湊は杏子の家に来たことがなかった。だけど、たとえ一軒家だったとしても、普通の二階建てくらいの家だと思っていた。思っていたのだが——。
「ここが私の家だよー」
両手を広げた杏子はニコニコと笑っている。
杏子の後ろには、周囲の家よりも一回りほど大きな一軒家が建っていた。広めの庭と三台分ほどの駐車スペースがあり、立派ではあるが豪邸と呼ぶほどの仰々しさはない。ただ、その家の佇まいから、暮らしに余裕がある家庭なのだろうと窺えた。実はお金持ちだったのだ、小鳥遊杏子は。
「すっごーい! 杏子の家、とっても大きいね!」
「そうでしょー? 私も気に入ってるんだー」
陽菜に褒められた杏子は嬉しそうに頬を赤く染める。……というか、陽菜は杏子の家に遊びに来たことがなかったんだな。
意外だな、と思いながら杏子に続いて玄関に向かう。
「お母さーん……あれ? いないみたい」
玄関先から杏子が大きな声で呼びかけるが、家の中からはなんの返事もなかった。まるで、最初から誰もいないかのように、シンと静まり返っている。
「まぁ、いいかぁ。ささ、上がってー」
杏子は特に気にした様子も見せず、備え付けの靴箱から人数分のスリッパを取り出す。用意が良すぎて湊は目を丸くする。湊の家では客人にスリッパなんて出したことがなかった。
これが育ちの違いか、と少し悔しくなりながらもありがたくスリッパを使わさせてもらう。ふわふわとした触り心地が気持ちよくて、このスリッパも高級品なのでは……と、思ってから考えることをやめた。知らないことがいいことも、世の中にはたくさんあるのだ。そう言い聞かせて自分を納得させる。
杏子に続いて家の中を進む。一番最初の扉を開ければ、中はガラス張りのローテーブルに、黒い革張りのソファ、そして円形の白いラグが敷かれたリビングにつながっていた。窓際には木製の収納棚が並んでおり、その上にたくさんの写真立てが置いてある。
「あれ? 写真立て、何も入れてないのか?」
遠目からでもその写真立てがおかしいことはすぐにわかった。写真立てはたくさん飾られているのに、その中には肝心の写真がなかったのだ。まるで、それを飾ることに意味を見出しているみたいに。
「あー、あれはいいのー。写真はきっと、そのうちたくさん埋まるからー」
「どういう意味だよ、それ」
意味がわからず聞き返したが、杏子は「お茶入れてくるからー」と言ってキッチンへと消えていく。といっても、オープンキッチンだからリビング側からでも杏子の様子は見ることができた。
湊は杏子の家の事情に首を突っ込んでもしょうがないか、と気持ちを切り替える。振り返れば陽菜と涼太はすでに我が家のようにくつろいでいた。
「お前ら……一応、ここ、人の家だよな?」
「でも、小鳥遊の家だし」
「うんうん、杏子の家だからね」
陽菜と涼太が顔を見合わせるとニヤッと笑い合う。杏子の家だから一体なんだというのか。湊は釈然としない気持ちのまま、二人のそばに腰を下ろす。
「みんなお茶しかないけど、許してねー」
杏子が人数分の飲み物を持ってリビングに入ってくる。差し出されたコップを受け取りながら「全然! むしろ押しかけちゃってごめんね!」と陽菜が謝った。一応の常識は持ち合わせてるみたいで何故か湊はほっとした。
「さぁてと、買ってきたお菓子を広げよー!」
陽菜の合図に涼太と杏子が「おー!」と真似する。唯一参加しなかった湊のことを三人がじっと見つめてきた。
湊は渋々片手を上げて力なく声を出す。すると陽菜がニンマリと笑って頷くのだった。
コンビニで買ってきたのは限定味のポテトチップスとポッキーだ。四人分と考えて二個ずつ買ってあり、とりあえず一つを開けていく。
「これ美味しいね! 今のコンビニってこんなの売ってるんだ」
「たしかに、限定味ってコロコロ変わるから、見つけると新鮮な気持ちになるよねー」
パリポリとポテトチップスを咀嚼しながら陽菜と杏子が感想を言い合う。その横で涼太が陽菜たちの買ってきたものを机に並べていた。
定番のうす塩味のポテトチップスに始まり、柿の種、チョコレート、グミ、飴……本当になんでもあった。
「お前……これは買いすぎだろ」
苦言を呈する湊の横で涼太も戸惑った様子で頬を掻いている。四人で食べるにしてはそのお菓子の量は多すぎだ。
「いいのいいの! だってこれはお菓子パーティだよ! たくさんのお菓子でお腹いっぱいになるくらい食べなきゃ」
「流石にお菓子でお腹いっぱいは大変じゃないか?」
得意げに語る陽菜に涼太が真面目にツッコミを入れる。ツッコミを入れられるなら最初から入れて欲しかった。なんてことを考えていれば、陽菜に口の中に無理やりポッキーを突っ込まれた。
「ほら、湊もちゃんと食べて! 涼太も!」
湊は眉間に皺を寄せながらももぐもぐとポッキーに罪はないからと食べる。涼太も仕方なさそうに笑いながら、お菓子を手に取った。二人の様子を見た陽菜は満足そうに頷くと、自分もお菓子を食べる手を再開した。
「お菓子でお腹いっぱいにするの、昔からの夢だったんだよね」
チョコレートの包みを剥がしながら陽菜が感慨深そうに零す。湊はいつもお菓子ばっかり食べてるくせに、と心の中でツッコミを入れる。夢にしては随分とちっぽけでおかしいのに、それを伝えて、笑いたい気分にはならなかった。
陽菜が書き留めた、夏休みにやりたいことは多分どれもしょうもない。付き合うのはめんどくさいし、積極的に参加したいかと聞かれたらそうは思わなかった。だけど、何故か、本当になんでだろうか。
——そのノートに書かれたことを、湊だけは絶対に笑ってはいけないような気がしたのだ。
【『夏休みにやりたいことリスト百選』——みんなとお菓子パーティをする! 『完了』】
【『夏休みにやりたいことリスト百選』——お菓子だけでお腹いっぱいにする! 『完了』】
「ここが私の家だよー」
両手を広げた杏子はニコニコと笑っている。
杏子の後ろには、周囲の家よりも一回りほど大きな一軒家が建っていた。広めの庭と三台分ほどの駐車スペースがあり、立派ではあるが豪邸と呼ぶほどの仰々しさはない。ただ、その家の佇まいから、暮らしに余裕がある家庭なのだろうと窺えた。実はお金持ちだったのだ、小鳥遊杏子は。
「すっごーい! 杏子の家、とっても大きいね!」
「そうでしょー? 私も気に入ってるんだー」
陽菜に褒められた杏子は嬉しそうに頬を赤く染める。……というか、陽菜は杏子の家に遊びに来たことがなかったんだな。
意外だな、と思いながら杏子に続いて玄関に向かう。
「お母さーん……あれ? いないみたい」
玄関先から杏子が大きな声で呼びかけるが、家の中からはなんの返事もなかった。まるで、最初から誰もいないかのように、シンと静まり返っている。
「まぁ、いいかぁ。ささ、上がってー」
杏子は特に気にした様子も見せず、備え付けの靴箱から人数分のスリッパを取り出す。用意が良すぎて湊は目を丸くする。湊の家では客人にスリッパなんて出したことがなかった。
これが育ちの違いか、と少し悔しくなりながらもありがたくスリッパを使わさせてもらう。ふわふわとした触り心地が気持ちよくて、このスリッパも高級品なのでは……と、思ってから考えることをやめた。知らないことがいいことも、世の中にはたくさんあるのだ。そう言い聞かせて自分を納得させる。
杏子に続いて家の中を進む。一番最初の扉を開ければ、中はガラス張りのローテーブルに、黒い革張りのソファ、そして円形の白いラグが敷かれたリビングにつながっていた。窓際には木製の収納棚が並んでおり、その上にたくさんの写真立てが置いてある。
「あれ? 写真立て、何も入れてないのか?」
遠目からでもその写真立てがおかしいことはすぐにわかった。写真立てはたくさん飾られているのに、その中には肝心の写真がなかったのだ。まるで、それを飾ることに意味を見出しているみたいに。
「あー、あれはいいのー。写真はきっと、そのうちたくさん埋まるからー」
「どういう意味だよ、それ」
意味がわからず聞き返したが、杏子は「お茶入れてくるからー」と言ってキッチンへと消えていく。といっても、オープンキッチンだからリビング側からでも杏子の様子は見ることができた。
湊は杏子の家の事情に首を突っ込んでもしょうがないか、と気持ちを切り替える。振り返れば陽菜と涼太はすでに我が家のようにくつろいでいた。
「お前ら……一応、ここ、人の家だよな?」
「でも、小鳥遊の家だし」
「うんうん、杏子の家だからね」
陽菜と涼太が顔を見合わせるとニヤッと笑い合う。杏子の家だから一体なんだというのか。湊は釈然としない気持ちのまま、二人のそばに腰を下ろす。
「みんなお茶しかないけど、許してねー」
杏子が人数分の飲み物を持ってリビングに入ってくる。差し出されたコップを受け取りながら「全然! むしろ押しかけちゃってごめんね!」と陽菜が謝った。一応の常識は持ち合わせてるみたいで何故か湊はほっとした。
「さぁてと、買ってきたお菓子を広げよー!」
陽菜の合図に涼太と杏子が「おー!」と真似する。唯一参加しなかった湊のことを三人がじっと見つめてきた。
湊は渋々片手を上げて力なく声を出す。すると陽菜がニンマリと笑って頷くのだった。
コンビニで買ってきたのは限定味のポテトチップスとポッキーだ。四人分と考えて二個ずつ買ってあり、とりあえず一つを開けていく。
「これ美味しいね! 今のコンビニってこんなの売ってるんだ」
「たしかに、限定味ってコロコロ変わるから、見つけると新鮮な気持ちになるよねー」
パリポリとポテトチップスを咀嚼しながら陽菜と杏子が感想を言い合う。その横で涼太が陽菜たちの買ってきたものを机に並べていた。
定番のうす塩味のポテトチップスに始まり、柿の種、チョコレート、グミ、飴……本当になんでもあった。
「お前……これは買いすぎだろ」
苦言を呈する湊の横で涼太も戸惑った様子で頬を掻いている。四人で食べるにしてはそのお菓子の量は多すぎだ。
「いいのいいの! だってこれはお菓子パーティだよ! たくさんのお菓子でお腹いっぱいになるくらい食べなきゃ」
「流石にお菓子でお腹いっぱいは大変じゃないか?」
得意げに語る陽菜に涼太が真面目にツッコミを入れる。ツッコミを入れられるなら最初から入れて欲しかった。なんてことを考えていれば、陽菜に口の中に無理やりポッキーを突っ込まれた。
「ほら、湊もちゃんと食べて! 涼太も!」
湊は眉間に皺を寄せながらももぐもぐとポッキーに罪はないからと食べる。涼太も仕方なさそうに笑いながら、お菓子を手に取った。二人の様子を見た陽菜は満足そうに頷くと、自分もお菓子を食べる手を再開した。
「お菓子でお腹いっぱいにするの、昔からの夢だったんだよね」
チョコレートの包みを剥がしながら陽菜が感慨深そうに零す。湊はいつもお菓子ばっかり食べてるくせに、と心の中でツッコミを入れる。夢にしては随分とちっぽけでおかしいのに、それを伝えて、笑いたい気分にはならなかった。
陽菜が書き留めた、夏休みにやりたいことは多分どれもしょうもない。付き合うのはめんどくさいし、積極的に参加したいかと聞かれたらそうは思わなかった。だけど、何故か、本当になんでだろうか。
——そのノートに書かれたことを、湊だけは絶対に笑ってはいけないような気がしたのだ。
【『夏休みにやりたいことリスト百選』——みんなとお菓子パーティをする! 『完了』】
【『夏休みにやりたいことリスト百選』——お菓子だけでお腹いっぱいにする! 『完了』】



