断れない委員長、アメリカンなドーベルマンに懐かれる

 放課後、一緒に帰ろうと言ってからノアが部活に行く。よろよろしていた俺は、図書室でスピーチ原稿を放り出して寝た。
「涼介涼介ー!」
 図書室から昇降口へ行くと、ノアが先に待っていた。
「オレ、スリーポイントシュート決めた」
「え、すごい」
「今日は最高な一日だったよ!」
 にかっと歯を見せてノアがピースする。……ご機嫌そうなドーベルマン。笑顔がすごく眩しい。
 すのこをカタカタさせて、靴を履き替える。ドアを抜けると、一気に晩秋の風が襲ってきた。
「うう、風冷たい!」
 手袋のない手にはあと息を吐きかけると、突然ノアが俺の手を取った。
「冷たっ」
 ノアの温かい手に手の温度が急上昇する。顔まで熱くなりそうで、急いで手を引っ込めようとした。でも、ノアは放さない。でかい手の中に、俺の手がすっぽり収まっている。
「オレ、あったかいだろ」
 ノアが寒さに頬を赤くさせて言う。
 ……なんで握ってるの? 信号、ないぞ。走ってないぞ。ノア、なんで俺の手を握ってんの?
 …………これ、期待していいやつ?
 ところがノアは平然と言った。
「アメリカはもっと寒いから、オレはこれくらい平気」
 ノアがふふんと口端をあげて、にんまりする。
 ……はい、期待しちゃダメなやつでした。ノア、勘違いさせてくるの、やめてほしい。
 それから数日、俺はノアに振り回されっぱなしだった。
 「涼介」と呼ばれれば胸がときめくし、体が近づくと顔が熱くなる。一緒に帰ろうと言われれば楽しみで、わくわくしながら一日を過ごせる。
 そのたびに、ノアももしかして、なんて思ってしまう。でも、ノアは元々こんな調子だ。どうせ一つひとつに意味はない。
――俺がノアを好きだからって、ノアがそうとは限らない。
 教室で誰かが言った。
「大学の第二外国語、なに取る?」
「中国語とスペイン語が人気だって」
 誰かがノアに振った。
「ノアは日本語しゃべれるから、もうひとつしゃべれるようになったらすごいじゃん」
 ノアがちょっと笑う。
「日常会話ができるようになるとは限らないよ」
「でも、ノアって頭がいいんだろ」
「勉強するなら何語にする?」
「そうだな――」
 急に胸が痛くなって、思わず席からガタッと立った。椅子の音が大きかったのか、ノアが一瞬こちらを見る。
「……あ、ごめん、うるさくて」
 それだけ言って、廊下に逃げる。
 ノアが大学に行ったら、なんて話は聞きたくない。アメリカの大学はああだこうだと話されたら、どんな顔をすればいいか分からない。胸が、痛い。
 ……ノアを好きになっても意味がない。ノアは三月になれば帰る。冬の道を一緒に歩くことも、あんなふうに手を握られることも、いつか全部なくなる。
 ノアになにかできないかな。
 家に帰って、そんなことを考える。
 ノアにとって日本の生活はあと少し。ノアがいて俺の学校生活は楽しくなった。ノアにも楽しかったと思ってアメリカに帰ってほしい。せめてもの礼だ。
 十一月も下旬に入って、冬が本格化する。コートにマフラー、それにカイロは必需品だ。
 ノアとしゃべっていた誰かが言った。
「あー、クリスマス暇だわ」
「俺も。彼女いないし」
「誰かさんには神崎がいるけどよ」
 ノアがそれに興味を示した。
「クリスマスと彼女って関係あるの?」
「日本じゃクリスマスはカップルで過ごすのが定番なんだよ」
「アメリカじゃ家族と過ごすよ」
「ノアも日本じゃ暇か」
 そこでふと思いついた。横を向いて「ねえ」と声をかける。
「よかったら、みんなで遊びに行かない?」
 みんながちょっと目を見開いた。
「委員長が企画すんの?」
「うん。せっかくだし、大人数で遊びたいなって」
「なにする?」
「ボウリングとか、どう?」
 思い切って提案する。するとみんな「いいじゃん!」と口を揃えた。
「じゃあ、俺が予約できるかどうか調べてみる」
「委員長、サンキュー」
 その日の部活帰りのノアはご機嫌だった。
「涼介、クリスマスのボウリング楽しみ? オレはすごく楽しみ!」
「なんで?」
「涼介が誘ってくれたから」
 ノアが嬉しそうに笑う。なんだよ、その顔。そんな顔されたら――。
「……ノア」
「なに?」
――俺のこと、どう思ってる? 喉まで出かかった。
「……国語の宿題、難しそうじゃない?」
「なにそれ。なんで今聞く?」
「思い出したから!」
 ノアが不思議そうな顔をする。でも、無視した。本当のことは言えない。ノアの気持ちを聞いたって、意味がないんだから。
 夜、スマホを開いてボウリング場を検索した。カラオケやゲーセン、屋内型スポーツ施設などが併設されているし、近くには有名なイルミネーションもある。これなら一日遊べそうだ。
 ノアからメッセージが来る。
『涼介、ボウリングに行ったらかっこいいところ見せる』
『航平に負けたんじゃなかったの』
『航平が強かっただけ。オレだってできる』
 くすっと笑いながらイルミネーションの時間を調べる。ライトアップは昼からも行われているらしい。夕方くらいに見に行ってもきれいそうだ。