ゴンドラに向かい合せに座ると、俺は窓際に身を乗り出した。
地面が遠くなるにつれて陽気な音楽は遠ざかり、空がどんどん暗くなる。
たくさんの人がぞろぞろと出口に向かっているのが見えた。
楽しかったのに……もう終わりなんだな。
ふと、海渡くんの視線に気づく。
ここに来るまで、海渡くんはずっと黙っている。
なんとなく心がザワザワして、俺は硬くて冷たい座面の上で、バッグのひもをぎゅっと握りしめた。
「今日、楽しかった。明日は筋肉痛かもね」
「優里」
「ん?」
「さっきの話だけど」
「さっきの話って?」
わざとらしく首を傾げてみたけど、本当はなんの話かなんて分かってる。
去年の文化祭、二人は恋人宣言を取り消して、偽装カップルだったと暴露した。
でも、俺は知ってる。
海渡くんと冬馬くんが、今でもお互いに想い合っていることを。
なんせ、二人の様子を一番近くで見てきたんだからな。
誰にも言わずに隠してるつもりだったんだろうけど、ジェットコースターに乗った時、俺はうっかり口を滑らせてしまった。
海渡くんは俺が『知ってる』ってことに気づいたんだろう。
……なんて言われるのかな。
『実は付き合ってるんだ』とか、『黙っててくれ』とか?
……やだな……聞きたくない。
耳を塞いでしまおうか。
そこまで考えて、ふいにまぶたの裏が白くなる。
「……え、ちょっと待って」
「優里?」
ドクンと心臓が大きく鳴った。
その一拍で、頭のてっぺんまで一気に熱が上がる。
なんで……?
どうしてこんなに怖いんだ?
カミングアウトしてもらえるくらいの関係になりたいってずっと思ってきたはずなのに。
海渡くんから『実は付き合ってるんだ』と教えてもらえたら、俺はただ笑って『そうなんだ』と返せばいい。
『黙っててくれ』とお願いされたら、『もちろんだよ』って答えて、今までとなにも変わらず友達としてそばにいればいい。
それでいいのに……。
耳を塞ぎたい。
この先の言葉はどうしても聞きたくない。
でもそれは、海渡くんと冬馬くんの秘密を守りたいからじゃない。
俺が知られたくないんだ。
俺の気持ちを。
冷たい熱とともに、心の奥底に沈んでいたものがゆっくりと浮かび上がる。
柄にもなく『可愛い』なんて言われたかった。
誰でもない、海渡くんに。
繋いだ手を離したくなかった。
カップルコンテストの相手役を譲りたくなかった。
一緒にいる時間が楽しくて大切で、もっと一緒にいたいと思った。
……全部。
全部、そういうことだったんだ。
「……嘘」
俺の口から勝手に言葉がこぼれる。
顔も、耳も、胸の奥まで熱い。
そして、ようやく言葉になった。
『海渡くんが好き』
それが、俺が隠しておきたい気持ちだったんだ。
「うわ……俺、やば……」
「優里?大丈夫か?」
俺、最低じゃん……。
いくら理想の溺愛攻めだからって、あろうことか友達の彼氏を好きになるなんて。
心配そうに覗き込んでくる海渡くんに、また胸の奥が痛くなった。
ああ、この痛みだったんだ。
俺がずっと『なんだろう』と思っていたのは。
海渡くんに優しくされるとくすぐったくて。
可愛いって言われると、どうしようもなく嬉しくて。
冬馬くんと一緒にいる海渡くんを見ると、胸が苦しくなって。
それでも俺は、全部別のものだと思っていた。
なのに、気づいてしまった。
一度気づいてしまったら、もう見ないふりなんてできない。
「俺……」
声が震える。
こんな気持ち、絶対に知られちゃいけない。
海渡くんと冬馬くんの邪魔なんてしたくない。
そう思った瞬間、俺の目から涙が出てきた。
「おい!大丈夫か?高いところダメだったのか?」
「ち、ちが……っ」
違う。
怖いのは高さじゃなくて、自分の気持ちだ。
止めようとすればするほど、胸の奥から溢れてくる。
必死に飲み込もうとしたのに、口から嗚咽がこぼれた。
「優里!」
ゴンドラが揺れる。
とめどなく流れる涙に、海渡くんは慌てたように俺の頭を引き寄せた。
今だけは優しくなんてしてほしくない。
この声もにおいもぬくもりも、俺を見つめる瞳ですらも、全部全部冬馬くんのものなんだから。
これ以上、好きになりたくない。
そう思うのに……。
俺はすがりつくように海渡くんのワイシャツを握りしめていた。
✳✳✳
しばらくして、ようやく涙が止まった。
海渡くんは何も聞かなかったし、俺も何も言えなかった。
ゴンドラを降りてからも、海渡くんは俺の隣を歩いてくれる。
それでも、さっきまでみたいに肩をぶつけてくることはなくて、それが寂しいなんて俺が思っちゃいけないのに。
海渡くんと目を合わせれば気持ちが伝わってしまいそうで、俺はひたすら前を見つめていた。
「優里」
「……ん?」
「さっきの話だけど」
心臓が跳ねる。
ちゃんと聞かなきゃって頭では分かってるけど、覚悟なんて全然できていない。
親指をぎゅっと握りしめて、深呼吸を一つした。
「……うん」
「あれさ」
海渡くんが何か言おうとして、口を閉じた。
少しだけ沈黙があった。
「……いや、なんでもない」
「……なんだよ」
それ以上、海渡くんは何も言わなかった。
正直、ホッとした。
駅に着いて、改札の前で立ち止まる。
会社帰りの人たちで混雑する時間帯、海渡くんとの距離が近くなった。
たったそれだけのことで、痛いくらい胸が高鳴る。
「今日はありがとな。楽しかった」
「……うん。俺も」
「授業中に居眠りしないように、早く寝ろよ」
「はは……分かってるよ」
本当は、もっと話したいことがあったのに。
のど自慢コンテストの作戦会議とか、カップルコンテストのインタビューの打ち合わせとか。
でも、口を開けばあの話になってしまいそうで、怖くてなにも言えないでいる。
海渡くんは俯いたままの俺に、少しだけ困ったように笑って、それから手を振った。
「じゃあ、また明日」
「……また、明日」
海渡くんの背中が人混みの中へ消えていく。
俺はその場から動けずにいた。
明日になればまた、海渡くんと冬馬くんは仲良くくっついてるのかな。
俺はそれを見て、平気な顔して笑えるんだろうか。
いや、笑わないとダメだ。
また二人に心配される。
海渡くんも冬馬くんも、大切な友達なんだから。
この気持ちは今夜のうちに、心の奥底に押し戻そう。
蓋をして、鍵をかけて、決して外に出してはいけない。
一生、俺の内側に留めておくんだ。
濡れた頬を乱暴に拭うと、俺は人々でごった返す電車に乗り込んだ。
地面が遠くなるにつれて陽気な音楽は遠ざかり、空がどんどん暗くなる。
たくさんの人がぞろぞろと出口に向かっているのが見えた。
楽しかったのに……もう終わりなんだな。
ふと、海渡くんの視線に気づく。
ここに来るまで、海渡くんはずっと黙っている。
なんとなく心がザワザワして、俺は硬くて冷たい座面の上で、バッグのひもをぎゅっと握りしめた。
「今日、楽しかった。明日は筋肉痛かもね」
「優里」
「ん?」
「さっきの話だけど」
「さっきの話って?」
わざとらしく首を傾げてみたけど、本当はなんの話かなんて分かってる。
去年の文化祭、二人は恋人宣言を取り消して、偽装カップルだったと暴露した。
でも、俺は知ってる。
海渡くんと冬馬くんが、今でもお互いに想い合っていることを。
なんせ、二人の様子を一番近くで見てきたんだからな。
誰にも言わずに隠してるつもりだったんだろうけど、ジェットコースターに乗った時、俺はうっかり口を滑らせてしまった。
海渡くんは俺が『知ってる』ってことに気づいたんだろう。
……なんて言われるのかな。
『実は付き合ってるんだ』とか、『黙っててくれ』とか?
……やだな……聞きたくない。
耳を塞いでしまおうか。
そこまで考えて、ふいにまぶたの裏が白くなる。
「……え、ちょっと待って」
「優里?」
ドクンと心臓が大きく鳴った。
その一拍で、頭のてっぺんまで一気に熱が上がる。
なんで……?
どうしてこんなに怖いんだ?
カミングアウトしてもらえるくらいの関係になりたいってずっと思ってきたはずなのに。
海渡くんから『実は付き合ってるんだ』と教えてもらえたら、俺はただ笑って『そうなんだ』と返せばいい。
『黙っててくれ』とお願いされたら、『もちろんだよ』って答えて、今までとなにも変わらず友達としてそばにいればいい。
それでいいのに……。
耳を塞ぎたい。
この先の言葉はどうしても聞きたくない。
でもそれは、海渡くんと冬馬くんの秘密を守りたいからじゃない。
俺が知られたくないんだ。
俺の気持ちを。
冷たい熱とともに、心の奥底に沈んでいたものがゆっくりと浮かび上がる。
柄にもなく『可愛い』なんて言われたかった。
誰でもない、海渡くんに。
繋いだ手を離したくなかった。
カップルコンテストの相手役を譲りたくなかった。
一緒にいる時間が楽しくて大切で、もっと一緒にいたいと思った。
……全部。
全部、そういうことだったんだ。
「……嘘」
俺の口から勝手に言葉がこぼれる。
顔も、耳も、胸の奥まで熱い。
そして、ようやく言葉になった。
『海渡くんが好き』
それが、俺が隠しておきたい気持ちだったんだ。
「うわ……俺、やば……」
「優里?大丈夫か?」
俺、最低じゃん……。
いくら理想の溺愛攻めだからって、あろうことか友達の彼氏を好きになるなんて。
心配そうに覗き込んでくる海渡くんに、また胸の奥が痛くなった。
ああ、この痛みだったんだ。
俺がずっと『なんだろう』と思っていたのは。
海渡くんに優しくされるとくすぐったくて。
可愛いって言われると、どうしようもなく嬉しくて。
冬馬くんと一緒にいる海渡くんを見ると、胸が苦しくなって。
それでも俺は、全部別のものだと思っていた。
なのに、気づいてしまった。
一度気づいてしまったら、もう見ないふりなんてできない。
「俺……」
声が震える。
こんな気持ち、絶対に知られちゃいけない。
海渡くんと冬馬くんの邪魔なんてしたくない。
そう思った瞬間、俺の目から涙が出てきた。
「おい!大丈夫か?高いところダメだったのか?」
「ち、ちが……っ」
違う。
怖いのは高さじゃなくて、自分の気持ちだ。
止めようとすればするほど、胸の奥から溢れてくる。
必死に飲み込もうとしたのに、口から嗚咽がこぼれた。
「優里!」
ゴンドラが揺れる。
とめどなく流れる涙に、海渡くんは慌てたように俺の頭を引き寄せた。
今だけは優しくなんてしてほしくない。
この声もにおいもぬくもりも、俺を見つめる瞳ですらも、全部全部冬馬くんのものなんだから。
これ以上、好きになりたくない。
そう思うのに……。
俺はすがりつくように海渡くんのワイシャツを握りしめていた。
✳✳✳
しばらくして、ようやく涙が止まった。
海渡くんは何も聞かなかったし、俺も何も言えなかった。
ゴンドラを降りてからも、海渡くんは俺の隣を歩いてくれる。
それでも、さっきまでみたいに肩をぶつけてくることはなくて、それが寂しいなんて俺が思っちゃいけないのに。
海渡くんと目を合わせれば気持ちが伝わってしまいそうで、俺はひたすら前を見つめていた。
「優里」
「……ん?」
「さっきの話だけど」
心臓が跳ねる。
ちゃんと聞かなきゃって頭では分かってるけど、覚悟なんて全然できていない。
親指をぎゅっと握りしめて、深呼吸を一つした。
「……うん」
「あれさ」
海渡くんが何か言おうとして、口を閉じた。
少しだけ沈黙があった。
「……いや、なんでもない」
「……なんだよ」
それ以上、海渡くんは何も言わなかった。
正直、ホッとした。
駅に着いて、改札の前で立ち止まる。
会社帰りの人たちで混雑する時間帯、海渡くんとの距離が近くなった。
たったそれだけのことで、痛いくらい胸が高鳴る。
「今日はありがとな。楽しかった」
「……うん。俺も」
「授業中に居眠りしないように、早く寝ろよ」
「はは……分かってるよ」
本当は、もっと話したいことがあったのに。
のど自慢コンテストの作戦会議とか、カップルコンテストのインタビューの打ち合わせとか。
でも、口を開けばあの話になってしまいそうで、怖くてなにも言えないでいる。
海渡くんは俯いたままの俺に、少しだけ困ったように笑って、それから手を振った。
「じゃあ、また明日」
「……また、明日」
海渡くんの背中が人混みの中へ消えていく。
俺はその場から動けずにいた。
明日になればまた、海渡くんと冬馬くんは仲良くくっついてるのかな。
俺はそれを見て、平気な顔して笑えるんだろうか。
いや、笑わないとダメだ。
また二人に心配される。
海渡くんも冬馬くんも、大切な友達なんだから。
この気持ちは今夜のうちに、心の奥底に押し戻そう。
蓋をして、鍵をかけて、決して外に出してはいけない。
一生、俺の内側に留めておくんだ。
濡れた頬を乱暴に拭うと、俺は人々でごった返す電車に乗り込んだ。



