その頃、僕の人生の行く先。ルートは。
ヴィヒで、ヴァンで、ベトで、ヴェン。
『悲愴』という名前が相応しい。
濁音で濁りきった8番道路だった。
ヴヴヴベベベと今にもエンストしそうな、
そんなエンジンで、前に走るものは皆、
轢き潰して轢き潰して轢き潰して、
跳ねる元気はないのでタイヤの下に、
無下に踏み潰す人生を走っていた。
走っていた。と言ってはみたが。
実際には前に進んではいなかった。
むしろ、逆方向に。戻って戻って。
逃げていた。ギアをバックに入れず。
真正面に気分はロー。逃げていた。
とまあ、こんな文章を書くような。
暗い暗い筆致で筆を進めていると。
筆致ハイク。575号線。
脇道に逸らそうとする者がいた。
別に僕が載せたわけではない。
あまりに進みが遅いせいで。
勝手に乗り込まれてしまった。
助手席に。手助けなんていらない。
彼は言った。
君の病気はクラシックだ。
暗い。病気。シックで。
クラシックだ。
僕は言った。
暮らしは苦であるけれど。
クラシックではない。
むしろ古典的。そこから抜け出したい。
彼は言った。
古典的。クラシックは別に悪くない。
ただ、君に必要なのは、アドリブ。
アド。live。
着の身着のまま。
生の身生のまま。
僕は言った。
木の幹のまま?
ただただ長く生きる?
中身は腐っても朽ちることなく。
ただただ生きる? 幹のように?
彼は言った。
君のように。ただ、君のように。
僕は言った。
できない。正解がある。
周りに合わせなくちゃいけない。
彼は言った。
できるさ。君が君でいて。
そして、皆に合わせることが。
そこだ。そこを左に曲がってくれ。
575号線だ。そうだ。ありがとう。
僕は左に曲がった。
もう、夜も夜。
彼は言った。
この先に映画館があるんだ。
そこまで送っていってくれ。
夜。雨もぽつぽつと降って。
僕はワイパーを動かす。
雨足は、強く強く。
彼はSingin' in the Rain。
彼は歌う。
適当に。雨に。音に紡ぐ。
It’s raining scats and dogs。
scatはスカトロジーのscatだ。
犬の糞を踏んじまったのに。
僕は歩いて行かなきゃいけない。
最悪な最悪な気分だ。
僕は映画館に着いた。
ドライブインシアター。
夜も、もう遅い。
ドライブイン明日。
彼は言った。
お礼に映画を奢ると。
僕は座席を倒す。
スモークを焚いたように。
霧が出てきていたせいで。
プロジェクターの光が、
はっきりと見える。
フィルムの回る音がする。
雨が、雨が降っている。
映画の中でも、雨が降っていると。
そう思った。
フィルムがもう、劣化している。
スクリーンに映る映像には、
黒い縦線が、何本も何本も。
おまけに。スピーカーからの、
音にもノイズがのっている。
ザーザーザー。雨の音。
映画が、始まる。
雨の中。スクリーンの中で。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
小さな音が、八つ。そして。少し。
ピアノ。ピアノ。大きく二つ。
同時にドラム、テナーサックス、
ベースとトランペットが鳴る。
全てが。合ってる。
また。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。
ドラム、テナーサックス、
ベース、トランペット。
旋律は金管に。それを弦が支える。
旋律は弦に。それを金管が支える。
全てが、ありのまま。
入れ替わり立ち替わり。
お互いに合い。合わせ。
セッション。
ワイパーの。フロントガラスの。
向こう側のスクリーンに。
ジャズが。あった。
ザザ、ザザと。
雨が降るようなノイズの中で。
黒の縦の線が何本も走る映像の中で。
ジャズ。ジャズ。ジャズ。ジャズ。
ジャズがあった。
何時間。
何時間が経っただろう。
気がつくと。映画が終わっていた。
雨の降っていたスクリーンは、
静かに銀幕のたたずまい。
雨の音を含んだ音楽は止んで。
ただ、目の前には、
ワイパーが一定のリズムを刻む。
チッタチッタ。
チッタチッタ。
ビート。
心臓の鼓動。
振動。
衝動。
心が。
体が。
生きている。
震えている。
僕の中にあった、
忌々しい音たちは。
全部全部ジャズになった。
トゥットゥ、トゥルトゥルトゥットゥ。
トゥットゥ、トゥルトゥルトゥルルルルゥ。
プァップァ、プァラララプァップァ。
プァップァ、プァラララプァァァァッ。
トゥットゥットゥゥゥゥゥゥ。
トゥルルルトゥットゥ。
ご機嫌ですね。
彼は言った。
気分が晴れたようで。
ハンドルをドラム代わりに。
リズムを取っていた僕は。
パッパッパー。とクラクション。
思い切り、鳴らした。
ああ。晴れた。
僕は言った。
それは良かった。
では。私はこれで。
彼は言った。
もう行くのか?
まだ、送っていっても。
僕が言うと。
いえ。私には。私の道があります。
また。会うこともあるでしょうとも。
彼は言った。
僕は最後に。彼に尋ねた。
あの映画、最後の曲は、
なんて言うんだい?
彼は言った。
『Moanin' 』
僕は映画館を出た。
ギアをローからセカンドに。
道はまだ、泥濘んでいる。
泥を跳ね、車体も汚れる。
けれど、晴れていて。
そして。朝だった。
ヴィヒで、ヴァンで、ベトで、ヴェン。
『悲愴』という名前が相応しい。
濁音で濁りきった8番道路だった。
ヴヴヴベベベと今にもエンストしそうな、
そんなエンジンで、前に走るものは皆、
轢き潰して轢き潰して轢き潰して、
跳ねる元気はないのでタイヤの下に、
無下に踏み潰す人生を走っていた。
走っていた。と言ってはみたが。
実際には前に進んではいなかった。
むしろ、逆方向に。戻って戻って。
逃げていた。ギアをバックに入れず。
真正面に気分はロー。逃げていた。
とまあ、こんな文章を書くような。
暗い暗い筆致で筆を進めていると。
筆致ハイク。575号線。
脇道に逸らそうとする者がいた。
別に僕が載せたわけではない。
あまりに進みが遅いせいで。
勝手に乗り込まれてしまった。
助手席に。手助けなんていらない。
彼は言った。
君の病気はクラシックだ。
暗い。病気。シックで。
クラシックだ。
僕は言った。
暮らしは苦であるけれど。
クラシックではない。
むしろ古典的。そこから抜け出したい。
彼は言った。
古典的。クラシックは別に悪くない。
ただ、君に必要なのは、アドリブ。
アド。live。
着の身着のまま。
生の身生のまま。
僕は言った。
木の幹のまま?
ただただ長く生きる?
中身は腐っても朽ちることなく。
ただただ生きる? 幹のように?
彼は言った。
君のように。ただ、君のように。
僕は言った。
できない。正解がある。
周りに合わせなくちゃいけない。
彼は言った。
できるさ。君が君でいて。
そして、皆に合わせることが。
そこだ。そこを左に曲がってくれ。
575号線だ。そうだ。ありがとう。
僕は左に曲がった。
もう、夜も夜。
彼は言った。
この先に映画館があるんだ。
そこまで送っていってくれ。
夜。雨もぽつぽつと降って。
僕はワイパーを動かす。
雨足は、強く強く。
彼はSingin' in the Rain。
彼は歌う。
適当に。雨に。音に紡ぐ。
It’s raining scats and dogs。
scatはスカトロジーのscatだ。
犬の糞を踏んじまったのに。
僕は歩いて行かなきゃいけない。
最悪な最悪な気分だ。
僕は映画館に着いた。
ドライブインシアター。
夜も、もう遅い。
ドライブイン明日。
彼は言った。
お礼に映画を奢ると。
僕は座席を倒す。
スモークを焚いたように。
霧が出てきていたせいで。
プロジェクターの光が、
はっきりと見える。
フィルムの回る音がする。
雨が、雨が降っている。
映画の中でも、雨が降っていると。
そう思った。
フィルムがもう、劣化している。
スクリーンに映る映像には、
黒い縦線が、何本も何本も。
おまけに。スピーカーからの、
音にもノイズがのっている。
ザーザーザー。雨の音。
映画が、始まる。
雨の中。スクリーンの中で。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
小さな音が、八つ。そして。少し。
ピアノ。ピアノ。大きく二つ。
同時にドラム、テナーサックス、
ベースとトランペットが鳴る。
全てが。合ってる。
また。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。ピアノ。ピアノ。
ピアノ。ピアノ。
ドラム、テナーサックス、
ベース、トランペット。
旋律は金管に。それを弦が支える。
旋律は弦に。それを金管が支える。
全てが、ありのまま。
入れ替わり立ち替わり。
お互いに合い。合わせ。
セッション。
ワイパーの。フロントガラスの。
向こう側のスクリーンに。
ジャズが。あった。
ザザ、ザザと。
雨が降るようなノイズの中で。
黒の縦の線が何本も走る映像の中で。
ジャズ。ジャズ。ジャズ。ジャズ。
ジャズがあった。
何時間。
何時間が経っただろう。
気がつくと。映画が終わっていた。
雨の降っていたスクリーンは、
静かに銀幕のたたずまい。
雨の音を含んだ音楽は止んで。
ただ、目の前には、
ワイパーが一定のリズムを刻む。
チッタチッタ。
チッタチッタ。
ビート。
心臓の鼓動。
振動。
衝動。
心が。
体が。
生きている。
震えている。
僕の中にあった、
忌々しい音たちは。
全部全部ジャズになった。
トゥットゥ、トゥルトゥルトゥットゥ。
トゥットゥ、トゥルトゥルトゥルルルルゥ。
プァップァ、プァラララプァップァ。
プァップァ、プァラララプァァァァッ。
トゥットゥットゥゥゥゥゥゥ。
トゥルルルトゥットゥ。
ご機嫌ですね。
彼は言った。
気分が晴れたようで。
ハンドルをドラム代わりに。
リズムを取っていた僕は。
パッパッパー。とクラクション。
思い切り、鳴らした。
ああ。晴れた。
僕は言った。
それは良かった。
では。私はこれで。
彼は言った。
もう行くのか?
まだ、送っていっても。
僕が言うと。
いえ。私には。私の道があります。
また。会うこともあるでしょうとも。
彼は言った。
僕は最後に。彼に尋ねた。
あの映画、最後の曲は、
なんて言うんだい?
彼は言った。
『Moanin' 』
僕は映画館を出た。
ギアをローからセカンドに。
道はまだ、泥濘んでいる。
泥を跳ね、車体も汚れる。
けれど、晴れていて。
そして。朝だった。


