アラサー覆面調査員の出張メシ 夜のお供はコンビニ豚丼ですけど何か?

 急に何の話かとつい耳を傾けちゃったけど、深刻そうなその横顔に私はいくつもツッコミを入れていた。

 東京って、距離は遠いかもしれないけど、私、朝までそこにいたんだけど。

 飛行機ならすぐだよ。

 そんなに高くないし、LCCだってある時代だし。

 と、返事もせずにそんなことを考えていたら、彼が続けた。

「なんか、もう、二度と帰ってこないんじゃないかって気もするんですよね」

 うーん、少年よ、いくらなんでもおねえさんにだってそれくらい分かるぞ。

 帰ってくるわけないじゃん。

 地元で働く気があるなら、最初から学費免除の地元の専門学校に行ってると思うよ。

 今頃、都会で彼氏もできて、故郷の人のことなんか思い出す日もないんじゃないかな。

 だって、君自身が言ってるんだもん、ここには何もないって。

 と、彼が急に晴れやかな顔になって腕を広げた。

「ここの風景を見てると、自分が悩んでることとか、全部どうでも良くなりませんか」

「人間がちっぽけに見えるとか?」

「でしょう」

 同意したわけじゃないのに、向こうから勝手に同意されちゃった。

 微妙に噛み合わない会話なんだけど、終わらせるタイミングがつかめない。

 私は、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。

「でも、ここの人たちって、毎日そんなふうに考えるの?」

「え?」と、ぽかんとした表情を浮かべたかと思うと、彼はすぐに真顔になった。「ああ、そっか、だから簡単にあきらめちゃったりするんですかね。俺みたいに」

「あきらめちゃったんですか?」

「だって、あいつは俺よりも都会を選んだんだから、止めようがないじゃないですか」

「気持ちは伝えたんですか?」

「言うわけないっすよ」と、彼は肩をすくめながら笑う。「他人の夢を邪魔する権利なんてないっすから」

 追いかけようと思わなかったんですか、と喉まで出かかった質問を引っ込める。

 この人には選択肢がないんだ。

 目の前にあってもこの人には見えないんだ。

 だけど、彼女には見えちゃったんだろうな。

 ――違う、そうじゃない。

 この人は目をつむっちゃってるんだ。

 自分の手が届く範囲の世界しか見ないようにしてるんだ。

 べつに禁止されているわけじゃない。

 外の世界と切り離されているわけじゃないのに、踏み出すことを選ばなかった。

 彼女はただ選んだだけ。

 私もいつもそうだった。

 言われたことはちゃんとやる子だったから、小中の成績はそこそこ良くて、地元の公立進学高に進んで、そこでも与えられた課題をきちんとこなしていただけなんだけど、成績優秀者として、けっこううらやましがられる都心の私立大学に推薦をもらえた。

『いいなぁ』

『ずるいな』

 話したこともない同級生からもそんなふうに声をかけられたけど、私はただ与えられたチャンスを自分で選んできただけ。

 誰かが選ばなかったから、私に回ってきた。

 べつに他人を蹴落としたわけじゃなくて、むしろ余り物だった。

 なのに、選んだ途端、ずるいって言われる。