追い越せ!青春!

 部活もなければ補修もない。そんな高校生の夏休みの楽しみといえば、クーラーによって冷えた部屋の中でいつまでも惰眠を貪ることだろう。両親は仕事に行ってしまい、だる絡みをしてくる兄もどこかへ行った。家に一人取り残された湊は最高な気分で寝返りをして、不意にぱちっと目を開いた。


 目だ。
 目の前に褐色の一対の目があった。


「——っぎゃあぁぁぁぁ!」
「うるさい!」


 誰もいないはずの部屋の中でそいつ——陽菜がじっと湊が起きるのを待っていた。あろうことか、陽菜は絶叫している湊の頭にチョップを落とす。女子の力とはいえ、脳天に垂直に落とされたらそこそこ痛いんだぞ。湊は涙目で陽菜を睨みつけたが、陽菜はお構いなしに湊の腕を引っ張る。

「ほら、早くしてよ。もうみんな来てるんだから」
「は? はぁ? みんな来てるってなんだよ! 第一、どうやってお前ここに入ったんだよ」
「え? おばさんに普通に入れてもらったけど?」

 陽菜は当たり前のように答えたが、湊の母親が家を出るのは八時だ。ということは、陽菜は八時からずっとこの家にいたというのか。

 湊は絶句しながら頭を抱える。陽菜の行動力については尊敬しているが、同時に迷惑を被るのはごめんだった。

「いつになっても、君の寝顔は可愛いままだね。どうして性格はこんなに捻くれちゃったのかな?」
「——っう、うるさい! 準備してやるからさっさと出ていけ!」

 余計な一言をいうやつなんて今すぐ帰れ! そんな気持ちを込めながら陽菜を部屋の外へと追い出す。陽菜は「早くしてね、みんな待ってるから」と言いながら素直に出て行った。トタトタと可愛らしい音を立てながら階段を降りていく陽菜の背中を遠い目で見送ると、湊は疲れたように肩を落としながら机の上に置かれた時計に目を向ける。


 ——九時二十分。
 まだ、こんなに朝早いじゃないか。


 夏休み始まってまだ初日だというのに、なぜこんなに疲れているのか。ていうか、みんな来てるって、どういうことだ。あいつらみんな、暇人かよ。

 そんなことをつらつらと考えながら、クローゼットの扉を力なく開けた。