アラサー覆面調査員の出張飯 夜のお供はコンビニ豚丼ですけど何か?

 ふわりと機体が揺れて目が覚めた。

 ポーンというアラーム音と共に、シートベルト着用サインが点灯する。

「キャビンクルー、プリペアー・フォー・ランディング」

 機長さんのカタカナ英語アナウンスと共に、羽田発朝一の便は新千歳空港に向かって降下を始めていた。

 軽くあくびをしながら窓の外を見ると、まっすぐな海岸線が右手に果てしなく伸びている。

 薄い雲に隠れそうなその先端が今日の目的地、襟裳岬。

 日高山脈の麓の平野は競走馬の産地で、四月下旬の今はまだ桜は早いけど、さすがにもう雪はないみたいだから快適なドライブが楽しめるだろう。

 私、狩矢紅葉は覆面調査員で全国を飛び回るアラサー女子っていうか、ジャストサーティーなんだけど、いちおうまだ女子で通ると思うのよね。

 自慢じゃないけど、彼氏いたことないし。

 ま、そんなのどうでもいいか、ていうかみんなが気になるのは仕事の内容でしょ。

 覆面調査員って言っても、プロレスラーじゃないんだから、本当に覆面をかぶっているわけじゃなくて、一般客を装って、依頼されたお店で実際に商品を購入したり飲食をしたりして、オペレーションや従業員の問題点を報告するわけね。

 こういう仕事って、スポットアルバイトで募集しているところが多いんだけど、私は調査会社と契約しているエキスパートで、もちろん、日本全国交通費も宿泊費も出るし、報酬もけっこうちゃんとしてるの。

 趣味と実益を兼ね備えすぎでしょ。

 そんな仕事あるわけないって?

 私もそう思ってたんだけど、スカウトされたのよ。

 元々学生の頃から旅行が好きで、アルバイトをしてお金が貯まったら日本中あちこち巡ってたのね。

 それで、観光地とか飲食店の口コミを旅行サイトに書き込むと、マイルがもらえて、また次の旅行に行けたから、社会人になってからもけっこう頑張って続けてたのよ。

 そしたら、突然今の調査会社から連絡が来てね、覆面調査員をやりませんかって。

『あなたの口コミガイドは非常に具体的で臨場感があり、役に立ったと評価が高いので』 こんなメールを見たときは、そりゃあ、最初は詐欺かなんかかと疑ったわよ。

 でも、新宿の高層ビルにオフィスがあるし、実際にそこに呼ばれて面接に行ったら、ちゃんとした会社どころか、世界的ファストフードやら日本全国どこにでもあるショッピングモールとか、財閥不動産系アウトレットとか、提携先が一流どころばかりでびっくりしちゃってね。

 試しに一回やってみますって引き受けて、規定のレポートを提出したら、約束通りの報酬とか経費が支払われて、へえ、こんな人生の転機もあるんだって、今に至るのよ。

 仕事には恵まれてるのに出会いには恵まれなくてお一人様ですけどなんて、そんな話はハイハイまたどうでもいいか。

 ――って、やだ、私、いったい誰に向かって話してるんだろ。

 何でもセリフにしちゃう二時間サスペンスの主人公じゃないんだから、ねえ、もう。

 ま、声には出てなかったからセーフってことで。

 でも、なんか最近、こういう独り言が増えた気がする。

 宿泊先なんかで一人でいると、本当に声に出してるときもあるから注意しないとね。

 そんなことを考えているうちに無事に飛行機は新千歳空港に着陸した。

 春っぽいワイドパンツに軽めのカーディガンでも全然寒くないどころか、二十度を超えていて、何も羽織らなくてもいいくらいだった。