放課後終わりのチャイムが鳴り、昇降口へ向かう。ノアが俺を見つけて小走りで駆け寄ってくる。
「オレ待たせた? ごめん」
「ううん、今来たところ」
「今日は寒い。コート着てきて正解だった」
「ホントだね」
夜の道を二人で歩く。たいしたことをしゃべってるわけじゃない。それなのに俺も笑顔だしノアも笑顔だ。一緒に帰る五分の道がすごく短い。もっと長く一緒にいられたらいいのに。
「またね」
「うん、また明日ー」
ノアが手をあげ、道を歩いていく。じっと背中を見つめていたら、ノアが振り返った。ぶんぶん手を振ってくるので、俺も振り返す。笑顔が曲がり角に消えるまでずっとノアを見つめた。
家に帰ると急に静かになる。ノアとクラスTシャツを着て写真を撮った自室は、しんと静まり返っている。またスマホで画像を見る。ノアが一緒にいるときは楽しい。ノアとやりたいことがたくさんある。ずっとノアの隣にいて、一緒に笑っていたい。あと三ヶ月なんかで終わりにしたくない。
……昨日見た夕日の中のノアが忘れられない。目がきらきらしてて、髪の先がオレンジに輝いてて、俺を嫌いじゃないって言ったくちびるが動いた。
とくん。胸が鳴る。
朝、教室にいなくて一瞬怖かった。でも、抱きしめられたらすごく体が熱くなった。耳元に落ちる声が明るくて、腕は力強くて。大きい体に包まれて、本当はもう少しこのままでもいいと思った。
どくん。もうひとつ胸が鳴る。
今、ノアがサプライズだと言って飛び出してきたら、ぎゅっと抱きしめるのに。ノアの体は大きくてあったかくて、抱きしめたら大きい背中で手が迷子になるかもしれない。それでも、きっと離したくないと思う。ノアがいなくなったら寂しい、一緒にいられたら嬉しいって口で伝える。ノアがそれに喜んで抱きしめ返してきたら、俺は体が喜びで熱くなって――。
そこまで想像して、分かってしまった。
ああ、俺、ノアが好きなのか。
スマホの画像を見る。急に恥ずかしくなって、思わずスマホを伏せた。顔が熱い。
「……マジか」
独り言が静かな部屋に落ちて、思わずベッドの上でじたばたした。
なんだよ俺。すっごく恥ずかしいじゃん。クソ、朝のバックハグを思い出してきた。なんでノアは平然とあんなことができるんだ。心臓、バグってんじゃないの?
そこではっとした。
待て待て。ってことは、昨日くちびるに目が行ったのって、そういうことを想像してた? いやいやいや、なに考えてんだよ!
スマホをタップして、ブレザーを着たツーショット写真を見る。ネクタイを締めたノアが弾ける笑顔で写っている。
……ノアが、好き。
心の中でもう一度言ってみる。すぐに顔が熱くなる。口元がにやけそうになって、ごしごしと手の甲でこする。
俺、本当にノアが好きなんだ。航平と同い年の年下なのに。
生意気なドーベルマンだと思ってたのに、いつの間にこんなことになったんだろう。
翌朝、俺は心臓をばくばくさせながら教室へ行った。どういう顔をして教室に入ったらいいか分からない。笑うってどうやるんだっけ。俺、いつもどれくらいの声でおはようって言ってたっけ。
「お、おはよ」
クラスに入ると、「涼介ー!」といつも通りの声が飛んできた。
「おはよー!」
……朝からドーベルマンは元気だ。昨日までと全然変わらない。
おはよと答えて隣の席に座る。ノアはクラスメイトとしゃべっていた。ノア側の腕が動かしにくい。見られてるわけでもないのに、体が強張る。
他の生徒が次々とおはようと言って入ってくる。ノアもおはようと返す。でも、ノアは下の名前をわざわざ呼んだりしない。
……そう言えば、このドーベルマン、なんで俺だけ名前を連呼するんだ?
「涼介」
チャイムが鳴って生徒が散ると、ノアがこちらに身を乗り出してきた。
「沼るってなに?」
ノアが声を落として、まるで内緒話のように聞いてくる。近い近い近い。俺、昨日までよくこれが平気だったな!
「え、えーと、すごく好きでハマってる、沼に入って抜け出せないみたいな感じ」
「涼介、最近なにに沼ってる?」
……すごく好きでハマってる……のは。
「……別に」
「なんでそこで別になの?」
怪訝そうなノアをほったらかして内心頭を抱える。
ノア、俺にだけ距離が近くない? いや、航平ともすぐ仲良くなってた。アメリカ育ちだし、元々距離が近いだけだ。
しゃきっと頭を切り替えて授業を受ける。お昼ご飯もしゃきしゃき食べた。
「委員長、なんか今日変じゃね?」
「このあと英語の小テストがあるから」
俺の返事にみんなが「あー」と納得した顔になる。お昼ご飯を食べ終えて単語帳とにらめっこする。ルーズリーフに何度も繰り返し書いてたら、「涼介ー!」とドーベルマンが後ろからがばっと抱きついてきた。
ピシャーン。雷に打たれたように体がびくっとなる。
「小テスト、いけそう? 今どんな感じ?」
体、でかい。声、低い。腕、たくましい。体温、熱い。俺の後ろから恋の化け物が覆い被さってくる。
「ノアー、委員長の邪魔するな」
「ノア、委員長のこと好きすぎだろ」
「好きだよ」
ノアが平然と答えて、耳がぴくっとなった。
「涼介、おもしろいし。一緒にいると楽しい」
「はいはい、仲良しな」
……そっちの好きだよね。うん、知ってた。
ノアを押しのけて単語帳に集中する。でも、ノアの体温がまだ背中に残っている気がした。
結果、三分の二が正解。ノアから返ってきた丸の数を見てほっとする。
なんだか今日は一日ずっと体が強張っていた。疲れた。
「オレ待たせた? ごめん」
「ううん、今来たところ」
「今日は寒い。コート着てきて正解だった」
「ホントだね」
夜の道を二人で歩く。たいしたことをしゃべってるわけじゃない。それなのに俺も笑顔だしノアも笑顔だ。一緒に帰る五分の道がすごく短い。もっと長く一緒にいられたらいいのに。
「またね」
「うん、また明日ー」
ノアが手をあげ、道を歩いていく。じっと背中を見つめていたら、ノアが振り返った。ぶんぶん手を振ってくるので、俺も振り返す。笑顔が曲がり角に消えるまでずっとノアを見つめた。
家に帰ると急に静かになる。ノアとクラスTシャツを着て写真を撮った自室は、しんと静まり返っている。またスマホで画像を見る。ノアが一緒にいるときは楽しい。ノアとやりたいことがたくさんある。ずっとノアの隣にいて、一緒に笑っていたい。あと三ヶ月なんかで終わりにしたくない。
……昨日見た夕日の中のノアが忘れられない。目がきらきらしてて、髪の先がオレンジに輝いてて、俺を嫌いじゃないって言ったくちびるが動いた。
とくん。胸が鳴る。
朝、教室にいなくて一瞬怖かった。でも、抱きしめられたらすごく体が熱くなった。耳元に落ちる声が明るくて、腕は力強くて。大きい体に包まれて、本当はもう少しこのままでもいいと思った。
どくん。もうひとつ胸が鳴る。
今、ノアがサプライズだと言って飛び出してきたら、ぎゅっと抱きしめるのに。ノアの体は大きくてあったかくて、抱きしめたら大きい背中で手が迷子になるかもしれない。それでも、きっと離したくないと思う。ノアがいなくなったら寂しい、一緒にいられたら嬉しいって口で伝える。ノアがそれに喜んで抱きしめ返してきたら、俺は体が喜びで熱くなって――。
そこまで想像して、分かってしまった。
ああ、俺、ノアが好きなのか。
スマホの画像を見る。急に恥ずかしくなって、思わずスマホを伏せた。顔が熱い。
「……マジか」
独り言が静かな部屋に落ちて、思わずベッドの上でじたばたした。
なんだよ俺。すっごく恥ずかしいじゃん。クソ、朝のバックハグを思い出してきた。なんでノアは平然とあんなことができるんだ。心臓、バグってんじゃないの?
そこではっとした。
待て待て。ってことは、昨日くちびるに目が行ったのって、そういうことを想像してた? いやいやいや、なに考えてんだよ!
スマホをタップして、ブレザーを着たツーショット写真を見る。ネクタイを締めたノアが弾ける笑顔で写っている。
……ノアが、好き。
心の中でもう一度言ってみる。すぐに顔が熱くなる。口元がにやけそうになって、ごしごしと手の甲でこする。
俺、本当にノアが好きなんだ。航平と同い年の年下なのに。
生意気なドーベルマンだと思ってたのに、いつの間にこんなことになったんだろう。
翌朝、俺は心臓をばくばくさせながら教室へ行った。どういう顔をして教室に入ったらいいか分からない。笑うってどうやるんだっけ。俺、いつもどれくらいの声でおはようって言ってたっけ。
「お、おはよ」
クラスに入ると、「涼介ー!」といつも通りの声が飛んできた。
「おはよー!」
……朝からドーベルマンは元気だ。昨日までと全然変わらない。
おはよと答えて隣の席に座る。ノアはクラスメイトとしゃべっていた。ノア側の腕が動かしにくい。見られてるわけでもないのに、体が強張る。
他の生徒が次々とおはようと言って入ってくる。ノアもおはようと返す。でも、ノアは下の名前をわざわざ呼んだりしない。
……そう言えば、このドーベルマン、なんで俺だけ名前を連呼するんだ?
「涼介」
チャイムが鳴って生徒が散ると、ノアがこちらに身を乗り出してきた。
「沼るってなに?」
ノアが声を落として、まるで内緒話のように聞いてくる。近い近い近い。俺、昨日までよくこれが平気だったな!
「え、えーと、すごく好きでハマってる、沼に入って抜け出せないみたいな感じ」
「涼介、最近なにに沼ってる?」
……すごく好きでハマってる……のは。
「……別に」
「なんでそこで別になの?」
怪訝そうなノアをほったらかして内心頭を抱える。
ノア、俺にだけ距離が近くない? いや、航平ともすぐ仲良くなってた。アメリカ育ちだし、元々距離が近いだけだ。
しゃきっと頭を切り替えて授業を受ける。お昼ご飯もしゃきしゃき食べた。
「委員長、なんか今日変じゃね?」
「このあと英語の小テストがあるから」
俺の返事にみんなが「あー」と納得した顔になる。お昼ご飯を食べ終えて単語帳とにらめっこする。ルーズリーフに何度も繰り返し書いてたら、「涼介ー!」とドーベルマンが後ろからがばっと抱きついてきた。
ピシャーン。雷に打たれたように体がびくっとなる。
「小テスト、いけそう? 今どんな感じ?」
体、でかい。声、低い。腕、たくましい。体温、熱い。俺の後ろから恋の化け物が覆い被さってくる。
「ノアー、委員長の邪魔するな」
「ノア、委員長のこと好きすぎだろ」
「好きだよ」
ノアが平然と答えて、耳がぴくっとなった。
「涼介、おもしろいし。一緒にいると楽しい」
「はいはい、仲良しな」
……そっちの好きだよね。うん、知ってた。
ノアを押しのけて単語帳に集中する。でも、ノアの体温がまだ背中に残っている気がした。
結果、三分の二が正解。ノアから返ってきた丸の数を見てほっとする。
なんだか今日は一日ずっと体が強張っていた。疲れた。


