俺を嫌いな君へ。

全人類に好かれたいなんて、そんな大げさなことを思っているわけじゃない。
ただ、嫌われたくないだけだ。
初めて会う人にだって、多少なりとも、0から0.001でいいから、『好感』の方にバロメーターが動いてくれればいいだけで。
そのあとはきれいさっぱり忘れられるとしても全然構わない。
『好きの反対は無関心』とは言うけど、嫌われるよりは良くないか?
だって、向こうが無関心なら、こっちだって無関心でいられる。
向こうが嫌いだと思っていると、なんとなくこっちも嫌いだと思ってしまうわけで。
こういうの、心理学でなんとかって言うらしいけど、当たり前すぎて、調べる気にもならない。
まぁ、恋愛においてはこの心理学はあてはまらないことの方が多いのかもしれない。
生まれてこの方、人を好きになったこともなければ、告白なんてものをされたこともないから、俺には分からないけど。

俺、南優里(みなみゆうり)のバロメーターの最大値は、『友達』らしい。
そもそも俺は、誰かから特別に好かれるような人間じゃないし。
むしろ、背景として扱われることのほうが圧倒的に多く、それが楽だったりする。
だから、嫌われたり、憎まれたりするような生き方はしていないはずなんだけど……。
最小値だけはなぜか、更新され続けているような気がしている――

ドサッとリュックを置く音に、大きく肩が跳ねた。
あぁ、見られている気がする。
今のはさすがにあからさま過ぎたか?
いや、あからさまなのはどう考えてもそっちだろ?
前のドアから入ってくれれば、こっちだって身構えることができたのに。

「はよ」

左隣から聞こえた声に、俺の喉仏が上下する。
俺はロボットみたいにギギギと首を動かして、そいつを見上げた。

そいつ、春山海渡(はるやまかいと)は、眉をしかめたまま俺を見下ろしている。
やっぱり見られてた。
しかも、今日も今日とて睨んでくる。
イケメンの睨みは圧が強すぎる。

「……おはよう。か、海渡くん」

俺が返事をすると、少しだけ満足そうに口角が上がった。
映画の悪役みたいな、仄暗い笑顔に背筋が凍る。
強要された名前呼びはいつまでたっても慣れない。
慣れるはずない。

「おっはよー!海渡」

俺の前の席に横向きに座っている不二冬馬(ふじとうま)が、ピシッと片手を上げた。

「おう、冬馬は元気だな」

さっきまで俺と顔を突き合せて、「ダルい」だの「眠い」だの愚痴を吐いていたくせに。
まるで飼い主に懐く犬だ。
海渡くんも海渡くんで、解けるみたいに笑っている。
俺には絶対見せない顔。
二人は幼馴染らしいけど、少女漫画でもBLでも、幼馴染ものはテンプレ。
要するに恋仲ってやつなんだろう。
俺はそういうのに偏見はないし、隠す必要はないけど、まだカミングアウトできるほどの関係性ではないってことか。

「優里は相変わらずだな」

海渡くんが低い声で言いながら、俺の隣の席に座る。
今度は呆れたようにため息をついた。
相変わらずってどういう意味だ?
冬馬くんとの温度差で風邪ひきそう。

「ははは、そうかな」

ぎこちなく笑うと、また横目で睨まれる。
冬馬くんと顔を突き合せていたのが悪かった。
といっても、パーソナルスペースが狭いのは冬馬くんのほうで、俺は普通に座っていただけ。
できれば自分の彼氏さん注意してもらえます?
それか、そんなに嫉妬するなら一緒に登校すればいいのに。
家が近いんだから。

「あ、一時間目集会だよ!」

冬馬くんが立ち上がった。
くせのある後ろ髪がぴょこんと跳ねる。

「体育館、行こうぜ」

海渡くんもそう言って立ち上がると、隣に冬馬くんが並んだ。
黒いカーディガンと、白いカーディガン。
身長180センチと、170センチ。
細マッチョイケメンと色白華奢美人。
冬馬くんを見る目は優しいし、海渡くんを見る目はきゅるんと音がしそうなくらいキラキラしている。
君たち、誰から見てもお似合いだから安心しなよ。
ほら、女子たちも見惚れちゃってるから。
だから――
だから、俺のことは放っておいて、二人で行ってくれない?
お願いだから。

「さあさあ、優里くんも行くよ!」

俺の願いもむなしく、冬馬くんが両手で俺の腕を掴む。

「い、いや、俺はあとから行くから」

「いいから!」

グイッと引っ張り上げられて、俺の座っていた椅子が鳴る。
……意外と力あるんだよな、冬馬くん。
身長175センチの俺が二人の間に並ぶ。
どう考えても邪魔者。
クラスの全女子に、豆腐の角に頭ぶつけろと思われている気がする。
冬馬くんの手はまだ俺の腕を掴んでいて、きゅるきゅるお目々で見上げてくる。
ほらほら、また海渡くん睨んでくるし。
せめてもと、二人を隣に並ばせようとするが、それすら許してくれないらしい。
力、つよっ!
俺は諦めて、間に挟まれたまま歩き出す。
時々ぶつかる海渡くんの肩が、俺への嫌悪感をこれでもかと主張している気がした。