厭世の魔法人形屋~最強魔女とやり直す、大切な人との最期の1日~

 娘が死んでからの妻は、抜け殻のようだった。日に日に食事量は減り、社交場どころか庭にすら出なくなり、趣味だった編み物にも一切手をつけなくなった。

 一日中娘の部屋にこもり、娘の面影を求めて泣くばかり。励まそうと何度も試みたが、ハインツの言葉は届かなかった。
 妻と違い、彼は仕事を放棄することはできない。娘を失った悲しみを抱えつつも、侯爵として日々の職務を淡々とこなすしかなかった。

 外では今まで通り振る舞い、屋敷に戻れば弱りきった妻の相手をする。ハインツの精神は限界に近かった。
 だが、自分のこと以上に気がかりだったのは妻の腹の中にいる子供だ。娘が亡くなる数ヶ月前、妻は妊娠していた。

 娘も、生まれてくる弟か妹を待ち望んでいた。妻も自分もそうだった。仕事を前倒しで進め、新婚旅行以来の家族旅行をしようと計画を立てていた。

 ——このまま次の子供まで失えば、妻はきっと壊れてしまう。

 そんな時、ハインツは見つけたのだ。
 死者にもう一度だけ会わせてくれるという、『魔法人形屋』を。

「おとうさま、ボール、とって」
「……悪かった、ぼーっとしていて」

 飛んできた小さなボールを拾い、クリスタに手渡す。ボールを受け取ると、彼女はにっこりと笑った。
 そういえば、こんな風に彼女と遊ぶ機会は生前もあまりなかった。仕事で忙しく、娘の世話は妻と使用人にまかせることが多かったから。

「旦那様」

 クラウディアに手を引かれる。目が合うと、彼女は久しぶりに笑顔を向けてくれた。

「一緒に遊びましょう。クリスタはいつも、お父様とも遊びたい、と言っていたのよ。ねえ、クリスタ?」
「うん! おとうさま、見て。わたくし、こんなに遠くまで投げられるようになったの!」

 大きく振りかぶって、クリスタはボールを力いっぱい投げた。放物線を描いてボールが飛んでいく。追い風の影響を受けて、ボールは正門近くまで飛んでいってしまった。

「すごいでしょう⁉」
「……ああ」

 いつから、こんなに遠くまでボールを投げられるようになっていたのだろう。記憶の中にあるクリスタは、ボールを握り、真っ直ぐに投げることすらできなかったのに。

「すごいな」

 娘の頭を撫でてから、ボールを取りに行こうと身体の向きを返る。しかしハインツが歩き出すよりも先に、ビュンッ! と勢いよくボールが戻ってきた。

「どっ、どうぞ」

 振り向くと、フィーネがぎこちない笑みを浮かべている。

「……魔法を使ったのか?」
「簡単な風魔法です。ボールを取りに行く時間が、もったいないと思ったので……」

 確かに、彼女が使ったのは基礎魔法なのだろう。しかし、遠くにある小さなボールを、正確に手元まで運ぶコントロール力は尋常ではない。

「フィーネさん、ありがとうっ!」

 はしゃいだクリスタが礼を言うと、もっと遠くまで投げても大丈夫だからね、とフィーネが答えていた。

「ねえ、おとうさま。今度はおとうさまが投げてみて! あっ、でも、その前にララも連れてきていいかしら?」
「……ララ?」

 ハインツが首をかしげると、クラウディアがすぐに教えてくれた。

「貴方が買ってあげたテディベアよ。汚れるから外に連れてきてはだめ、っていつも言っていたの」
「ああ……」

 王都の子供達の間で人気だというやたらと大きなテディベア。王都での仕事の帰りに、なんとなく買ったぬいぐるみだ。
 自分の娘が気に入るかどうかも分からなかったし、気に入らなければ別のなにかを買ってやればいいと思っていた。要するに、仕事で忙しいことへの罪滅ぼしのようなプレゼントだったのだ。

(あれを、名前までつけて大事にしていたのか)

 おとうさま、とねだるようにクリスタが抱き着いてくる。しゃがんで彼女の頬に手を伸ばすと、柔らかな肌は確かに温かかった。
 事情を知らなければ、本当にクリスタが蘇ったとしか思えなかっただろう。

「一緒に取りに行こうか」
「うん! ララもね、いつも一緒に遊びたいって言ってるの」

 右手にハインツの手を、左手にクラウディアの手をとってクリスタが歩き出す。背後から、魔法人形屋の二人がついてくるのが分かった。