「フィーネ、そろそろよね?」
「うん。もう、連れて行かなきゃいけない」
庭に設置されている時計を確認し、フィーネは一歩踏み出した。その途端、クリスタを庇うようにクラウディアが彼女を抱き締める。
「クラウディア様、お時間です」
魔法人形を作成してから、もうすぐで約一日。別れの時間だ。
「……フィーネさん。どうにか期間を延長することはできない?」
「できません」
「お金ならいくらでも払うわ、お願い。あと少しだけでもいいの。一週間だけ、ううん、一日、一日だけでもいいから……」
「できないんです」
「……どうしてもなの?」
「はい」
「いっ、一時間でも?」
無理です、と冷ややかな声で言い放ち、じっとクラウディアを見つめる。情に流されてはいけない。
仮にあと一時間時間を伸ばしても、彼女は全く同じことを繰り返すだろう。
「……嫌。連れて行かないで」
「おかあさま、わたくしは……」
「嫌っ‼ 嫌なのっ‼」
駄々っ子のように叫んで、クラウディアがクリスタを抱き締める。無理もない。彼女の口から真実を告げられたくはなかったのだろう。
(仕方ないけど、強硬手段に出るしかないな)
懐から杖を取り出し、素早く空中に魔法陣を描く。草が伸びてクラウディアを拘束した。
「土属性魔法も使えるのかっ⁉」
ハインツは驚きに満ちた眼差しをフィーネに向けた。昨日見せたのは風属性の魔法だから、フィーネが風属性の魔法使いだと思っていたのだろう。
「一応、全属性使えますが……それと、この魔法はただの拘束用ですので、ご安心ください」
呆然とした表情で黙るハインツとは対照的に、クリスタは拘束された母の姿を見て叫んだ。
「おかあさまっ!」
「大丈夫。痛くない魔法を使っているから」
動揺したクリスタの手を引く。目が合うと、クリスタは物分かりのいい表情で頷いた。
「……さようなら、おかあさま、おとうさま」
「待ってっ‼ クリスタ、待って……!」
「……フィーネさん、一瞬だけいい?」
「一瞬だけだよ」
クリスタの手を解放する。するとクリスタは拘束されたクラウディアのもとまで走り、草で縛られた彼女をそっと抱き締めた。
「もう一度、会えてうれしかったわ、おかあさま」
「嫌よ、わたくしはまだ、まだ貴女と……」
「おかあさま。わたくしはもう、死んでいるの。おかあさまだって知っているでしょ?」
クラウディアは応えず、苦しそうに呻いて地面を睨みつけた。そんな彼女の頬に、クリスタがキスをする。
「大好きよ、おかあさま。わたくしがいなくても、ちゃんとご飯は食べてね」
「……クリスタ」
「おとうさま、おかあさまをよろしくね」
母親に背を向け、クリスタはフィーネの手をとった。その瞬間、待って‼ ともう一度クラウディアが叫ぶ。
しつこいとは思わない。当然の反応だ。
(そしてここで強引に連れ去るのが、私の仕事)
クリスタの手を握ったまま、クラウディアに背を向けて歩き出す。それでも、クラウディアの叫び声は止まらない。
「待って、待ちなさい……っ‼ 返して、その子をどうする気なの……⁉」
きっと彼女にとって、叫ぶこと自体が重要なことなのだろう。クリスタが偽物だということは理解しているのだから。
たぶんこれは、別れの儀式のようなもの。
だったらフィーネも、その儀式を全うせねばならない。憎まれ役になるのは覚悟の上だ。
「返しなさい、この……っ、人殺し……っ‼」
パアンッ、という乾いた音が聞こえて慌てて振り向く。
そこには、呆然とした顔で赤くなった頬をおさえるクラウディアと、彼女を睨みつけるハインツの姿があった。
「いい加減にしろ」
地を這うような低い声に、クラウディアがびくっと身体を震わせる。ハインツはフィーネに視線を向けると、深々と頭を下げた。
「妻の無礼な発言を許してほしい」
「え? あ、いえ……気にしていませんから、大丈夫です」
彼女は錯乱状態にあった。それに、全くの濡れ衣というわけでもない。
「クラウディア。今のお前の姿をクリスタが見たら、どう感じると思う?」
「……旦那様……」
ハインツが口にした『クリスタ』が指すのが魔法人形ではないことはフィーネにも分かった。
「私達は、クリスタが誇れる親であらねばならない。それに、次に生まれる子供のためにも、私達は前を向かなくてはならない。そのためにフィーネさんに依頼したんだ」
「おかあさま」
クリスタは再びクラウディアに歩み寄ると、赤くなった彼女の頬を撫でた。そして、にっこりと笑う。
「痛いの痛いの、飛んでいけ!」
「クリスタ……」
「あのね、おかあさま。わたくし、おかあさまの笑顔が大好きなの。だから最後は、笑ってほしいな」
覚悟を決めたように、クラウディアが息を吸い込む。そして、泣きながら笑顔を作った。
「愛してるわ、クリスタ」
「わたくしも愛してるわ、おかあさま」
「……そして……さようなら、クリスタ」
震えながら、それでもクラウディアは別れの言葉を口にした。
「うん、さようなら、おかあさま」
今度こそ本当に終わりだ。
クリスタの手を握って歩き出す。彼女は振り向かない代わりに、瞳から大量の涙を流していた。
「うん。もう、連れて行かなきゃいけない」
庭に設置されている時計を確認し、フィーネは一歩踏み出した。その途端、クリスタを庇うようにクラウディアが彼女を抱き締める。
「クラウディア様、お時間です」
魔法人形を作成してから、もうすぐで約一日。別れの時間だ。
「……フィーネさん。どうにか期間を延長することはできない?」
「できません」
「お金ならいくらでも払うわ、お願い。あと少しだけでもいいの。一週間だけ、ううん、一日、一日だけでもいいから……」
「できないんです」
「……どうしてもなの?」
「はい」
「いっ、一時間でも?」
無理です、と冷ややかな声で言い放ち、じっとクラウディアを見つめる。情に流されてはいけない。
仮にあと一時間時間を伸ばしても、彼女は全く同じことを繰り返すだろう。
「……嫌。連れて行かないで」
「おかあさま、わたくしは……」
「嫌っ‼ 嫌なのっ‼」
駄々っ子のように叫んで、クラウディアがクリスタを抱き締める。無理もない。彼女の口から真実を告げられたくはなかったのだろう。
(仕方ないけど、強硬手段に出るしかないな)
懐から杖を取り出し、素早く空中に魔法陣を描く。草が伸びてクラウディアを拘束した。
「土属性魔法も使えるのかっ⁉」
ハインツは驚きに満ちた眼差しをフィーネに向けた。昨日見せたのは風属性の魔法だから、フィーネが風属性の魔法使いだと思っていたのだろう。
「一応、全属性使えますが……それと、この魔法はただの拘束用ですので、ご安心ください」
呆然とした表情で黙るハインツとは対照的に、クリスタは拘束された母の姿を見て叫んだ。
「おかあさまっ!」
「大丈夫。痛くない魔法を使っているから」
動揺したクリスタの手を引く。目が合うと、クリスタは物分かりのいい表情で頷いた。
「……さようなら、おかあさま、おとうさま」
「待ってっ‼ クリスタ、待って……!」
「……フィーネさん、一瞬だけいい?」
「一瞬だけだよ」
クリスタの手を解放する。するとクリスタは拘束されたクラウディアのもとまで走り、草で縛られた彼女をそっと抱き締めた。
「もう一度、会えてうれしかったわ、おかあさま」
「嫌よ、わたくしはまだ、まだ貴女と……」
「おかあさま。わたくしはもう、死んでいるの。おかあさまだって知っているでしょ?」
クラウディアは応えず、苦しそうに呻いて地面を睨みつけた。そんな彼女の頬に、クリスタがキスをする。
「大好きよ、おかあさま。わたくしがいなくても、ちゃんとご飯は食べてね」
「……クリスタ」
「おとうさま、おかあさまをよろしくね」
母親に背を向け、クリスタはフィーネの手をとった。その瞬間、待って‼ ともう一度クラウディアが叫ぶ。
しつこいとは思わない。当然の反応だ。
(そしてここで強引に連れ去るのが、私の仕事)
クリスタの手を握ったまま、クラウディアに背を向けて歩き出す。それでも、クラウディアの叫び声は止まらない。
「待って、待ちなさい……っ‼ 返して、その子をどうする気なの……⁉」
きっと彼女にとって、叫ぶこと自体が重要なことなのだろう。クリスタが偽物だということは理解しているのだから。
たぶんこれは、別れの儀式のようなもの。
だったらフィーネも、その儀式を全うせねばならない。憎まれ役になるのは覚悟の上だ。
「返しなさい、この……っ、人殺し……っ‼」
パアンッ、という乾いた音が聞こえて慌てて振り向く。
そこには、呆然とした顔で赤くなった頬をおさえるクラウディアと、彼女を睨みつけるハインツの姿があった。
「いい加減にしろ」
地を這うような低い声に、クラウディアがびくっと身体を震わせる。ハインツはフィーネに視線を向けると、深々と頭を下げた。
「妻の無礼な発言を許してほしい」
「え? あ、いえ……気にしていませんから、大丈夫です」
彼女は錯乱状態にあった。それに、全くの濡れ衣というわけでもない。
「クラウディア。今のお前の姿をクリスタが見たら、どう感じると思う?」
「……旦那様……」
ハインツが口にした『クリスタ』が指すのが魔法人形ではないことはフィーネにも分かった。
「私達は、クリスタが誇れる親であらねばならない。それに、次に生まれる子供のためにも、私達は前を向かなくてはならない。そのためにフィーネさんに依頼したんだ」
「おかあさま」
クリスタは再びクラウディアに歩み寄ると、赤くなった彼女の頬を撫でた。そして、にっこりと笑う。
「痛いの痛いの、飛んでいけ!」
「クリスタ……」
「あのね、おかあさま。わたくし、おかあさまの笑顔が大好きなの。だから最後は、笑ってほしいな」
覚悟を決めたように、クラウディアが息を吸い込む。そして、泣きながら笑顔を作った。
「愛してるわ、クリスタ」
「わたくしも愛してるわ、おかあさま」
「……そして……さようなら、クリスタ」
震えながら、それでもクラウディアは別れの言葉を口にした。
「うん、さようなら、おかあさま」
今度こそ本当に終わりだ。
クリスタの手を握って歩き出す。彼女は振り向かない代わりに、瞳から大量の涙を流していた。



