厭世の魔法人形屋~最強魔女とやり直す、大切な人との最期の1日~

「出かけてくるから、午前中、一人で店番頑張るのよ?」
「……はーい」

 萌黄色のワンピースを着て、ユーリアは店を出ていってしまった。一人で店番をするのは心もとないが、彼女の楽しみを邪魔することはできない。

 ハインツの依頼を解決してから二日。店には次の客はきていないし、きっと今日もこないだろう。

(だから、ユーリアと一緒に行くより、店番をやる方がまだマシのはず)

 ユーリアは今日、近所にある孤児院へ出かけた。先日の報酬金の一部を寄付し、ついでにボランティアに従事してくるのだという。

 昔からユーリアは、暇があればよく孤児院へ行っていた。
 食事作りを手伝ったり、子供達に文字の読み書きを教えてやったり、遊び相手になってやったり……貴族の令嬢が社会奉仕の一環で孤児院に顔を出すことは珍しくないが、彼女ほど孤児院を気にかける者は滅多にいない。

 フィーネはユーリアと違って平民だから、孤児院の子供達にどう接するべきか分からないのだ。
 椅子に座って、ぼんやりと入口を眺める。やっぱり、ベルは鳴らない。

◆


「そろそろユーリア、帰ってくるかな」

 昼ご飯を買って帰ると言っていたから、飲み物の用意くらいしておくべきだろう。そう考えたフィーネが立ち上がった瞬間、運が悪いことにベルが鳴った。

 身構える暇もなく、扉が開いて中に人が入ってくる。
 入ってきたのは恰幅のいい中年男性だった。白い髭が特徴的で背が低く、親しみやすい印象がある。

「あっ、え、えーっと……いらっしゃいませ……」
「貴女がこの店の店主、フィーネ様でしょうか⁉」
「様⁉」

 フィーネが驚いていると、白髭の男性が駆け寄ってきて勢いよく地面に膝をついた。

「どうか、フィーネ様。私の依頼を受けてくださいませんか。我が領地のために……‼」
「わっ、我が領地……⁉」

 領地を所有しているのは貴族だけ。つまり今フィーネに土下座をしているこの男性は貴族ということになる。

(しかも領地のため、なんて、絶対面倒な依頼だよね……⁉)

 魔法人形屋の主な想定顧客は、ハイドン侯爵夫妻のように大切な誰かを亡くした人だ。
 一日だけでもいいからもう一度だけ会いたい、きちんとお別れがしたい……という人の心に寄り添うことを目的に作った店なのである。
 だが、領地のため、となると、どう考えても想定している客とはズレている。

「あの、えーっと……」
「受けてくださいますか⁉ いや、受けてくれるまでここを動きません」
「えっ……?」

 普通に困る。

(どうしよう。魔法で追い出す? いや、さすがにそれはまずいよね……)

 困りすぎてフィーネがなにも言えなくなっていると、客は顔を上げて話し始めた。

「私はドミニク・フォン・レームブルック、レームブルック伯爵家の当主です」
「えっ、レームブルック伯爵家って、あの『辺境の勇者』の……?」
「そうです! まさに本日、ご依頼したいのはその件でしてっ‼」

 いきなり立ち上がったドミニクが、ずいっ、とフィーネとの距離を詰めてきた。反射的に後ろへ下がっても、ドミニクは全く気にした様子がない。

 レームブルック伯爵家は国の北端に領地を持つ伯爵家だ。魔王討伐前、魔物による被害が甚大だった場所でもある。
 しかし『辺境の勇者』と呼ばれた村の若者のおかげで被害は減り、魔王討伐まで持ちこたえたのだ。
 そのためレームブルック伯領では、魔王を倒した勇者以上に『辺境の勇者』と呼ばれた男が英雄として祀られていると聞く。

「……近年、以前よりも魔物の動きが活発になっているのはご存知でしょうか?」
「ええ、まあ……」
「レームブルック伯領も例外ではありません。魔物達は『辺境の勇者』が亡くなったことに勘づき、昔のように領地を襲うようになってしまったのです」

 魔王が滅んでから約三十年。
 魔族を統一する新しい魔王はまだ生まれていないが、魔王が殺された恐怖から魔物達は解放されつつある。
 そのせいで、魔物による被害が増えているのは明らかだ。

(でも人間は、平和に慣れて訓練を怠った。今、昔のように魔物と戦える人材は少ない)

 魔王討伐を目指していた頃に比べ、魔法軍の質も落ちている。辺境で魔物による被害が出ても、すぐに対応するのは難しいのだろう。

「ですが魔物達は、『辺境の勇者』の怖さを忘れたわけではないと思います。再び彼が現れて戦えば、きっと魔物による被害は減っていくはずです。要するに私としては、『辺境の勇者』がまだ生きている、と魔物達に勘違いさせたいのです」
「……それで、うちに依頼を?」
「そうです‼ なんでも、ハイドン侯爵家の依頼を受けたそうで……! 社交界では今、天才魔法使いが営む『魔法人形屋』が噂になっているんですよ!」

 きらきらした瞳で見つめられる。

「て、天才魔法使い……?」
「噂が真実かと疑う声もありますが、私は信じております。フィーネ様なら、必ず我が領地を救ってくださると‼」
「え、えーっと、その、さすがに……」

 依頼の趣旨を考えれば、単純に『辺境の勇者』の魔法人形を作るだけではなく、魔法人形に戦わせる必要がある。
 だが、基本的に魔法人形は魔法を使うことはできない。
 無理ではないが、その際はフィーネの魔力を使うことになる。

(ただでさえ魔法人形の操作だけで疲れるのに、その上魔法まで使わせるなんて……‼)

 ここはできない、ということにして断ってしまおう。

「すいませんが、魔法人形は蘇らせた人物の魔法を使うことはできないんです」

 嘘はついていない。魔法人形に魔法を使わせる場合、それは死者の魔法ではなく、フィーネの魔法なのだ。
 魔法人形を操作しつつ、さらに強力な魔法で敵と戦う。さすがのフィーネも限界を越えてしまうかもしれない。
 あの時のように、暴走してしまうわけにはいかない。

「……そうですか……」

落胆したドミニクがドアへ向かって歩き出した瞬間、チリン、とベルが鳴ってユーリアが戻ってきた。
 そして、笑顔で一言。

「そのご依頼、魔法人形屋『ルクス』にお任せください! 天才魔法使いフィーネが、完璧に依頼をこなしてみせましょう‼」

 ——かくして、二つ目の仕事が決まったのであった。