ノアはクリスマスが楽しみになったらしく、翌日の帰り道も「楽しみー」と歩きながら言った。白い息が夜の道にのぼる。
「涼介、ボウリングのあとどこ行く?」
「それは当日のサプライズ」
「涼介、オレの真似してる」
「うるさい」
ちらりと横目でノアを見上げる。コートを着たノアはまた一回り大きく見える。
……これで十六だもんな。アメリカに帰って肉ばっかり食べてたらもっと大きくなったりして。そんなノアを見る機会はないだろうけど。
「ノア、せっかく日本に来たんだし、やりたいこと全部やろうよ」
「やりたい!」
「ノアに付き合う」
「最高! じゃあ全部やる。三月まで一日も無駄にできない!」
ノアが嬉しそうに頷く。……全然寂しそうじゃない。ノアにとって未来は明るいもので、楽しいことが待ってるものなんだ。
「涼介、本当に優しい」
「……知ってる」
「あれ、今日は否定しない」
「ノアがよく言うから、ちょっとはそうなのかと思ってきた」
「そう。それでいい」
ドーベルマンに褒められるとそわそわする。顔が熱い。マフラーで口元を隠す。……ノアに褒められると、なんか本当にそうかもって思えてくる。不思議。
でも、ノアがこちらを見て言った。
「涼介、卒業式が終わって春休みに入ったら」
「――そう言えば、冬休みにバスケ部はあるの?」
思わず遮ってしまった。一瞬、ノアが怪訝そうな顔をした。だが、すぐに「ある」とスマホを取り出し、スケジュールアプリをタップする。
「二十九日から休み」
「そっか。冬休みにやりたいこともできるかなと思って」
「初詣に行きたい」
「いいね」
「雪が見たい」
「それは天気予報士に聞いて」
「涼介の家に泊まりたい」
「いきなり難易度をあげるな!」
思わず突っ込んだけど、でも、できるだけ叶えてあげたい。
翌日、ノアは昼休みにボウリングについて調べていた。
「ボールの重さってどれくらいがいい? 軽いと倒しにくいし重いと疲れる」
「ノア、本気じゃん」
「涼介にかっこいいところを見せるって約束した」
「お前ら、本当に仲良いな」
ひとりがチキンを頬張りながら言った。
「ノアと委員長って、付き合ってるも同然じゃん」
思わずびくっとする。そろっとノアの顔色を見たけど、ノアはあははと笑うだけ。
「委員長、その辺どうなのよ?」
「こんなに懐かれちゃって、卒業したらペットロスになるかもよ?」
オレはペットじゃない。ノアが反論したが、みんな「はいはい」と流した。
だけど、俺の心臓がばくばくと音を立て始めた。なんて言えばいいんだ。好きとは言えない。友達とも違う気がする。でも今この場をどうにかしないと。ここは英語で言うところのブラザーみたいな感じか? ヘイ、ブラザーとか、ヘイ、ブロとか、仲良い子に言う気がする。
「……まあ」
俺はどっどっどっと音を立てる心臓を隠すように腕を組んだ。
「ノアは英語で言うところのブラザーじゃない?」
視界の端でノアが目を丸くした。
「そういや委員長の弟、文化祭に来てたよな」
「あんまり似てなかった」
「そうかも。似てるって言われたことはない」
話は逸れていって、俺はうるさい心臓を鎮めるためにお茶を飲んだ。
危ない。俺、あんまり隠しごとに向いてない。ちょっとノアに構い過ぎたか? でも、あとちょっとだから一緒に過ごしたい。
放課後は図書館でスピーチ原稿に励む。でも、思いつかない。全校生徒の前でノアが言ってたようなスピーチをするのが正しいとも思えないし、ノアの言うとおりつまらないことを言っても仕方ないのかなとも思う。ましてや英語でしゃべるなんて、どうすればいいんだ。
チャイムが鳴って、うんうん悩みながら昇降口へ行く。
「涼介」
今日もノアが先に待っていた。……ドーベルマン、かっこいい。ずっと意識していなかったけど、恋をすると違って見える。ノアのくせっ毛、やわらかそう。触ってみたい。
でも、ノアはあんまり元気そうじゃなかった。俯き加減で道を歩く。
「ノア、今日はいいシュートできなかったの?」
「それも、そうなんだけど」
ノアが足を止めた。一歩遅れて足を止めると、ノアが真剣な顔になった。
「涼介、昼間言ってたこと、本当?」
「えっ?」
「オレのこと、brotherって言った」
そこでしまったと気づいた。ノアは俺が弟みたいだと言ったと思ったのか。
「ああ、ごめん。みんなが変なこと言うから」
「オレのこと、航平と同じだと思ってる?」
そんなわけない。ノアは……俺が初めて好きになった人。でも、口から出てきたのは全然違う言葉だった。
「まさか。いい友達、ってやつでしょ」
ノアがふっと息を吐いた。白い煙がノアの目線を一瞬遮る。
「……友達?」
「し、親友、とか言うと、ちょっとハズいし」
「……友達の上って親友なんだ?」
「そうじゃない?」
ノアが目を逸らした。
「I see.」
小さく呟くように言う。
冬の道にただ立っていると、指先が冷たくなってくる。はあと息を吹きかけて、ノアをちらっと見た。……また、手をあっためてくれないかな。
でも、ノアは「そっか」と言って歩きだした。分かれ道に来る。
「じゃあ」
ノアが微笑した。
「涼介、バイバイ」
なんか、変な言い方だった。
「え、あ、うん」
俺が返事をする前にノアは歩きだす。
なんだか、急に夜道に放り出された感覚になった。腹が、ざわざわする。胸が、変な音を立てる。でも、そのことを考える前にぶるりと震えが爪先からのぼってきた。
「……寒っ」
つい、小走りになって駅へ走りだす。ローファーを履いた足が走りにくかった。
「涼介、ボウリングのあとどこ行く?」
「それは当日のサプライズ」
「涼介、オレの真似してる」
「うるさい」
ちらりと横目でノアを見上げる。コートを着たノアはまた一回り大きく見える。
……これで十六だもんな。アメリカに帰って肉ばっかり食べてたらもっと大きくなったりして。そんなノアを見る機会はないだろうけど。
「ノア、せっかく日本に来たんだし、やりたいこと全部やろうよ」
「やりたい!」
「ノアに付き合う」
「最高! じゃあ全部やる。三月まで一日も無駄にできない!」
ノアが嬉しそうに頷く。……全然寂しそうじゃない。ノアにとって未来は明るいもので、楽しいことが待ってるものなんだ。
「涼介、本当に優しい」
「……知ってる」
「あれ、今日は否定しない」
「ノアがよく言うから、ちょっとはそうなのかと思ってきた」
「そう。それでいい」
ドーベルマンに褒められるとそわそわする。顔が熱い。マフラーで口元を隠す。……ノアに褒められると、なんか本当にそうかもって思えてくる。不思議。
でも、ノアがこちらを見て言った。
「涼介、卒業式が終わって春休みに入ったら」
「――そう言えば、冬休みにバスケ部はあるの?」
思わず遮ってしまった。一瞬、ノアが怪訝そうな顔をした。だが、すぐに「ある」とスマホを取り出し、スケジュールアプリをタップする。
「二十九日から休み」
「そっか。冬休みにやりたいこともできるかなと思って」
「初詣に行きたい」
「いいね」
「雪が見たい」
「それは天気予報士に聞いて」
「涼介の家に泊まりたい」
「いきなり難易度をあげるな!」
思わず突っ込んだけど、でも、できるだけ叶えてあげたい。
翌日、ノアは昼休みにボウリングについて調べていた。
「ボールの重さってどれくらいがいい? 軽いと倒しにくいし重いと疲れる」
「ノア、本気じゃん」
「涼介にかっこいいところを見せるって約束した」
「お前ら、本当に仲良いな」
ひとりがチキンを頬張りながら言った。
「ノアと委員長って、付き合ってるも同然じゃん」
思わずびくっとする。そろっとノアの顔色を見たけど、ノアはあははと笑うだけ。
「委員長、その辺どうなのよ?」
「こんなに懐かれちゃって、卒業したらペットロスになるかもよ?」
オレはペットじゃない。ノアが反論したが、みんな「はいはい」と流した。
だけど、俺の心臓がばくばくと音を立て始めた。なんて言えばいいんだ。好きとは言えない。友達とも違う気がする。でも今この場をどうにかしないと。ここは英語で言うところのブラザーみたいな感じか? ヘイ、ブラザーとか、ヘイ、ブロとか、仲良い子に言う気がする。
「……まあ」
俺はどっどっどっと音を立てる心臓を隠すように腕を組んだ。
「ノアは英語で言うところのブラザーじゃない?」
視界の端でノアが目を丸くした。
「そういや委員長の弟、文化祭に来てたよな」
「あんまり似てなかった」
「そうかも。似てるって言われたことはない」
話は逸れていって、俺はうるさい心臓を鎮めるためにお茶を飲んだ。
危ない。俺、あんまり隠しごとに向いてない。ちょっとノアに構い過ぎたか? でも、あとちょっとだから一緒に過ごしたい。
放課後は図書館でスピーチ原稿に励む。でも、思いつかない。全校生徒の前でノアが言ってたようなスピーチをするのが正しいとも思えないし、ノアの言うとおりつまらないことを言っても仕方ないのかなとも思う。ましてや英語でしゃべるなんて、どうすればいいんだ。
チャイムが鳴って、うんうん悩みながら昇降口へ行く。
「涼介」
今日もノアが先に待っていた。……ドーベルマン、かっこいい。ずっと意識していなかったけど、恋をすると違って見える。ノアのくせっ毛、やわらかそう。触ってみたい。
でも、ノアはあんまり元気そうじゃなかった。俯き加減で道を歩く。
「ノア、今日はいいシュートできなかったの?」
「それも、そうなんだけど」
ノアが足を止めた。一歩遅れて足を止めると、ノアが真剣な顔になった。
「涼介、昼間言ってたこと、本当?」
「えっ?」
「オレのこと、brotherって言った」
そこでしまったと気づいた。ノアは俺が弟みたいだと言ったと思ったのか。
「ああ、ごめん。みんなが変なこと言うから」
「オレのこと、航平と同じだと思ってる?」
そんなわけない。ノアは……俺が初めて好きになった人。でも、口から出てきたのは全然違う言葉だった。
「まさか。いい友達、ってやつでしょ」
ノアがふっと息を吐いた。白い煙がノアの目線を一瞬遮る。
「……友達?」
「し、親友、とか言うと、ちょっとハズいし」
「……友達の上って親友なんだ?」
「そうじゃない?」
ノアが目を逸らした。
「I see.」
小さく呟くように言う。
冬の道にただ立っていると、指先が冷たくなってくる。はあと息を吹きかけて、ノアをちらっと見た。……また、手をあっためてくれないかな。
でも、ノアは「そっか」と言って歩きだした。分かれ道に来る。
「じゃあ」
ノアが微笑した。
「涼介、バイバイ」
なんか、変な言い方だった。
「え、あ、うん」
俺が返事をする前にノアは歩きだす。
なんだか、急に夜道に放り出された感覚になった。腹が、ざわざわする。胸が、変な音を立てる。でも、そのことを考える前にぶるりと震えが爪先からのぼってきた。
「……寒っ」
つい、小走りになって駅へ走りだす。ローファーを履いた足が走りにくかった。


