ひまわりと君がいた夏

西の空に三日月が浮かんでいる。
山の端にはまだ夕暮れの明るさが残り、空は高くなるにつれて少しずつ暗さを増していく。
二藍の空に浮かぶ月の側で、やたらと明るい星が光を放っていた。

島のターミナルで船を降りて、家へ帰るまでの静かな道を、空を見ながら歩いた。

きっと、あれが宵の明星だろう。
でも、正直自信がない。


高校に入って、地学を選択しなくなってからは、一生懸命に覚えたはずの天体のことや星座の事を、いつの間にか忘れてしまった。
受験勉強で何度も問題を解いて、何度もノートに書いたはずなのに。

きっと、日常だって同じなのかもしれない。

幼い頃に夢中になった遊びも、その時は心の大部分を占めていた出来事も、いつの間にか、忘れたことさえ忘れてしまう。

そんなことを考えながら歩いていると、なぜか、病院での恵子との会話を思い出した。

「もし、おじいちゃんがおばあちゃんに会いに来たら、怖いと思う?」
デイルームを後にしようとした時、葵はふと気になって恵子に尋ねてみた。
「化けて出てくるってことね?」
「化けてっていうか…まぁ、会いにきてくれるっていうか、そんな感じ」

恵子は少し考えるような顔をした。
「…怖くはなかやろね。お迎えやったらまだ早かよ、って言うて追い返すかもしれん」
手を払うようにして笑いながら答えた。
「でもね、本当にもし会えたら、嬉しかやろうね。おじいちゃんが会いたいって思って、おばあちゃんの所に来てくれるとやったら、お迎えでもなんでも嬉しかかもしれんね」
大きな窓の外に広がる空の方を見て、恵子は答えた。


「……あ」

足が止まった。

昼間はそのまま聞き流していた言葉が、今になって妙に鮮明に蘇った。

――おじいちゃんが会いたいって思って、来てくれるとやったら

葵はその言葉を、心の中でもう一度なぞった。

会いたいと願うのは、残された側だけだと思っていた。
亡くなった人は、もう何かを望んだり、誰かを想ったりすることはないのだと、なんとなくそう思っていた。

そう考えた途端、ヨウの顔が浮かんだ。

寂しいと思ったから。
もう一度、会いたいと思ったから。

ずっと、自分が願ったから、ヨウに会えたのだと思っていた。
そして、自分が強く拒んだから、あの日から会えなくなったのだとも思っていた。

会えるか、会えないかを決めているのは、全部こちら側なのだと、そう思っていた。

でも、そうじゃないのかもしれない。

ヨウにも、ヨウの意思があるのかもしれない。


――どうしてあの頃、あんなに寂しかったんだろう。
そんな疑問が一瞬浮かんだ。

でも今は、そんなこと、どうだっていい。


葵は足元の砂利へ視線を落とした。

だとしたら。

どうして、私のところに来たんだろう。


暮れていく空の下で、心の奥がざらついていた。