いつもより一時間早く登校したけれど、思ったより多くの生徒がいた。
うちのクラスはまだ誰も来ていないようだ。
朝日の差し込む教室に入ると、机が五箇所に固まって配置されていて、壁をぐるりと囲むように提灯が飾られている。
その一つ一つをじっくりと観察する。
あ、あった!
海渡くんが書いた、職人みたいな龍のやつ。
やっぱりすごすぎる。
そのすぐ近くに、冬馬くんのやたら達筆な『頭上注意』の提灯。
この下を通るの、勇気いるな。
長澤のは『総合優勝』の言葉が隙間なく、呪詛のように書いてあって、文化祭バカがすぎる。
俺のは……ここか。
三人の提灯から離れた、掃除用具入れの上に。
海渡くんにウナギと言われてお腹が痛くなるくらい笑った提灯は、ひっそりと目立たないところに飾られていた。
昨日、準備に参加できていたら、絶対隣に並べたのに。
なんて思うのは、自分勝手すぎるか。
飾りつけ、がんばってくれてありがとうございます。
不格好なこいつだけど、なんだか不憫で可愛く見えてくる。
大丈夫だよ、俺だけはお前のこと、ちゃんと龍だって分かってるから。
「あれ?南、早いな」
振り返ると、そこには文化祭のクラスTを着た長澤がいた。
赤地に金色の文字が印刷されたTシャツは、どのクラスよりも毒々しくて華々しいと評判だ。
長澤ならきっと早く来るだろうとは思っていたけど……。
「え、もしかしてそれで電車乗ったの?」
「もちろんだ。もう試合は始まってるからな」
「こわっ!メンタルつよっ!」
長澤は無駄に胸を張り、「はっはっはー!」と大きな声で笑った。
俺もつられて笑う。
「昨日、先に帰っちゃってごめん」
「気にすることはない。お前たちはうちの稼ぎ頭だからな」
「……そのことなんだけどさ」
俺は手に持った袋からカチューシャを一つ出して、長澤に差し出した。
もふもふした耳の間に、宇宙人みたいなアンテナが揺れている。
「長澤、俺とカップルコンテスト出てくれない?」
「……なんでだ?」
長澤は眉をしかめて、カチューシャを不審そうに見ている。
「海渡くんが下りるって。長澤と出ろって」
「そうか。南はそれでいいのか?」
「仕方ないよ。体調悪いみたいだったし、無理に出させるわけにいかないんだから」
「まあ、それなら……」
長澤の肉厚な手がカチューシャを受け取った。
俺の手から離れると、あの日の笑い声とか、海渡くんの手の温もりとか、楽しかったこともドキドキしたことも辛かったことも、全部が遠ざかっていくような気がした。
あーあ、またいつか行きたいな。
でも観覧車はきっと乗れないだろうな。
それから三十分もすると、興奮した熱気に包まれた。
ドタバタと廊下を走る音や、インクのにおい、段ボールのにおい。
誰かを呼ぶ声だったり、いつもより高い笑い声、調整を間違えたのか大音量で流れ出すBGM。
さすがにテンションも上がるってもんだ。
今日ばかりはくだらない噂にかまけてる暇もないらしい。
「みなっちょ、そろそろ変わろうか〜?」
「もうちょっとだから大丈夫だよ。白石さん、そこ抑えててくれる?」
「おっけ〜い」
ヨーヨー釣り用のビニールプールに足踏みポンプで空気を入れていると、いつの間にか海渡くんが来ていた。
腕まくりしたワイシャツの下には、毒々しい赤が透けている。
ガムテープを持って看板を直しているらしく、一緒に作業してる男子と笑い合っていた。
よかった、今日は海渡くんも楽しそう。
カップルコンテストは十一時からだから、その前に話せる時間があるといいんだけど。
「優里くーん、手が空いてる男子は水運びだってぇ」
「分かった」
バケツを持って冬馬くんと水道に向かう。
水をいっぱいに入れて持ち上げると、金属の持ち手が軋んだ。
「うわっ!水って重いんだな」
「優里くん、大丈夫?ちょっと減らせば?」
「いや!イケる!」
意気揚々と歩き出したはいいけど、教室まで三分の一まで来たところで、俺は早々にバケツを下ろした。
「ごめん、ギブ。休み休み行くから、冬馬くん先に行ってて」
「うん〜、ゆっくり来なよ」
冬馬くん、俺と腕の太さ変わらないのに、軽々とバケツを運んでる。
なにが違うんだ?
体幹か、それとも実は超能力使ってんのか?
それだったら俺なんかじゃとても敵わないじゃん。
大きく息を吐き出して、自分の手を眺めた。
赤くなった関節がヒリヒリと痛い。
寝不足がたたっているのか、頭の血管がドクドクと脈打つ音が耳の奥に響いた。
「よし!やるかぁ」
気合を入れて掴んだ持ち手に、俺じゃない手が重なった。
「え?」
横目で見上げた視線の先には……。
「か、海渡くん」
海渡くんはバケツから目をそらさないまま、骨ばった手でそれを持ち上げる。
俺が慌てて空いてる部分を掴むと、親指の爪が少しだけ触れた。
重さが半分以下になったバケツを間に挟んで、ガヤガヤと賑やかな廊下を進む。
チラッと盗み見た海渡くんはいつも通りの無表情で……いや、ちょっとだけ下唇が出てるな。
拗ねてるような、照れてるような、でもきっと俺を助けに来てくれたんだ。
……優しい。
そんな不器用なところも、隠しきれないところも全部、腹が立つくらい愛おしい。
教室に着くと、せーのでバケツを傾けて、ビニールプールに注いだ。
まだ足りない。
コイン落としの水も必要だし。
そう思っていると、海渡くんがガランとバケツを鳴らしてまた出ていこうとするから、俺もそのあとを着いていった。
他の男子も手伝って二往復すると、ようやくヨーヨーが浮くくらいの水が貯まる。
俺と海渡くんの会話はたどたどしいものだったけど、なんとか十時半に校舎横のゴミ捨て場で話をする約束を取り付けた。
あそこなら人混みから少し外れているだろうし、コンテストの司会の声も届くし、出番ギリギリまで話ができる。
どうやって説明するかはあえて考えてこなかった。
あらかじめ用意した言葉は嘘っぽく聞こえるような気がして。
ニュース番組の今朝の占い。
『物事が計画通りに進まない日。ハプニングを逆に楽しんでしまいましょう』
順位は七位だった。
いいんだか、悪いんだか……。
今日の俺は出たとこ勝負で行くしかない。
長澤のアピールが効いたのか、開場と同時に次々とやってきたお客さんをさばいていると、あっという間に時間になった。
長澤に先に行くと声をかけて、ぶかぶかのカーディガンとらびにゃんのカチューシャを手に教室を出る。
チラッと見た海渡くんは、大学生っぽいお姉さん方に囲まれて、イケメン度千パーセントの笑顔を浮かべていた。
✳✳✳
日陰になっているこの場所は少し肌寒かった。
カーディガンを持っていてよかった。
薄手の紺色のカーディガンは俺のお尻をすっぽりと覆い、カチューシャを持つ指先は、何度直してもずりさがってくる肩のせいで隠れてしまう。
ちょっとデカすぎたか?
俺には正解が分からない『萌え袖』だけど、海渡くんが可愛いって言ってくれたからせめて着ていよう。
遠くから聞こえてくるブラスバンド部の賑やかな演奏や、グラウンドの喧騒に耳を傾けた。
トク、トクと規則的な鼓動は、時間が経つごとに速く、強くなっている。
十分ほど経ってから、ジャリッという靴音とともに、海渡くんの姿が現れた。
俺の前まで来て立ち止まると、さっきまでの笑顔は当たり前だけど消えていて、少し気まずそうに目をそらす。
一瞬、舌打ちでもしそうなほど苦々しい顔をしたのは見なかったふりをしよう。
それでもちゃんと約束を守ってくれた。
それだけで、緊張とは違う甘く疼くような胸の高鳴りに、呼吸が苦しくなる。
「……優里」
「海渡くん、俺の話を聞いてほしい。お願いだから、聞き終わるまでなにも言わないで」
「……分かった」
冷たくなった指先をさらに握りしめると、俺は大きく息を吐き出した。
海渡くんの顔を見据えると、海渡くんも俺を見ている。
随分久しぶりに目が合ったような気がして肩が震えたけど、ちゃんと自分の口で言わないといけない。
「あの時、保健室に運ばれた時、長澤に抱きついたのは……それは、それは、……海渡くんだと思ったから」
俺の言葉に、海渡くんが息を呑んで目を丸くした。
「寝ぼけて勘違いしちゃって……。ううん、違う。俺が……海渡くんだったらって……」
「優里―――」
「待って!なにも言わないで!」
俺が手を上げると、海渡くんは口を開いたまま固まる。
「それをみんなに見られちゃって、あんな噂流されて。二人で仲良く帰ってたとか、抱き合ってキスしてたとか、あんなの全部嘘だから!……それと」
そこで言葉が詰まった。
俺の頬が、急速に熱くなっていくのが分かる。
でも、言わないと。
もう逃げないって、たった今決めた。
じゃなきゃ、きっと海渡くんは納得してくれない。
ゴクリと唾を飲み込むと、目の奥まで熱くなった。
「観覧車で泣いたのは、聞きたくなかったから」
あっという間に視界が滲んできて、目の縁に涙が溜まる。
話し終わるまで泣きたくなかったのに、最近の俺の涙腺はどうやら壊れてるみたいだ。
「海渡くんと冬馬くんが付き合ってること」
「それは!」
「今はちゃんと分かってる!全部、俺の思い込みだった。でもあの時、気づいちゃったんだ……」
頬を流れる涙が顎を伝い、紺色のカーディガンの上にポタポタと落ちた。
告白なんてできっこない。
でも、ちゃんと納得できる理由を言わないと。
えっと、友達をとられるようで寂しかった?
それとも、内緒にされてたのが悔しかったとか?
って、それじゃダメだろ!
俺の言葉を告白ととるかは海渡くん次第。
だから正直に言うって決めたんだ。
正直に……正直に……正直に……。
喉の奥からヒュッと息が漏れる。
「俺、海渡くんのことが、好きです」
……言っちゃった?
え?今、言っちゃったよな?
いくらなんでも正直になりすぎた。
そんな予定じゃなかったのに、涙腺だけじゃなくて舌も壊れてるのかよ!
海渡くんは呆気にとられたように、ぽかんと口を開けているけど、俺の顔もたぶん似たようなもんだ。
俺たちの間になんとも奇妙な沈黙が落ちる。
そのとき、ブラスバンド部の演奏が一層大きくなったかと思ったら、それに負けないくらい陽気な『カップルコンテストの開演です!』というアナウンスが響いた。
俺たちは一番手だから、すぐ行かないと。
「えっと、これが話したかったことの全部だから。聞いてくれてありがとう」
カチューシャを胸元に抱きしめると、固まったまま動かない海渡くんにペコリと頭を下げて走り出す。
よろけそうになった足を鼓舞するようにたたいて、でも不思議と体は軽くて、どこまでも走っていけるような気がした。
絶対無理だと思ってたのに、言えるんじゃん、俺。
普通にすごくない?
今日は自分をめいいっぱい褒める日にしよう。
そんで、冬馬くんと長澤にたくさん慰めてもらおうっと。
うちのクラスはまだ誰も来ていないようだ。
朝日の差し込む教室に入ると、机が五箇所に固まって配置されていて、壁をぐるりと囲むように提灯が飾られている。
その一つ一つをじっくりと観察する。
あ、あった!
海渡くんが書いた、職人みたいな龍のやつ。
やっぱりすごすぎる。
そのすぐ近くに、冬馬くんのやたら達筆な『頭上注意』の提灯。
この下を通るの、勇気いるな。
長澤のは『総合優勝』の言葉が隙間なく、呪詛のように書いてあって、文化祭バカがすぎる。
俺のは……ここか。
三人の提灯から離れた、掃除用具入れの上に。
海渡くんにウナギと言われてお腹が痛くなるくらい笑った提灯は、ひっそりと目立たないところに飾られていた。
昨日、準備に参加できていたら、絶対隣に並べたのに。
なんて思うのは、自分勝手すぎるか。
飾りつけ、がんばってくれてありがとうございます。
不格好なこいつだけど、なんだか不憫で可愛く見えてくる。
大丈夫だよ、俺だけはお前のこと、ちゃんと龍だって分かってるから。
「あれ?南、早いな」
振り返ると、そこには文化祭のクラスTを着た長澤がいた。
赤地に金色の文字が印刷されたTシャツは、どのクラスよりも毒々しくて華々しいと評判だ。
長澤ならきっと早く来るだろうとは思っていたけど……。
「え、もしかしてそれで電車乗ったの?」
「もちろんだ。もう試合は始まってるからな」
「こわっ!メンタルつよっ!」
長澤は無駄に胸を張り、「はっはっはー!」と大きな声で笑った。
俺もつられて笑う。
「昨日、先に帰っちゃってごめん」
「気にすることはない。お前たちはうちの稼ぎ頭だからな」
「……そのことなんだけどさ」
俺は手に持った袋からカチューシャを一つ出して、長澤に差し出した。
もふもふした耳の間に、宇宙人みたいなアンテナが揺れている。
「長澤、俺とカップルコンテスト出てくれない?」
「……なんでだ?」
長澤は眉をしかめて、カチューシャを不審そうに見ている。
「海渡くんが下りるって。長澤と出ろって」
「そうか。南はそれでいいのか?」
「仕方ないよ。体調悪いみたいだったし、無理に出させるわけにいかないんだから」
「まあ、それなら……」
長澤の肉厚な手がカチューシャを受け取った。
俺の手から離れると、あの日の笑い声とか、海渡くんの手の温もりとか、楽しかったこともドキドキしたことも辛かったことも、全部が遠ざかっていくような気がした。
あーあ、またいつか行きたいな。
でも観覧車はきっと乗れないだろうな。
それから三十分もすると、興奮した熱気に包まれた。
ドタバタと廊下を走る音や、インクのにおい、段ボールのにおい。
誰かを呼ぶ声だったり、いつもより高い笑い声、調整を間違えたのか大音量で流れ出すBGM。
さすがにテンションも上がるってもんだ。
今日ばかりはくだらない噂にかまけてる暇もないらしい。
「みなっちょ、そろそろ変わろうか〜?」
「もうちょっとだから大丈夫だよ。白石さん、そこ抑えててくれる?」
「おっけ〜い」
ヨーヨー釣り用のビニールプールに足踏みポンプで空気を入れていると、いつの間にか海渡くんが来ていた。
腕まくりしたワイシャツの下には、毒々しい赤が透けている。
ガムテープを持って看板を直しているらしく、一緒に作業してる男子と笑い合っていた。
よかった、今日は海渡くんも楽しそう。
カップルコンテストは十一時からだから、その前に話せる時間があるといいんだけど。
「優里くーん、手が空いてる男子は水運びだってぇ」
「分かった」
バケツを持って冬馬くんと水道に向かう。
水をいっぱいに入れて持ち上げると、金属の持ち手が軋んだ。
「うわっ!水って重いんだな」
「優里くん、大丈夫?ちょっと減らせば?」
「いや!イケる!」
意気揚々と歩き出したはいいけど、教室まで三分の一まで来たところで、俺は早々にバケツを下ろした。
「ごめん、ギブ。休み休み行くから、冬馬くん先に行ってて」
「うん〜、ゆっくり来なよ」
冬馬くん、俺と腕の太さ変わらないのに、軽々とバケツを運んでる。
なにが違うんだ?
体幹か、それとも実は超能力使ってんのか?
それだったら俺なんかじゃとても敵わないじゃん。
大きく息を吐き出して、自分の手を眺めた。
赤くなった関節がヒリヒリと痛い。
寝不足がたたっているのか、頭の血管がドクドクと脈打つ音が耳の奥に響いた。
「よし!やるかぁ」
気合を入れて掴んだ持ち手に、俺じゃない手が重なった。
「え?」
横目で見上げた視線の先には……。
「か、海渡くん」
海渡くんはバケツから目をそらさないまま、骨ばった手でそれを持ち上げる。
俺が慌てて空いてる部分を掴むと、親指の爪が少しだけ触れた。
重さが半分以下になったバケツを間に挟んで、ガヤガヤと賑やかな廊下を進む。
チラッと盗み見た海渡くんはいつも通りの無表情で……いや、ちょっとだけ下唇が出てるな。
拗ねてるような、照れてるような、でもきっと俺を助けに来てくれたんだ。
……優しい。
そんな不器用なところも、隠しきれないところも全部、腹が立つくらい愛おしい。
教室に着くと、せーのでバケツを傾けて、ビニールプールに注いだ。
まだ足りない。
コイン落としの水も必要だし。
そう思っていると、海渡くんがガランとバケツを鳴らしてまた出ていこうとするから、俺もそのあとを着いていった。
他の男子も手伝って二往復すると、ようやくヨーヨーが浮くくらいの水が貯まる。
俺と海渡くんの会話はたどたどしいものだったけど、なんとか十時半に校舎横のゴミ捨て場で話をする約束を取り付けた。
あそこなら人混みから少し外れているだろうし、コンテストの司会の声も届くし、出番ギリギリまで話ができる。
どうやって説明するかはあえて考えてこなかった。
あらかじめ用意した言葉は嘘っぽく聞こえるような気がして。
ニュース番組の今朝の占い。
『物事が計画通りに進まない日。ハプニングを逆に楽しんでしまいましょう』
順位は七位だった。
いいんだか、悪いんだか……。
今日の俺は出たとこ勝負で行くしかない。
長澤のアピールが効いたのか、開場と同時に次々とやってきたお客さんをさばいていると、あっという間に時間になった。
長澤に先に行くと声をかけて、ぶかぶかのカーディガンとらびにゃんのカチューシャを手に教室を出る。
チラッと見た海渡くんは、大学生っぽいお姉さん方に囲まれて、イケメン度千パーセントの笑顔を浮かべていた。
✳✳✳
日陰になっているこの場所は少し肌寒かった。
カーディガンを持っていてよかった。
薄手の紺色のカーディガンは俺のお尻をすっぽりと覆い、カチューシャを持つ指先は、何度直してもずりさがってくる肩のせいで隠れてしまう。
ちょっとデカすぎたか?
俺には正解が分からない『萌え袖』だけど、海渡くんが可愛いって言ってくれたからせめて着ていよう。
遠くから聞こえてくるブラスバンド部の賑やかな演奏や、グラウンドの喧騒に耳を傾けた。
トク、トクと規則的な鼓動は、時間が経つごとに速く、強くなっている。
十分ほど経ってから、ジャリッという靴音とともに、海渡くんの姿が現れた。
俺の前まで来て立ち止まると、さっきまでの笑顔は当たり前だけど消えていて、少し気まずそうに目をそらす。
一瞬、舌打ちでもしそうなほど苦々しい顔をしたのは見なかったふりをしよう。
それでもちゃんと約束を守ってくれた。
それだけで、緊張とは違う甘く疼くような胸の高鳴りに、呼吸が苦しくなる。
「……優里」
「海渡くん、俺の話を聞いてほしい。お願いだから、聞き終わるまでなにも言わないで」
「……分かった」
冷たくなった指先をさらに握りしめると、俺は大きく息を吐き出した。
海渡くんの顔を見据えると、海渡くんも俺を見ている。
随分久しぶりに目が合ったような気がして肩が震えたけど、ちゃんと自分の口で言わないといけない。
「あの時、保健室に運ばれた時、長澤に抱きついたのは……それは、それは、……海渡くんだと思ったから」
俺の言葉に、海渡くんが息を呑んで目を丸くした。
「寝ぼけて勘違いしちゃって……。ううん、違う。俺が……海渡くんだったらって……」
「優里―――」
「待って!なにも言わないで!」
俺が手を上げると、海渡くんは口を開いたまま固まる。
「それをみんなに見られちゃって、あんな噂流されて。二人で仲良く帰ってたとか、抱き合ってキスしてたとか、あんなの全部嘘だから!……それと」
そこで言葉が詰まった。
俺の頬が、急速に熱くなっていくのが分かる。
でも、言わないと。
もう逃げないって、たった今決めた。
じゃなきゃ、きっと海渡くんは納得してくれない。
ゴクリと唾を飲み込むと、目の奥まで熱くなった。
「観覧車で泣いたのは、聞きたくなかったから」
あっという間に視界が滲んできて、目の縁に涙が溜まる。
話し終わるまで泣きたくなかったのに、最近の俺の涙腺はどうやら壊れてるみたいだ。
「海渡くんと冬馬くんが付き合ってること」
「それは!」
「今はちゃんと分かってる!全部、俺の思い込みだった。でもあの時、気づいちゃったんだ……」
頬を流れる涙が顎を伝い、紺色のカーディガンの上にポタポタと落ちた。
告白なんてできっこない。
でも、ちゃんと納得できる理由を言わないと。
えっと、友達をとられるようで寂しかった?
それとも、内緒にされてたのが悔しかったとか?
って、それじゃダメだろ!
俺の言葉を告白ととるかは海渡くん次第。
だから正直に言うって決めたんだ。
正直に……正直に……正直に……。
喉の奥からヒュッと息が漏れる。
「俺、海渡くんのことが、好きです」
……言っちゃった?
え?今、言っちゃったよな?
いくらなんでも正直になりすぎた。
そんな予定じゃなかったのに、涙腺だけじゃなくて舌も壊れてるのかよ!
海渡くんは呆気にとられたように、ぽかんと口を開けているけど、俺の顔もたぶん似たようなもんだ。
俺たちの間になんとも奇妙な沈黙が落ちる。
そのとき、ブラスバンド部の演奏が一層大きくなったかと思ったら、それに負けないくらい陽気な『カップルコンテストの開演です!』というアナウンスが響いた。
俺たちは一番手だから、すぐ行かないと。
「えっと、これが話したかったことの全部だから。聞いてくれてありがとう」
カチューシャを胸元に抱きしめると、固まったまま動かない海渡くんにペコリと頭を下げて走り出す。
よろけそうになった足を鼓舞するようにたたいて、でも不思議と体は軽くて、どこまでも走っていけるような気がした。
絶対無理だと思ってたのに、言えるんじゃん、俺。
普通にすごくない?
今日は自分をめいいっぱい褒める日にしよう。
そんで、冬馬くんと長澤にたくさん慰めてもらおうっと。



