アラサー覆面調査員の出張メシ 夜のお供はコンビニ豚丼ですけど何か?

 彼がドアに手を添えて待っていてくれる。

「ありがとう」と、私も手を出してドアを引き継ぎ、店内に入った。

 メニュー表を見てすぐに豚丼に決めた。

 支払いを終えてできあがりを待っていると、懲りずに彼がやってきた。

「おねえさん、紅ショウガ好きですか?」

「まあ、嫌いじゃないけど」

「ここはね、一人二袋まで無料なんですよ。ほら、二つ取ってくださいよ」

「ああ、そうなんだ。じゃ、せっかくだからもらっておこうかな」

「俺も豚丼なんす」と、袋を顔の高さに掲げてみせる。「おいしい豚丼モリモリ食べて元気つけてくださいよ」

 べつに、そんなに疲れてないけどね。

 店を出たところで、彼が自分の袋から紅ショウガを取って、私に差し出した。

「俺の分も使っていいですよ。山盛りの方が絶対おいしいっすから。俺は家にあるのを使えるんで」

「じゃあ、もらっておこうかな」

 愛想笑いになっちゃったかもと気にしながら、私は紅ショウガを四つ自分の袋に放り込んだ。

 お互い軽く手を上げるだけで別れ、車を発進させる。

 彼の生まれ育った小さな街はあっという間にバックミラーから消え去り、前方に広がる海にはちょうどお日様の頭が沈むところだった。

 ライトでたぐり寄せるように海沿いの道を進み、すっかり暗くなった頃に予約していたビジネスホテルに到着した。

 部屋に入って、先にシャワーを浴びる。

 今晩は七時から二時間サスペンスの再放送があるって調べてあるのよ。

 だから、さっさと済ませて準備しなくちゃね。

 いちおうちゃんと全身のお手入れをして髪の毛を乾かし、バスルームを出ると、ジャストタイミング。

 今回はサスペンスの女王村山リサ先生の湯煙探偵シリーズ。

 画面がアナログ比率で両端が黒いのが時代を感じさせるけど、それがまたいい味なのよ。

 重々しいおなじみのオープニングテーマと共に、やたらとくるくる回るテロップが画面の左右から現れ、ほとんど全部見せちゃってるんじゃないのとツッコみたくなるあらすじ画像が展開する。

 ぼんやり見てても置いていかれないし、どこから見始めても話が追えるって考えてみればすごいよね。

 そこまで好きなら配信とかで見ればいいじゃんと思うかもしれないけど、旅先の一期一会だから見てるだけ。

 家にいたら、逆に見る気しないかな。

 旅先のテンションじゃないと、二時間見続けられないわよ。

 だって、一人飯のお供なんだもん。

 というわけで、テレビを前にして早速コンビニで買った物を広げる。

 いただきますと共に、パッチンと音をさせて箸を割り、まずはサラダから。

 不健康という概念を吹き飛ばしてくれる正義の味方。

 しゃっきしゃきのレタスを噛みしめながら豚丼の蓋を開ける。

 ほんのりと甘辛いタレの香りと共に、しっかりとした焼き目の香ばしさが鼻をくすぐる。

 あ、そうだ。

 紅ショウガがあったんだ。

 ただねえ、少年よ、おねえさん、実は紅ショウガはそんなに好きじゃないのよね。

 でもまあ、せっかくもらったんだもんね。

 もったいないから全部のせちゃおう。

 茶色に輝く豚丼が赤い蓋で覆われてしまったけど、ま、いいや。

 箸を入れると、御飯と豚肉一切れにマグロの赤身がのってるみたいっていうか、カリフォルニアあたりの創作お寿司じゃんって感じで大丈夫、これ?

「うっ、辛っ」

 分かってたけど、四袋はさすがに多過ぎでしょ。

 今日のドリンクはジャスミンティー。

 飲めばけっこう強いんだけど、一人でお酒は飲みたくないんで、旅先御飯では、たいていご当地系ソフトドリンクか、爽やかヘルシー系のお茶を選んでる。

 画面の中では、さっそく旅先で主人公の女性ルポライターが恋に落ちるてるけど、現実にはそんなことないよね、とツッコミを入れるところまでが二時間サスペンスのお約束。

 今日の舞台は飛騨高山。

 観光名所だらけの北海道に来て、全然関係のない土地のドラマを見るっていうチグハグさも魅力の一つ。