断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

 街路樹を奥へと歩いていく。
 みんなが先を行き、ノアと二人でゆっくり歩く。
「今日来てよかった」
 ノアがしみじみと言うので思わず笑った。
「一番なにがよかった?」
「……決められない」
「なんで」
「全部涼介が考えてくれたから」
 前を歩くみんなとの距離が開いていく。このまま追いつかなければいいのに。
「涼介」
「うん?」
「オレ――」
 ノアがなにか言いかけたところで、「委員長、ノアー」とまた呼ばれた。
「こっちこっち!」
「……ちょっと待ってよー」
 ノアが不満そうに言って、胸がちりっとする。
 なんだか、むずむずしてきた。
 なんか、邪魔ばっかり入る。
 いや、大勢を誘ったのは俺じゃん。なのに、今はノアと二人になりたい。俺、わがままだな。
「街路樹もここで終わりか」
「きれいだったなー」
「委員長、ナイス」
 どういたしまして、とは言ったけど、なんか腑に落ちない。ひとりが「なあ」と言った。
「このあとだけど」
 突然、航平の言葉が蘇った。
『兄ちゃんが追いかけないと、ノアはいなくなっちゃうよ』
 ……そうだ。ここで俺がノアを手放したら、ノアはみんなのところへ行ってしまう。
 瞬間、声が出た。
「はい! 今日の計画はここまで!」
 俺はノアの手首をぐいと掴んだ。
「ってわけで、ここからは自由行動! 各自好きに遊んでよし!」
 たっと地面を蹴る。ノアの手をぐっと引っ張った。
「委員長!?」
「どこ行くんだよ?」
 駆け出してから後ろを振り返る。
「だから自由行動! また新学期に!」
 ノアが慌てたように遅れて走りだす。
「涼介、どこ行くの?」
「知らない!」
「なにそれ」
「いいじゃん!」
 二人で駆け出すと、ノアが笑いだした。俺の口からもははっと笑い声が出る。
 マフラーが風で翻る。コートの裾がぱたぱたとはためいて、頬を切る空気が冷たい。それなのに、体は熱くなって、額から汗が滲み出た。
 ノアと、二人っきりだ。いつもの帰り道だって二人なのに、今日は全然違う。ロマンチックで、きれいで、ノアがかっこよく見えてしまうクリスマスの夕方だ。
 はあはあと口から息が漏れる。でも、全然苦しくない。電車に揺られ、また走る。気づいたら、俺の家の前だった。誰もいない家に「ただいま!」と声を放り投げて、自分の部屋へノアを引っ張る。
 ノアの手を放す。二人で膝に手をつき、ぜいぜいと息をついた。狭い部屋で、男子二人が息を切らしている。なんだかおかしくて笑ったら、ノアも顔をあげて笑った。
「涼介、なにがしたいの?」
「ええと、よく分かんない。でも――」
 言葉が漏れた。
「なんか、二人っきりになりたかった」
 ノアがまたも笑いだす。でも、その頬が赤い。多分、俺も同じだ。
 暑くてマフラーとコートを脱いだ。ノアも脱ぐ。でも、目が合ったら、笑ってしまった。なにがおかしいのか分からない。ただ、ノアと一緒にいると口元が笑ってしまう。
「――涼介さ」
 ノアがちょっと目を細めて言った。
「オレのこと、友達って言っただろ」
「……うん」
「だから、毎日二人で帰るのは変だと思ってやめた」
「……うん」
「メッセージをたくさん送るのもおかしいのかもって思った」
「……そっか」
「でも、二人でエスケープは友達ではやらないんじゃない?」
「そうかな?」
「そうだろ」
「じゃあそうかもしれない」
 俺の返事にノアがふふっと笑った。
「涼介って、言ってることと思ってることが反対になったりするし、たまにすごく変」
 ノアがふうと息をつく。
「……でも、オレもよくなかった。いっぱいしゃべったり、一緒に帰ったり、手を繋いだりすれば伝わるって思ってた。日本にはちゃんと儀式があるって知ってたのに。知ってたのに、ちゃんと言わなかった」
 儀式。聞き覚えがある単語に、胸がどきんと一拍跳ねた。
「涼介」
 ノアが俺の手を取った。そしてまっすぐにこちらを見つめる。
「――涼介が、好き。だから、付き合ってほしい」
 ノアが真剣な表情でそう言ったとき、渡り廊下の光景が脳裏に蘇った。
 告白に驚く顔。その相手に必死に言葉を重ねていた男子。笑顔で頷き、「やったー」と喜んでいた空に伸びたこぶし。
――ノアに告白された。
 瞬間、笑うのを忘れた。本気の眼差しに息を呑む。俺が聞きたかった言葉だ。それがノアの口から出てくるなんて、これは夢か?
 ノアの手を見る。俺の手を握っている。……緊張している。手のひらが少し汗ばんでいるのに、指先が冷たい。いつも自信に溢れてて積極的なノアが、神経を張り詰めて俺に向き合っている。
 言葉が出てこない俺に、ノアがもう一方の手で俺の手を包んだ。
「前に、オレはどこに行ってもちょっと違うって話しただろ」
「……うん」
「でも、涼介といると感じないとも言った」
 握られた手がじんと熱くなる。ノアは耳たぶまで赤くさせて「だから」と言った。
「そういう涼介が好き。オレの特別な人になってほしい」
 ノアの手にきゅっと力が入る。
 ……俺にも、ノアに好きになってもらえるところがちゃんとあったんだ。