放課後、ノアは「涼介と一緒に帰りたい」と言って、また図書室へ一緒に行くと言い出した。掃除の時間までぺちゃくちゃとしゃべっていたクラスメイトにはあっさりとバイバイと手を振り、「涼介、行こ」と鞄を持つ。
図書室へ行く途中、ノアが突然足を止めた。
ダムダム、キュッキュッ。外廊下に開け放たれた扉の向こうからボールとバッシュの音が聞こえてくる。
ノアが顔を明るくさせた。
「もしかして、部活やってる?」
「この奥に体育館がある。この音はバスケ部じゃない?」
「部活っていうのも参加してみたい。できる?」
「体育館で先生に直接聞いてみたら?」
それじゃあ。俺が手をあげて図書室に行こうとしたところ、ノアががしっと俺の肩を掴んだ。
「涼介、一緒に来て」
「え、なんで」
「オレがバスケしてるところ見て」
「いや、なんで」
「どうせ毎日図書室に行くんだろ。一日くらいいいだろ」
ゴーイングマイウェイっていうのはこいつのためにある言葉じゃないだろうか。アメリカ人、自己主張が強い。
俺が言い訳を考える間もなく、ノアはぐいぐいと俺の背中を押して体育館のほうへ押しやった。ギィ。重い体育館のドアを開けると、途端にボールとバッシュの音が鋭さを増す。夏の体育館は熱気でむわっとしていた。バスケ部の顧問が腕を組んで生徒に声かけをしている。
「あの先生に聞けばいいのか」
ノアはためらいもなくずかずかと中に入り、俺は壁に這うヤモリのようにこそこそと歩いた。ジャージの集団の中では普通の制服姿が浮く。顧問がすぐにこちらに気づき、俺はぺこりと頭を下げた。去年授業を教わっていた先生だ。
「嵯峨か。どうした」
「先生、留学生の新見です。アメリカでバスケをやってたらしくて、部活に参加してみたいって言ってるんですけど」
「ああ、新見か」
「部活動を体験してみたいです。お願いします」
きりっとした顔をしたノアがぺこりと頭を下げた。ドーベルマン、よそ行き顔は凜々しい。
そんなうまくいかないんじゃないかと思ったけど、先生は笑顔で「いいぞ」と頷いた。
「授業以外の学校生活も味わうのが留学だからな」
ノアがジャージに着替えにトイレへ行く。俺はこそこそと二階の見学席へ行き、膝に教科書とノートを広げた。図書室に行けないならここでやる。
視界の端でノアがジャージで出てきて、オレンジのゼッケンをつけた。チームメイトになにかしゃべりかけ、なにがおもしろかったのか声を出して笑う。別チームが試合をする中、二階の見学席には他には誰もいなかった。不規則なボールの音が逆に勉強に集中させてくれる。
「涼介!」
ピピーッという試合終了の笛の音がして、ノアが下から大きな声をかけてきた。顔をあげると、笑顔で手を振ってくる。
「見てて!」
ノアがコート内へ入る。俺、もう完全にドッグランの外で犬が遊んでいるのを見ている飼い主。やっぱりノアはがたいがよくて目立つ。
ピッ。センターサークルにボールが投げ上げられる。二人が同時に跳んだ。バンッ。弾かれたボールをオレンジのゼッケンが取る。一斉にバッシュの音が弾けて、体育館の空気が熱くなる。
「回せ回せ!」
「こっち!」
ボールが目まぐるしく行き交う。いつの間にか緑の攻撃に移っていた。
ダムダムとボールが右へ左へ弾んで――オレンジのゼッケンがボールをカットした。
ノアだ。
「あ」
長い腕がボールをかっ攫う。ダムダムッ。低く弾むボールが手に吸いつくようについてくる。ダッ。そのまま駆け出し、緑のゼッケンの二人を抜いた。ひとりが前を塞ぐ。ノアがぐっと腰をかがめ――瞬間右へ抜けた。
「うわ」
俺の口から声が漏れた。
ノアのふくらはぎがぎゅっと引き締まり、床を蹴る。でかい体がふわっと浮いた。指からボールが離れる。ズバッ。ゴールネットが鋭い音を鳴らした。
「留学生、ナイス!」
「やるじゃん!」
わっとコート内が声で溢れかえる。ノアがにかっと笑ってチームメイトと手を叩いた。すぐに試合が再開する。ドリブルの音とバッシュの音に試合の熱が加速する。
……ノア、すごいじゃん。
気づけばシャーペンが止まっていた。ずるりと膝から教科書が落ちそうになって、慌てて押さえる。
見ててって言われたし、見るか。
教科書とノートを隣へ置き、太ももに頬杖をついてコートを眺める。
ノアが腰をかがめて構える。ボールは緑。そのボールを持った選手がノアの左を抜けようとして――ダンッ。ノアの大きな手がボールを奪った。キュッ。バッシュが鳴って、一気に駆け抜ける。思わず声が出た。
「ノア、右!」
ノアが敵をよけて隣のオレンジにボールを飛ばした。緑が一斉にそちらへ引き寄せられる。その隙にノアが外へ抜けた。
「こっち!」
ボールが戻ってくる。スリーポイントラインの外で、ノアが足を止めた。ダンッ。床を蹴る。ボールが指先を離れ、弧を描く。ズボッ。
「スリー!」
「よっしゃ!」
オレンジのゼッケンが叫ぶ。
「ノア、ナイス!」
つい声をあげると、ノアがこっちを見上げてにっと親指を突きだした。……コート外へドヤるな。
ノアの参加する試合が終わると、ノアがゼッケンを外してコートの外へ出た。チームメイトとハイタッチして、汗を拭きながらなにかしゃべって笑い合っている。本当にコミュ力お化け。
興奮して喉が渇く。鞄からペットボトルのお茶を出して飲み、改めて教科書とノートを膝の上に置いた。だが、ノアの映像が頭の中に貼りついて集中できない。
5フィート11インチって何センチなんだろう。変換すると……180くらいか。十六にしちゃ大きいな。
調べたスマホをしまい、ふうんとそこからノアを眺める。なにがおかしいのか、腹を抱えて笑っている。
勉強ができて、スポーツもできて、コミュニケーションもばっちり。悩みと無縁で暮らしてそう。なんか、住んでいる世界が違う。
結局ノアは最後まで部活に参加した。部活終わりのチャイムが鳴って俺が下へ降りると、制服姿に着替えたノアが「涼介!」と笑顔で駆け寄ってきた。
「部活楽しい! 先生に、正式なメンバーじゃなくていいから、練習だけ参加させてくださいって頼んだ」
「いいって言われた?」
「みんなも歓迎するって言ってくれた。もう最高の結果だよ!」
「……ホント、仲良くなるのが早いな」
「普通だろ?」
ノアは不思議そうな顔をした。ドッグランを駆け回った犬は、もう友達を作ってしまったらしい。そういうところ、ちょっと憧れる。
「涼介、途中からずっと見て応援してくれた」
「そりゃ、見ててって言われたから」
「オレ、あれ嬉しかった。涼介にかっこいいところ見せたかった」
ノアがにっと笑う。アメリカ人、自信満々。なんでこんなに前向きになれんの?
「オレ、涼介に見てもらえて今日はPerfectな一日だった」
帰り道、ノアはバスケのあれこれを笑顔で話した。スポーツはルールが世界共通だから仲間になりやすいとか、専門用語が分かりにくいとか。
途中の道でバイバイして、駅から電車に乗る。だが、すぐに空白のノートを思い出した。
「……やべ」
家に帰ったら宿題と予習が待っている。ついバスケに夢中になってしまった。
ドーベルマン、大量のメッセージを送ってくるなよ。
図書室へ行く途中、ノアが突然足を止めた。
ダムダム、キュッキュッ。外廊下に開け放たれた扉の向こうからボールとバッシュの音が聞こえてくる。
ノアが顔を明るくさせた。
「もしかして、部活やってる?」
「この奥に体育館がある。この音はバスケ部じゃない?」
「部活っていうのも参加してみたい。できる?」
「体育館で先生に直接聞いてみたら?」
それじゃあ。俺が手をあげて図書室に行こうとしたところ、ノアががしっと俺の肩を掴んだ。
「涼介、一緒に来て」
「え、なんで」
「オレがバスケしてるところ見て」
「いや、なんで」
「どうせ毎日図書室に行くんだろ。一日くらいいいだろ」
ゴーイングマイウェイっていうのはこいつのためにある言葉じゃないだろうか。アメリカ人、自己主張が強い。
俺が言い訳を考える間もなく、ノアはぐいぐいと俺の背中を押して体育館のほうへ押しやった。ギィ。重い体育館のドアを開けると、途端にボールとバッシュの音が鋭さを増す。夏の体育館は熱気でむわっとしていた。バスケ部の顧問が腕を組んで生徒に声かけをしている。
「あの先生に聞けばいいのか」
ノアはためらいもなくずかずかと中に入り、俺は壁に這うヤモリのようにこそこそと歩いた。ジャージの集団の中では普通の制服姿が浮く。顧問がすぐにこちらに気づき、俺はぺこりと頭を下げた。去年授業を教わっていた先生だ。
「嵯峨か。どうした」
「先生、留学生の新見です。アメリカでバスケをやってたらしくて、部活に参加してみたいって言ってるんですけど」
「ああ、新見か」
「部活動を体験してみたいです。お願いします」
きりっとした顔をしたノアがぺこりと頭を下げた。ドーベルマン、よそ行き顔は凜々しい。
そんなうまくいかないんじゃないかと思ったけど、先生は笑顔で「いいぞ」と頷いた。
「授業以外の学校生活も味わうのが留学だからな」
ノアがジャージに着替えにトイレへ行く。俺はこそこそと二階の見学席へ行き、膝に教科書とノートを広げた。図書室に行けないならここでやる。
視界の端でノアがジャージで出てきて、オレンジのゼッケンをつけた。チームメイトになにかしゃべりかけ、なにがおもしろかったのか声を出して笑う。別チームが試合をする中、二階の見学席には他には誰もいなかった。不規則なボールの音が逆に勉強に集中させてくれる。
「涼介!」
ピピーッという試合終了の笛の音がして、ノアが下から大きな声をかけてきた。顔をあげると、笑顔で手を振ってくる。
「見てて!」
ノアがコート内へ入る。俺、もう完全にドッグランの外で犬が遊んでいるのを見ている飼い主。やっぱりノアはがたいがよくて目立つ。
ピッ。センターサークルにボールが投げ上げられる。二人が同時に跳んだ。バンッ。弾かれたボールをオレンジのゼッケンが取る。一斉にバッシュの音が弾けて、体育館の空気が熱くなる。
「回せ回せ!」
「こっち!」
ボールが目まぐるしく行き交う。いつの間にか緑の攻撃に移っていた。
ダムダムとボールが右へ左へ弾んで――オレンジのゼッケンがボールをカットした。
ノアだ。
「あ」
長い腕がボールをかっ攫う。ダムダムッ。低く弾むボールが手に吸いつくようについてくる。ダッ。そのまま駆け出し、緑のゼッケンの二人を抜いた。ひとりが前を塞ぐ。ノアがぐっと腰をかがめ――瞬間右へ抜けた。
「うわ」
俺の口から声が漏れた。
ノアのふくらはぎがぎゅっと引き締まり、床を蹴る。でかい体がふわっと浮いた。指からボールが離れる。ズバッ。ゴールネットが鋭い音を鳴らした。
「留学生、ナイス!」
「やるじゃん!」
わっとコート内が声で溢れかえる。ノアがにかっと笑ってチームメイトと手を叩いた。すぐに試合が再開する。ドリブルの音とバッシュの音に試合の熱が加速する。
……ノア、すごいじゃん。
気づけばシャーペンが止まっていた。ずるりと膝から教科書が落ちそうになって、慌てて押さえる。
見ててって言われたし、見るか。
教科書とノートを隣へ置き、太ももに頬杖をついてコートを眺める。
ノアが腰をかがめて構える。ボールは緑。そのボールを持った選手がノアの左を抜けようとして――ダンッ。ノアの大きな手がボールを奪った。キュッ。バッシュが鳴って、一気に駆け抜ける。思わず声が出た。
「ノア、右!」
ノアが敵をよけて隣のオレンジにボールを飛ばした。緑が一斉にそちらへ引き寄せられる。その隙にノアが外へ抜けた。
「こっち!」
ボールが戻ってくる。スリーポイントラインの外で、ノアが足を止めた。ダンッ。床を蹴る。ボールが指先を離れ、弧を描く。ズボッ。
「スリー!」
「よっしゃ!」
オレンジのゼッケンが叫ぶ。
「ノア、ナイス!」
つい声をあげると、ノアがこっちを見上げてにっと親指を突きだした。……コート外へドヤるな。
ノアの参加する試合が終わると、ノアがゼッケンを外してコートの外へ出た。チームメイトとハイタッチして、汗を拭きながらなにかしゃべって笑い合っている。本当にコミュ力お化け。
興奮して喉が渇く。鞄からペットボトルのお茶を出して飲み、改めて教科書とノートを膝の上に置いた。だが、ノアの映像が頭の中に貼りついて集中できない。
5フィート11インチって何センチなんだろう。変換すると……180くらいか。十六にしちゃ大きいな。
調べたスマホをしまい、ふうんとそこからノアを眺める。なにがおかしいのか、腹を抱えて笑っている。
勉強ができて、スポーツもできて、コミュニケーションもばっちり。悩みと無縁で暮らしてそう。なんか、住んでいる世界が違う。
結局ノアは最後まで部活に参加した。部活終わりのチャイムが鳴って俺が下へ降りると、制服姿に着替えたノアが「涼介!」と笑顔で駆け寄ってきた。
「部活楽しい! 先生に、正式なメンバーじゃなくていいから、練習だけ参加させてくださいって頼んだ」
「いいって言われた?」
「みんなも歓迎するって言ってくれた。もう最高の結果だよ!」
「……ホント、仲良くなるのが早いな」
「普通だろ?」
ノアは不思議そうな顔をした。ドッグランを駆け回った犬は、もう友達を作ってしまったらしい。そういうところ、ちょっと憧れる。
「涼介、途中からずっと見て応援してくれた」
「そりゃ、見ててって言われたから」
「オレ、あれ嬉しかった。涼介にかっこいいところ見せたかった」
ノアがにっと笑う。アメリカ人、自信満々。なんでこんなに前向きになれんの?
「オレ、涼介に見てもらえて今日はPerfectな一日だった」
帰り道、ノアはバスケのあれこれを笑顔で話した。スポーツはルールが世界共通だから仲間になりやすいとか、専門用語が分かりにくいとか。
途中の道でバイバイして、駅から電車に乗る。だが、すぐに空白のノートを思い出した。
「……やべ」
家に帰ったら宿題と予習が待っている。ついバスケに夢中になってしまった。
ドーベルマン、大量のメッセージを送ってくるなよ。


