断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

 自分で考えて。いきなり、突き放された気がした。一瞬顔がカッとなる。
「自分で考えてって……ノアから聞いてきたんじゃん」
「涼介の言葉で伝えないと、涼介のスピーチにならない」
 ……涼介の言葉で伝えないとって、ちゃんと俺は原稿を書いてるじゃん。苦手な英語を、試験ぎりぎりまで一生懸命考えてたことをノアは知ってるはずじゃん。なのに、なんでそんな冷たい言い方するの?
「それなら“新見君と過ごした時間は、僕の高校生活の大切な思い出になりました。” でいいでしょ。これが俺の考えた言葉なんだから」
「それは変。高校生活はまだ続く」
「じゃあノアが教えてよ! なんて書けばいいんだよ!」
「それは自分で考える。オレには涼介の思っていることを決められない」
 一瞬、なにもかもを否定された気がした。好きな人と過ごしたことをいい思い出って表現するのはそんなに変なことか? ……ノアには分からないんだ。ノアは別に俺のことは好きじゃないから。俺がどれだけ今までのことを大切にしたくて、これからのことを考えるのが嫌なのか分かってない。
「……それは、ひどいんじゃない?」
 腹の底から怒りが這い上がってきて、声が震えた。
「俺はノアが日本語について質問してきたら今までずっと答えてきた。なのにノアは俺が質問しても答えてくれないんだ? 俺を散々利用しておいて、自分は相談に乗らないわけ?」
 口にしてから、違うと思った。ノアが俺を利用していたなんて、本当は思ってない。なのに、一度噴き出した言葉が止まらなかった。
「オレは涼介を利用なんて――」
「利用してたじゃん! クラスでのスピーチだって、文化祭の取材原稿だって、俺はちゃんと相談に乗ってきた!」
 気づいたら立ち上がってノアを睨み下ろしていた。原稿をぐしゃっと握りつぶす。
「一生懸命英語で書いたのに……それを否定するんだ?」
 ノアが慌てたように首を横に振る。
「そうじゃない! これからまだ時間はあるのに、涼介がまるで未来がないみたいな書き方をするから!」
「そりゃノアとやりたいことはあるよ。でも時間は限られてるだろ! あれをしたいこれをしたいって夢みたいに書くより、これまでのことが大切ですって言うののなにが変なの!?」
「確かにオレは三月アメリカに帰るけど――」
 アメリカに帰る。胸にドスッとつららが刺さったように冷たくなった。キリキリとして痛い。好きな人とあと数ヶ月しか一緒にいられない未来を、なんて語ればいいんだよ。
「――もういいよ」
 気づいたら口からぽろっと言葉が漏れた。
「自分で考えろって言うならそうする。どうせノアは変って言うんでしょ」
「そんなこと言ってない!」
「言ってるじゃん。ノアなら俺がどれだけ頑張ったか分かってくれると思ってた」
「だって、それは涼介が」
「だから、もういいよ」
 震える手で鞄を取った。ぐしゃぐしゃになった原稿を中に押し込む。突然、なにもかもがどうでもよくなった。一生懸命やってたのが馬鹿馬鹿しくなる。
「おかしなスピーチになったって、もういい。先生に頼まれたからやるだけだし。適当にやる」
 やる気、あったんだけどな。でも、もうどうでもいい。
「……もういいよ」
 気づいたら、駅までの道を歩いていた。足元がふわふわして、風が冷たいのに体の奥のほうがもっと冷たい。
 なんでこんなことになったんだろ。ノアと元通りになれそうだったのに。……英語、やっぱり嫌い。俺が言いたいこと、伝わらないんだ。
 目元をごしごしこする。足元の枯れ葉がするりと飛んでいった。