ひまわりと君がいた夏

「葵、今日は一緒にかえろう」

隣に座る母の顔を見た。
すぐには返事をできなくて、膝の上のバッグに視線を落とし、指先で持ち手を折り曲げて、戻した。

「いや、島に戻るよ」
「…大丈夫だよ、一日くらい」
「…ちょっと一人になりたい」

そう言うと、香織は暫く黙っていた。

「でもさ、明日はちゃんと家に帰るから。学校もちゃんと行く。約束しちゃったし」
「約束?」
「うん、同じクラスの子に漫画借りる約束したの。だから、行かなきゃ。」
「…そっか、それなら行かなきゃね」
「うん、そう。だから大丈夫。ちゃんと帰るから、安心して」
香織は葵の顔をしばらく見てから、小さく何度か頷き、わかった、と呟いた。

船の時間が近づいてきて、公園を後にした。
ターミナルまでの車の中では、ほとんど話をしなかった。

券売機で買った切符を財布へしまい、振り返ると、香織と目が合った。
「…じゃ、行ってくるね」
「うん」
香織はそう答えたものの、その場を動こうとはしなかった。
葵も何となく立ち去れず、財布をバッグにしまった。
「…やっぱり、今日は帰ってこん?」
「え?」
「明日また島にいけばいいやろ。今日はやっぱり…」
そこまで言って、香織は口をつぐんだ。
「…大丈夫だって」
ゆっくり瞬きをすると、小さく頷いた。
「ごめん、わかった。気をつけてね」


港を離れていく船の窓から、暗い海を眺めていた。
外を見ようと顔を近づけると、窓に映った自分の目と視線が合った。

ーー聞けてよかった、と思う。
自分のこと、家族のこと、話を聞けばどれも理解ができることばかりだった。

幼い頃、どうして島にいたのか。
どうして、あの頃の話を誰もしなかったのか。

守られていたのだ、と思った。
きっと皆、それぞれに守ろうとしていたものがあったのだ。
窓に頭を預けてため息をつくと、膝の上からバッグが滑り落ちた。

拾い上げたバッグの中で、カサカサとビニールが擦れる音がする。
恵子にもらったドーナツだ。
ぼんやりと眺めているうちに、自分が空腹であることに気がついた。
こんな時にでもお腹は空くのか、と苦笑いをして、一口齧った。

「かたっ」
カリカリとした表面は相変わらず硬かった。
少し力を入れて噛んだ生地は、ほんのり甘くて、少し油の匂いがした。
もう一口食べようとしたところで、涙が頬を伝った。
袋を膝に置き、手の甲で頬を拭った。