俺を嫌いな君へ。

駅のロータリー、時計台の下。
スマホで天気予報を調べる。
今日は晴れ、土日も晴れ、一週間先までずっと晴れ。
俺の心を表しているような天気に、自然と口角が上がる。

「海渡くん、まだかな〜」

出口に視線を向けて、足早に通り過ぎていく人たちを見送るけど、まだ海渡くんの姿はない。
時計を見上げる。
いつもならとっくに着いている時間なのに。
なにかあったのかな、大丈夫かな。
雲一つない澄んだ青空が眩しくて、片目を瞑っていると、通知音が鳴った。

『寝坊した。先行ってて』

海渡くんからだ!
寝坊しちゃったのかぁ。
いつもちゃんとしてる海渡くんも、そういうことあるんだな。
なんか可愛いんだけど。
海渡くんとのLIMEは事務連絡みたいなやりとりばっかりだけど、今日はなぜか字面がキラキラして見える。

『分かった。気をつけろよ』

我ながら可愛くない返事だけど、もう今さらだ。
スマホをポケットに押し込むと、足音も軽く、学校への道を歩き出した。

✳✳✳

「優里くん、おっはよ〜ん!」

「うわっ!びっくりしたぁ!……冬馬くん、おはよ」

座っている俺の背中に飛びついてきた冬馬くんは、明らかに浮かれている。
俺も相当浮かれてる自信があるけど、それ以上だ。
ぴょんぴょんと跳ねるように俺の前の椅子に座った冬馬くんは、バッと振り返ると、きゅるんとした目で俺を見つめてきた。
おお、すごい……。
今日の可愛さは三割増しだ。
冬馬くんの白い頬は、うっすらと赤く染まっている。

「優里くん、昨日は大丈夫だった?保健室に運ばれたとかって聞いたけど」

「あ、うん。ただの寝不足。昨日の夜はぐっすり寝たからもう大丈夫」

「よかった。なんだか暗い顔してたからさ」

冬馬くんはホッとしたように息を吐き出す。
俺のこと、そこまで見ててくれたんだ。
優しくて、誰にでもにこにこしてて、俺なんかが友達になれたのは奇跡だ。
それに、海渡くんに出会わせてくれた。
去年ののど自慢コンテストがなければ、存在すら認知されなかっただろうな。
俺の勘違いのせいで、一瞬でも冬馬くんに怒ってしまったことを、心の中で謝る。
この友情が壊れなくて、本当によかった。
願わくば、俺へのバロメーターが友達を突破できるといいんだけど。

「僕ね、優里くんに報告がある」

「う、うん」

「あのね」

「……冬馬くん、ごめん!」

口を開こうとした冬馬くんに、俺は急いで手を合わせる。
冬馬くんは目を丸くした。

「えっ!なになに?」

「実は昨日、見ちゃったんだ。その……三階の、学習室で」

「……うっそ!」

「ほんと」

「あの足音、優里くんだったの?!」

「うん、あと長澤も一緒だった」

「うわうわうわ!はっずー!!」

冬馬くんは顔を真っ赤にして、両方のこめかみに手を当てる。
俺は思わず、ふふっと吹き出した。
いつも余裕綽々って感じの冬馬くんが、こんな風に狼狽えるの、初めて見たかも。

「もぉ〜、笑わないでよぉ」

横目で睨んでくる顔はまだ赤い。

「よかったね。おめでとう」

「ありがとっ。てことで、初彼女でぇ〜す」

「え、それは意外」

腕を組んで、ふふんと顎を上げる冬馬くんに、思ったことがそのまま口から出る。
冬馬くんだって、やばいくらいモテるのに。
告白だって何度もされてるし。

「僕って軽そうに見えて、意外と一途なんですよぉ」

「そこまでは言ってないじゃん」

「顔に書いてあった」

「え、ほんと?」

慌てて顔を隠す俺に、今度は冬馬くんが笑う番だ。

「優里くんって分かりやすい」

昨日は長澤が、冬馬くんと海渡くんのことを分かりやすいと言っていた。
そして、どうやら俺も同じらしい。
俺は二人のこと、なんにも分かってなかったけどな。

ふいに冬馬くんが俺に身を乗り出す。
鼻が触れそうな距離に、海渡くんの鬼の形相がよぎったけど、真相が明かされた今はそんなに気にする必要もないだろ。
いや、待て。
丸橋さんに見られたら嫉妬される?
あの温厚な丸橋さんに睨まれでもしたら、海渡くんと並ぶくらいの迫力がありそうだ。
……なんて、そもそも俺、モブだった。
しかも男だし。

「優里くんさぁ」

小声で話す冬馬くんの息が、俺の頬に当たってなんともむず痒い。
できるだけ背中をそらせて冬馬くんから離れる。

「僕と海渡が付き合ってるとか思ってたでしょ」

「うっ……」

俺ってそこまで分かりやすい?
ずばり当てられて、変な唸り声しか出せなかった。
冬馬くんはますます身を乗り出してきて、逃げ場がなくなる。
なんだろ、この感じ……。
『溺れる放課後』に、セリフは全然違うけど、壁ドン以外にもこんなシーンがあったような……。
いつも可愛い冬馬くんの目つきがなんか違う。
俺の方がでかいはずなのに、ヘビに睨まれたリスのような気分だ。
もしかして、本物の溺愛攻めは海渡くんじゃなく、冬馬くんだった?!

「優里くんってぇ、実際どうなのぉ?」

「な、なにが?」

「海渡とのことぉ……」

「うう〜……」

と、そのとき―――
ドサッとリュックを置く音に、大きく肩が跳ねる。
おずおずと隣を見上げると、思わず懐かしささえ感じてしまうほど、険しい顔をした海渡くんがいた。

「か、海渡くん、おはよう」

「あ、海渡!おっはよ〜!」

ようやく俺から離れて、「よっ!」と片手を上げた冬馬くんにすら、その表情は硬いままだ。
冬馬くんはなんにも気にしないで笑ってるけど、俺の心臓はドクドクと鳴る。
海渡くんに会えた嬉しさとか、キュンとする恋心とか、そんなんじゃなくて……。
なんか、怒ってないか?
まるで、俺が嫌われてる(と思ってた)ころに戻ってしまったような、そんな既視感だ。

「はよ」

短く挨拶をした海渡くんに、思わず怯えた視線を向ける。
海渡くんは目線を下に向けたまま、ふっと小さく笑った。
それは、あのころの仄暗い笑顔じゃなく、無意識にこぼれてしまった素の笑顔でもない。
胸を締め付けられるほど、切ない笑顔だった。
……なんで?
海渡くんは冬馬くんのこと、恋愛的な意味で好きなわけじゃないんだろ、長澤。
それなのに、よりによって冬馬くんに恋人ができた次の日に、そんな顔して登校するなんて。
長澤がもし間違ってて、本当は冬馬くんのことが好きなんだとしたら……。
いや、長澤は、海渡くんも冬馬くんの恋に協力してたって言ってた。
だったらなんで……?

教卓の前で、数人の男子と楽しそうに笑う長澤を見る。
海渡くんが俺の目線をたどるように、顔を上げて長澤を見ると、ますます眉をしかめた。
彫刻のようにきれいな横顔なのに、その唇はぎゅっと引き結ばれて歪んでいる。
そのとき、なぜかクラスの女子たちが、俺たちと長澤の間に視線を泳がせていることに気づく。
ますます分からない。
海渡くんがこんな顔をする原因に、長澤も含まれているんだろうか。
冬馬くんと目を合わせる。
さすがに異様な雰囲気を察したみたいで、口をとがらせながら、『分かんない』と言いたげに両手を上げた。