ギィ、と寝室の扉が開いて、中からハインツが出てきた。部屋の中からは寝息が聞こえたから、クラウディアとクリスタは無事に眠ったのだろう。
「なにかありましたか?」
「眠れなくてな。少し、酒を飲もうかと」
「そうだったんですね」
「……すまない、嘘だ」
はあ、とハインツは深い溜息を吐いた。
「……怖くなったんだ。一緒に眠ったりしたら、あれを本物だと思ってしまいそうで」
あれ、と口にした瞬間、ハインツの目に涙が滲んだ。
(きっとこの人は、すごくまともな人なんだ)
死んだ娘の偽物を作ってしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。
ハインツは懐から一通の手紙を取り出し、フィーネに渡してきた。
「娘の遺書だ。娘はちゃんと別れようとしてくれていた。なのに、妻も私も、受け入れることができなかったんだ」
手紙を開く。震えながら書かれた文字で、クリスタの気持ちが綴られていた。
『おとうさま おかあさま
さいきん、手が震えて、うまく動かせません。だからなんとか動く今のうちに、手紙を書くことにしました。
わたくしは、二人のことが大好きです。それから、まだ会ったことはないけれど、弟か妹のことも大好きです。
もっと一緒にいたかったのに、ごめんなさい。わたくしは、おとうさまとおかあさまの娘で幸せでした。
おとうさま。おかあさまはきっとたくさん泣いてしまうから、いっぱい、いっぱい抱っこしてあげてください。
おかあさま。おとうさまは平気なふりをしてしまうと思うから、たくさんお話して、本当の気持ちを聞いてあげてください。
おとうさま、おかあさま。妹か弟のことを、よろしくおねがいします。会えなくても、わたくしは姉として弟でも、妹でも愛しています。
それからさいごに二つ、わがままを聞いてください。
おとうさま、おかあさま、どうか、わたくしよりも妹か弟を愛してあげてください。
だけど……だけど、わたくしのことを、ずっと忘れないでほしいです。わがままで、ごめんなさい。
おとうさま、おかあさま、さようなら。きっとわたくしは、星になっていつも三人を見ています。
クリスタ』
手紙にはところどころ、涙でできたシミがあった。クリスタのものなのか、ハインツやクラウディアのものなのかは分からない。
(クリスタは、どんな気持ちで手紙を書いたんだろう)
日に日に弱っていく身体、迫る死期。彼女は小さい身体で精一杯、死というものに向き合っていたに違いない。
「……今度こそ私は、私達は、娘と別れなくてはならない」
「ハインツ様……」
「クリスタのためにも、生まれてくる子供のためにも」
覚悟の決まった瞳で、ハインツはまっすぐにフィーネを見つめていた。フィーネから回収した手紙を丁寧にたたみ、胸元のポケットにしまう。
「いつまでも過去に囚われ続けるわけにはいかない。分かっている。……分かっていても、心がついていかない」
溜息を吐くと、ハインツは寝室の中へ戻っていった。結局、この部屋で夜を明かすことにしたのだろう。
「強い人ね、あの人」
「……うん」
「クラウディア様とお腹の中の子供がいるからかもしれないわ。ハインツ様は、彼女達を守らなくてはならないもの。過去に囚われていたら……」
続く言葉を聞きたくなくて、フィーネは大声でユーリアの名前を呼んだ。
「フィーネ?」
「さっ、さっきの話に戻るけど、欲しい物、考えておいて。ユーリアの欲しい物、買っていいから」
「……ええ。ありがとう、フィーネ」
ぎゅっと目をつむる。浮かんでくるのは、思い出したくもないあの日の光景だ。忘れたいのに、いつまで経っても忘れられない。
血の海に浮かぶ数多の死体。身体から切り離された手足。
人も魔物も、数えきれないほど命を落とした。
命じられるがまま、大量の魔物を殺した。
一を殺せば十を、十を殺せば百を。命令に限りはなく、勝てば勝つほど戦いは続いた。
フィーネがいなければ、戦はもっと早く終わっていただろう。
(私があそこにいた意味は、あったのだろうか)
「なにかありましたか?」
「眠れなくてな。少し、酒を飲もうかと」
「そうだったんですね」
「……すまない、嘘だ」
はあ、とハインツは深い溜息を吐いた。
「……怖くなったんだ。一緒に眠ったりしたら、あれを本物だと思ってしまいそうで」
あれ、と口にした瞬間、ハインツの目に涙が滲んだ。
(きっとこの人は、すごくまともな人なんだ)
死んだ娘の偽物を作ってしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。
ハインツは懐から一通の手紙を取り出し、フィーネに渡してきた。
「娘の遺書だ。娘はちゃんと別れようとしてくれていた。なのに、妻も私も、受け入れることができなかったんだ」
手紙を開く。震えながら書かれた文字で、クリスタの気持ちが綴られていた。
『おとうさま おかあさま
さいきん、手が震えて、うまく動かせません。だからなんとか動く今のうちに、手紙を書くことにしました。
わたくしは、二人のことが大好きです。それから、まだ会ったことはないけれど、弟か妹のことも大好きです。
もっと一緒にいたかったのに、ごめんなさい。わたくしは、おとうさまとおかあさまの娘で幸せでした。
おとうさま。おかあさまはきっとたくさん泣いてしまうから、いっぱい、いっぱい抱っこしてあげてください。
おかあさま。おとうさまは平気なふりをしてしまうと思うから、たくさんお話して、本当の気持ちを聞いてあげてください。
おとうさま、おかあさま。妹か弟のことを、よろしくおねがいします。会えなくても、わたくしは姉として弟でも、妹でも愛しています。
それからさいごに二つ、わがままを聞いてください。
おとうさま、おかあさま、どうか、わたくしよりも妹か弟を愛してあげてください。
だけど……だけど、わたくしのことを、ずっと忘れないでほしいです。わがままで、ごめんなさい。
おとうさま、おかあさま、さようなら。きっとわたくしは、星になっていつも三人を見ています。
クリスタ』
手紙にはところどころ、涙でできたシミがあった。クリスタのものなのか、ハインツやクラウディアのものなのかは分からない。
(クリスタは、どんな気持ちで手紙を書いたんだろう)
日に日に弱っていく身体、迫る死期。彼女は小さい身体で精一杯、死というものに向き合っていたに違いない。
「……今度こそ私は、私達は、娘と別れなくてはならない」
「ハインツ様……」
「クリスタのためにも、生まれてくる子供のためにも」
覚悟の決まった瞳で、ハインツはまっすぐにフィーネを見つめていた。フィーネから回収した手紙を丁寧にたたみ、胸元のポケットにしまう。
「いつまでも過去に囚われ続けるわけにはいかない。分かっている。……分かっていても、心がついていかない」
溜息を吐くと、ハインツは寝室の中へ戻っていった。結局、この部屋で夜を明かすことにしたのだろう。
「強い人ね、あの人」
「……うん」
「クラウディア様とお腹の中の子供がいるからかもしれないわ。ハインツ様は、彼女達を守らなくてはならないもの。過去に囚われていたら……」
続く言葉を聞きたくなくて、フィーネは大声でユーリアの名前を呼んだ。
「フィーネ?」
「さっ、さっきの話に戻るけど、欲しい物、考えておいて。ユーリアの欲しい物、買っていいから」
「……ええ。ありがとう、フィーネ」
ぎゅっと目をつむる。浮かんでくるのは、思い出したくもないあの日の光景だ。忘れたいのに、いつまで経っても忘れられない。
血の海に浮かぶ数多の死体。身体から切り離された手足。
人も魔物も、数えきれないほど命を落とした。
命じられるがまま、大量の魔物を殺した。
一を殺せば十を、十を殺せば百を。命令に限りはなく、勝てば勝つほど戦いは続いた。
フィーネがいなければ、戦はもっと早く終わっていただろう。
(私があそこにいた意味は、あったのだろうか)



