる。
授業もわかんないとこだらけだし、バカだけど少しずつ集中できるようになってる。
こんな生活の仕方するとは思ってなかったよ。
甘えだとか言われることもない。
LINE以外のSNSもやめちゃったけど、後悔はない。
生き生きしてるって表現からは程遠いけど、今の自分もお前にみて欲しかった。
母親みたいに突然死んでお前に会うことになるかもしれないけど、もう少し後で会うことになりそうだ。
そっちの方がいいって三河は言うのかな。
お前も他人優先してんじゃんか。
どいつもこいつも他人優先。
気色悪い。
俺が言えたことじゃないって?
まぁ、そうだよな。
えっとそれとさ、恋についてちょっと教えてよ。
また相談しにいくから。
流石に隣の女の子を連れてくることはないけど。
え、だめ?いや、お前イケメンでクラスでも人気あったんだからいいだろ。
『考え方変わったな』
目を開けた。
三河の声だった。
けど、そこには塩野一人だけ。
勘違いか?
えっとまぁ、考え方っていうか……。そうだな。
ほんの少したまにはいいことあるって思って生きてるよ。
今の俺にはそれしか思いつかないや。



