「あっ、ノアが言ってた三十分まであと少し!」
「さっさとやろう」
ノアが笑いながら原稿を指さす。俺も次の日本語に目を落とした。
英語は相変わらず苦手だ。でも、自分の言いたいことが英語になって、それがノアに伝わるのは楽しい。
「……忙しいのにありがと」
約束の三十分が過ぎると、俺はそう言って原稿を片づけた。ノアが俺の手元を目で追う。
「……涼介、家に帰る?」
「ううん、今英語が調子いいから、残りも図書室に残ってやっていく」
「……I see.」
ノアがなにか言いかけ、でもすぐに口を閉じた。
「涼介、じゃあ頑張って」
「うん、ありがとう」
大急ぎで図書室へ行く。未完成だった日本語の部分も書き進める。もう少し自分で英語にできたら、またノアに見せよう。
翌日から、ノアのほうから「原稿どう?」と話しかけてきた。俺が日本史を教えたり、ノアから英語を教わったりしているうちに、試験の四日間はあっという間に過ぎた。英語は分からないところはたくさんあったけど、前みたいに頭が真っ白になることはなかった。
キーンコーンカーンコーン。試験最後のチャイムが鳴る。
「きりーつ」
日直の言葉にみんなが立ち上がる。
「礼」
「ありがとうございました」
頭をぺこっと下げた次の瞬間、みんなが「やったー!」と声をあげた。
「テスト終了!」
「これで試験ともおさらばだ!」
歓声の中、試験監督の先生がくすくす笑いながら教室を出ていく。
「ノア、日本史どうだった?」
俺が話しかけると、ノアはため息をつきながらシャーペンをペンケースにしまう。
「やっぱり漢字が難しかった。分からないところはひらがな」
「日本史の試験を受けられるだけすごいよ」
「暗記は得意」
「さすが」
俺の言葉にノアがちらっとこちらを見た。
「……今日、英語のスピーチ、やる?」
「やる。そろそろ完成させて覚えないと、当日ちゃんとしゃべれない」
「……そう」
ノアがなんてことないように言った。
「部活ないから下校時刻まで教えられる」
熱くなるこぶしをぎゅっと握る。嬉しい。ノアから言ってくれた。
終礼が終わると、楽しそうに帰っていくクラスメイトを見送って二人で教室に残る。
「俺でも英語で書けそうなところは書いてみたんだけど」
「これは違う」
「自信あったのに」
「単語の例文を見て使い方を見ないとダメ。だからここは」
ノアがシャーペンで英語を書き、流暢な発音で読み上げる。
……ノアの声がきれい。すぐ隣で俺のために英語を話してくれている。そんな特別感が胸に戻ってきて、ちょっとそわそわした。やっぱり好きな人と二人きりだとどきどきしてくる。
俺は次の文を指した。
「じゃあこっちは?」
「Perfect. 涼介、英語できるようになってきた」
褒められて思わず照れる。
「ノアが教えてくれたから楽しくなってきて……英語、嫌いじゃなくなったかも」
ノアが目を丸くさせ、すぐに破顔した。
「Wow! 最近で一番嬉しいニュースだ」
「今度英語で道を尋ねられたら、自分で答えられたらいいな」
「スマホで地図を使えばなんとかなる」
「それはちょっと怪しいけど」
「自分が思いつく英語で簡単に説明できればいい」
「その『簡単に』が難しいの」
ぽんぽんとやり取りができる。以前の雰囲気が戻ってきた。ノアも笑顔で俺も笑顔。
ノア、俺がなにかしたなら謝りたい。なんで態度を変えたの? それを聞きたい。スピーチ原稿が終わったら聞いてみよう。
そう決心して原稿に戻ったとき、ノアの手がふと止まった。
「“新見君と過ごした時間は、僕の高校生活の大切な思い出になりました。” のここ、なんで過去形なの?」
「えっ?」
思いがけない指摘に目が見開く。
「えっ……え? 過去形は変だった?」
「だって、高校生活はまだ残ってる」
残り、三ヶ月。その数字が胸に浮き上がって、一瞬心臓がきゅっとなった。
「まだできることがある。なんで過去形にしたの?」
だって、あと三ヶ月しかないじゃん。その言葉が喉につっかえた。ノアが真剣な顔でこちらを覗き込んでくる。
「涼介はもうオレとやりたいことは全部やったってこと?」
「え……いや、そうじゃないけど……九月から異文化交流で学んだことがテーマなんだから、これで合ってるでしょ」
「違う。オレは初詣に行きたいとか、雪が見たいとか言った。まだ涼介とやりたいことがある。これから学ぶこともある」
……俺と、やりたいこと。思わず俯く。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、残りを数えだすと胸が苦しくなる。
「涼介は残りの高校生活でなにがしたい?」
ずばり切り込まれて、口がぴたっと閉じた。それについては、考えたくない。好きな人とできることを数えるとつらくなる。
「……よく分かんない」
「オレは初詣に行きたいって言った」
「それは行けたらいいと思う」
「雪が見たいとも言った」
「それは天気次第じゃない?」
「そうじゃない。涼介がなにがしたいのかを聞いてる」
そうだ。ノアってこうやって俺の意見を聞いてくるんだった。文化祭の企画を考えるときもそうだった。
だけど、考えて口から出てきた言葉は「別に」だった。
「別に……できることがあればいいとは思うけど」
「それ、涼介が言いたいことなの? なにかあればいいって、それだけ?」
「それだけっていうか……じゃあノアだったらなんてスピーチするの? 初詣に行きたいとか具体的に言うの?」
言葉を返したつもりだったが、ノアが腕組みをして眉根を寄せた。
「それについては分からない。これは涼介のスピーチだから自分で考えて」
「さっさとやろう」
ノアが笑いながら原稿を指さす。俺も次の日本語に目を落とした。
英語は相変わらず苦手だ。でも、自分の言いたいことが英語になって、それがノアに伝わるのは楽しい。
「……忙しいのにありがと」
約束の三十分が過ぎると、俺はそう言って原稿を片づけた。ノアが俺の手元を目で追う。
「……涼介、家に帰る?」
「ううん、今英語が調子いいから、残りも図書室に残ってやっていく」
「……I see.」
ノアがなにか言いかけ、でもすぐに口を閉じた。
「涼介、じゃあ頑張って」
「うん、ありがとう」
大急ぎで図書室へ行く。未完成だった日本語の部分も書き進める。もう少し自分で英語にできたら、またノアに見せよう。
翌日から、ノアのほうから「原稿どう?」と話しかけてきた。俺が日本史を教えたり、ノアから英語を教わったりしているうちに、試験の四日間はあっという間に過ぎた。英語は分からないところはたくさんあったけど、前みたいに頭が真っ白になることはなかった。
キーンコーンカーンコーン。試験最後のチャイムが鳴る。
「きりーつ」
日直の言葉にみんなが立ち上がる。
「礼」
「ありがとうございました」
頭をぺこっと下げた次の瞬間、みんなが「やったー!」と声をあげた。
「テスト終了!」
「これで試験ともおさらばだ!」
歓声の中、試験監督の先生がくすくす笑いながら教室を出ていく。
「ノア、日本史どうだった?」
俺が話しかけると、ノアはため息をつきながらシャーペンをペンケースにしまう。
「やっぱり漢字が難しかった。分からないところはひらがな」
「日本史の試験を受けられるだけすごいよ」
「暗記は得意」
「さすが」
俺の言葉にノアがちらっとこちらを見た。
「……今日、英語のスピーチ、やる?」
「やる。そろそろ完成させて覚えないと、当日ちゃんとしゃべれない」
「……そう」
ノアがなんてことないように言った。
「部活ないから下校時刻まで教えられる」
熱くなるこぶしをぎゅっと握る。嬉しい。ノアから言ってくれた。
終礼が終わると、楽しそうに帰っていくクラスメイトを見送って二人で教室に残る。
「俺でも英語で書けそうなところは書いてみたんだけど」
「これは違う」
「自信あったのに」
「単語の例文を見て使い方を見ないとダメ。だからここは」
ノアがシャーペンで英語を書き、流暢な発音で読み上げる。
……ノアの声がきれい。すぐ隣で俺のために英語を話してくれている。そんな特別感が胸に戻ってきて、ちょっとそわそわした。やっぱり好きな人と二人きりだとどきどきしてくる。
俺は次の文を指した。
「じゃあこっちは?」
「Perfect. 涼介、英語できるようになってきた」
褒められて思わず照れる。
「ノアが教えてくれたから楽しくなってきて……英語、嫌いじゃなくなったかも」
ノアが目を丸くさせ、すぐに破顔した。
「Wow! 最近で一番嬉しいニュースだ」
「今度英語で道を尋ねられたら、自分で答えられたらいいな」
「スマホで地図を使えばなんとかなる」
「それはちょっと怪しいけど」
「自分が思いつく英語で簡単に説明できればいい」
「その『簡単に』が難しいの」
ぽんぽんとやり取りができる。以前の雰囲気が戻ってきた。ノアも笑顔で俺も笑顔。
ノア、俺がなにかしたなら謝りたい。なんで態度を変えたの? それを聞きたい。スピーチ原稿が終わったら聞いてみよう。
そう決心して原稿に戻ったとき、ノアの手がふと止まった。
「“新見君と過ごした時間は、僕の高校生活の大切な思い出になりました。” のここ、なんで過去形なの?」
「えっ?」
思いがけない指摘に目が見開く。
「えっ……え? 過去形は変だった?」
「だって、高校生活はまだ残ってる」
残り、三ヶ月。その数字が胸に浮き上がって、一瞬心臓がきゅっとなった。
「まだできることがある。なんで過去形にしたの?」
だって、あと三ヶ月しかないじゃん。その言葉が喉につっかえた。ノアが真剣な顔でこちらを覗き込んでくる。
「涼介はもうオレとやりたいことは全部やったってこと?」
「え……いや、そうじゃないけど……九月から異文化交流で学んだことがテーマなんだから、これで合ってるでしょ」
「違う。オレは初詣に行きたいとか、雪が見たいとか言った。まだ涼介とやりたいことがある。これから学ぶこともある」
……俺と、やりたいこと。思わず俯く。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、残りを数えだすと胸が苦しくなる。
「涼介は残りの高校生活でなにがしたい?」
ずばり切り込まれて、口がぴたっと閉じた。それについては、考えたくない。好きな人とできることを数えるとつらくなる。
「……よく分かんない」
「オレは初詣に行きたいって言った」
「それは行けたらいいと思う」
「雪が見たいとも言った」
「それは天気次第じゃない?」
「そうじゃない。涼介がなにがしたいのかを聞いてる」
そうだ。ノアってこうやって俺の意見を聞いてくるんだった。文化祭の企画を考えるときもそうだった。
だけど、考えて口から出てきた言葉は「別に」だった。
「別に……できることがあればいいとは思うけど」
「それ、涼介が言いたいことなの? なにかあればいいって、それだけ?」
「それだけっていうか……じゃあノアだったらなんてスピーチするの? 初詣に行きたいとか具体的に言うの?」
言葉を返したつもりだったが、ノアが腕組みをして眉根を寄せた。
「それについては分からない。これは涼介のスピーチだから自分で考えて」


