厭世の魔法人形屋~最強魔女とやり直す、大切な人との最期の1日~

「クリスタ、クリスタ」
「なあに、おかあさま」
「……なんでもないの」

 泣きそうな顔で必死に笑いながら、クラウディアがクリスタを抱き締める。変なおかあさま、と言いながら、クリスタも楽しそうに笑った。
 なにも知らなければ、平凡で幸せな親子のひと時だと思うだろう。

(だが、このクリスタは偽物だ)

 魔法人形のクリスタを見た時、真っ先に浮かんできた感情は恐怖だった。
 自分がとてつもなく恐ろしい依頼をしてしまったのではないか、あの魔法使いはとんでもない奴なのではないか、と身体が震えた。
 けれど妻の笑顔を見て、やはりこれしかなかったのだと確信した。

「ねえ、おかあさま、おとうさま。そろそろ夜ごはんの時間だわ」

 不意に、時計を指差しながらクリスタがそう言った。その瞬間、部屋の空気が一瞬ぴりつく。

 魔法人形は食事をとることができない。フィーネから説明されたことの一つだ。
 本物そっくりに見えるが、身体の中は人間とは構造が全く違う。だから、食事や排泄をすることは不可能だと言っていた。
 それは、本人も分かっているはずである。

「クリスタ、でも……」

 泣きそうになったクラウディアの腹に、そっとクリスタが手のひらを当てた。

「おかあさま。いっぱい食べないと、赤ちゃんにも悪いんでしょ? それに、おかあさまは痩せすぎだわ」
「……クリスタ」
「弟か妹に会える日が楽しみね。わたくし、姉としてダンスを教えてあげるの。ディアナが弟を世話しているみたいに、わたくしもちゃんと面倒を見るわ」

 ディアナというのは、クリスタの友人だ。ハインツの旧友であるヘンスラー伯爵の娘で、クリスタとは同年齢である。
 そのため、幼い頃からディアナはよく屋敷に遊びにきていたし、クリスタもよくヘンスラー伯爵邸へ出かけていた。

(葬式の時、あの娘はいつまでも泣いていたな……)

 クリスタが病で屋敷から出られなくなった時は、ダンスの稽古や家庭教師の授業を投げ出し、毎日のように見舞いにきていた。
 クリスタが死んでからは引きこもりがちになり、彼女もずいぶんと痩せてしまったと聞いている。

「……ディアナにも、会いたいわ」
「会いにいきましょう、クリスタ。きっと会ってくれるわ。ヘンスラー家にすぐ使いを出すから、出かける支度をして……」
「ううん、いいの、おかあさま。今日は家族で過ごすと決めているから」

 立ち上がりかけたクラウディアの手を引っ張り、クリスタは優しく笑った。

「それにディアナとはちゃんと約束もしたもの。守ってくれるわ」
「……どんな約束をしたんだ?」
「弟か妹が生まれたら、会いにきてねって」

 その時、クリスタはもうここにはいない。そんなこと、クリスタだって分かっているのだろう。
 病で倒れ、ベッドで眠っている間、クリスタはどんなことを考えていたのだろうか。
 どんな気持ちで、親友に弟妹のことを頼んだのだろう。
 心臓が締めつけられるような気持ちになる。必死に涙を堪えたのは、娘を困らせたくなかったからだ。

「それより、ご飯にしましょう? おかあさま、いっぱい食べなきゃだめよ」
「……分かったわ」
「おとうさまも!」

 急に近づいてきたクリスタが勢いよく抱き着いてきた。慌てて抱き返すと、耳元でそっと囁かれる。

「おとうさま。今日のことは、ディアナには言っちゃだめよ」
「……クリスタ?」
「あの子とはもう、きちんとお別れをしたもの」

 すぐにハインツから離れ、クリスタは再びクラウディアのもとへ戻った。足元が覚束ないクラウディアを支えながら、食事をするために居間へ歩き出す。

(きちんとお別れをした、か)

 ハインツが知らないうちに、クリスタはずいぶんと大人になっていたのかもしれない。
 軽く深呼吸をし、ハインツも二人の後を追う。クリスタの足どりは軽く、記憶にある彼女よりもずっと明るい。
 クリスタが偽物だから、じゃない。彼女が理解しているからだ。

 ——この一日は、別れを受け入れるためにあるのだと。