追い越せ!青春!

 今日こそは惰眠を貪るのだ。

 学校がある日のように、いつもの時間に一度目が覚めた湊はそう決意して再び目を閉じた。

 しかし、その決意虚しく、数時間後にはあのやかましい幼馴染に叩き起こされた。思春期の男の部屋に女子高生を許可なく通す自分の親もどうかしている。そう考えながら、眠気の残る頭でなんとか身支度を整えた。

 一階に降りていくとリビングにある椅子に陽菜が座って待っていた。陽菜は湊の姿を見つけると「おっそーい!」と頬を膨らませる。その仕草に弱い湊は言葉に詰まった。陽菜も湊がこの顔をすれば大抵言うことを聞くと誤学習してしまったようで、ことあるごとに頬を膨らませてくる。そろそろ湊の方にも耐性がついても良さそうだったが、今日はまだそれらしい耐性はついていないらしい。

「それで、今日は何をなさるおつもりですか、陽菜様」

 わざとらしくお辞儀をしながら畏まると陽菜は「わぁ、執事みたい! ちょっと残念な!」と手を叩いてはしゃいだ。それは褒めているのか、それとも貶しているのかだけでもどうか教えてくれないだろうか。湊の気持ちは陽菜には届かず、彼女は一つ咳払いするとカバンからあのノートを取り出す。

「今日は、ショッピングセンターに遊びに行くよ!」

 夏休み始まって早々の今。絶対に人が多いと予測される場所に自ら行きたいなんて、やっぱり陽菜は変わっている。




 ショッピングセンターはバスに乗っていけるところにある。

 陽菜と湊は一緒にショッピングセンターの最寄りまで行けば、先に着いていた涼太と杏子が待っていた。

「二人とも、早いね! こっちは湊がいつまでも寝てるから遅くなっちゃった!」
「僕のせいにするなよ。そもそも、僕は今日こそ惰眠を貪るつもりで……」
「あ、そうだ! せっかくだし、映画も見ていこうよ!」
「……って、話を聞けよ!」

 コントのような二人のやりとりに杏子がくすくすと笑う。涼太はいつも通り微笑を浮かべて、生暖かい視線を送っていた。言いたいことがあるならはっきりと言え。あと、杏子は笑いすぎだ。

「みんなは何かしたいことある?」

 陽菜の問いかけに一番に反応したのは杏子だった。

「私は、陽菜ちゃんと一緒にコスメ見たいなぁ」
「わぁ! それ絶対に楽しいよ! 行こう行こう!」

 杏子の提案に陽菜はその場で飛び跳ねながら喜ぶ。その横で涼太も何かを考え、口を開いた。

「俺は本屋に行きたいかな。せっかく大きい本屋が入ってることだし、参考書とか見たい」

 真面目な提案に湊は脇を小突きながら、「こんな時でも勉強か、優等生」と茶化す。すると涼太は湊の真似をして、「勉強も大事だぞ、万年赤点小僧くん」と言い返されぐうの音も出なかった。調子に乗れば、それ以上のオーバーキルを喰らうとは誰が想像できただろうか。いや、できまい。

「たしかに、湊って頭良さそうなのに、全然だよねー!」

 すでに息の根を止められているのに、陽菜が追加射撃を繰り出す。そこまでくればもはや死体蹴りに近いぞ、と湊は心の中で血の涙を流した。

「いいんだよ。勉強なんてできなくても。それに、最近はちょっとずつ赤点回避できてるんだからな」

 不満そうに口を尖らせれば、その顔が面白かったのか陽菜がケラケラと笑い出す。人の顔を見て笑うなんて失礼なやつめ。

「それよりも、陽菜のそのノート。ただショッピングセンターに来たら達成なのかよ」

 陽菜の持っていたノート——『この夏にやりたいこと百選』のことを思い浮かべながら尋ねる。

 今日までの一週間、リストに書いてあることをいくつかやった。それは本当に些細な願いに等しく、みんなとハンバーガーをお腹いっぱいになるまで食べたい、とか、みんなと一緒にシャボン玉をする、とか。とにかく、すぐにできることを少しずつ進めた。といっても、せいぜい十数個しか進んでおらず、とてもこの夏で百個もあるリストを終えられるとは思えなかった。

 夏休みが過ぎるのは一瞬で、あと一ヶ月しかない。そのことを陽菜に話したら、きっと彼女は笑ってこう言うだろう。

 「まだ、一ヶ月もあるよ」って。